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「ぬれぎぬ」って、「冤枉・寃枉」?・・・「枉=木+王」が「まがる」?

2017-02-28 01:53:17 | 古事記字源

 ・・・「冤罪(エンザイ)」の「冤=冖+兔=エン・オン」=「冖+刀+一+Ш+儿+ヽ」・・・「寃(エン・オン)=宀+兔(うさぎ・ト・ツ)」=「ぬれぎぬ・無実の罪・冤獄・冤罪・冤死・うらみ・あだ・冤家・讐冤( シュウエン)」、
 「冤=寃=ウサギ(兎)がおおい(冖)の中で身を縮めているさま」
 「冤=寃=かがむ・ぬれぎぬ(冤枉=無実の罪を着せる・别人他人に罪をなすりつける)に陥れる」・・・
 「冤=寃=かがむ・ぬれぎぬ」が、「冤=冖+兔」と「宀+兔」の合体の漢字ならば
 「冖=ワ(わ(和・倭・窪・環・輪・話)」の「兔」であり、
 「宀=ウ(う・兎・卯・宇=天・鵜=鸕・烏=鴉・鶖・鴎=鷗)」の「兔」である・・・
  ↓↑
 「稲葉(因幡・稲場・稲波・伊奈葉)の鰐(わに)と白兎(しろウサギ)」か、
  ↓↑
 「イソップ(Aesop)物語のウサギ(兔・兎・莵・菟)と亀」の物語である・・・
 そして、釈迦が菩薩であった時の転生のウサギの話し(ジャータカ)で、「猿、狐、川獺(カワウソ)」の布施と、「ウサギ自身の喜捨」である・・・
  ↓↑
 「かちかち山は、老婆を殺した狸(タヌキ)がウサギが仇打ちをする」と云う物語である・・・
  ↓↑
 「月世界のウサギ」は臼と杵で餅を搗いているらしいが、「月の旧暦のサイクルの二十八日、二十七宿+一宿」である・・・
  ↓↑
 「卯(う・ボウ=斧で真ッ二つに叩き割る)」は十二支の四番目で「東(あづま・ひんがし・トウ)」で、「ウサギの耳」は特徴的には「兜(冑・甲冑)の角」であるが、斧(おの・フ)で真ッ二つに叩き割った漢字の意味は「ボウ・う(卯・囿・有・得)」の「サギ(鷺・詐偽・詐欺)」の示唆である・・・
 「囿(その・かこい・にわ・ウ・ユウ)=囗+有(ナ+月→冃←頭巾・ボウ)=園・動物のいる園・庭園・囲い、囲いをする・区切られた領域・関わる・拘泥する・ものが集まる場所、見識が狭い」、「(説文解字)には「苑の垣有るなり」、「一に曰く禽獸には囿と曰ふ」・苑も同様の意味・(周礼)の註には「古は之れを囿と謂ひ、漢には之れを苑と謂ふ」、(字林)には「垣有るを苑と曰ひ、垣无(無)きを囿と曰ふ」で、アルらしい・・・
  ↓↑
 「待ちぼうけ」の「ウサギ」は、「北原白秋作詞、山田耕筰作曲の唱歌(童謡)・1924 年(大正十三年)の満州唱歌の一・相対音階で、ドで始まらずドで終わらない曲・原曲はニ長調・守株待兔」・・・「ころりころげた 木のねっこ」である・・・対象、対照、十三ネン、ネム、撚、念、鮎・・・
  ↓↑
 「あわて床屋」のカニとウサギは「北原白秋作詞、山田耕筰作曲の童謡・1923年(大正十四年)、NHKの 『みんなのうた』、1961年4月・5月にも放送」・・・「邪魔なお耳は、ぴょこぴょこするし、そこであわてて、ちょんと切りおとす、ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんな」・・・「うさぎァ怒るし、かにァ恥ょかくし」・・・
  ↓↑
 多分、赤い目と、白い毛、長い耳の「うさぎ・ウサギ」は「多忙な医者の象徴」であり、その「白衣」であるだろう・・・「耳を蟹に切られたウサギ」?・・・「耳を切ったカニは、しかたなくなく、穴へと逃げる」・・・耳のハナシは「王様の耳は驢馬の耳」だった・・・耳は集音器官で、五感の聴覚器官の一部である・・・ウサギの耳は長いが、人間の耳の形は「かたつむり」・・・昔、床屋は外科医を兼ねていた。蟹の鋏(はさみ・claws)は外科医の鋏(scissors・shears・ clippers・剪刀)でもあるが、「蟹(かに・カイ・crab)」は「解体の中のム」である・・・剪刀(はさみ・シザーズ)・・・
 「剪=きる・つむ・なぐ・強くきる・切りそろえる・セン
         草彅=草薙・・・・剪断・剪定
         村雲=むらくも=叢雲・群雲
                 叢書(ソウショ)」
  ↓↑
 「蝲蛄・蜊蛄・躄蟹=ザリ蟹・いざり蟹」
 「蝸牛=かたつむり」=虫+咼(冎口)→渦(うづ)
            ねじ=螺子・捩子・捻子・螺旋・錑
 「田螺=たにし」
     「にし=巻き貝の総称」、「つぶ(螺)」とも
     たにし=お喋りの隠語
     別称は「たつぶ・たつぼ・たみな」
 「蝦 =えび・鰕・螧・海老」
 「蝦蟇=がま・ひきがえる(蛙)」
 「蝦蛄・蝦姑=しゃこ」
 「蝦虎魚=はぜ」
 「蝦夷(えみし・えびす・えぞ・カイ・ゲ)」である・・・
  ↓↑
 「冤=寃」
 「免(まぬがれる・メン・ベン)」・・・
 「免許(メンキョ)・免除(メンジョ)」・・・
 「浼(けがす・バイ・ベン)」・・・
  ↓↑
 「花房の冤枉(エンオウ)」→「森鴎外のカズイスチカ」?
  ↓↑
 「カズイスチカ(Casuistica)=オランダ語の臨床記録・道徳的問題を個々の具体的状況(casus=事象・事態)において道徳的規範に照して解決する方法」?・・・
  ↓↑
 「その花房(小説の登場人物の姓)の記憶に僅わずかに残っている事を二つ三つ書く。一体医者の為めには、軽い病人も重い病人も、贅沢薬(ぜいたくぐすり)を飲む人も、病気が死活問題になっている人も、均ひとしくこれ casus(カズス)である。Casus(カズス=出来ごと・事件)として取り扱って、感動せずに、冷眼に視ている処に医者の強みがある。しかし花房はそういう境界には到らずに(なって)しまった。花房はまだ病人が人間に見えているうちに、病人を扱わないようになってしまった。そしてその記憶には唯 Curiosa(クリオザ=奇妙、異常なモノに対する好奇心)が残っている。作者が漫然と医者の術語を用いて、これに Casuistica(カズイスチカ)と題するのは、花房の冤枉とする所かも知れない(森鴎外・青空文庫)」・・・
ーー↓↑ーー
 入院先の病院の病棟の待合室にボクにとっては未読の「手塚治虫の漫画、グリンゴ(GRINGO)」が置いてあった・・・それを病床で読んだが・・・現今、やっと「日本国憲法」を70年前に手に入れ、育ててきた「日本人」なのに、「時代」を逆行させようとする「人間」が溢れ出しているが・・・「学校法人・森友学園(大阪市淀川区)」には土地の売買と云うよりは、「籠池泰典理事長の塚本幼稚園園児の教育勅語の丸暗記教育」には呆れた・・・「ブラジル日系人の勝ち組の社会」の結末は「未完」で終わっているが・・・中途半端な時期に問題提起をしていったな、治虫センセイは・・・
  ↓↑
 グリンゴ(GRINGO)
 手塚治虫の漫画
 『ビッグコミック(小学館)』に
 1987年8月10日号~1989年1月25日号まで連載
 死去により未完
  ↓↑
 「グリンゴ(Gringo)」の意味は
 スペイン語で「よそもの」
 ヒスパニック(メキシコ人)による
 「アメリカ人・アメリカ白人」
 「グリンゴ(Gringo)」
 スペイン語で
 ギリシャやギリシャ人をさす
 「Griego」から転じたという説・・・
 北アメリカ、カナダ、アメリカ合衆国の白人たちを指した蔑称
ーー↓↑ーー
 ・・・「太陽神経叢=マニピュラ・チャクラ」・・・「自律神経の中枢」・・・足裏や手首にも「太陽神経叢の経絡(つぼ)」があるらしいが、血管も神経も「網」であり、心臓に貼りついている冠動脈は「編み駕籠状」で、その中に「心臓」が納まっているようにも見える・・・

 埃及(エジプト・Egypt)・・・塵(埃)・・・チリの汚れもタダでは付かないだろう・・・フンコロガシ(糞転がし・カペル・カペラ)・・・アメンホテップ「太陽神」・・・
 「アメンホテプ1世(在位:紀元前1551年~前1524年)、古代エジプト第18王朝の第2代 ファラオ(王)。即位名はジェセルカラー」
 ↓↑
 「アメンホテプ1世・Amenhotep III、在位、紀元前1386年~1349年、あるいは紀元前1388年~1351年)は、古代エジプト第18王朝の第9代ファラオ(王)・即位名はネブマアトラー(真実の主はラーなり)・正妻はティイ・子はアメンホテプ4世など」
 ↓↑
 「アメンホテプ4世(Amenhotep IV)・イクナートン(Imen hetep)・古代エジプト第18王朝の王(ファラオ)で、生年 紀元前1362年?~没年紀元前1333年?、在位期間は紀元前1353年?~紀元前1336 年?ころ。別名アクエンアテン」
 「アメンホテプ4世(イクナートン)前14世紀、エジプト新王国の王・一神教アトン神の信仰を強制し、イクナートンと改名、宗教改革を実施。エジプト新王国第18王朝の王(在位前1364~前1347年ころ)・アメンホテプ3世の息子」
 ↓↑
 「太陽フレアに迫る(2016年9月11日放送分)」
 昨夜の「サイエンス ゼロ」・・・
 「太陽の爆発現象“フレア”」で地球潰滅ですか・・・
 「通信障害や大規模停電など、インフラに甚大な被害が発生」
 「NASAの研究者が、太陽フレアこそ地球に生命が誕生したカギ」・・・「太陽フレアに迫る(2016年9月11日放送分)」

