植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

加賀郷土料理はいかが? その1

2011-05-27 04:50:38 | 日記
加賀郷土料理はいかが? その1(No.54)

◇加賀懐石料理
 加賀の正式饗膳には、朱や黒の本膳を使った「食事の席」
と「酒席の料理」の2つのコースで組み立てます。俗に言
う加賀料理とは、その酒席の料理を指します。粋と豪華、
気品に満ちた品々が、酒の進むにつれて流れるように供さ
れます。



◇治部(じぶ)煮
 脂ののった鴨に、すだれ麸、シメジ、シイタケ、セリ、
ホウレン草などを醤油、砂糖、酒をあわせたダシ汁でコッ
トリと煮たものです。このとき肉に小麦粉をからませるこ
とで汁にトロ味をつけ、肉のうま味を逃がさないようにす
るのが特徴です。ワサビを吸い口にという風変わりな取り
合わせが一層味を引き立てます。



◇はすむし
 蓮根を使った料理といえば、一般的に蓮根の形を利用した
「花れんこん」など歯 ざわりを楽しむ料理が多いのですが、
加賀料理には加賀野菜の「加賀レンコン」(小坂れんこん)
を使いすりおろして蒸した料理です。

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いしかわの伝統工芸 その3

2011-05-24 04:54:27 | 日記


いしかわの伝統工芸 その3(No.53)

◇九谷焼
 九谷焼の中でも金沢周辺でつくられるものは特に「金
沢九谷」と呼ばれ、精緻な色絵や赤絵金彩が特徴です。
 金沢市内でも本格的な陶芸から絵付け体験の出来る工
房やお店が数軒あります。



◇珠洲焼
 珠洲焼(すずやき)は、12世紀後半頃から15世紀末頃
に石川県珠洲市付近で生産された、中世の日本を代表す
る陶磁器のひとつ。古墳時代から平安時代にかけて焼か
れた須恵器の技法を受け継いでいた。

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いしかわの伝統工芸 その2

2011-05-20 04:53:14 | 日記


いしかわの伝統工芸 その2(No.52)

◇輪島塗
 発祥については諸説があるが、応永年間(1400年頃)
に紀州根来寺の僧が輪島に来て、膳や椀に添加工したの
が始まりとする説が有力である。その特色は塗りの堅牢
さにあるが、これは輪島の小峰山から産する「地の粉」
を下地塗りに使用するからである。また、加飾の沈金や
蒔絵の技法にも優れ、日本を代表する漆器として高い評
価を得ている。重要無形文化財



◇山中塗り
 石川県加賀市の山中温泉地区(旧:江沼郡山中町)で
生産される漆器である。
 歴史は天正年間(1573年 - 1592年)に遡ることがで
きる。当初は山中温泉の湯治客相手の土産物が主で生産
量も少なかった。1950年代後半には、従来の天然木、漆
塗りの製品に加えて合成樹脂の製品も導入され、1981年
には会津塗を抜いて全国一の生産量となった。

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いしかわの伝統工芸 その1

2011-05-18 04:51:36 | 日記


いしかわの伝統工芸 その1(No.51)

◇金箔工芸
 金沢は日本の金箔のほとんどを生産する金箔のまち。
金沢で打たれる金箔や銀箔、プラチナ箔を総称して金沢
箔と呼ばれています。これらは漆器の加飾や屏風、仏壇
などに用いられ、金沢の伝統工芸品を彩ってきました。
箔打ちの工程で出来る「あぶらとり紙」も金沢の名産と
して知られています。

◇加賀友禅
 季節の花や風景を描き、ぼかしを特徴とする優美な図
柄の加賀友禅は、金沢の代表的な伝統工芸品。製作には
複雑な工程と熟達の職人技が求められますが、型染めや
簡単な手描き染めなら体験も可能です。

◇水引細工
 加賀水引は結納飾りや金封などに使われ、豪華さと緻
密な細工で知られていますが、最近は水引の美しさを活
かした小物・アクセサリー類の開発も盛んです。指先か
ら作り出される緻密な細工は目を疑うほど。

◇加賀毛針
 藩政期より始まった加賀毛針はその繊細さと美しさで
知られ、最盛期の大正時代には年間100万本がつくられて
いました。現在はこの技術を活かして、ブローチやイヤ
リング・ピアスなどのアクセサリー類などもつくられて
います。

