植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

◇初夏の兼六園2021 -1

2021-05-30 04:26:04 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2010)

◇初夏の兼六園2021 -1

〇兼六園概要

水戸偕楽園(かいらくえん)、岡山後楽園(こうらくえん)とならぶ日本三名園の一つ、兼六園。兼六園は江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきました。金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、多くの県民や世界各国の観光客に親しまれています。







■エゴの木











■サンザシ







(つづく)

◇2021金沢城石垣巡り①-3(ユーチューブ連動解説版)

2021-05-29 04:22:54 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2009)

◇2021金沢城石垣巡り①-3(ユーチューブ連動解説版)

〇金沢城石垣の概要

金沢城の石垣は、技法や意匠の多様性に特色があり、石垣の博物館とも称される。「自然石積」「割石積み」「粗化工石積」「切石積」の石積み様式は、場の性格や周囲との調和にも配慮しながら、城郭整備の歴史と共に多彩な発展を遂げた。その結果、技法的にも意匠的にも、他に類を見ないほど、変化に富む石垣景観が出来上がった。

金沢城の現存する石垣は470面、総面積28,500㎡、うち切石積み面積が約3,400㎡、全体の12%と高い比率を占めることが金沢城の特徴の一つである。



6)数寄屋敷石垣
この付近は数寄屋といわれ、藩主の側室たちの住まいがあったところ。石積みの技法は、石の表面を長方形に仕上げた「切石積み」で、刻印が見られる右側の石垣は創建時のものです。表面がきれいに整えられて縁取りのある左側の石垣は、文化5年(1808)に改修されたものです。刻印は、石を切り出す時の作業分担などを示すために付けられたものといわれてます。
・創建:寛永8年(1631)頃
・改修:寛文(1661~1672)頃、宝暦(1751~1763)
・現状:寛永から文化(1804-17)までの各時期の姿を残す。

*金沢城で最初(寛永期)に切石積みといわれ、正方形石を積み上げた布石積み。ほかに長方形石布積み、金場取り残し積みながある。





7)戌亥(いぬい)櫓石垣
 この石垣は「粗化工石積み」の積み方をしていますが、石の隙間に平らな石をはめ込み「切り込みハギ」のように見せる技法が用いられている。長い年月の間に石が抜け落ちていますが、当時の巧みな技術を見ることができます。はめ込まれた石が残っているところと抜け落ちた所を比較しながら、当時の巧みな技術を見ることができます。
・創建:寛永8年(1631)頃
・現状:北面(左側)は創建時、西側(正面)の大部分は寛文頃の改修時、一部
    明和3年(1766)改修時の姿を残す。





8)三十間長屋石垣
 この石垣の積み方は「切石積み」の手法で積まれていますが、表面の縁取りだけをきれいにそろえ内側を粗いままにしておく「金場取り残し積み」という技法が用いられている。
 綿密な細工をしながら、わざわざあらあらしく見えるように工夫されており、当時の文書でも「いきおいのある積み方」と表現されている。
・創建:寛永8年(1631)頃
・現状:主に宝暦(1751~63)改修時の姿を残す





*ここでも城内2個目の六角形石(亀甲石)があり、独特の積み方だ特徴。



9)鉄門石垣
 「切石積み」の技法は、城の重要な部分に用いられている。本丸への入り口となる鉄門の石垣にも、「切石積み」が見られます。石の表面を多角形に加工したすぐれたデザインで、丁寧なつくりになっている。
  ・創建:寛永8年(1631)頃
  ・現状:明和3年(1766)改修時の姿を残す





10)東の丸北面石垣
 文禄元年(1592)、利家は、急こしらえの平山城であった金沢城の石垣修復にのりだす。この石垣は城内でも最も古い技法が用いられており、金沢城の初期の姿を伝える数少ない貴重なものです。自然石粗割しただけの石を緩い勾配で積み上げた「自然石積み」になっています。
・創建:文禄(1592~96)頃
・現状:創建時の姿がよく残っている

*初代藩主利家の命により、利長が石垣づくりに挑んだが地盤が弱く、何度も崩れて増築出来なかった。そこで築城の名手・篠原一孝が二段式の石垣を完成、利長がヘソを曲げたと言われる。



□金沢城公園 石垣巡り-1

(つづく)



ユーチューブ「2021金沢城石垣巡り①」

◇2021金沢城石垣巡り①-2(ユーチューブ連動解説版)

2021-05-27 19:01:37 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2008)