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あんさつのひ

2017-02-21 22:29:28 | 古事記字源

 ・・・「ガンジーの暗殺=1948年1月30日」と「アンベードカルの死亡=1956年12月6日」・・・
 「KMO(1970年6月10日
      庚戌・壬午・辛酉
      or
      1971年5月10日
      辛亥・癸巳・乙未
      ~
      2017年2月13日
      丁酉・ 壬寅・庚午」
ーーーーー
  ↓↑
 鳥啼歌(とりなくうた)=(国音の歌)
 明治三十六年(1903年)
 万朝報   掲載
 坂本百次郎 作
  ↓↑
 とりなくこゑす ゆめさませ
 鳥 啼く声 す 夢 覚ませ
  ↓↑
 みよあけわたる ひんかしを
 見よ明け渡 る 東   を
  ↓↑
 そらいろはえて おきつへに
 空 色 映えて 沖つ 辺に
  ↓↑
 ほふねむれゐぬ もやのうち
 帆船 群れゐぬ 靄 の中
  ↓↑
 鳥啼く声す 夢覚ませ
 見よ明け渡る 東を
 空色映えて 沖つ辺に
 帆船群れゐぬ 靄の中
ーーーーー
 仮名手本忠臣蔵・四十七士+α・・・「咎無くして死ぬ」
 α=?=京(亠口亅八)=みやこ・ケイ・キョウ=ん=む?
  ↓↑
 「いろは歌」
 文献上に最初に見出されるのは
 承暦三年(1079年)
 「金 光 明  最 勝  王 経  音 義」
 (こんこうみょうさいしょうおうぎょうおんぎ)
  ↓↑
  いろはにほへと ちりぬるを
 (色 はにほへど 散りぬるを)
  わかよたれそ  つねならむ
 (我が世たれぞ  常 ならむ)
  うゐのおくやま けふこえて
 (有為の奥 山  今日越えて)
  あさきゆめみし ゑひもせす
 (浅 き夢 見じ 酔ひもせず) 
  ↓↑
 以呂波耳本へ止
 色 はにほへど・・・伊呂波
  ↓↑
 千利奴流乎
 散りぬるを・・・・
  ↓↑
 和加餘多連曽
 我が世たれぞ・・・
  ↓↑
 津祢那良牟
 常 ならむ・・・・・
  ↓↑
 有為能於久耶万
 有為の奥 山・・・・
  ↓↑
 計不己衣天
 今日越えて・・・・
  ↓↑
 阿佐伎喩女美之
 浅 き夢 見じ・・・・
  ↓↑
 恵比毛勢須
 酔ひもせず・・・・
  ↓↑ 
 「いろは四十七字」、最後に
 「京」の字を加えて「四十八字」
  ↓↑
 「匂いたつような色の花も散ってしまう
  この世で誰が不変でいられよう
  いま現世を超越し、
  はかない夢をみたり、
  酔いにふけったりすまい」
  ↓↑
 「涅槃経の無常偈(むじょうげ)」で
  ↓↑
 「諸行無常=諸行は無常であって
  是生滅法=これは生滅の法である
  生滅滅已=この生と滅とを超えたところに
  寂滅為楽=真の大楽がある」の意
  ↓↑
 「京」の文字は・・・「  四 十     八」字目
            肆(四)拾(足)捌(八)
 「京」=「亠+口+亅+八」=数の単位で
     「兆の1万倍」
     「10の16乗」・古くは「兆の10倍」
  ↓↑
ーーーーー
 「ナーガリー」=「ナガラ(都・京)の文字」という意味
 デーヴァ-ナーガリー(サンスクリット語=deva-nāgarī)
  ↓↑
 紀元前3世紀頃から用いられてきたブラーフミー文字は地方によってさまざまな文字に分化し、南部と北部で分かれ、北部からはグプタ文字が生まれ、グプタ文字からシッダマートリカー文字(いわゆる梵字)が発展した。ナーガリー文字はシッダマートリカー文字の文字の上部の横線が伸び、全体に角張った形に変形したもの・・・
  ↓↑
 「ナーガリーはナガラ(都市)の文字という意味である。それがのちに神聖化されデーヴァ(神)を加え、デーヴァナーガリー(神聖なる都市文字)と呼ばれるようになった」・・・
 「ナーガリー文字の出現時期を7世紀あるいは8世紀とする説もあるが、年代が確実にわかるものは9世紀後半のものがもっとも古い。11世紀になると字体がほぼ現在のものと同じになり、シッダマートリカー文字にとってかわった。ほかの文字が地方ごと・言語ごとに異なっていたのに対し、デーヴァ-ナーガリーはサンスクリットを書くための地域をこえた文字として発達し、北部インドだけでなく、デカン地方や南インドでも使用された」・・・
  ↓↑
 「ナーガリー」は「ナガラ(都市)の文字」という意味
 「ナガー」は「長い・河川・紐」の意味・・・
  ↓↑
 「無抵抗主義=the principle of non-resistance」?
 「モーハンダース・カラムチャンド・ガーンディー
 (Gandhi、1869年10月2日~1948年1月30日)
  ↓↑
  己巳(戊・庚・丙)       丁亥
  癸酉(庚・ ・辛)正官・正財  癸丑
  丙寅(己・丙・甲)戌亥=空亡  乙卯
  ↓↑
  民衆暴動ではなく、
  非暴力、不服従主義(無抵抗主義ではない)
  の社会運動者」、彼自身によれば「サティヤーグ」
 ・・・「非暴力、不服従」主義?・・・「無殺生主義・無殺傷主義」・・・不服従運動?・・・「カースト制度そのものの制度廃止には賛成しなかった」、「ヒンズー教の輪廻転生(サンサーラ)」を否定しなかった・・・「ア=不・非・無」?・・・
 非暴力(ア-ヒンサー・a-hiṃsā)
 「忌避(ア・a)」+「暴力(ヒンサー・hiṃsā)」
 「否定・非・避(ア・a)」+「暴力(ヒンサー・hiṃsā)」
  ↓↑
 「バーバー・サーヒブ=ビームラーオ・ラームジー
  アンベードカル
 (Bhimrao Ramji Ambedkar・1891年4月14日~1956年12月6日)」
  ↓↑
  辛卯(甲・ ・乙)      丙申
  壬辰(乙・癸・戊)食神・傷官 己亥
  庚午(丙・ ・丁)戌亥=空亡 丁未
  ↓↑
  インドの政治家(ネルー内閣の法務大臣)
  インド憲法の草案作成者
  反カースト(不可触賎民〈ダリット〉改革)運動の指導者
  死の2か月前に約50万人の人々と共に仏教に集団改宗」
  ↓↑
 「不可触民」は、ヒンドゥー社会の中でも最下層階級であり、「触れると穢れる人間」とされた・・・
 「不可触民=ダリット=アチュート・アンタッチャブル・アウトカースト・アヴァルナ」=「困窮した者・押しつぶされた者・抑圧されている者」の意・・・
 「ジャーティ(Jāti・出自・生まれ」としての職業は
 「マハール(屠畜業者)、パーリヤ(太鼓たたき)、バンギー(人糞処理の清掃人)など」、
 「接触する物体の浄・不浄の度合いによって決められ、汚物清掃人(バンギ)、洗濯人(ドービー)、皮なめし職人(チャマール)、皮革労働者(チャマール)、屠畜業者(マハール)、貧農、土地を持たない労働者、街路清掃人(バンギー、またはチュラ)、街の手工業者、バーリヤなどの民俗芸能者、洗濯人(ドービー)などなどは、不浄なものに触れるとして、特に低い地位におかれている」、
 「触れてはいけないだけでなく、
  見ることも、
  近づくことも、
  その声を聞くことさえ
  いけない存在で、
  ヒンドゥー教徒にもかかわらず、
  ヒンドゥー寺院への立ち入りが禁止され、
  ヴァルナに属する上位4身分の
  ヒンドゥー教徒(カースト・ヒンドゥー)
  たちが使用する
  井戸、貯水池の使用も禁止され
  不可触民(ダリット)は、きびしく差別された」・・・
 「不可触民のなかにも序列があり、
  占い師と
  医師を兼ねる
  バッルバンというジャーティは、
  不可触民のなかの最高位で、
  賤民中のバラモンと自称」
 されているらしい・・・
 「カースト=ポルトガル語で「血統」を表す語
      「カスタ(casta)」
       ラテン語の
      「カストゥス(castus)=純粋なもの、
            混ざってはならないもの・純血)」
 15世紀にポルトガル人がインド現地の身分制度である
 ヴァルナとジャーティを同一視して
 「カースト」と呼んだ。
 「カースト」は歴史的に存在したというよりも、
 植民地時代後期の特に20世紀において「捏造されたもの」・・・