■写真は加賀友禅

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珠洲市・奥能登方面の見どころ その2

2011-05-16 04:47:13 | 日記


珠洲市・奥能登方面の見どころ その2(No.50)

◇見附島(軍艦島)
 弘法大師が布教のために、佐渡から能登へと渡る際に
発見したといわれている。最初に「目についた島」とい
うのが名前の由来。能登のシンボルとしても慕われてい
る。先端部分が突き出たその姿から軍艦島とも呼ばれて
いる。

◇恋路海岸
 波が穏やかな恋路海岸は悲恋の伝説が伝えられる海岸。
その昔、深い恋仲となった2人(鍋乃・助三郎)。鍋乃に
思いを寄せる恋仇の男の罠のため、助三郎は海の深みに
はまって命を落とした。鍋乃も助三郎の後を追って海に
身を投げ死んでしまうという悲しい恋の伝説が、いつし
かこの地「恋路」と呼ぶようになった。

◇九十九湾
 九十九湾は、大小の入り江からなるリアス式海岸で日本
百景の一つに数えられている。東西1km、南北1.5kmの小
さな湾ですが、海岸線は13kmに及び、屈折が多く、入り江
が九十九を数えるとして九十九湾の名があります。

■写真は見附島(軍艦島)

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珠洲市・奥能登方面の見どころ その1

2011-05-13 05:22:24 | 日記


珠洲市・奥能登方面の見どころ その1(No.49)

◇上時国家
 左大臣平時信の長男、大納言平時忠は、義経に囚われ
の身となったが、三種の神器の帰座という任務を全うし
たことにより軌殺を免れたものの、やがて京を追われる
身となった。時忠主従16人、日本海の荒れすさぶ能登の
最果ての珠洲の浦に辿り着いたのは、文治元年(1185)
のことであった。
 現在の上時国家は、京都東本願寺の建築にたずさわっ
た安幸という大工が天保2年(1831)に28年間を経て完
成したものだと伝えられ、農村に於ける支配階級の住宅
様式と由緒が良く残されている。

◇禄剛崎
 能登半島の最先端で、ちょうど外浦と内浦との接点に
あたるところ。ここは「海から昇る朝日と、海に沈む夕
日」が同じ場所で見られることで有名です。海原にせり
出した断崖には、明治時代にイギリス人の設計で造られ
た白亜の禄剛埼灯台がそびえている。

◇珠洲焼資料館
 平安時代から戦国期にかけての約400年間、須恵器の伝
統を受けつぎ、無釉・還元燻べ焼きで焼かれた、灰黒色
で力強い造形美を誇る珠洲古陶や資料を展示。その移り
変わりや流通した様子、当時の信仰や生活との関わりに
ついても分かりやすく紹介している。

■写真は禄剛崎灯台

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輪島市・志賀町方面の見どころ

2011-05-10 04:54:40 | 日記


輪島市・志賀町方面の見どころ(No.48)

◇能登金剛
 能登金剛は能登を代表する景勝地で、福浦港から関野鼻
までの海岸線をさし、断崖絶壁が連なっている。険しい断
崖と荒波が作り出した奇岩が続く光景に自然の厳しさを思
い知らされる。
 中でも1番の見どころは巌門で、岩にあいた大きな穴は圧
巻。遊覧船も運航していて、奇岩を海上からも楽しめる。

◇機具岩(はたごいわ)
 機織の神様の伝説を生んだ夫婦岩で、機具のような岩組
の巌門からなっている所から名付けられた。別名能登二見
とも呼ばれている

◇総持寺祖院
 曹洞宗の大本山として瑩山紹瑾禅師により、元亨元年
(1321)に創建された。明治31年(1898)の大火で境内は
焼失し、本山は明治43年(1910)神奈川横浜市鶴見に移り
祖院となった。その後の再建で山門、仏殿、などがよみが
えり、消失を免れた建物とともに、山門の霊場、根本道場
の威厳を伝え、今も総ケヤキ造りの風格ある山門や仏殿、
宝物館などが残る。

■写真は総持寺祖院

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輪島市の見どころ

2011-05-07 05:29:42 | 日記


輪島市の見どころ(No.47)

◇輪島朝市
 昔々、物々交換を行ったことが今の市の起源とされてい
ます。輪島では神社の祭日ごとに物々交換の市が立ったと
言われ、これが輪島の市の始まりとされていて一千年以上
も前から続いています。

