きの書評

備忘録~いつか読んだ本(読書メーターに書ききれなかったもの)~

(12of14)Maja(マヤ)ホテル~A Luxury kennel~フィンランドにようこそ!安定の韓国の味。

2020-11-21 00:13:27 | 怒涛の京都ホテルめぐり

 フィンランド風デザインのカプセルホテル(7/29)水。 外観は最近作った黒格子の町屋風ネオ和風鉄筋4階建て。朝食付き8,250円。 モントレ快適で6千円だった。四つ星ホテルより高い金額を払って、カプセルホテルに泊まる必要があるのか。いんちき代理店に質問をぶつけてみたところ(娘)「新築だからじゃないでしょうか」という回答が返って来た。そうなのか。わかったような、わからないような。

 宿泊フロアは木の匂いがする。コンクリート打ちっぱなしの床につやつやのべニアで三角の天井板。立派な犬小・・・。ゴホンゴホン。クッションや小物が紫と黄緑の草間彌生のような色盲検査図系の前衛的な色使い。なぜそんな模様のパジャマにはしないのか。パジャマは普通の高級作業着といった感じだ。ミネラルウォーターと黒の布に大きく「Maja Hotel」と書いたバッグを記念にくれた。

 

 韓国料理の春雨で作った焼きそばみたいなものが食べたかった。京都に来てすぐに駅の向こうのホテル近くの韓国食材店で惣菜を買って、箸がないから手づかみで食べたあの味が忘れられない。今回も用事をこなして二条駅から行くので韓国料理店を通る。しめしめ。聞いてみよう。(きの)「この単品で480円というのはどんな量ですか」韓国は物価が低いのか、売ってる物も妙に安い。ということは(店)「大量」えっ。手で示している大きさは丼に山盛り。そんなには食べれない。あとのメニューは何が入っているのかよくわからない。全部が激辛だったらどうしようという心配があり、唯一食べれそうな(きの)「焼肉弁当をひとつ」結局これでは南禅寺の時と一緒じゃないか!

 駅の老舗菓子処で香典返しの菓子も買い、そこでゼリーを食べたので水分はバッチリだ。おそらくこの辺だろうと思われる四条でバスを降りてお茶屋に向かう。そこからどうにかして四条区画の真ん中らへんのホテルを歩いて探す。寺町商店街のアーケード中の方が少しは涼しいだろうか。蒸し暑くて死にそうだ。この旅を始めた頃は嵐山などを歩いて快適だったが、だんだん梅雨になってくると観光はおろか、生きてホテルにたどりつけるかどうかが問題になってくる。

 新京極の似たような路地裏を歩きまわり、ここだろうという角を曲がりホテルを見つけたが、着いた頃には(きの)「ゼェゼェ」瀕死の状態になっていた。よれよれで到着し体温を測ったら今までで最低の35.0℃。もうこの人は生きてはいない。チェックインし歯ブラシをもらって説明を受ける。カプセルホテルだから部屋(?)で飲み食いしない方がいいだろう。宿泊客が自由に使っていいラウンジがあるはずだから、そこで食べようと予定していたが、それはフロントと同じ階だった。しまった。

 はからずもまた焼肉を持って参上するはめになり、キムチが悪い訳ではないがコンセプトに全然合わないのでやめてくださいと言われても仕方ないと思う。なので、最後の予防線として(きの)「来るときに弁当を持たされてしまったのだが、そこで食べてもいいでしょうか」だって店の人が会計の後に持たせてきた。まるきり嘘ではないが、この言い方だと法事や何かの集まりか催事の折り詰めを知らずに持たせてきた人がいて、そっちの方への顔向けもあるだろうから断りづらい雰囲気が漂う。ふふふ。老獪な大人は今週もまたキムチの処遇に明け暮れる。(フロント)「あっはい、どうぞ」一応許可は取った。

 ラウンジの食器はオシャレなイタリアンブランド・イッタラでそろえている。ワイングラスまであって、何もかもがオシャレ。デザイナーの作品でどこかの美術館に永久保存されている電球の形をしたランプも飾ってある。高そうなスピーカーからはひそやかな音色で時々(低音)「ッボンッボボっ」というシャンソンのようなBGMが流れてくる。この中で今から食べるのかと思うと気が重い。幸い建物は京都特有のウナギの寝床スタイルなので、奥に長いのを利用してフロントからは一番離れたところに座ろう。と思ったら奥は吹き抜けで下の死ぬほどオシャレなデザイナーズ・レストランとキラキラの螺旋階段でつながっている。フィンランド料理とは相いれない香りだ。うぅ、どうしよう。

 しかし、落ち着いて様子をうかがうと、どうやら今は下のレストランに客はいないようだ。従業員同士で喋っている声だけが聞こえる。平均を取ってラウンジの真ん中辺のイスに座り、コーヒー豆があったのでガリガリ挽き、全館によい香りを充満させておいておもむろに弁当を開け、素早く付属のキムチを飲み込み、容器は偶然持っていたジップロックの袋にしまう。後はただの焼肉弁当なのでそれ程お叱りも受けないだろう。最近キムチを飲んでばかりだ。

 気のせいか、食べているうちに下の従業員の会話が外国人客の動向から日韓関係の話になった。キムチの匂いと気づいていたなら、あからさまに名指しのような会話はしないだろうから、無意識に話題が寄って行ったのだろう。人間の脳おそるべし。コーヒーの効果もあっただろう。麻薬犬もコーヒーの匂いでわからなくなるらしいからのう。もっしゅもっしゅ。