 音素文字(segmental script・単音文字)の
 デーヴァナーガリー(サンスクリット語=devanāgarī)
  ↓↑
 非暴力(アヒンサー・ahiṃsā)
 忌避(ア・a)+暴力(ヒムサー・hiṃsā)
 否定・非・避(ア・a)+暴力(ヒムサー・hiṃsā)
 「ア」+「ヒムサァ」・・・「蛙(ア・かえる)比務差鴉」?
  ↓↑
 「インド宗教史上長い歴史を持ち、ヒンドゥー教、仏教(仏陀に代表される)、ジャイナ教の伝統において何度もよみがえった。また、彼の非暴力抵抗の思想は、「新約聖書」や『バガヴァッド・ギーター』の教えに特に影響されている。自らの思想と生き方を、ガンディーは自叙伝の中で書いている。以下にガンディーが語った言葉からの引用を列記する」
  ↓↑
 「私は失望したとき、歴史全体を通していつも真理と愛が勝利をしたことを思い出す。暴君や殺戮者はそのときには無敵に見えるが、最終的には滅びてしまう。どんなときも、私はそれを思うのだ」。
 「狂気染みた破壊が、全体主義の名のもとで行われるか、自由と民主主義の聖なる名のもので行われるかということが、死にゆく人々や孤児や浮浪者に対して、一体何の違いをもたらすのであろうか」
 「“目には目を”は全世界を盲目にしているのだ」
 「私には人に命を捧げる覚悟がある。
  しかし、
  人の命を奪う覚悟をさせる大義はどこにもない」
ーーーーー
 ・・・???・・・
 22 乙卯(甲・ ・乙)
 23 丙辰(乙・癸・戊)
 24 丁巳(戊・庚・丙)

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「摩訶-毘-盧-遮-那」-如来=「まか-び-る-しゃな」が「来るが如し」