◇2021金沢城石垣巡り①-2(ユーチューブ連動解説版)

〇金沢城石垣の概要

金沢城の石垣は、技法や意匠の多様性に特色があり、石垣の博物館とも称される。「自然石積」「割石積み」「粗化工石積」「切石積」の石積み様式は、場の性格や周囲との調和にも配慮しながら、城郭整備の歴史と共に多彩な発展を遂げた。その結果、技法的にも意匠的にも、他に類を見ないほど、変化に富む石垣景観が出来上がった。

金沢城の現存する石垣は470面、総面積28,500㎡、うち切石積み面積が約3,400㎡、全体の12%と高い比率を占めることが金沢城の特徴の一つである。



1)石川門石垣
 右側が「切石積み」左側が「粗化工石積み」の技法となっています。同じ場所で違う積み方を
した珍しい例で、明和2年(1765)の改修時のものと考えられます。
・創建:慶長(1596~1614)頃
・現状:明和2年(1765)頃の姿をとどめる









2)内堀石垣(鶴の丸付近)
 この内堀は、平成11年~12年にかけて菱櫓や五十間長屋などとともに復元された。寛永8年(1631)の大火の後、二の丸を守る堀としてつくられたといわれている。この付近の石垣は明治時代に積み石の多くが取りはずされたため、五十間長屋石垣などの積み方を手がかりしながら、創建当時の姿を想定して復元されました。
・創建:寛永8年(1631)頃
・現状:平成11~12年復元 





3)菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓石垣
 菱櫓や五十間長屋などの土台になっているこの 付近の石垣は、平成10年から12年にかけ、菱櫓等の復元に伴って、一旦解体され、積み直しが行われた。ここから見える三の丸側が「粗化工石積み」、裏手の二の丸側が「切石積み」となっている。「粗化工石積み」の多くは廓などの外周などに、「切石積み」は出入り口どの重要な所によくみられる。
・創建:寛永8年(1631)頃
・現状:平成10~12年部分的に解体・積み直し









4)二の丸北面石垣
 この付近の石垣は、形や大きさをそろえた割石が積まれている。「粗化工石積み」の中でも、最も完成されたものといわれており、加賀藩の石垣技術者、後藤彦三郎は「城内でも指折りの石垣」
とほめたたえています。石垣の上には、二の丸表能舞台の楽屋に使われた長屋が立てられていた。
・創建:寛永8年(1631)頃
・現状:貫文8年(1668)改修時の姿を残す









5)土橋門石垣
 前(東側)の石垣は、後(西側)の石垣とあわせ、土橋門の土台になっていた。いずれも「切石積み」の技法が用いられています。前の石垣に組み込まれた六角形の石(亀甲石)は、水に親しむ亀を表したもので、防火の願いが込められています。
・創建:寛永8年(1631)頃
・現状:前(東側)は享和(1801-04)改修時
      後(西側)は寛文5年(1665)の姿を残す



*土橋門石垣には六角形(亀甲石)はあり、三十軒長屋にあるものと合わせて2個あり、金沢城には推定約12万個の石垣石があり12万分の2の石である。



□金沢城公園 石垣巡り-1

□金沢城公園 石垣巡り‐2

□金沢城公園 石垣巡り‐3

□金沢城公園 石垣巡り‐4

(つづく)



ユーチューブ「2021金沢城石垣巡り①」

◇2021金沢城石垣巡り1①-1(ユーチューブ連動解説版)

2021-05-25 04:39:47 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2007)

◇2021金沢城石垣巡り1①-1(ユーチューブ連動解説版)

〇金沢城公園概要

金沢城の歴史加賀一向一揆で支配権を握った本願寺が、天文15年(1546)に金沢御堂(尾山御坊)を建てた地に、天正8年(1580)、佐久間盛政が築城を開始、天正11年(1583)、加賀初代藩主前田利家が能登から入城し、本格的に城造りがなされました。
慶長7年(1602)に天守閣が落雷による火災により焼失し、その後は江戸幕府への遠慮から再建されませんでした。

金沢城は、金沢市の市街地に位置し、犀川と浅野川に挟まれた小立野台地の先端に立地する平山城である。規模は東西500m、南北760m、面積約30haである。



〇金沢城石垣の概要

金沢城の石垣は、技法や意匠の多様性に特色があり、石垣の博物館とも称される。「自然石積」「割石積み」「粗化工石積」「切石積」の石積み様式は、場の性格や周囲との調和にも配慮しながら、城郭整備の歴史と共に多彩な発展を遂げた。その結果、技法的にも意匠的にも、他に類を見ないほど、変化に富む石垣景観が出来上がった。