 本日のドルチェは、昨日豆大福が急に食べたくなってスーパーで買ってきたのが余ってたからラップにくるんで持ってきてしまった。イタリア製の皿の中央に(大福)「ポツン」重たいナイフとフォークで堂々と食べる。遠目にはチーズケーキだと思うだろう。ワイングラスには100%ブドウジュース。フランクルの本を読もうと持ってきたが、ラウンジには天井からのスポットライトしかなく、その輪から外れると読みにくい。部屋は100ワットぐらいの照明がついているので眩しいし熱い。流しの下に小型の冷蔵庫があった。「名前とチェックアウト日を書くように、それ以外は捨てるぞ」という注意書きがあった。先日のゲストハウスでも見た表現だ。

 押し入れに入って寝るのは好きだから狭い所が苦手なわけではない。よく利用する船の個室以外の部屋は、ベッドに横から入るカプセルホテルのようなものだから、あの密閉感がたまらない。包まれるようにしてよく眠れる。棺桶で眠ってみたいと一度は考えたことがある人は他にも居るはずだ。前に待ち合わせで泊ったことのある繁忙期の大阪難波のカプセルホテルが、何だか雑然として物悲しく、高層ビルの薄暗い地下迷宮のセキュリティー厳重フロアは逃げ場がないだろうなと思った印象が強かったが、結局個室内に入ってしまったらぐぅぐぅ寝てしまった。生粋のドラキュラ伯爵なら、こんな空間はお手の物である。

 その頃、寝る前にNetflixでやってた韓国の不時着のドラマを見ていた。軍隊映画だと思って見始めたらドラマで、いつまで経っても終わらない。最初の北朝鮮への不時着はいいとしても、その後何回か韓国に帰還を試みるも失敗。結局歩いて帰りめでたしめでたしとなるはずが、なぜか殺し屋のような人物が追いかけて来て、向こうで助けてくれた人たちまでもが渡ってきて集団で大暴れ。こんなに簡単に行き来できるものなのか。

 その文化をよく知らないものだから、何が起きてもへ~そうなのか~と感心してしまう。恋愛ドラマはあまり見る気がしないが、前にやってた幽霊が見える刑事やグエムルという身軽なゴジラのような話は面白かった。人々が無駄に暑苦しく、日本の古き良き80年代を生きているようだ。

 物語も佳境に差し掛かり、主人公が何度も死にかけ、全員が泣き、今度は1人ではなく5人以上が無事に帰れるかどうかが話の焦点となってきた。なぜかさっきから飛行機の(音)「ッポ~ン」というような音が20秒ごとに鳴っている。韓国では臨場感を醸し出すためにこんな演出をするのかと思ったが、あまりにうるさいのでパソコンの音を消すと、Majaホテルのスピーカーから秘かな音楽が流れている。曲を聞かせてくれるサービスか。それとも騒音対策か。バッグに忍ばせたイヤホンを取り出す。そうまでして見る必要あるのかと思うが、こんなオシャレな北欧にはTVなんていう無粋なものは存在しないし、読んでいいのかと思った本は売り物のようなのでやたらに触るのをやめた。昔、友人がせっかくエジプトまで行って、なぜかずっとB’zを聴いていたという話を聞いて鼻で笑っていたが、同じ穴のムジナだ。

 

 暑い。エアコンは効いているのだが洞窟の奥まで漂ってはこない。カーテンを閉めているのでなおさらだ。板張りの狭い空間に人体の熱がこもり。水分だけが蒸発していく。そりゃそうだ。今この広いフロアに有機物は自分しかいない。これが鉄筋の気密性か。すごいな。あまりの乾きに肺がパリパリして痛くなり起きた。なぜか左の鼻がつまっていて、息を吸い込める右側の肺の形を意識できる程違和感がある。風呂に入り、湿気を得よう。

 先ほどトイレに入った隙に、自分以外に誰かいるのかと思い、並んだ洗面所もトイレも奥から2番目の1か所だけを使い、イスやフタをわざとズラしたりしておいた。次に来てもやはりその場所しか動かした形跡がないので、貸し切りだったのだろう。掃除も楽だしね。こんな洗練された空間に来ておいて、せっせとすることはそんなセコイ犯人みたいな工作しかないのか。

 シャワーがいっぱいあったが、バスタブが奥に1つあったのでお湯を入れてみたら水色がかっていた。ここも地下水か?多分バスタブが白いからだと思うが、日本で白いバスタブは珍しい。不動産屋によるとだいたい汚れるのを気にしてグレーかピンクにするそうだ。水色は冷たそうだし黄色にはしない。最初から黄ばんで汚れていそうな気がするからだ。輸入物かなと見てみたら、SIAAってこれは国内メーカーの抗菌のマークだし、洗面所もオシャレではあるが国内っぽかった。浴槽に寝そべったら頭の部分になぜか手すりが。トイレのドアの表示が洒落ている。気を使ってデザインしたものは、古びてもそれほど汚らしくはならないんじゃないか。洗面所の平らに並んだシンクを見ながらそう思った。

 大阪難波に泊った時は真冬だったから、カプセルの中で暖かく過ごせたし、朝になって見たら空調の穴が奥の頭側に付いていて、調節弁が閉まっていたが、そんなものには気づかず寝ていた。この小屋にもあるかと壁を探ったが、高級べニアがツヤツヤしているだけで、特に調節できるような装置は見当たらない。通気口なのか丸いものがあるが、空気の流れはない。

 カーテンが邪魔だと開け放ち、逆を向いて寝る。もうセキュリティーも何もあったもんじゃない。ロッカーを使うのがめんどくさかったので荷物を全部ベッドの端の方に置き、書類まみれの中、顔を半分通路に出して寝ている。誰か通ったらびっくりするだろう。