2017-02-20 20:09:16 | 古事記字源

 ・・・日常性の中での出来事・・・なんでも、「おつきあい・おせわ」での「感謝と迷惑」・・・前回と重複するけれど、調べたモノをトリ留めもナク添付した・・・

 「大日如来」
 円成寺の・・・・円の成る寺(ジ)・・・Π・π・パイ?
 大日如来像
 (金剛界大日、運慶作)
 「無相の法身と無二無別なり
 (姿・形の無い永遠不滅の真理・・・・永遠不滅の物質変化?
                   電子・素粒子・量子?
  そのものと不可分である)?」・・・この説明は
                   理解し難い・・・
 という如来の一尊。
 「摩訶毘盧遮那如来(まかびるしゃなにょらい)」、
 「大光明遍照(だいこうみょうへんじょう)」
 とも呼ばれる
 「宇宙とは
  あらゆる存在物を包容する・・・あらゆる存在物を包容?
  無限の空間と時間の広がり、・・空間と時間は
                 存在物の変化が前提である
  および宇宙空間を指す」・・・・?
 「大日如来」は、
 無限宇宙に周遍する点では超越者だが、
 万物と共に在る点では内在者である・・・無限宇宙は
                    超越できない
                    無限・∞だから
 全一者であり、
 万物を生成化育することで
 自己を現成し、
 如来の広大無辺な慈悲は・・・・慈悲なのか?「自費・字比」?
 万物の上に
 光被してやまないとされる。・・・摩訶毘盧-遮-那如来?
 ↓↑  ・・・摩=广+木+木+手
        摩擦・魔天楼・する・さする・こする
        按摩(アンマ)・みがく・とぐ・研摩
        せまる・とどく
      訶=言+可
        しかる・叱る
        せめる・責める
        どなる・呶鳴る・怒鳴る
 ↓↑・・摩訶不思議=maha=大・多・勝
              大きい・素晴らしい・偉大・・・
      毘=田(囗十)+比(上七)
        へそ・𦜝・臍・真ん中・中央
        毘古=彦
 ↓↑   盧=虍+田+皿
        つぼ・壺・坩
        坩堝(るつぼ・カンカ)=熔鉱炉=melting pot
        物質を溶融、焙焼する耐熱性容器で
        石英製・陶磁製・金属製などがある
           「陶」磁製
 ↓↑おおたたねこ=大田田根子=意富多々泥古
   ・・・茅渟の県の「陶邑」は鍛冶の村?
        くろ・黒・玄
        めしびつ・飯櫃・めし入れ・飯入れ・御鉢
        すびつ・炭櫃・火入れ
        酒場
        あし・蘆・よし・葦
 ↓↑   遮=庶(广廿灬)+辶
        遮断・さえぎる・遮る
        ・・・ナゼ、遮(さえぎる)なのか?
      那=刀+二+阝・・・尹+阝
        ナ・ダ・なんぞ・どれ・どの・なに・かの・あの
        多い・美しい・安らか
いかんぞ・いかん
疑問、反語の助字
        那辺・那落・支那・刹那・檀那
とも・ふゆ・やす
        伊邪那美命・伊邪那岐命
 ↓↑  如来(ニョライ)=「来るが如し」である・・・
 ↓↑
 三世(過去・現在・未来、前世・現世・来世)
 にわたって常に
 説法している・・・説法しているって、コトバでの
          語りかけ・・・「掛多理化掛」
 それ如来の説法は
 必ず文字による。・・・説法ならコトバで
           「必ず文字」なら書籍、書物・・・
 文字の所在は・・・・記録文字の意味は
 六塵其の体なり。・・「六塵の体」=認識対象物の形象で
 六塵の本は・・・・・「六塵の本」=範疇規定・概念規定
 法仏の三密
 即ち、是れなり。
 (如来の説法は必ず文字によっている。
  文字のあるところは、
  六種
  視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・思考
  の対象を、その本体とする。
  この六種の対象の本質は、
  宇宙の真理としての
  仏の身体・言語・意識の
  三つの神秘的な働きこそがそれである)・・・
  ↓↑
 ・・・なんか、添付した上の説明は「比喩的」ではなく、近代、現代ッぽい説明だが・・・「神秘的な働き」でなく、人間の当たり前の「存在対象認識」と、その「認識存在思惟」を踏まえている・・・で、なんで、「六塵」の「塵(ちり・ジン)」を当てたんだか・・・「六塵=仏語の色・声・香・味・触・法(=対象認識をコトバ、文字で規定)の六境のこと・心を汚し煩悩を起こさせるのでいう」って、「塵が心を汚す?」って違うョなッ、「宇宙塵=素粒子」・・・「五欲=五塵」らしいので、「欲によって心が汚れるコト=塵」の比喩らしい・・・
 だが、「仏」にとって、宇宙の形象、無形象物の視覚的な認識対象であるスベテの物質の根源が「塵(微細な物質)」と表現しただけのコトだろう・・・「六識の対象としての六つの境界」とは「五感認識で記憶された脳ミソ内での思惟認識」で「意識化」されたモノで、「色境・声境・香境・味境・触境・法境」の「境」とは
 「存在←五感感知」→「認識記憶→思考認識→概念規定」
 の
 「五感感知」が「対象存在」との遭遇時間、遭遇場所であり、「法境」は「記憶された対象領域(脳ミソ)」で、そこでの「思考中のプロセス」である・・・主体、主語は「ホトケ(人間)」である・・・
 それにしても「法=氵(水)+去(十一ム)」の漢字がナルホドである・・・水(液体)は何処に去るのか?・・・「去る」とは「気体化」であろう・・・そして「雲」になり、雨、雪、霰、雹、霙となって大地に降って来る・・・「法則性」とは「物質の変化の循環」である・・・それらの認識されたものが「法則=コトバ・文字=範疇、概念」である・・・
  ↓↑
 「空海(『声字-実相義』)」・・・声を文字記録した実相の義
 「身口意業は・・・・身体の動作、
           口舌の言葉、
           意識化された記憶、
           業=行動、行為、実践(伎・技)
  虚空に徧じ、
  如来の
  三密門
  金剛一乗甚深教を演說す。
 (大日如来が
  身・口・意で起こす三つの業は
  虚空に遍在し、
  三つの業の秘密において・・・ナゼ「秘密」なんだか?
  仏と平等の境地にひたる・・・「平等の境地」は無理だろう
  仏の教えを演説する)・・・・「日視通=秘密」の
                仏の教えは演説で
                明らかになるのか?
  ↓↑
 「空海(『金剛頂経瑜伽修毘盧遮那三摩地法』)」
  三昧耶形は、・・・・・仏教の象徴物の事
             サマヤ(samaya)=約束・契約・やり方
                     段取り・次第・方法
  金剛界曼荼羅では宝塔、・・・宝塔はナニの象徴か?
  胎蔵曼荼羅では五輪塔。・・・五輪塔はナニの象徴か?
  種子(シュジ)は・・・仏尊を象徴する一音節の呪文(真言)
  ↓↑         ↓↑
  ↓↑    「種子(たねこ)」ってナニ?
  ↓↑    「オオタタネコ」?
         崇神天皇の代
        「意富多多泥古」
         で
        「大田田根子」=「三輪君氏の始祖」
                「賀茂氏の始祖」
                「臺(碓・他意)伝・伝言誌」?
                 小碓命=ヤマトタケル
         は
         大物主の子(日本書紀)
         大物主の四世の子(古事記)
         人物不明な男(蛇神)と関係し孕んだ子
        (処女懐胎)?・・・聖母マリア?
        「活-玉依毘売」の子
        (意掛他眞与理備目?活魚喰い?)
         陶津耳(すえつみみ・トウシンジ=答申示?)
         の娘
  ↓↑     ↓↑
        「活-玉依毘売」=神武天皇=神日本磐余彦
                 の母
         綿津見神(海神)=わたつみ
         (メンシンケンシン=免震建芯・孟審献身
                   面身健診・面申検診)
         の次女、
         姉の豊玉姫命の子
  ↓↑     鸕鷀草葺不合尊の妻
  ↓↑     穿哉(埜)、附記合えずの見事?
  金剛界曼荼羅ではバン(vaṃ)、・・・バン(van)なら
                屋根付きの箱型の自動車
                有蓋(幌付き)トラック?
  胎蔵曼荼羅ではアーク(āḥ)、・・・アーク(arc)=円弧・電弧
                  櫃(ark)・弓
   またはア(a)=丫・蛙・阿・鴉  方舟(ark) 
  薬師如来ではバイ(bhai)・・・売・買・梅・陪・煤・媒
  ・・・???・・・
  ↓↑
 「大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経)」の教主であり、
 大日経の説く
 「胎蔵曼荼羅中台八葉院九尊」の主である。
 また
 金剛頂経の説く
 「金剛界曼荼羅五智如来」の中心。
 空海の開いた真言宗において、
 究極的には
 修行者自身と
 一体化すべきものとしての重要な仏陀。
 不動明王は、
 密教・・・・・・・・「密=ミツ=蜜=御津」=ミツ=日曜日
 の根本尊である
 大日如来の化身、・・・太陽神=アメン・アモン神?
 あるいは
 その内証(内心の決意)を表現したもの。
  ↓↑
 後期密教を大幅に取り入れたチベット仏教
 大日如来は
 「金剛界五仏(五智如来)」の中心
 チベット仏教では、
 宝飾品を身に纏わずに
 通常の如来の姿で表現され、
 多面仏として描かれることもある。
 像形は、
 宝冠をはじめ
 瓔珞などの豪華な装身具を身に着け、
 菩薩のような姿の坐像として表現。
 古代インドの王族の姿を模したもの。
 一般に
 如来は装身具を一切身に着けない
 薄衣の姿で表現されるが、
 大日如来は宇宙そのもの存在を
 装身具の如く身にまとった者として、
 特に
 王者の姿で表される。
 印相は、・・・・・・「印相=インソウ=音(韻)奏
                   =寅相=虎相」
 「金剛界大日如来」は
 「智拳印」を、・・・大日如来の結ぶ印・胸の前で、
           左手を拳に握って人さし指だけ立て、
           それを右手で握る印
           右手は仏、
           左手は衆生を表し、
           煩悩即菩提の理・・・煩悩-即-菩提?
           ボーディ(bodhi) =「悟り・英知・成仏」
           「悟り」、「覚・智・道」
           煩悩(欲)-即-菩提(成仏・死・涅槃)
        ・・・煩悩(欲求)、欲得(新陳代謝)は
           死ねば解放されるのは当然だが・・・
 「胎蔵界大日如来」は
 「法界定印」を・・・座像で左手の上に右手を重ね、
           両手の親指の先を合わせて
           他の指は伸ばす印
 結ぶ。
  ↓↑
 「真言」
 大日経などの密教経典に由来し、
 「真実の言葉、仏の言葉」という意味。
 金剛界=Oṃ  vajra-dhātu vaṃ
     オン バザラダト  バン
胎蔵界=Oṃ   a vi ra hūṃ khāṃ
     オン ア ビ ラ ウン ケン
三昧耶会=オンバザラトビシュバキリバジリニウン
  ↓↑
 ヴィローチャナ
 大日如来を
 インド神話の
 アスラ神族の王
 ヴィローチャナに求める学説・・・
 この名が
 華厳経の教主の
 「毘盧遮那仏(ヴァイローチャナ)」と類似し、
 「毘盧遮那仏」から発展した
 大日如来とも同一視する・・・
 チャーンドギヤ・ウパニシャッド
 の説話を根拠としている・・・
 インドの叙事詩
 『マハーバーラタ』
 において、
 「ヴィローチャナ」・・・ヴィローチャナ (Virocana)
             インド、仏教説話で、
             アスラ(阿修羅)族の王
 とは
 単に
 「太陽神」のことを指し、
 この時代になると特定の
 アスラ王・・・アスラ(阿修羅)王
 ↓↑     阿修羅王は4人の王
       1)羅喉阿修羅王(らご)
       2)婆稚阿修羅王(ばち・婆稚)
        Bali・バリ・被縛・帝釈天と戦って破れ、
                 縛せられた
       3)佉羅騫駄阿修羅王(きゃらけんだ)
        Sambara・サンバラ・勝楽、詐譌、木綿
4)毘摩質多羅阿修羅王(びましったら)
Vepacitti・ヴェーパチッティ
        浄心、絲種種、綺書、宝飾、紋身
        娘「舎脂」の父親
 ↓↑     帝釈天が「舎脂」を拉致誘拐し、凌辱
        怒った阿修羅が
        帝釈天に戦いを挑むことになった
        帝釈天(たいしゃくてん)=仏教の守護神
        天部の一・天主帝釈・天帝・天皇とも
        バラモン教・ヒンドゥー教・ゾロアスター教
        の武神(天帝)
        ヒッタイト条文の
 ↓↑     インドラと同一の神
 の固有名詞以外の一般的な意味を持つようになった・・・
 ↓↑
 六道・・・悟りを得れる「内道」・・・悟りを得れない「外道」
 天 道(天上道、天界道)
 人間道
 修羅道・・・アスラ(asura・阿修羅)=asu(息・命)
       妄執によって苦しむ争いの世界
       修羅=大石を動かすための木製の大型の橇(そり)
       大石(タイシャク→帝釈)を動かす道具
       阿修羅は帝釈天に娘の「舎脂」を奪われ
       帝釈天の天敵となって戦った
       帝釈天は不利となり戦闘撤退中に蟻の行列に
       出会い、蟻を踏み殺さぬよう軍を止めたので
       それを見た阿修羅は驚き、
       帝釈天の計略と疑念を抱き、軍を退いた
       これにより
       天界を追われ
       人間界と餓鬼界の間に
       修羅界(道)が置かれ追放された
 畜生道
 餓鬼道
 地獄道
 ↓↑
 の輪廻は
 (現実的な)空間的事象、
 死後に趣(おもむ)く世界の事象ではなく、
 「心の状態」として捉える・・・?
 ・・・死後の場所での心象?で、
 生きている間の心象ではない・・・死後に心象は無いだろう?
 ↓↑
 天狗など、この輪廻の道から外れたものを
 外道(魔縁)という
   ・・・「外道」の本来の意味は
   渡し場・沐浴場・霊場を作る人
   (tiiha-kara)のこと
   異論邪説を唱える人たち
   ヴェーダの権威を否定する
   諸学説の提唱者
   プラセーナジット(波斯匿王)は
   彼らを
   「六師外道」と呼んだ
ーー↓↑ーー
 プラセーナジット(波斯匿王・ハシノク王)・・・波斯の匿?
 在位は
 紀元前6世紀頃または紀元前5世紀頃の
 古代インドの
 コーサラ国の王の名前
 Prasenajit(プラセーナジット)
 Pasenadi(パセーナディ)
 パセナーディ・パーセナディ・パセーナディ
 他の音写
 鉢羅犀那逝多=鉢邏犀那待多=波匿=卑先匿=不梨先泥
 など
 漢訳は「勝光・勝軍・明光・和悦」
 など
 ブラフマダッタ、
 もしくは
 マハーコーサラ前王の子・・・
 タキシラに学んだのち王位に就く
 釈迦成道の年に即位
 実妹の
 コーサラ・デーヴィー
 を
 マガダ国のビンビサーラ王に嫁がして
 カーシー国を持参金とした
 マガダ国と並ぶ
 中インドの2大強国の王
 複数の妃がいた・・・
 マッリカー夫人(末利、勝鬘=しょうまん夫人)
 は第二妃とも、第一妃とも
 マッリカー夫人と
 「この世で一番愛しいのは誰か」
 という話題になり、
 「それは自分自身です」
 という夫人の答えに疑問に思い、釈尊に訊ね、
 釈尊は
 「他の人々にとっても自己は非常に愛しい。
  それだから
  自己を愛しく求めるものは
  他を害してはならない」
 と説かれた・・・
 彼の王子
 ジェータ太子(祇陀、祇多=ぎだ)
 と
 ヴィドゥーダバ太子
 (ビドーダバ=毘瑠璃=破瑠璃=毘瑠璃)王
 の2人・・・
 ジェータ太子は自身が所有する林園を
 スダッタ長者(須達多)に譲って
 祇園精舎が建てた・・・
  ↓↑
 ヴィドゥーダバ太子は
 母のマッリカー(末利)夫人は
 召使(下婢)が産んだ娘だと聞き・・・
 父・母・釈迦族を憎み、釈迦族を滅ぼす決意をした
 父の
 プラセーナジット(波斯匿王・ハシノク王)
 は
 ヴィドゥーダバ太子
 のクーデターで王位を奪われ、
 マガダ国に逃げたが命を失った・・・
ーー↓↑ーー
 太陽神としての
 「ヴィシュヌ」や「スーリヤ」も