金沢城の現存する石垣は470面、総面積28,500㎡、うち切石積み面積が約3,400㎡、全体の12%と高い比率を占めることが金沢城の特徴の一つである。

また、金沢城の石垣は特色として以下の3点が上げられる。
1)石垣の保存状態が良好なこと。
2)石垣の技術書や修築の様子を詳しく伝える文献資料等が多く残されており、その質、量は他の城の例をみない。
3)文禄、慶長期以来、江戸期を通じて石垣修築が繰り返されたとい うこと。これは金沢城の現存石垣に近世のさまざまな段階の石 垣技術が内包されているということである。

<参考:北野博司氏「加州金沢城の石垣修築について」より>


〇主な石積の技法大きく分けると3種類になる。(鶴丸休憩館前にあるモデル)



1)自然石積

この石垣はもっとも古いも古いもので、自然の石や粗割りしただけの石を用いて積む技法です。金沢城の初期の姿を伝える数少ない貴重なもので、場内では。東の丸北面石垣などに見られます。



2)粗化工石積
 
割石を加工し、肩や大きさを揃えた石材(粗化工石)用いて積む技法で、櫓や長屋などの外周の石垣に見ることができます。二の丸北面石垣がその代表例で、加賀藩の石垣技術者、後藤彦三郎は「場内屈指の石垣」と称賛しています。石材の形や大きさ、加工の様子など、切石積みとの違いをご覧ください。



3)切石積

切石積は、丁寧に加工した切石を隙間なく積む技法で、本丸への入り口など城の重要な部分の石垣に見ることがで来ます。城内各所の石垣は、それぞれ表面だけしか見られませんが、ここでは石垣の積み方や、その内部も見ることが出来ます。(以上展示案内看板より)

□金沢城公園 石垣巡り-1

(つづく)



ユーチューブ「2021金沢城石垣巡り①」

◇2021にし茶屋街巡り-②(ユーチューブ連動解説版)

2021-05-24 05:02:28 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2006)

◇2021にし茶屋街巡り-②(ユーチューブ連動解説版)

〇にし茶屋街

金沢の情緒が色濃く感じられる3つの茶屋街の一つ。にし茶屋街は文政3年(1820)に集め町割りをし、今でも料亭が軒を並べて趣ある一角を作り上げている。現在5軒の茶屋が営業しており、17名の芸妓さんが所属している。(2021.5現在) 夕刻近くに通りを行けば、出格子が美しい茶屋様式の2階建ての家並みからは三味線の音色が流れ、芸の町金沢の夜を粋に演出している。茶屋街中程の華の宿では茶屋様式の建物を無料で見ることができる。





〇現在営業中の茶屋 はん家、明月、華の宿



〇にし桜桃(ゆすら)





〇西茶屋資料館

にし茶屋街の一角に佇む金沢市西茶屋資料館。大正期の作家・島田清次郎が過ごしたお茶屋「吉米楼」の跡地に建てられている。1Fには島田氏に関する貴重な資料などを展示。2Fでは金屏風や漆塗りの装飾品など、当時の雰囲気が感じられる豪華なお茶屋の様子が再現。観光ボランティアガイド「まいどさん」が常駐しているので、茶屋街周辺を案内してもらうことができる。





□西茶屋資料館と島田清次郎紹介ページ











□2F茶屋を再現している



□2F茶室



〇納豆「かわむら」





〇西料亭組合事務所
大正11(1922)年の建築物で、当時のままの姿を留める国の登録有形文化財。現在、芸妓衆の稽古場兼管理事務所として使用されている。



〇中やとうふ

(つづく)



ユーチューブ「2021にし茶屋街巡り」

◇2021にし茶屋街巡り-①(ユーチューブ連動解説版)

2021-05-22 04:19:10 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2005)

◇2021にし茶屋街巡り-①(ユーチューブ連動解説版)

〇にし茶屋街
金沢の情緒が色濃く感じられる3つの茶屋街の一つ。にし茶屋街は文政3年(1820)に集め町割りをし、今でも料亭が軒を並べて趣ある一角を作り上げている。現在5軒の茶屋が営業しており、17名の芸妓さんが所属している。(2021.5現在) 夕刻近くに通りを行けば、出格子が美しい茶屋様式の2階建ての家並みからは三味線の音色が流れ、芸の町金沢の夜を粋に演出している。茶屋街中程の華の宿では茶屋様式の建物を無料で見ることができる。