 ラウンジに置いてあった山小屋の宿帳のようなノートには(宿泊者A)「神奈川からはるばるやってきました」とか、(B)「あこがれのデザイナーの作品が見れて感激」、(C)「京都を離れる前に一度泊まってみたかった」など皆さん真剣なイラスト入りで書いている。普段は若者でにぎわっているのだろうな。

 

 朝になり、散歩に出かける。弁慶の岩と坂本龍馬の彼女の実家があるらしい。お龍さんち跡は、人のうちの軒先に石が立ってるだけだった。弁慶はどこかのレンガのモールの入り口に巨大な緑色の岩が立っていた。これが泣いた上に帰ってきたのか?四条の界隈だというのに、一歩入ると古い家が多かった。帰りは三条のあたりから地下鉄に乗ろうと考えていたが市役所でクラスターが発生したとの報道があり、無難にバスで帰るとしよう。

 朝食はホテルの下の件のレストランでいただく。フィンランド料理を選べるらしいが、北欧の朝から冷たいハムやらチーズを固いパンに乗せて食べるメニューは好きではないので、鮭の入った石狩鍋のようなものを食べた。ノルウェーだかフィンランドの「スモァ・ブロー」というような発音の黒パン料理は、パサパサして昔から全然食べる気になれない。

 店内のイスやテーブルが黒とゴールドでビカビカ光って訳もなく高そう。これがフィンランド人デザイナー作である必要があるのか、よくわからないが、上品な80年代ディスコといった雰囲気だ。

 

 この近くに、中学の修学旅行で泊まった杉長という名の宿がある。今回記念に泊まろうとHPを見たら臨時休館となっていた。このままやめてしまうのかと危惧したが次に見た時には、なんと「2023リニューアル・オープン!」となっていて、新しい館内の様子が、不動産デベロッパーが描いた次世代老人ホームのようなイラストで示されていた。自分たちの思い出が壊されることも衝撃だが、修学旅行が中止されるようになった今、団体用の建物ではやっていけないのは確かだ。それにしても、ずいぶん思い切ったことをしたものだ。

 今この時期にどこの銀行が貸したのか知らないが、杉長は何億も借りて、この世界が元に戻る方に賭けたのか。もし新館が完成しても客が来なければ今度こそ終わりだ。50年そこでやってきた実績も、安寧も何もかもそれら一切合切全部を俎上に載せて、また京都の日常を取り戻そうとしている。

 朝食が終わってもしばらくレストランに居座り、奥の箱庭の湿った巨大和風石灯篭とガレキのような石がそぼ降る雨に濡れているのを眺めながら、いつまでもそんなことを考えていた。

コメント

(11of14)モントレ~地底湖の水~

2020-11-15 23:17:26 | 怒涛の京都ホテルめぐり

(7/26)たまに日曜。6千円(しかも宿泊税込み)

 今回唯一の4つ星。フロントには、これでもかと言わんばかりのシャンデリアが下がり、ものすごく広い上に黒とゴールドを基調とした重厚な作りに、ほの暗い照明。ギャッツビーの世界だ。足を踏み入れると遠くのカウンターから(フロント)「いらっしゃいませ~#$%&ですか?」(きの)「え?」急いで走り寄る。熱は控えめに手首で測る。どうせ35度だろう。駅から高速で歩いて来たからな。

 そういえば、専売の不条理代理店(娘)が泊まった証明をもらってこいと言っていたな。ちゃんと指定された宿に居るか確認するつもりか。(きの)「泊まった証明??なんてあるんですか?」(宿)「はい、最近あるんですよ(苦笑)」用紙を出してきてなんちゃらトラベルの規定がどうのと説明されたがよくわからないので、そういうあぶく銭はどっかに寄付した方がいい。

 エレベーターの無駄に豪華な装飾は、まるで豊島園のびっくりハウスのよう。エレベーターには乗れるが、自分の部屋がある階にはカードキーをかざさないと入れない。京都タワーホテルもそうだったが、屋上に施設がある場合、通りがかりの観光客などがわらわらと入ってきたら困るのだろうな。けど息苦しい。入れなかった客のためにインターホンが用意されているのが憎々しい。どうせ、カード忘れて開かない~などと氷を取りに行ったよれよれの情けない浴衣姿で電話する羽目になる可能性が多々あるので、気をつける。

 部屋には2時からチェックインできるので、早めに入ってくつろぐ。内装は青と白のストライプでサーカス風。風呂場は何とも言えない紺赤白茶の細いしましま。4つ星といっても、さすがにバスローブはなかった。ここも全館冷房のようだが、部屋で調節できるようになってて、京都タワーホテルのように暑いのではないかと気にすることはない。部屋にミネラルウォーターがあったが、うわさに聞く地下水というのはこれだろうか?採水地鳥取県と書いてあるぞ??部屋にある物すべてにホテル・モントレのHとmを組み合わせたようなマークが入っている。マグにも寝間着にも歯ブラシにも。分厚いバスタオルにもエンボス加工で全面に模様が描いてあり、バスマットかと思った。

 部屋に自由に使っていいスマホが置いてある。こんなの盗まれまくらないかと思うのだが、そんな客はモントレには来ないのかもしれない。グラッドワンにもあったが、さらにもっと前、シアトルにもあって、その時も盗まれまくる心配をした気がするが、20年前に全画面の電話など存在しないはずだ。iPadだったのかな。

 部屋は中庭に面していて森らしきなにかが見えるが、大半はどこかのビルの屋上パイプがのたくった造作が見て取れるので、あまり景色がきれいだとも思わない。道路沿いの部屋だと良いのかもしれない。パジャマをどけて出窓によじ登り、窓を開けてみた。外観が石造りだから古いだろうと思ったら、案の定開いた。しかも緊急時にのみ開けてくれと書いてあるロックをはずすと、一枚の窓が外側に全開だ。そして戻ってこない。