 「アスラ」の異名を持つ・・・
  ↓↑
 「マハーバーラタ」の
 太陽神
 「ヴィローチャナ」と、
 「アスラ王」の
 「ヴィローチャナ」は基本的には別個の存在で、
 「大日如来」については、
 もともとどこから発生したのか、
 不明な点が多い・・・?
 ・・・「エジプトのアモン(アメン)神」だろう・・・
 アモン(Ammon)
 アメン(Amun)
 古代エジプトの神。
 「アモン (ユダ王)」は「古代ユダ王国の王」
 「アモン人」は「古代オリエントの民族」
  アブラハムの甥
  ロト
  と、その
  次女の間に生まれた
  ベン・アミの子孫・・・
ーーーーー
 猿田毘古
  ↓↑
 青面金剛
 人の体の中に
 三尸蟲(上尸清姑、中尸白姑、下尸血姑)
 という虫が三匹住んでいて
 「上尸蟲は人の頭に住み、
  目を悪くし、顔の皺をつくり、髪の毛を白くする」
 「中尸蟲は腸の中に住み、
  五臓六腑を害し飲食を好ませる」
 「下尸蟲は足に住み、
  精を悩ます」
 「三尸蟲」は、
  六十日に一回訪れる
  庚申の日の夜、
  宿主の就寝の間に体を抜け出し、
  天帝にその人間の悪行を報告。
  天帝は
  司命道人に命じて、
  その人間の罪科に応じて
  命を縮める・・・
  大罪には紀を奪い、
  少罪には算を奪う
  算は三日、
  紀は三百日
  である。
  紀を失い、
  算が無くなったとき、
  その人間の命は尽きる・・・
  そのため、
  庚申の夜に
  三尸蟲の昇天を阻むため、
  念仏行道や詠歌や物語等
  庚申会の行事を、夜を徹して行う。
  また、
  一年間に七返、庚申が訪れる年を
  七庚申の年といい
  特別に塚や石塔を建立し、盛大に庚申会を行った。
  ↓↑
 青面金剛(猿田彦)が・・・「彦=びこ・ゲン=諺」
 庚申待・・・・・・・庚申の「申(さる・もうす・シン)」
           「申命記」の「モーゼ」だろう?
 の本尊とされるのは、
 青面金剛が
 傳尸病(結核)を除く尊として
 信仰を受けていたコトに由来・・・
 江戸時代に盛行した・・・
 ・・・兎に角、「病気」のホトンドの原因が「微生物・ヴィルス」の「細菌」である・・・
ーー↓↑ーー
 おとぎり草
  ↓↑
 高さ20〜60cmにまで生育
 夏に2cm程の黄色い花を咲かせる
 葉の表面に褐色の油点が見られ、
 これは
 ヒペリシンという光作用性物質で、
 これを摂取した後に日光に当たると
 皮膚炎や浮腫を生じる・・・
 オトギリソウには
 タンニンが多く含まれ、
 全草を乾燥させたものを
 小連翹(しょうれんぎょう)と称して
 生薬として用いる。
  ↓↑
 「弟切り草」の和名
 秘薬の草の秘密を漏らした弟を兄が切り殺した
 という平安時代の伝説・・・
 花言葉も「怨み・秘密」・・・
 薬草であり、
 タカノキズグスリ(鷹の傷薬)、
 チドメグサ(血止め草)
 などの異名も持つ
 (民間療法での傷薬のチドメグサは別種に存在)。
 オトギリソウ茶に、
 マルトースをグルコースに分解する酵素である
 マルターゼ阻害活性があり、
 血糖上昇が抑制されたとの報告・・・
ーー↓↑ーー
 ・・・跳んで、重複・・・
 アフラ・マズダー
 デーヴァ=ダエーワ
 と対立する
 アフラ・マズダー
 を根拠としている
 アスラ王の一人である
 ヴィローチャナ(ヴァイローチャナ)
 と関連付けられることもある
 他には、
 智の属性、
 火を信奉することを根拠とし
 アフラ・マズダーの原型は、
 アスラの祖ともいえる
 ヴァルナといわれ
 ゾロアスター教と
 密教の教義そのものは大きな隔たりがある。
  ↓↑
 ネーレーイス(古希: Νηρηΐς, Nērēïs)
 ギリシア神話の
 海に棲む女神たち、
 ニュムペーたちの総称
 ネーレーイスは単数形で、
 複数形では
 ネーレーイデス(古希・NērēÏdes)
 「ネレイス、ネレイデス」
 英語は
 「ネレイド」
 「海の老人」
 ネーレウス
 と
 オーケアノスの娘
 ドーリスの娘たちで
 姉妹の数は50人、100人ともいわれ、
 エーゲ海の海底にある銀の洞窟で
 父ネーレウスとともに暮らし、
 イルカ
 や
 ヒッポカンポス
 などの海獣の背に乗って海を移動する・・・
 Lycoris(リコリス)=ギリシャ神話の女神
            海の精であるネレイドの一人
ーー↓↑ーー
 曼荼羅華
 炎のように見え、持って家に帰ると火事になる・・・
  ↓↑
 「胎蔵曼荼羅(大悲胎蔵曼荼羅)」
 主に「大日経」基づき、
 「金剛界曼荼羅」は
 「金剛頂経(経典群)」という
 密教経典に基づいて描かれている。
 「大日経」は7世紀の中頃、
 インドで成立
 インド出身の僧である
 善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう、637年~735年)
 が、中国人の弟子の
 一行禅師(いちぎょうぜんじ、683年~727年)
 と共に
 8世紀前半の725年(開元十三年)前後に
 漢訳(中国語に翻訳)したもの
 「金剛頂経」は
 7世紀末~8世紀始めにかけて
 インドで成立した
 「大日経」が訳されたのと同じ頃に、
 インド出身の僧である
 「金剛智三蔵(671年~741年)」
 と、弟子の
 「不空三蔵(705年~774年)」
 によって漢訳された。
 「金剛頂経」は十八会(じゅうはちえ)、
 大日如来が
 18回のさまざまな機会に説いた説法を
 経典としたものを、まとめて十八本に集大成
 「金剛智三蔵」
 と
 「不空三蔵」が訳したのは
 「初会(しょえ)」のみで、
 この「初会の経典」を
 『真実摂経』(しんじつしょうぎょう)とも言う。
  ↓↑
 「胎蔵曼荼羅」
 『大悲胎蔵(だいひたいぞう)曼荼羅』
 といい、
 「金剛界曼荼羅」に合わせて、
 「胎蔵界曼荼羅」という言い方もされている。
 曼荼羅は全部で12の「院(区画)」に分かれ
 その中心に位置するのが
 「中台八葉院」であり、
 8枚の花弁をもつ蓮の花の中央に
 胎蔵界大日如来
 (腹前で両手を組む「法界定印」を結ぶ)が位置。
 「大日如来」の周囲には
 4体の
 「如来
 (宝幢=ほうどう、
  開敷華王=かいふけおう、
  無量寿=むりょうじゅ、
  天鼓雷音=てんくらいおん)」
 を四方に配し、
 更に4体の
 「菩薩
 (普賢菩薩、
  文殊師利菩薩、
  観自在菩薩、
  慈氏菩薩)」
 をその間に配して、
 合計8体が表される。
  ↓↑
 日本に取り入れられた曼荼羅の呼称について
 「胎蔵界曼荼羅・胎蔵曼荼羅」
 の2つが併用されている
 「即ち金剛頂経には、明確に
  金剛界曼荼羅を説のに対して、
  大日経では
  大悲胎蔵曼荼羅
  もしくは
  胎蔵生曼荼羅を説くのにかかわらず、
  胎蔵界曼荼羅と言う表現は見られない・・・」
 円仁・円珍・安然など天台密教(台密)が興隆し、
 修法のテキストにあたる次第類の中に
 「胎蔵界」と言う表現が用いられるようになり、
 「両界曼荼羅・胎蔵界曼荼羅」
 の語が使われるようになった・・・
  ↓↑  ↓↑
 おとぎ(御伽)
 貴人・敬うべき人のための「とぎ」の意
 夜のつれづれを慰めるために話し相手となること
 若君の御伽をする
 寝所に侍ること。また、その女性、侍妾
 「御伽話」の略
 「御伽の国」
 「御伽小姓」
 「おとぎ」は
  貴人のそばに仕えて話をし、
  無聊(ぶりょう)を慰めることを言い、
  もとは大人が大人に話して聞かせるものだった
  人の相手に なって退屈を慰める。
  御伽話(おとぎばなし)
  とぎ=病気の人の看病。
  ↓↑
 「伽藍(がらん)/閼伽(あか)・頻伽(びんが)・瑜伽(ゆが)」
 「伽羅(きゃら)」
  ↓↑
  梵語
   「kālāguru」の音写
   「伽羅阿伽嚧」の略
   「tagara」の音写
   「多伽羅」の略とも
  ↓↑  ↓↑
  沈香(ジンコウ)の別名
  香木
  ジンコウなどの香木の樹心から製する良質の香
  「伽羅木(きゃらぼく)」の略
  伽藍、伽楠などとも書写された
  熱帯産のジンチョウゲ科の樹木が
  土中に埋もれ、樹脂が浸出し
  香木となったもの
  「多伽羅」の略
  黒沈香の意
  よいものを褒めていう語
  「姿こそひなびたれ、心はキャラにて候
   (浄瑠璃・十六夜物語)」
  江戸時代、遊里での
  「金銭」のこと。
   ↓↑
  「黒沈香(香木)」
  「奇南・伽藍・伽楠」などと書写される
  「葉庭珪の(香録)
   洪芻(こうすう)の《香譜》に
   黒沈香が優品で
   占城(チャンパ)を産地と記す
   黒色で油分の多いものを良品とする。
   ↓↑
   香木の名称
   伽羅木(きやらぼく)
   伽藍木(からんぼく)
   伽南木(かなんぼく)
   棋楠(きなん)
   奇楠(きなん)
   などと書かれ,
   伽羅のことで香木の佳品を総称
 16世紀天正ころの
 「建部隆勝-筆記」
 「蜂谷宗悟-香道軌範」
 「山上宗二-記」
 等には
 伽羅、羅国(らこく)
 真南班(真那蛮=まなばん)
 真南賀(真那賀=まなか)
 新伽羅
 の名称が見え
 これに
 佐曾羅(さそら)
 寸門多羅(すもんだら)
 を加えて6種に分類
 これを
 「香の六国(りつこく)」と称した
  ↓↑
 御伽衆(おとぎしゅう)
 戦国時代から江戸時代初期にかけて
 大名家に存在した職掌
  ↓↑
 主君の側に仕えて話し
 相手や物語の講釈を行うといった人々
 主君に召し出されて側近として仕え、
 政治や軍事の相談役となり、
 また
 武辺話や諸国の動静を伝えたり、
 世間話の相手も務めた
 御咄衆、
 御迦衆、
 相伴衆、
 談判衆、
 安西衆、
 などの別称がある。
  ↓↑
 戦国時代
 参謀
 僧侶や隠居して第一線から退いた
 重臣、没落した大名、武将が僧形となり
 務めた。
 戦乱後
 主君の無聊を慰める役割も重視され、
 豊臣秀吉の頃には
 勃興した新勢力である
 町人らも召し出された
 江戸時代以降も
 将軍や諸大名は御伽衆を召し抱えたが、
 政治の実権が重臣に移り勢力が衰えた。
 彼らの講釈話が庶民に広がり、
 江戸時代以降の
 講談や落語の源流となった・・・
  ↓↑
 豊臣秀吉の御伽衆
 豊臣秀吉は読み書きが不得手であり、
 それを補うべく
 耳学問として御伽衆を多く揃え
 一説には800人・・・
 秀吉の御伽衆には、
 元将軍や旧守護家出身など
 出自が高い者や、
 元々は
 主筋(織田家一門)や
 目上の武将だった
 秀吉の御伽衆
 武家では
 足利義昭、織田信雄、織田信包、織田有楽斎、
 六角義賢、六角義治、佐々成政、山名堯熙、山名豊国、
 斯波義銀、赤松則房、宮部継潤、細川昭元、滝川雄利、
 古田織部、金森長近、
 町人では
 千利休、今井宗薫、曽呂利新左衛門、大村由己
  ↓↑
 秀吉の治世を内政面から支えるとともに
 桃山文化を生み出し、
 一方で簡素さを追求した
 わび茶を完成させた。
  ↓↑
 御咄衆(おはなししゆう)
 御談伴(ごだんばん)
 安西衆(あんざいしゆう)
 ともいう。
 室町末期から江戸初期に特有な一種の役職。
 その職掌は
 昼夜君側に侍して
 武辺咄(ぶへんばなし)や
 自己の経験談などを披露
 資格は話上手、特殊技能の持主
 経験豊かな古老格のもの
 話は封建領主らの
 領国支配に役立てるのが主たる目的
  ↓↑
 御伽衆(おとぎしゅう)
 室町末~江戸初期の役職の一つ
 主君の側(そば)に侍し、日夜の御伽を勤めた。
 御伽の主用が主君の咄(はなし)相手で
 御咄衆ともいわれ、
 江戸時代になると
 談判(だんぱん)、 安西(あんざい)衆
 ともいわれた。
 天文(てんぶん)年間(1532~55)
 周防(すおう)の 『大内氏実録』が初見
 武田、毛利、後北条、織田、徳川氏
 など広く戦国大名間で流行
 豊臣秀吉は
 富田知信(とみたとものぶ)
 大村由己(ゆうこ)
 ほか三十数名
 御伽衆は、特殊な技術のほか、
 武辺談や政談の必要から、
 相応の豊富な体験や博学多識、
 話術の巧みさが要請されたため、
 故実や昔のことをよく知っている
 年老いた浪人が起用された。
 江戸期には
 少年が起用され、
 若殿の遊び相手となっていった
  ↓↑  ↓↑
 「医=匚+矢=醫=医+殳+酉」
 「医」=悪霊を祓う矢を置く匸(隠された場所)を表す
    「醫」の略字
 「医」=「匸+矢(ノ一+一+人)
    「匸」=「隠(かくし)構え」で
        「匚(はこがまえ)でない?
       =「一+L(乙)+ノ一+一+人」
 「醫=医+殳(ほこ・シュ・ス)+酉(樽・瓶・壜・甕・甖)」
 「毉=医+殳(ほこ・シュ・ス)+巫(みこ)」
    「いやす(癒)・病気を治す・救う」
 「医者(くすし・薬師)」
 「みこ=巫女・かんなぎ=覡)」
  (神との交信、その役割を務める人)
  ↓↑  ↓↑
 「醫=医+殳+酉」
   匚=函=箱(匚)に入れられた
      医療器具(矢)    矢=鏃(矢尻)=執刀小刀
            メス(mes)
            スカルペル (scalpel)
            ランセット (lancet)
    殳=几+又=机(診察台・手術台
            operating table
            Operating tables for surgical use)
          又=右手
     「殳」は杖ぐらいの長さの矛?・・・匙、鋭匙鉗子
                  (ball forceps
                   cupped forceps)
                鉗子(forceps・clamp)
     「酉」は樽(容器)、酒(消毒液)
  ↓↑  ↓↑
 「毉=医+殳+巫」
函=箱(匚)に入れられた
      医療器具(矢)    
            矢=鏃(矢尻)=執刀小刀
            メス(mes)
            スカルペル (scalpel)
            ランセット (lancet)
    殳=几+又=机(診察台・手術台
            operating table
            Operating tables for surgical use)
          又=右手
     「巫」は巫女(女医)、覡(男医)
ーーーーー
 ・・・??・・・
ーーーーー
 五蘊(ゴウン・pañca-skandha)
 五陰(ゴオン)
 人間の肉体と精神を
 五つの集まりに分けて示した
  ↓↑ 
 色(シキ ・rūpa)   すべての物質
 受(ジュ ・vedanā) 感受作用
 想(ソウ ・saṃjñā) 表象作用
 行(ギョウ・saṃskāra)意志作用
 識(シキ ・vijñāna) 認識作用
  ↓↑
 十二処(ジュウニショ)
 十二入(処=āyatana)
 12の知覚を生じる場
  ↓↑
 六根(処)、六境(処)
 六根(ロッコン・ṣaḍ-indriya)
 主観の側の六種の器官
 眼・耳・鼻・舌・身・意
  ↓↑
 六内入処(ロクナイニュウショ)
  ↓↑
 五根=眼・耳・鼻・舌・身
 五感=人間が外からの影響を受ける身体の器官
 「意」はそれによって生じる心の働き
  ↓↑
 六境(ロッキョウ・ṣaḍ-viṣaya)
 客観の側の六種の対象
 色・声・香・味・触・法
 六外入処(ロクガイニュウショ)
  ↓↑
 五根に対応する境の部分
 五境=色・声・香・味・触
 そこに生じる欲
 五欲=五塵
  ↓↑
 六根 六境
 眼(ゲン) (眼処) 色(シキ) (色処)
 耳(ニ)  (耳処) 声(ショウ)(声処)
 鼻(ビ) (鼻処) 香(コウ) (香処)
 舌(ゼツ) (舌処) 味(ミ) (味処)
 身(シン) (身処) 触(ソク) (触処)
 意(イ) (意処) 法(ホウ) (法処)
  ↓↑
 十八界
 六根 六境 六識
 眼界  色界 眼識界
 耳界  声界  耳識界
 鼻界  香界 鼻識界
 舌界  味界  舌識界
 身界  触界 身識界
 意界  法界 意識界
  ↓↑
 五蘊・十二処・十八界(六根・六境・六識)の関係
  ↓↑
 六識身(過去の記憶)
     眼識身・耳識身・鼻識身・舌識身・身識身・意識身
 六触身(外界との接触)
     眼触身・耳触身・鼻触身・舌触身・身触身・意触身
 六受身
 六觸所生受身=六觸因縁生受=外界との接触により生じる判断
        眼受身・耳受身・鼻受身・舌受身・身受身・意受身
 六想身=六觸所生想身=外界との接触により生じる知覚
     色想身・聲想身・香想身・味想身・觸想身・法想身
 六思身=六觸所生思身=外界との接触により生じる思い
     色思身・聲思身・香思身・味思身・觸思身・法思身
 六愛身=六觸所生愛身=外界との接触により生じる愛着
     色愛身・声愛身・香愛身・味愛身・所触愛身・法愛身
ーーーーー
 ・・・???・・・カンジ・・・