〇諸江屋





〇にし数登美





〇人形ミュージアム
令和元年7月5日(金)西茶屋街「西泉家」を外観、内装にはほとんど手を入れず、茶屋建築を生かして約400点の人形を展示した「人形ミュージアム」がオープンした。





□人形ミュージアム紹介ページ

人形ミュージアム(にし茶屋街)①紹介ページ

人形ミュージアム(にし茶屋街)②紹介ページ




〇Cafe PRESTAT(プレスタ)





□Cafe PRESTAT(プレスタ)紹介ページ

(つづく)



ユーチューブ「2021にし茶屋街巡り」

◇兼六園の椿2021-⑥吹上絞、紅荒獅子、熊谷、白西王母(完)

2021-05-21 04:41:30 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2004)

◇兼六園の椿2021-⑥吹上絞、紅荒獅子、熊谷、白西王母(完)

兼六園内には桜、梅、椿、松、モミジ、カエデなどの樹木が合計157種8,196本(2013年3月現在、生垣は除く)あり、その内椿は512本あるとされている。
2018年末より椿の取材を初めた。椿は品種が多く確定するのに難しいが、過去の資料や、インターネットその他の資料、金沢城・兼六園研究会のメンバーの協力で品種確定、場所確定、撮影できたものの25種を紹介します。今後とも確定や訂正を重ねていきたい。



23)フキアゲシボリ(吹上絞)
八重、筒シベ、白地に紅縦絞り~小絞り、大輪。久留米地方に古くからある品種。





24)ベニアラジシ(紅荒獅子)
獅子咲き、中~大輪。





25)クマガイ(熊谷)
一重、平開咲き、梅芯、極大輪。肥後椿の一種で、旗弁と言われる変形した雄しべを母衣に見立てて熊谷次郎直実の「熊谷」の名が付けられたといわれている。









26)シロセイオウボ(白西王母)
一重、筒咲き、筒しべ、中輪。2021確定品種。







(つづく)


ユーチューブ「兼六園の椿2020」①

ユーチューブ「兼六園の椿2020」②


◇兼六園の椿2021-⑥真弓坂藪椿、雪椿、唐椿、京唐子、花見笠

2021-05-19 04:36:28 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2003)

◇兼六園の椿2021-⑥真弓坂藪椿、雪椿、唐椿、京唐子、花見笠

兼六園内には桜、梅、椿、松、モミジ、カエデなどの樹木が合計157種8,196本(2013年3月現在、生垣は除く)あり、その内椿は512本あるとされている。
2018年末より椿の取材を初めた。椿は品種が多く確定するのに難しいが、過去の資料や、インターネットその他の資料、金沢城・兼六園研究会のメンバーの協力で品種確定、場所確定、撮影できたものの25種を紹介します。今後とも確定や訂正を重ねていきたい。



18)マユミザカヤブツバキ(真弓坂藪椿)
一重、筒咲き、筒しべ。日本原産で多くの品種の原種。兼六園の名木。





19)ユキツバキ(雪椿)
一重、平開咲き、筒~割しべ。東北から山陰の日本海沿いに見られる。







20)トウツバキ(唐椿)
八重咲きまたは牡丹咲き、大輪。中国雲南省原産。











21)キョウカラコ(京唐子)
唐子咲き、大輪。白地に紅色縦小絞り。オシベが変化し旗弁となる。突然変異の紅一色も咲く。









22)ハナミガサ(花見笠)
千重、白地に紅縦絞り~小絞り、中輪。







(つづく)



ユーチューブ「兼六園の椿2020」①

ユーチューブ「兼六園の椿2020」②


◇兼六園の椿2021-⑤空蝉、雪端椿、吹雪白玉、藪椿

2021-05-17 04:41:11 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2002)

◇兼六園の椿2021-⑤空蝉、雪端椿、吹雪白玉、藪椿

兼六園内には桜、梅、椿、松、モミジ、カエデなどの樹木が合計157種8,196本(2013年3月現在、生垣は除く)あり、その内椿は512本あるとされている。
2018年末より椿の取材を初めた。椿は品種が多く確定するのに難しいが、過去の資料や、インターネットその他の資料、金沢城・兼六園研究会のメンバーの協力で品種確定、場所確定、撮影できたものの25種を紹介します。今後とも確定や訂正を重ねていきたい。