 この窓を閉めるためには、9階の窓から身を乗り出し遠くの取っ手をつかんで、もう片方の手で同時に下側のロックを力いっぱい押して解除しながら、引き戻さなくてはならない。下から高層ビル特有の上昇気流が吹きあがってきて、本末転倒という言葉が浮かんだので慎重にやる。安全を確認しようとして落ちて行った客の伝説は、嘲笑をまじえて語り継がれることになるだろう。外に付いてるミニベランダのような部分を歩いて階段から避難できる造りは、京都タワーホテルと似ている。

 非常階段は見に行ったが、緊急時には自動で開くようになるという不思議な表示が貼ってあり、緊急時に停電して、どうやって自動で開くのか不明だが、部屋の窓が開くので、ひとまずは安心だ。最上階にはスパがあるらしい。写真で見る限りでは普通の温泉ではないのか。ここまで派手に洋風にするのなら、プール併設のホテルにしたらいいのに。

 もしやと思ってベッドサイドの引き出しを開けてみたら(きの)「あるある」聖書が入ってる。アメリカのホテルはどんな安モーテルでも聖書が入っているが、ここまで忠実に踏襲されているとは。外資系なのかな。そして、その下になぜか仏教経典のようなものまで置いてあった。対抗心?ここは京都だぞという知らしめか、もしくは選択肢を増やしてくれたかのどれかだ。

 TVもあったが見なかった。どうせもう足軽のドラマは終わってしまったし、部屋が広くてTVが離れたところに置いてあり、近視なので重要な所で「なになに?」といちいち寄って行って見なくてはならないような予感がしてめんどくさい。本を読もうにも、この豪華な部屋にはほの暗い明かりしかない。

 晩飯の店をこんな街中で探しまわらなくてもいいだろうと思うが、一応併設のレストランを覗いてみる。ホテルのロビーも黒かったが、この英国パブのような店も真っ黒でやっているのかどうなのか、外からでは容易に窺い知ることはできない。ドアをガチャガチャやったり、あまりのぞき込んでもいけないだろうから外に出てみる。

 外にはミニストップがあった。さすがにコンビニはやっているだろう。高校の時、一時期学校帰りに駅前の店に毎日のように通っては、テーブルでどうでもいい話をいつまでもしていた。メニューもうっすら覚えている。中学の時はそこでバイトしている先輩から抹茶サンデーを買ったこともある。最近は見ないと思っていたが、なつかしいので入ってみたら外のイートイン席は使用禁止になっていた。その場で料理するようなメニューもなく、ただの普通のコンビニだった。

 

 それではとばかりに近くの新風館という建物に入ってみた。古いレンガの建物を改装して活かしているらしく、前から興味があった。入ったと思ったら外だった。(きの)「ん?」なにやら吹き抜けになっている。植物もじゃもじゃの中で人が飲み食いしている。ジュース屋なのか。こんな湿った季節にそんなジャングルみたいなところで果物の汁をすすらなくてもと思うが、当人たちは写真を撮るのに夢中だ。

 全体にオシャレで非常に意識が高く、食い物を探して来てみたが、ひとつも食べたいと思うものがない。例えて言うなら、アップルストアでみんなで立ち食いしているかのような意識の高さだ。(店A)「本を読みながら野菜を食べよう。」(B)「ガラス張りの店内にチョコレートの包みがポツン」(C)「フレグランスをその場で調合」極めつけは「メンズ着物専門店」。中で我こそはこの世で一番うるさいぞといわんばかりのやつらがしかめつらしい顔をして地味な反物を選んでいる。(看板)「こだわりの油で揚げた天ぷらのアラカルト」ただの盛り合わせだろうが。(きの)「うわあぁぁ」あまりの繊細さに発狂し逃げ出して反動で路地裏をうろつく。

 この辺はヴィア・インに泊まった時に通ったことがある。あの時は各店が弁当を売っていた。なんとか珈琲という紺の暖簾がかかったおシャレな店があったが(メニュー)「味噌カツとかき氷」全然食べたくない。朦朧として、次にあったチーズ盛りだくさんの店に飛び込んでしまった。

 オープンとなっているが開店直後なのか広い店内には客は誰もいないし、店員もいない。(きの)「すいませーん。ここやってるんですか?」出てきて(店)「予約は」あるわけないだろう。今あの恐ろしい空間から命からがら逃げのびて来たんだ。表の看板にはシカゴのピザ(普通のピザのフチが立ち上がってバスケットのようになったやつ)やパスタと書いてあったからレストランかと思ったが、飲み屋だった。

 ムール貝とチーズと肉をフライドポテトの上に乗せたやつを注文し、新風館の方に背を向けてむさぼり食う。おいしい。おいしいがしょっぱい。飲み屋だからか。うちのエビ水槽のインテリア用にムール貝の紫色の貝殻を1個もらう。

 早々にホテルに帰りノドが乾いたのでお茶などを飲もうと思い、デスクの上に置いてあったモントレ謹製「辻利の煎茶」をいただく。出かける前にフロントに聞いたが全館が地下水だそうだ。ホテルの下から湧き出ているらしい。飲用可と言っているが、その根拠は書いてない。京都の水は良いと言われるらしいが、今の京都の下からくみ上げたら排気ガスと都市の汚れで汚いのではないだろうか。古いホテルの地下にある井戸の水・・・。千年前から使っているという理由は、特に今回説得力がない。成分分析表などを添えてほしい。阿倍晴明が念力で掘ったという井戸の水は、ボウフラがいた気がしてピロリ菌などが気になり、安心して飲めなかった。