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青面金剛明王・・・猿田毘古・・・

2017-02-19 00:22:08 | 古事記字源

 ・・・「御伽(おとぎ)の國(くに)のアリヲ」・・・前回は「薬師寺-東塔」のハナシだったが、「伽藍(ガラン)=saṃghārāmaの音写・僧伽藍摩の略・僧園・衆園、寺院領域と建造物の配置」である。「伽(イ+力+口)」は「人の力は口(コトバと食欲)」で、「藍(艹+臣+ケ+皿)=あい・あおい・ラン」がナゼ、伽-藍の「藍」なのか?・・・

 「あお色」が関係するのは「薬師如来の身体の色」だったが、青色は「青面金剛明王」で「夜叉神=伝屍病鬼」の道教思想の庚申信仰(庚申講の本尊・帝釈天の使者の金剛童子・身体は青色で、六臂(ロッピ)または二臂、四臂、目は赤くて三眼、怒りの形相の神・病魔を退散させる威力を有する・後世、道家の説が加わり、庚申待の本尊となった」、この「青面金剛明王」は「猿田彦」にも習合された・・・
 「青面金剛明王」の「六手の持物は、左に三股叉、矢、宝棒、右に、一輪、弓、羂索、頭髪を逆立て両臑を現わし、庚申時の三尸虫(三尸蟲=上尸清姑、中尸白姑、下尸血姑=上尸蟲は人の頭に住み、目を悪くし、顔の皺をつくり、髪の毛を白くする・中尸蟲は腸の中に住み、五臓六腑に障害・下尸蟲は足に住み、精を悩ます)の活動を封じ込め、旅の道祖神とも習合した」・・・
 「三虫(サンチュウ)、三彭(サンホウ)、伏尸(フクシ)、尸虫(シチュウ)、尸鬼(シキ)、尸彭(シホウ)」・・・
 「青面金剛が傳尸病(伝尸病=結核)を除く本尊」とされた。「下尸血姑(彭矯・ホウキョウ)」は字面どおりの「心臓、血管の循環器の障害」と理解できるが、「上尸清姑(彭倨・ホウコ)、中尸白姑(彭質・ホウシツ)」も「心臓、血管の循環器の障害の蟲(病)」だろう・・・
 「彭(ホウ・ビョウ)=ぱんぱんに張りつめる・張った太鼓や鼓をポンポンと鳴らす音の形容」・・・「彭」の類字は「膨」の「膨張・膨脹」、
 「矯(ためる・いつわる・キョウ)=矢+喬」は、「ためる・ただす・まっすぐにする・矯正・矯風・いつわる・だます・矯飾・いさましい・はげしい・矯激」・・・
 「倨(おごる・キョ・コ)=倨傲不遜・傲慢な態度・足を投げ出してすわる(箕坐)・さしがね、矩の直きもの・すこしくまがる(微曲)」、
 「質(ただす・シチ・シツ=性質・資質・質屋)」だが・・・「血管狭窄」・・・血管がすぼまって狭くなること・・・
 「藍」の漢字分解での意味は「クサカの臣はタケ(竹)」の「片割れのケ」の「皿(食べ物を盛る容器)」?・・・「皿」は窪みの深い「dish・vase」で、平たい「ソーサー(saucer)」ではないらしい。「盀・盁・𥀿・𥁀・盂・𥁁・𥁂・𥁃・𥁄・𥁅・盃・盄・盅・盆・盇・盈・㿼・㿽・𥁆・ 𥁇・𥁈・𥁉・𥁊・𥁋・𥁌」は、基本的には「擂り鉢状」の器(うつわ)らしい・・・「猛々しい」は「犭+子(一了)+皿」で・・・「孟(かしら・はじめ・モウ・ボウ)」で、「空腹の獣の子」か?・・・「血」は「ノ(ヘツ・ヘチ)+皿(dish・vase・ビョウ・ベイ・ミョウ)」なら「心臓(heart)」である・・・
 「皿嘗めた猫が科を負う」、「猫を追うより皿を引け」、「皿鉢(さわち・ベイバチ・ミョウバチ)」?
 「ラン→藍山(ランザン)=位於雪梨之西的、藍山地區・藍山蜂起(ラムソンホウキ)=黎利(レ・ロイ)による中国明朝からのベトナム(越南)独立を目指した1418年~1428年にかけての闘争・伊予国宇和島八代藩主、伊達宗城(改名、山口亀三郎、伊達亀三郎、兵五郎、宗城・戒名・靖国院殿-藍山-維城大居士」で「藍山」であった。
 「藍」の類字は「襤-褸(ぼ-ろ)=ランル」だが、「褸(いと・ル)」は「細々と連なる糸筋・一縷・細く、途切れずに続くさま・こまごまとしたさま」、「縷言・縷述・縷説・縷陳・縷縷」・・・「いちる(一縷)の望みを残す」である・・・
 「伊達宗城=藍山」は「明治十六年(1883年)12月26日、修史館副総裁」に就任し、「黒船来航(1853年・嘉永六年六月三日)から3年後に日本人だけで最初の蒸気船の第1号を造った」・・・
 「藍(艹+臣+ケ+皿)」の「ケ=(ノ一)+(l)」は「竹」の漢字の「左右の部首」で、「ケ(け)」?・・・