13)ユキバタツバキ(雪端椿)
一重、キキョウ咲き、先太り筒しべ。北陸~東北地方の日本海側に分布。ヤブツバキ、ユキツバキの交雑種と考えられている。





14)ウツセミ(空蝉)
八重咲き、筒しべ、中輪。





15)フブキシラタマ(吹雪白玉)
一重、ラッパ咲き、筒しべ、中輪。白地に紅色の吹掛け絞りが入る。が、次第に桃色地になる。









17)ヤブツバキ(藪椿)
一重、筒咲き、筒しべ。日本原産で多くの品種の原種。 青森から沖縄まで分布する。





(つづく)



ユーチューブ「兼六園の椿2020」①

ユーチューブ「兼六園の椿2020」②


◇金沢市内の桜2021 松月寺の大桜、南部運動公園ほか

2021-05-16 04:42:17 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2001)

◇金沢市内の桜2021 松月寺の大桜、南部運動公園ほか

〇松月寺と大桜

斉藤刑部宗忠が、白峰和尚のために越前(福井県)堀井庄において起こした寺であるが、加賀藩初代藩主・前田利家の入国後、金沢に移り、宗忠が願って小立野に造営し、元和二年(1616)には現在地に移った。 



境内には有名な老桜があり、「大桜」とも「御殿桜」とも言われる。これは、中興至岸和尚が三代藩主・前田利常から小松城内にあったものを拝領したと伝えられる桜である。樹種は山桜に近く、花茎五センチ内外、四月中旬開花する。樹齢は定かではないが、周囲約六メートル、高さ十四メートルの大木である。昭和18年8月(1943)、文部省から天然記念物に指定された。泉鏡花の作品「桜心中」では、「この桜は名木です」と記している。(看板より)





■写真は松月寺













■金沢市南部運動公園





■泉ヶ丘高校

(つづく)

◇金沢市「2021彦三緑地つつじ」を訪ねて!③完

2021-05-14 04:29:53 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.2000)

◇金沢市「2021彦三緑地つつじ」を訪ねて!③完

〇彦三緑地

6代加賀藩主前田吉徳から藩士遠田自省(勘右衛門)が拝領したといわれるツツジ(遠田のツツジ)が残る日本庭園風の緑地です。遠田のツツジをはじめとするツツジ園のほか、ボタン園、休憩所等があります。2005(平成17)年度の拡張整備では、土蔵を改修したツツジ資料館を新設し、ツツジも7品種約540本から72品種約1400本へと追加された。

13)アケボノ



14)ホンキリシマ



15)シャクナン



16)コノハナ





17)マヤフジン



18)遠田家のつつじ





◇彦三緑地ツツジ園紹介ページ

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ①

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ②

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ③

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ④

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑤

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑥

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑦

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑧

(つづく)



ユーチューブ「2021彦三緑地つつじ」

◇金沢市「2021彦三緑地つつじ」を訪ねて!②

2021-05-12 04:28:47 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.1999)

◇金沢市「2021彦三緑地つつじ」を訪ねて!②



〇彦三緑地

6代加賀藩主前田吉徳から藩士遠田自省(勘右衛門)が拝領したといわれるツツジ(遠田のツツジ)が残る日本庭園風の緑地です。遠田のツツジをはじめとするツツジ園のほか、ボタン園、休憩所等があります。2005(平成17)年度の拡張整備では、土蔵を改修したツツジ資料館を新設し、ツツジも7品種約540本から72品種約1400本へと追加された。

6)ヒノツカサ



7)キリン



8)ヤエキリシマ



9)ヤマツツジ







10)ヤコウバイ



11)カラフネ



12)ワカカエデ



◇彦三緑地ツツジ園紹介ページ

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ①

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ②

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ③

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ④

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑤

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑥

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑦

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑧

(つづく)



ユーチューブ「2021彦三緑地つつじ」


◇金沢市「2021彦三緑地つつじ」を訪ねて!①

2021-05-10 04:18:49 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.1998)

◇金沢市「2021彦三緑地つつじ」を訪ねて!①

〇彦三緑地

6代加賀藩主前田吉徳から藩士遠田自省(勘右衛門)が拝領したといわれるツツジ(遠田のツツジ)が残る日本庭園風の緑地です。遠田のツツジをはじめとするツツジ園のほか、ボタン園、休憩所等があります。2005(平成17)年度の拡張整備では、土蔵を改修したツツジ資料館を新設し、ツツジも7品種約540本から72品種約1400本へと追加された。