 手順通りに、置いてあった萩焼の取っ手もない急須で淹れてみる。袋を破り(茶葉)「もさっ」ティーパックかと思ったら直に多めの葉っぱが入っていた。嫌な予感がしたが煎茶とはこういうものかと思って飲んでみた。(きの)「にがい。」ものすごい苦いし熱い。湯飲みはおちょこかと思うような小ささ。塩分が!塩分過多で死にそうだ。

 急いでアイスペールを抱えて製氷機に走り、氷を得て戻ってきてグラスでアイスティーにしてみたが、まだ苦くて飲めそうにない。こうなったら急須に水を入れ、そこらじゅうの容器に薄めたのを淹れてみた。早くしないと出がらしは更に渋くなる。せっかくの辻利は台無しだ。ようやく飲めるようになったが、デスクの上に雨漏りかと思うような容器が散乱し、とても説明にあるような2人分とは思えない。冷蔵庫に入れて保存。ここもペルチェ式だ。

 皮膚からも水分を吸収しようと思い、フランクルの本を持って風呂に入ってみた。このお湯も地下水らしい。すごい水圧だ。蛇口をひねるとものすごい勢いでほとばしり出てきた。こんなに全館で吸い上げるから、数町先の鉄輪の井戸が枯れたのではないか。確かに塩素の匂いはしない。水がまろやかだとか、そういう温泉通みたいなことはわからないが、セノーテというメキシコの水色の地下泉がこんな水だったら泳いでみたい。予想外に風呂桶が長すぎ、足がかかると思って本を持って目測で横たわってみたが(きの)「とぷん」届かなくてあやうく沈みかけた。ぎりぎり足の先がかかるくらいだが、輸入したのか。洗面所は門司港ホテルと同じ海外メーカーのものだ。

 

 小さい頃トトロの森に住んでいて、隣の同年代の子供がいる家が引っ越した後で移り住んできた子供のいない夫婦の家に、そのまま遊びに行っていた。商売物のぬいぐるみの余ったのをたくさんくれて、ヒマなのかいつ行っても歓待してくれた。奥さんは派手な人で、プロレスラーのような紫ラメのスパッツを履いてパーマをかけていた。母は職業選択の自由について何やら小言を言っていたが、無視して遊びに行っていた。奥さんが言うには風呂に本と酒を持って入るのが楽しいらしい。こないだなんてワインを一本開けてしまったと6歳相手に真剣にその極意を語ってくれた。

 父にも伝授してみたが、老眼鏡が曇って何も見えないと言ってやらなくなった。長じて酒はアメリカで日本酒が手に入った折に試してみたが、本の内容がわからなくなり、犯人どころか誰が何をやっているのか見当もつかず、大変不愉快なのでやめた。読書の方はあいかわらず続いているが、そろそろバスタブ流読書術の初段ぐらいにはなっているだろうか。こないだ娘が本を持って自然に風呂に向かって行ったが、脈々と受け継がれているようだ。

 心なしかお湯が水色できれいだ。白いバスタブだからか。アイダホ州は硬水で水が薄いエメラルドグリーンだった。銅の水道管なのか詳細はわからないが、緑はミネラルの色だと思っていた。日本はだいたい軟水だから、違うかな。試しに写真に撮ってみたが、水は透明に写った。おかしい。しかし、アイダホの風呂は友人にも見てもらって、確かにエメラルドグリーンだという感想を得ているので、自分の目にだけ映っているとは思えない。他の可能性としては、電灯の光の透過か。アイダホに居た時にはまだLEDは開発されていなかった。いつかこの謎が解ける時が来るだろうか。

 シャンプーは甘い紅茶の匂いがした。最近はシャンプーの匂いにうるさいぞ。この匂いが廊下にも漂っていた。花王と書いてある。最近のホテルはシャンプーが詰め替えになって、供給するのはPOLAなど大手老舗が多い。昔はホテルのシャンプーや固形石鹸、トイレットペーパーまで1回切りの使い捨てで、それこそが高級の証みたいなものになっていて、もったいないことの代名詞だったな。

 

 朝起きて、昨日のお茶を、せっかく淹れたので持って帰ろうと思い容器を探したが、唯一蓋が閉まるのは昨夜に飲んだ三ツ矢サイダーの缶しかない。月曜の朝に電話がかかってくるのを待っていたが、することもないので、また長い風呂に入ってみた。バスマットの上に電話を置き、11時にチェックアウトだから、まだまだ地下水に浸っていよう。時間が経ったが、全然かかってこない。風呂から出たら普通の水道水とは違って、川の水とは思わないが、何かこう、庭のゴムプールに溜めた水に入った後のようなパリパリした皮膚の乾き具合だった。

 家に帰って(きの)「こちらが辻利のお茶です(サイダー缶)コトッ」何を言っているのだろうという顔をされたが、この苦さは味わってみた者にしかわからない。一応地下水もペットボトルに入れてもらってきた。京都の水道は琵琶湖の水だから、これは純粋な京都の水だ。と言いながら洗面所から汲んできた水をありがたくいただく。半分はエビ水槽にやった。塩抜きをしたしょっぱいチーズの店の紫貝を入れた水槽に注いでみる。(きの)「さぁ京都の水ですよ。トポポポ」白砂に天橋立の石とナナメになった京都タワーの模型、マツモなどが浮いている。文明繁栄後、もう千年くらい経った頃の風景だ。

 後で知ったが、地下水は1000m下からくみ上げているらしい。1000mも下なら菌のつけ入る余地はないはずだ。京都市の下には京都水盆という太古の昔に湖だった頃の名残が地底湖となって残っていて、それが蒸し暑さの原因らしい。琵琶湖と同じ量があるなら、そっちを水道水に使えばいいのだ。