 𠂉「曼荼羅(マンダラ)」の絵図の配置は「仏の階級序列」なのか?・・・
 「荼」は「茶(チャ・サ)」の漢字に似ているが、「ホ」と「示」で異なる漢字である。
 「荼=ト・タ・ダ・にがな(苦菜)・のげし(野芥子)・けしあざみ(芥子薊)・荻の穂・つばな(チバナ・ツバナ・荑=テイ・ダイ・生薬名のボウコン(茅根)、漢字表記は千茅・日当たり良好な草原に自生する多年草・花穂や根は甘みがあり、根を乾燥して消炎・利尿・止血などに用い、滋養強壮薬)・ちがや(茅)の穂・キク科の越年草・茅茨 (ぼうし)」、
 「かやぶきの・粗末な茅屋、茅舎、茅門」、
 「茅萱 (ちがや)・白茅 (ちがや)・茅渟鯛 (ちぬだい)・茅花 (つばな)・茅蜩 (ひぐらし)」、
 「雑草・苦しみ・害毒・害悪・しきもの(敷き物)・ゆるやか(緩やか)」
 などであるらしい・・・
 「大日如来=毘盧舎那仏=梵名、マハー・ヴァイローチャナ(mahā-vairocana)、虚空にあまねく存在するという真言密教の教主・万物の慈母・万物を総該した無限宇宙の全一とされる汎神論的な仏」、「胎蔵(内臓器?・体内エネルギー)曼荼羅(機能)」・「金剛界(体外エネルギー?)曼荼羅(機能)」・・・
 「曼荼羅」の「曼」は「蔓=葛」の「艸=サ=廾=艹」の部首漢字を除いた(省いた)漢字で、「羅」は「網」である・・・
 「蔓(艹+日+罒+又)=葛(艹+日+罒+勹+人+乚)=つる(蔓)の古名・植物の茎で、それ自体では立たず、長く伸びて他の物に巻きついたりよじ登ったりするもの・ブドウなどの巻きひげ・眼鏡の耳にかける部分・てがかり・てづる・カネづる・蔓延(マンエン)=はびこる」・・・
 「曼=マン・バン・ひく・ながい・ひろい・うつくしい・ひく・ひっぱる・ながい・ひろい・ひろがる・曼曼=うつくしい・曼姫・梵語(ボンゴ)の音訳に用いられる」・・・
 「曼珠沙華=ヒガンバナ(彼岸花)=高さ約30センチの花茎を伸ばし、長い雄しべ・雌しべをもつ赤い六弁花を数個輪状につける。花の後、線形の葉が出て越冬。鱗茎にアルカロイド(リコリン、ガランタミン、セキサニン、ホモリコリンなど)を多く含む有毒植物・有毒植物であるが、鱗茎を外用薬とする」・・・
 「曼珠沙華=死人花(しびとばな)、捨て子花、石蒜(セキサン)、天蓋花(テンガイばな)、天涯花、幽霊花、剃刀(かみそり)花、地獄花、狐花(きつねばな)、はっかけばばあ(歯欠婆?)、葉見ず花見ず、相思華」などとも・・・

 「曼珠沙華=Lycoris(リコリス)=ギリシャ神話の女神・海の精のネレイドの一人の名前」、「曼珠沙華=炎のように見え、持って家に帰ると火事になる、との迷信・・・花言葉は情熱、独立、再会、諦め、転生」・・・
 「おとぎ(御伽)=貴人、敬うべき人のためのトギ(とぎ)・夜のツレづれを慰めるための話し相手・寝所に侍ること、また、その女性・夜伽(よとぎ)・侍妾(ジショウ)・御伽話の略・御伽の国・御伽衆・御伽小姓」、「退屈をなぐさめるために話し相手をすること・病人の世話をすること・看病・通夜」、「おとぎ=貴人のそばに仕えて話をし、無聊(ブリョウ・心が楽しまないこと・気が晴れないこと、また、そのさま・退屈・不遇な立場・聊=耳+卯=いささか・かりそめ・とりあえず・わずか・漫然とお喋りをすること・聊爾(リョウジ・楽しむ・安らぐ)を慰めることを言い、もとは大人が大人に話して聞かせるものだった・人の相手になって退屈を慰める・御伽話(おとぎばなし)・日本語のトギ(とぎ)・・・御伽草子=室町物語、中世小説等の名称を転々と使用してい」・・・「病気の人の看病」・・・「豊臣秀吉の御伽衆」・・・「病人の看病(カンビョウ)」ですか・・・「伽=イ+力+口=とぎ・カ・ギャ・ガ・キャ」・・・
ーーーーー

 「御伽戯-理」想
  ↓↑
 「おとぎ-り」草・・・?・・・「音記理箏」?・・・
  ↓↑
 「弟切草(おとぎりソウ)」=「高さ20〜60cmにまで生育し、夏に2cm程の黄色い花を咲かせ、葉の表面に褐色の油点が見られる。これはヒペリシンという光作用性物質で、これを摂取した後に日光に当たると皮膚炎や浮腫を生じる。またオトギリソウにはタンニンが多く含まれており、全草を乾燥させたものを小連翹(ショウレンギョウ)と称して生薬として用いる」
 「この草を原料にした秘薬の秘密を漏らした弟を兄が切り殺したという平安時代の伝説によるものである。この不吉な伝説のため、付けられた花言葉も怨み、秘密」
 「基本的には薬草で、
  タカノキズグスリ(鷹の傷薬)、
  チドメグサ(血止め草)などの異名も持つ
  民間療法で傷薬として使う
  チドメグサは別種に存在する
  花の寿命は一日で、日中に咲く」・・・
 「オトギリソウ茶に、マルトースをグルコースに分解する酵素であるマルターゼ阻害活性があり、血糖上昇が抑制されたとの報告がある」・・・らしい・・・
ーーーーー
 ・・・

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「薬師寺」=「凍れる音楽」って、なに?

2017-02-17 00:35:32 | 古事記字源

 ・・・昨日は朝、9時半頃にバスで隣り町の巨大な市立病院へその後の体調検診を受けに行ってきたが、2月22日に再入院して、再手術するコトになった。「解放」、なかなか、そうは問屋が卸さない、と云うことらしいが、夜(2017年2月15日・水・午後10:25~午後11:15のNHKの「総合診療医ドクターGスペシャル・第三弾・脳卒中」を見ながら「脳梗塞」でなく、「心筋梗塞」て幸いであったカナ、と思ったりして・・・その前の「ためしてガッテン」の「骨ホルモン」もなるほど、で、「爆笑問題」の「世界遺産・薬師寺のシンボル東塔」の1300年後大修理も面白かった・・・東塔の中心を貫く「心柱・1万点にもおよぶ部材」、「元の木を可能な限り残し、いにしえの姿に限りなく近づける・当時の槍鉋(やりかんな)などの大工道具の復元」・・・土木建築の「職人・技術者」とは「たくみ(匠)」である。モチロン、「医者・巫女・覡」は「たくみ(匠)」であった。日本語の「匠(たくみ=内匠)」とはスベテの「技術的職人、技術的知識人」=「わざ(技)を有するヒト」の一般名詞である・・・法相宗の大本山、「薬師寺」の「東塔」建築の「解体修理」は「元の木を可能な限り残し、再建築」である・・・基壇の下から「和同開珎」4枚が出土・・・病もカネ次第・・・?