ツツジ園 …72品種 約1400本
ボタン園 …13品種 約80本

住所:金沢市 彦三町1丁目294-1



〇遠田家とツツジ

かつてこの彦三緑地の地には、代々前田家に仕えた「遠田(とおだ)家」のお屋敷があった。遠田家は石高1050石、ある時は1350石を領した由緒ある家柄。その四代目である遠田自省(よりみ)は、加賀藩六代藩主前田吉徳への功労が認められて石高の加増を許可されましたが、「加増よりもツツジが欲しい」と藩主に願い出て、藩主はこの願いを聞き入れ、遠田自省は当時貴重な樹木だったツツジをふんだんに用いた庭を作ることができたと言われている。



1)アズマカガミ



2)トコナツ



3)イズミノマイ





4)コマチ





5)チクシベニ



◇彦三緑地ツツジ園紹介ページ

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ①

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ②

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ③

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ④

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑤

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑥

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑦

春の金沢2017 彦三緑地ツツジ園 ⑧

(つづく)



ユーチューブ「2021彦三緑地つつじ」

◇2021兼六園の桜 -8(品種別、満開順)上溝桜、福桜、梅護寺数珠掛桜、兼六園菊桜(完)

2021-05-09 04:26:52 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.1997)

◇2021兼六園の桜 -8(品種別、満開順)上溝桜、福桜、梅護寺数珠掛桜、兼六園菊桜(完)

〇兼六園の桜

兼六園の桜は名木が多いことで知られており、園内の分布では山桜系約40本、里桜系約250本(内ソメイヨシノ約200本)ヒガンザクラ約80本、その他約50本で、合計約420本となっている。兼六園には特別名木が19本あり、内桜は5本。園内に溶け込んだサクラをお楽しみください。
*満開時期は2019年実績です。



26)ウワミズザクラ(上溝桜)満開:4月下旬 
 他のサクラと違いウワミズザクラ属。北海道西南部から九州の山地に自生。一重、花は極く小さい。総状花序でブラシのように見える。





27)フクザクラ(福桜)満開:5月上旬
 菊咲き、大輪、散形花序。およそ200の花弁をもつ。緑色の数多くの雌しべが目立つ。基準木は兼六園にあったが昭和36(1961)年に枯死した。








28)バイゴジジュズカケザクラ(梅護寺数珠掛桜)満開:5月上旬 
 カスミザクラ系の栽培品種。菊咲き、大輪、散房花序。花柄や小花柄が長く花は下向き。数珠掛桜の名は越後に配流中の親鸞上人の伝説に由来する。







29)ケンロクエンキクザクラ(兼六園菊桜)5月上旬
 3代目。一つの花に300枚を超える花弁をつけちょうど菊の花のようである。濃い紅から薄紅、落花が近くなると、ほとんど白に近い色に変わる。昭和3(1928)年天然記念物に指定された初代兼六園菊桜は、昭和45(1970)年に枯死した。







(つづく)



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◇2021兼六園の桜 -7(品種別、満開順)鬱金、普賢象、関山、塩竈桜

2021-05-07 04:51:37 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.1996)

◇2021兼六園の桜 -7(品種別、満開順)鬱金、普賢象、関山、塩竈桜

〇兼六園の桜

兼六園の桜は名木が多いことで知られており、園内の分布では山桜系約40本、里桜系約250本(内ソメイヨシノ約200本)ヒガンザクラ約80本、その他約50本で、合計約420本となっている。兼六園には特別名木が19本あり、内桜は5本。園内に溶け込んだサクラをお楽しみください。
*満開時期は2019年実績です。



22)ウコン(鬱金)満開:4月下旬 
 オオシマザクラ系の栽培品種。八重、大輪、散形花序。花は淡黄緑色で、散る頃には淡紅色になる。ショウガ科のウコンの根を使って染めた鬱金色に似る。





23)フゲンゾウ(普賢象)満開:4月下旬
 オオシマザクラ系栽培品種。八重、大輪。散形花序。名前の由来は、葉化した雌しべの形が象の牙に似ていることによる。









24)カンザン(関山)満開:4月下旬 
 オオシマザクラ系の栽培品種。八重、大輪、散形花序。花弁数は30枚程度で、塩漬けにして桜湯に使われる。







25)シオガマザクラ(塩竈桜)満開:4月下旬 
 5代目。桜の名所、塩竃神社に伝わる八重桜。サクラの花柄が短いので、花が詰まるように咲き、さらに花弁に切れがあるので、満開の頃はブーケを枝に配したようにみえる。





(つづく)



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