 

 

 

コメント

やんわり(唯一のゲストハウス)古都再び。日々是修行也

2020-11-12 00:33:33 | 怒涛の京都ホテルめぐり

10of14(7/17/2020)

 娘が以前、大学のオープン・キャンパスで泊まったらしい、という話だけは聞いていた。1人での予約や遠出、ドミトリー形式の部屋が初めてだったからナーバスになっていたのか、それとも一人っ子だからか知らないが、他の宿泊客との物品の共用がまったくできずに、帰ってきてだいぶ消耗していたようだ。

 今回、ホテルばかりではつまらないだろうと紹介してくれたが、なぜ自身が満足に泊まれなかった宿を人に勧めるのか。(娘)「紙コップが必要です。行けばわかる。そして、フフ。晩ご飯を買う所も決まってるよ。近所におにぎり屋さんが1軒しかない。味噌汁もついてくる。スーパーもあるから、そこの2階で靴下買いなよ。」苦しめようとしているにちがいない。

 だいたい、HPで今は休止中となっているところを、問い合わせたら予約がある日は開けるという回答があったらしく、頼み込んでテキパキとブッキングしていた。この行動力を、他のことに活かせないか。夜中に帰ってきた同室者がスーツケースをバタンと閉じただの、使ったコップを戻したの、帰りの船の浴室にカビがあっただのと、とにかく良い思い出がなかったらしく(娘)「やんわりじゃなくて、げんなりだ」などと言うものだから、こっちは恐れて、17日が来るのが気が重い。

 

 今までゲストハウスや旅館に泊まらなかった訳は、気取ったホテルが好きだからではなく、木造が怖いというヘタレな理由からだった。防犯面や霊ではなく、虫が苦手で、昼間は古民家カフェでも居られるが、夜にそこで眠れるかとなると、どうだかわからない。安全面でいえば木造の家は窓だらけなので、地震の際にどこからでも逃げ出せるから、その辺は便利だ。霊なんか勝手に出ればいい。

 虫が怖くて、自分の実家でさえテントを広げるのに、毎週違った古民家で眠れるわけがない。南禅寺の宿坊も、昔の雑魚寝相部屋ではなく、鉄筋の新築ホテル風だった。

 夜中に起きだしてロビーをうろうろしたり、部屋を替えても備品の白い浴衣のまま宿の高下駄をつっかけて走りだし、髪を振り乱して自宅マンションまで帰ってしまうかもしれない(何しに来たのか)。多分どこも対策はしていると思う。そうでなければ商売などしていられないだろうから。しかし、大人になってから初めて西日本の害虫を見た者としては、今さらピアノを弾いてみろと言われたぐらい無理な話だ。むしろ、お化けが出ますと言われた方がましだ。

 それに、古い家の実情をよく知っているからこそ、家のあちこちに開いた隙間の恐ろしさが身に沁みてわかる。何も知らない高層マンション育ちの方が、新鮮な興味で泊まってみようと思えるだろうから、自分もそうであったら良かったのか。しかし古い家と深く触れ合った縁が、なかったらよかったとは思わない。非常に悩ましい問題だ。

 

 昼間の古民家レストランにはよく行く。舞鶴の松栄館にも九州の三宜楼にも行き、この桟の造りがどうだとか、雨どいの受けが洒落ているね、ワハハ!などと嫌味なコメントを連発し余分にお金を落として帰ってくる。仲間達がいつまでも残りますようにと願いながら。だから、頼むからゲストハウスだけは。テント持ってっていいかな。テントは・・・うわあ実家に置いてきた。

 前日に、はかったように実家の(下宿人)「部屋にム○デが出ました」ぎゃああぁぁ。リフォームしたばかりの部屋になぜ?逃げ遅れたのか。それとも入ってきたのか。う~~ん。おのれ。完璧なはずの結界が破られた。かくなるうえは、撒いてくれるわ!お清めの粉を。(きの)「もしもし、管理の○○さん?もう一度殺虫粉を撒いてください」 結! 滅! (下宿)「小さいので捕まえました」えっ!?猛者か?さらに(下宿)「つぶしてゴミ箱に」おうまいガーッシュ。何を言っているんだろうこの人は。夕方(娘)「お知らせメール。明日はやんわりです」

 

      地獄。

 

 急に太宰の人間失格のフレーズが出てきてしばらく落ち込んでいたが、気を取り直して家にあるスプレー缶を出してきて、映画「タクシー・ドライバー」のロバート・デニーロばりの的確さで組み立て、ガムテープで貼りリュックに淡々と詰める。

 翌日(きの)「行ってきます!」武器も持ったし、いざ出陣。何しに行くのか、もうわからない。行きのバスの中で気づいたが(きの)「リュックになぜかてんとう虫が乗っている!」これはいけない。今このリュックには、虫にとってのリーサル・ウエポンが入っている。動かさないようにそっと持って、スーパーの近くでバスを降り、手近な堀川の川べりに下りていって茂みに放す。(きの)「長生きするんだぞ~」害虫も可愛ければ、このように落ち着いていられるんだ。お勧めの弁当屋は(貼り紙)「手洗い!絶対!!」折れたブラインドの向こうを覗いても誰もいないし、店内に食べ物があるように見えない。

 歩いて宿を探す。HPのエキストラの顔がうさんくさいという理由で却下された近代的なホテル・リブマックスを、横目でうらめしく見ながら通り過ぎる。有名な酒屋を越えて角を曲がると、地理的には二条城の近くなのに、これは住人以外通らないだろうと思われる完全に昔ながらの住宅街の一角に(きの)「あ!あった。」すぐ見つかった。狭い町だ。