 「薬師寺」=「凍れる音楽」=「frozen music」=「建築は凍れる音楽 gefrorene Musik」?・・・「芸術的な対称形(対称構成)」?
 病院の入り口にはホテルのような案内係が待機して車でやってくる人々や、徒歩でやって来る人々を中に誘導案内し、待ち合いロービーにも案内係がいて外来患者の各診療科の受付け窓口へ案内していた。とにかく診断待ちの人びとが大勢で、都会の駅の待合室のような感じで混雑していた・・・循環器科の受付窓口前の長椅子に座って呼ばれるのを待っていたが、長い時間の順番待機・・・行き交う人々を観察していたが、さすが冬国の北海道、病院通いの人々が着ているファッション、履いている長靴(沓)、雪靴(沓)もカラフルでお洒落である・・・受付窓口の両脇には自動血圧計が設置されていたが、次から次へとその計器に腕を突っ込んで測る人が絶えない・・・診察後に入院の手続き説明、服用薬の説明、そして支払い窓口に並んで精算・・・

 巨大な病院の外に出て処方薬局で薬を貰って、バス停へ・・・既に12時半のバスは2、3分前に出発していた・・・次のバスは1時間後・・・
 地元の駅のバス停に着き、帰宅途中、スーパーで食糧の買い物、午後3時にやっと、モモの居ない我が家の玄関に辿り着いた・・・寒い雪国であっても、今更ながらボロ屋敷であっても、生きて、住める家と、場所があることに感謝ではあるカナ・・・ホームレスや、難民の人々の寒空を思いながら・・・
ーーーーー
 以下はウイッキペデア、&、他のブログ辞典、記事を参照、参考に添付・・・
  ↓↑
 薬師如来=薬師瑠璃光如来=薬師(瑠璃光)仏
      薬師(瑠璃光)王・大医王仏
      青色の肌を持つ仏
  ↓↑
 薬師如来の経典
 永徽元年(650年)
 玄奘訳『薬師瑠璃光如来本願功徳経(薬師経)』
 景竜元年(707年)
 義浄訳『薬師瑠璃光七佛本願功徳経(七仏薬師経)』
 その他
 建武~永昌年間(317~322年)
 「帛尸梨密多羅訳」
 大明元年(457年)
 「慧簡訳」
 大業十一年(615年)
 「達磨笈多訳」
  ↓↑
 「薬師本願功徳経」
 薬師如来は東方浄瑠璃世界(瑠璃光浄土)の教主
  ↓↑
 菩薩の時に十二の大願
 衆生の疾病を治癒して寿命を延べ、
    災禍を消去し、
    衣食などを満足せしめ、
    かつ仏行を行じて
    無上菩提の妙果を証らしめんと誓い仏と成った
    瑠璃光を以て衆生の病苦を救う
    無明の病を直す法薬を与える
    医薬の仏として、
    如来として現世利益信仰を集める・・・
  ↓↑
 密教経典
 「薬師瑠璃光如来消災除難念誦儀軌」
 「薬師七仏供養儀軌如意王経」
 薬師経に説かれ
 真言宗(東密)では顕教系の如来
 「覚禅抄(東密)」において
 「胎蔵大日如来」と同体
 雑密系の別尊曼荼羅では中尊
  ↓↑ 
 天台宗(台密)
 薬師如来が東方浄瑠璃世界の教主
 天皇と結び付けらた
 「阿裟縛抄(台密)」で
 「釈迦如来・大日如来」と同一体
 顕教での「妙法蓮華経」に説かれる
 「久遠実成の釈迦如来=密教の大日如来」
 「釈迦如来の衆生救済の姿」
  ↓↑
 「東方の如来」=「五智如来の阿閦如来」とも同一視
 「チベット仏教(蔵密)」で信仰され
 チベット僧により日本でも灌頂
  ↓↑ 
 十二誓願
 光明普照(自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く)
 随意成弁(仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる)
 施無尽仏(仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す)
 安心大乗(世の外道を正し、衆生を仏道へと導く)
 具戒清浄(戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける)
 諸根具足(生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす)
 除病安楽(困窮や苦悩を除き払えるよう援ける)
 転女得仏(成仏するために男性への転生を望む女性を援ける)
 安心正見(一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける)
 苦悩解脱(重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける)
 飲食安楽(著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く)
 美衣満足(困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す)
  ↓↑
 徳川家康・・・薬好きで、自分自身の「薬箱」を管理していた
 生母、「於大の方」が
 鳳来寺(愛知県新城市)の本尊の
 薬師如来に祈願して誕生した
 家康は薬師如来が人間界に現れたとの伝承・・・
ーーーーー
 「薬師寺」・・・ヤクシジ=訳詞字(事・辞)
  ↓↑
 「日本書紀・天武天皇九年(680年)十一月十二日条
 「天武天皇」が
 「持統天皇=鵜野讃良(うののさらら)」皇后の病気平癒を祈願し
 「薬師寺の建立」を発願
 百僧を得度(出家)させた・・・「百済の僧侶」?
 薬師寺東塔の屋上にある
 相輪支柱に刻まれた
 「東塔檫銘(とうとうさつめい)」にも同趣旨の記述
 天武天皇は寺の完成を見ずに
 朱鳥元年(686年)死没
 伽藍整備は
 持統天皇、文武天皇の代に引き継がれた
 ↓↑
 「東塔檫銘」
 「清原宮に天の下を統治した天皇(天武)の
  即位八年、庚辰の歳、
  中宮(持統天皇)の病気のため、
  この伽藍を創り始めたが、
  未完成のうちに崩御したので、
  その意志を継いで、
  太上天皇(持統)が完成したものである」
 という意味の記録
 「天皇即位八年、庚辰之歳」は、
 「日本書紀・天武天皇九年」と同年
 「日本書紀・天智天皇の没した翌年(壬申年、西暦672年)を
 「天武天皇元年」だが、
 「天武天皇即位は翌年(西暦673年)で
 「天皇即位八年」とは即位の年から数えて八年目という意味・・・
 持統天皇二年(688年)
 薬師寺で
 「無遮大会(かぎりなきおがみ・ムシャタイカイ)」
 という行事が行われた
 「続日本紀・文武天皇二年(698年)」
 造営がほぼ完成
 この「創建薬師寺」は、
 藤原京の
 右京八条三坊の地にあった
 大和三山の
 畝傍山と香久山の中間にあたる
 橿原市城殿町に寺跡が残り、
 「本薬師寺(もとやくしじ)跡」
 として特別史跡に指定されている
 和銅三年(710年)
 平城京遷都
 薬師寺は飛鳥から平城京の
 六条大路に面した
 右京六条二坊(現在地)に移転
 長和四年(1015年)成立の
 『薬師寺縁起』によれば
 養老二年(718年)である
 平城薬師寺境内からは
 霊亀二年(716年)の記載のある木簡が出土
 造営は
 養老二年よりも若干早くから始まっていた・・・
 「扶桑略記・天平二年(730年)三月二十九9日条」に、
 「始薬師寺東塔立」
 「東塔(三重塔)」が完成した
 平城京への移転後も、
 飛鳥の薬師寺(本薬師寺)はしばらく存続
 後に廃寺
 本薬師寺跡には
 金堂・東塔の礎石、西塔の心礎が残っている
 本薬師寺の伽藍配置は
 「薬師寺式伽藍配置」と称され
 中央に金堂、その手前に中門、背後に講堂を配し、
 金堂の手前東西に塔を置く
 中門左右から出た回廊が講堂の左右に達し、
 金堂、東西両塔は回廊で囲まれている
 この伽藍配置は
 平城薬師寺においても踏襲
 本薬師寺、平城薬師寺双方の発掘調査により、
 両伽藍の
 建物の規模、
 位置関係などはほぼ等しく、
 本薬師寺の伽藍を平城薬師寺に再現しようとした
 ただし、
 平城薬師寺では中門の規模が拡大され、
 回廊も幅が広げられた
 平城京の薬師寺は
 天禄四年(973年)
 火災
 享禄元年(1528年)
 筒井順興の兵火で多くの建物を失った
 奈良時代の建物は東塔を残すのみ
 天禄四年の火災
 金堂、東塔、西塔は焼け残った
 講堂、僧坊、南大門などが焼けた
 西僧坊の跡地からは僧たちが使用していた
 唐時代の陶磁器が多数出土
 「東塔」
 「扶桑略記・平城移転後の天平二年(730年)」
 新築とする説が通説
ーーーーー
 東塔
 奈良時代(天平年間)にさかのぼる唯一のもの
 総高34.1メートル(相輪含む)
 日本に現存する江戸時代以前に作られた仏塔としては、
 東寺五重塔、
 興福寺五重塔、
 醍醐寺五重塔
 に次ぎ、
 4番目の高さ
 屋根の出が6か所
 一見六重の塔に見えるが、
 下から1・3・5番目の屋根は
 裳階(もこし)
 構造的には三重の塔
 塔の先端部の相輪にある
 青銅製の水煙(すいえん)には
 飛天像が透かし彫りされている
  ↓↑ 
 相輪の中心部の柱の最下部には
 「東塔檫銘」と称される銘文が刻まれて、
 薬師寺の創建と本尊造立の趣旨が漢文で記されている
 塔の建築年代については
 飛鳥の本薬師寺から移築されたとする説(移建説)と、
 平城京で新たに建てられたとする説(非移建説)とがあったが、
 『扶桑略記』の記述のとおり、
 天平二年(730年)
 平城京にて新築
 当初、東塔・西塔の初層内部には
 釈迦八相(釈迦の生涯の8つの主要な出来事)
 を表した塑像群が安置されていた
ーーーーー
 ・・・「薬師寺=病院」・・・「薬師如来=ヤクシニョライ=訳詞如覶異」・・・なんで、「役(ヤク・エキ)」が「エン」なんだか・・・「エンのギョウジャ」=「役の行者」=「役 小角(えん の おづの(おづぬ・おつの)・舒明天皇六年(634年)伝~大宝元年六月七日(701年7月16日)伝)」・・・
 役
 「仕事(務め)・職務・労役・役員」
 「防人(さきもり
  軍事制度で辺境(国境)を守る兵士」
 「いくさ・戦争・戦役」
 「人民に課する労働
  えだち(税として公用の労役に従事
  すること)」
 「兵士・兵卒」
 「使う・働かせる・使役」
 「使われる・仕える」
 「召使い」
 「営む」
 「仲間」
  ↓↑
 「ヤク」
 「つかさ(役人)」
 「官職(国家公務員に割り当てられる職)」
 「役目・地位」
 「税・役儀(課税)」
 「役銀(金沢藩が藩士に課した家禄税)」
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