◇輪島漆芸美術館
 漆芸文化の普及振興を図り、もって漆芸技術の伝承及び
向上に努め地域経済の発展に寄与するために設置された。

◇キリコ会館
 能登地方の夏秋の祭礼には各町内からキリコと呼ぶ巨大
な御神灯を神輿のお供にかつぎだす習慣があります。キリ
コ会館のメイン会場「キリコの杜」には、3基の神輿と大
柱タイマツ、そして能登地方独特の大小さまざまな20数
本のキリコがところせましと立ち並んでいます。

◇千枚田
 千枚田は国道249号線沿い、輪島と曽々木の中間辺り
に位置し、小さな田が幾何学模様を描いて海岸まで続いて
る。田の枚数は国指定部分で1,004枚もあります。

■写真は輪島朝市

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七尾市の見どころ

2011-05-05 10:38:14 | 日記


七尾市の見どころ(No.46)

◇和倉温泉
 全国的にも珍しい海の温泉郷で能登観光の拠点として年
間160万人を超える浴客が訪れる。地名の由来は、湯の涌
く浦、涌浦と呼ばれたことによる。約1,200年前、1羽の白
鷺が傷ついた足を温泉で癒しているのを漁師が見つけたの
が始まりと伝えられている。

◇能登食祭市場
 七尾フィッシャーマンズ・ワーフ能登食祭市場は、天然
の良港として古くから栄えてきた能登最大の漁港・七尾港
にあります。朝どれの新鮮な海産物や能登の銘産品の販売、
四季折々の能登の祭りをはじめとした観光情報の提供、グ
ルメが味わえるレストランやイベント広場もあります。

◇県立七尾美術館
 能登半島唯一の総合美術館として1995年平成7年(1995)
に開館した。収蔵品の中心は七尾市の名誉市民である池田
文夫からの遺贈品であり池田コレクションと称される。ま
た、毎年春には七尾出身の画家長谷川等伯の特別展が行わ
れる。

◇のとじま水族館
 波静かな七尾湾に浮かぶ能登島にある総合レクリエーシ
ョン施設です。能登半島近海の魚介類を中心に展示する水
族館やジンベイザメとの出会いに心なごむ海のジンベイザ
メ館「青の世界」など楽しい施設がいっぱいです


■写真は能登食祭市場

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かほく市・羽咋市のみどころ

2011-05-01 06:14:07 | 日記


かほく市・羽咋市のみどころ(No.45)

◇石川県西田幾多郎記念哲学館
 記念哲学館は、西田博士の業績やゆかりの品を紹介しな
がら、哲学を身近に分かりやすく「学ぶ」だけでなく「思
索体験」も楽しめる“心のオアシス”となっている。また、
建築は安藤忠雄氏による設計で、打ちっ放コンクリートに
ガラス張りの建物、大きな階段庭園などは、思索体験の場
にふさわしい雰囲気をかもし出している。

◇千里浜なぎさのドライブウエイ
 羽咋郡宝達志水町今浜から羽咋市千里浜町に至る幅員約
50m、長さ約8kmにわたる海岸。粒子の細かい砂が海
水を含んで固くしまるため、波打ち際でのドライブが楽し
める。
世界でも一般車両が走行できる砂浜は珍しく、米フロリダ
州のデイトナビーチとニュージーランドのワイタレレビーチ
と合わせて3か所だけのようです。

◇大伴家持歌碑
 天平勝宝元年(749)万葉の歌人大伴家持が、越中の国
司の身で能登をめぐった際、気多大社におもむく時に作っ
た歌。「之乎路から直越え来れば羽咋の海朝なぎしたり船
梶もがも」その他数首を残している

◇本山妙成寺
 北陸における日蓮宗の本山であり、今の重要文化財十棟
は加賀前だけ初代から五代に亘って造営されたものです。
特に五重塔は北陸唯一の木造の五重塔で、江戸時代初期の
代表的傑作の一つであり、栩葺きの屋根は五重塔としては
全国唯一です。

◇気多大社
 社伝によれば、大己貴命が出雲から舟で能登に入り、国
土を開拓した後に守護神として鎮まったとされる。崇神天
皇のときに社殿が造営された。奈良時代には北陸の大社と
して京にも名が伝わっており、『万葉集』に越中国司とし
て赴任した大伴家持が参詣したときの歌が載っている。延
喜式神名帳では名神大社に列し、能登国一宮とされた 

■写真は千里浜なぎさのドライブウエイ

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