 

 のれんをくぐり(きの)「以前泊った娘が予約を。こんな時に無理に押しかけたようで。どうも」出てきた胡散臭い長谷川なんたらいう役者のような(男)「ドミトリーの値段でいいですよ」(きの)「そんなわけには。シングルルームを予約したんだからシングルの値段を払います」(宿)「いいです」(きの)「受け取ってくださいよ」(宿)「いいや」何の押し問答だ。

 玄関の帳場のようなところで、宿帳に名前を書いて説明を受ける。検温なし。マスクあり。アメニティーは耳栓のプレゼントがあった。(宿)「飲み物はご自由にどうぞ。タオルはここに置いておきますから。wifiもあります。朝食はパンがつきます。人数分置いておきますから。本来なら、ここに来ている外国人たちとの異文化交流があるんですが、今日はおひとりなので。ええ」

 (きの)「あの、晩ご飯を買ってきたら、部屋じゃなくて下のロビーのようなところで食べるのでしょうか」(宿)「さぁ?特に。今日は他の人もいないし、どっちでもいいです。ははは。ロッカーのカギも・・・別にいらないか」あまりにも “一人” を強調しすぎ物騒だと思ったのか(宿)「あと、通いの者がいます」通いの者?なんだそれは。掃除の人?通ってくる宿泊者ってのも変だしな。まぁいい。貸し切りは大好きだ。

 1階のロビーみたいな部分は、ネオ和風な感じに改装してあって、入り口のところに受付の小窓がある守衛室のような堅牢な小部屋があり、カギもかかって厳重だ。2階は、80年代の部屋を適当に改装しただけのベッドルームが数個。奥に仕切りのない怪しげな2段ベッドの空間が。

 なんか中学生の時の自分や友人の家がそのまま古くなったようで、物悲しい気持ちがした。あの頃新築だと喜んでいたものが、全部古びて安っぽい合板にしか見えなくなっている。時代遅れのブラインドや角をナナメに切った丸い白木の階段の手すりが、日曜夕方の相撲中継の掛け声の記憶と共に重くのしかかってきて、個人的に非常に落ち着かない。今の世代から見れば、昭和家電みたいにレトロの美があるのかもしれないが、まだ愛着を持って眺めることができないでいる。

 おそらく掃除はきちんとしているのだろうが、要所要所の詰めが甘く、全体にきたならしい印象を醸し出してしまっている。努力に見合ってないのが非常に残念だ。例えば、布団も干してシーツやまくらカバーも一応オシャレな無地のものを用意し、折り目がついた洗濯したてのものを今日出してきたのだろうに、肝心の枕自体が埃っぽいので古着屋のような匂いがする。布団は、最近は丸洗いできるセットが通販で安く買えるから、全部洗ってしまえばいいのだ。洗面所も風呂も、平面を一生懸命ゴシゴシやって隅の黒ずみに目がいかないらしい。カビキラーひと吹きでだいぶ印象も違うだろうに。ピントのズレた掃除はいけないと、しみじみ思った。

 自由に飲んでいい飲み物や、安い料金で朝食まで付けようというサービス精神は見上げたものだが、ベタベタするテーブルがそのすべてをぶち壊しにしている。そういうシンデレラの継母のようなことを気にしない、大らかな人たちが泊まる分には問題ないのかもしれないが、どうにも惜しい。何にしろ、一旦離れて他人の目線で見てみることは大切だ。

 部屋に入ってまず四隅を見回し、クーラーをつける。なぜコンバットが家中に置いてあるのか。リュックから殺虫剤の缶を取り出す。(メール)「翻訳の依頼が」今ノズルをはめてるんだ!

 嵐山や南禅寺の教訓を経て、夕食は早めに確保した方がいいという結論に達した。4:30pm、近くにあった洋食屋に電話してみる。(きの)「ちょっとおうかがいします。今お店やってますか」(洋食)「う~~ん。今はちょっとやってないけど、後でなら開ける」開店前か。(きの)「持ち帰りはできますか」(洋)「量にもよるかなぁ」(きの)「1人分です。メニューは」(洋)「どうも。いろいろと。」

 どうしたのか、しどろもどろで要領を得ない。取材ではないのだから、柔軟に答えてほしい。洋食屋なんだからあるだろうということで、無理やりハンバーグ定食というメニューを引き出し、それにエビフライがいいだろうということで、エビフライを一緒に詰めたものを後で取りに行くと一方的に宣言し、慇懃無礼な標準語でたたみかけるようにして礼を言って、電話を切った。

 用事を済ませ5時半になり(きの)「(扉)ギイッ。お電話した者です。おいくらになりますでしょうか」食糧を売って下さいよ。頼むから。汚れたシェフの白衣を着た店主が出てきて、ひぃぃとばかりに何度もレジを打ち間違え、10%の税率を課してくる。

 それを大事に宿に持って帰って開けてみると、大きな弁当容器にハンバーグが半身と、その横に巨大なエビフライがナナメに入っていた。ライスは別容器で、どんな量の定食なのか。ハンバーグのソースもタルタルも自家製のようだし、サラダのドレッシングも凝っている。地元の食堂か。こちらの何が苦手なのか知らないが、なかなかの腕前だ。と思ったら、後で聞いたら有名な洋食屋だった。

 ロビーのテーブルで食べていると、誰か奥から出てきた。(きの)「こんにちは」赤のTシャツに黒ジャージの(学生)「こんにちは」この者が通いの者か?それにしては中学生みたいだ。入り口のカギ付き守衛室に入ってガサガサ荷物を取り出し(宿)「おう、行って来いよ」というようなことを言って送り出していた。息子?部活に行くような感じで出て行った。その後、夜に1階に下りて行って宿の主と近くの池の場所を確認していると、帰って来て納豆を食べていた。いいなぁ。それにしても、今日は客は1人のはずでは??

 そもそもwifiはどれだとか聞きたいことがあって1階に下りていくと、主は一日中その鉄壁の守りの守衛室の中に入ってパソコンの前に座って出てこないが、何をしているのか。客が1人ならすることもないはずだが。たまに外に出ていく音がするが、15分ぐらいすると戻ってくる。律儀な性格なのか、己の担当部署に常駐している。夜は10時までとなっているが、10時までそこにいるつもりなのか。ゲストハウス経営もなかなか大変ではある。夜は護身用の缶を、枕の下に入れて眠る。強くなるんだ。明日はトーストだって食べてやる。負けない。

 

 なぜか目が冴えて全然眠れないので、ネットフリックスで「本能寺ホテル」を見た。映画に出てくる京都を巡る主人公たちは、空飛ぶ車でも持っているのだろうか。四条→鴨川→祇園→清水→今宮神社→嵐山→鴨川→五条坂などを1日で移動。いくら狭いといっても超人的だ。あれ?あのタイムスリップするドアは、この前見た南禅寺の、あの不思議な板戸では?

 夜の11時すぎに、2人ぐらいがごそごそと歩き回り、家の中や外の階段を上り下りしている音が聞こえた。泥棒が入ろうとしているのでないかぎり、各所の戸締りを見て回っているようだ。雨が降ってきた。この感じどこかで覚えがある。わかった。門司のビジネスホテルだ。明日は池を見に行こう。少し安心して寝た。

 

 翌朝、起きて誰もいない台所に降りていくと、勝手に食べろとばかりにパンとバターとジャムが置いてあった。透明ビニールに8枚切りが2枚入っている。オシャレな白の箱型ポップアップ型トースターで焼く。きっとイギリス風なのだろう。昨日の夜はあまり見なかったが、コップはDuralex、湯飲みは萩焼で揃えている。こだわりがあるのか。何でもいいという訳ではないらしい。

 冷蔵庫には「中身に名前とチェックアウト日を書け。でないと捨てるぞ」という注意が、英語と中国語で書いてあった。使った皿は自分で洗うらしい。

 昨日、確かパンは人数分置いておくと言ってなかったか。1人1枚ということなのだろうか?(貼り紙)「パンは1袋が1人分です」ということはやはり2枚なのか。では、あのジャージの者の分はどうした。しかし、7時より前に起きて食べて出て行ったのでない限り、起きてきて(ジャージ)「食われてる(ムンク)!」となっては良くない。

 

 そもそも、薄切りのパンはあまり好きではない。前から厚切りが好きだったが、アメリカで薄切りしか売ってないことに嫌気がさして以来、ますます意固地になり、厚切りの奉信者となってしまった。小さい頃、店で売ってるパンは6枚か8枚切りが普通だった。うちは6枚だったが、喫茶店の4枚が好きだった。幼馴染の家は8枚で、その家の弟と共に薄いパサパサのトーストを食べさせられて、どうしても好きになれない。大人になって好きなものが買えるとばかりに、肉厚のパンを毎日食べて幸せを噛みしめていた。

 そこへ来て久しぶりの8枚だ。食べきれないと困るし。やはり1枚だけにしよう。不慣れなトースターで焼き加減がわからず、何度も試しているうちに案の定ラスクのようなものが出来上がってきた。コーヒーにスープ、グレープジュースと飲み物を3杯用意し、ジャムをつけてガリガリいただく。

 食べている最中に池が気になり、食事もそこそこに外に飛び出す。昨日、晩飯を買いに行く時にちらっと見えたあの交番は、いつかアーバンホテルから古都の暗闇に這い出て、歩いていた時に見た突き当たりのデルタ地帯ではないのか。そうすると、あの池が近くにあるに違いない。もう一度、いつか明るい昼間に見に来れたらと思っていたが、こんなに早くその機会が巡ってこようとは。

 見ると、(きの)「いるいる」健康そうなコイが泳いでいる。なんと美しいあの動き。池は狭いが、水車から流れる水が来ている。どこか庭の奥の池に抜けられる道があるらしい。それなのに、この手前の狭い空間に密集しているのは、単にここが好きだからなのだろう。橋の上にしゃがみ込んで、しばらく蚊に刺されながらうっとり見ていた。この池は、隣にある古そうな油屋の敷地らしく、ホウキを持って掃いているオジさんがいたが、そのうち店に入って行った。

 宿に帰ってみると、既に帳場はオープンしていて、食いかけの朝食を残して忽然と消えた謎の客の皿やカップが、ロビーのテーブルにまだ置いてあった。何事もなかったように座り直し、食べ始める。(宿)「池見えました?」(きの)「ええ」くそ。見透かされてる。9時半にチェックアウトするまで、ジャージの者の気配はしなかった。寝ていたのか。一体あいつは何だったのだろう。

 

 サマーキャンプという名の強化合宿を終え、帰ってひと回りも二回りも大きくなった姿を見てもらう。(きの)「パンが。パンがね。」(娘)「ああ、あのトースター」知っているのか。そういえば、さっき買い物に行った時に、カゴに入れていた8枚切りは何だろう。(きの)「このパン何に使うの?」サンドイッチかな。(きの)「まさか朝に焼いて出てくるの!?せっかく帰ってきたのに!」(娘)「そのトーストは、こ~んなトーストでしたか~?ひひひひ」

怪談だったのか。

コメント