植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

冬の金沢2014 その1 兼六園(2)

2014-01-31 04:37:21 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その226(No.391)

◇冬の金沢2014 その1 兼六園(2)

○兼六園の概略
兼六園は、江戸時代の回遊林泉式庭園の特徴を今日
に残す代表的名園で、水戸の偕楽園、岡山の後楽園と
ともに日本の三名園と称されている。築庭は延宝3年
(1676)加賀5代藩主綱紀に始まり、約170年を費やした。

宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六勝を兼ね備
えるという意味から命名された。

季節ごとの花や樹木が見事なレイアウトで何回訪れて
も楽しまさせてくれる。ただし雪の兼六園はタイミン
グを合わせるのがむつかしい。

■写真はさざえ山からの霞が池





■写真は梅園近くの灯篭



■写真は舟御亭(ふなのおちん)



■写真は寒椿



■写真は時雨亭



■写真は時雨亭付近の曲水



■写真は時雨亭付近ナンテン

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冬の金沢2014 その1 兼六園(1)

2014-01-29 05:14:36 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その225(No.390)

◇冬の金沢2014 その1 兼六園(1)

○兼六園の概略
兼六園は、江戸時代の回遊林泉式庭園の特徴を今日
に残す代表的名園で、水戸の偕楽園、岡山の後楽園と
ともに日本の三名園と称されている。築庭は延宝3年
(1676)加賀5代藩主綱紀に始まり、約170年を費やした。

宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六勝を兼ね備
えるという意味から命名された。

季節ごとの花や樹木が見事なレイアウトで何回訪れて
も楽しまさせてくれる。ただし雪の兼六園はタイミン
グを合わせるのがむつかしい。

■写真はことじ灯篭



■写真はことじ灯篭と唐崎松



■写真は唐崎松付近の灯篭





■写真は唐崎松雪吊り



■写真は雁行橋



■写真は内橋亭



■写真は内橋亭付近の雪の花

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「金沢五社参りウオーク」(3)安江八幡宮、神明宮 完

2014-01-27 04:48:09 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その224(No.389)

◇「金沢五社参りウオーク」(3)安江八幡宮、神明宮 完

2014新春自宅より金沢五社参りウオークを行った。
ご利益ありますように!!

コースおよび時間
自宅(8:09)~上菊橋~椿原天満宮(9:09)~天神橋
~宇多須神社(9:47)~小坂神社(10:19)~彦三大橋
~安江八幡宮(11:04)~犀川大橋~神明宮(11:54)
~自宅(12:40)1日計歩数:26,098 約18km

4.安江八幡宮

天慶2年(939年)の創建。御祭神は、古代の日本の文化
に偉大な功績のあった誉田別尊(応神天皇)と気長足姫
尊(神功皇后)と玉依姫命を祀っている。

神社のある此花町は以前安江鍛冶町と称して、多くの刀
鍛冶のいたところである。有名な泰平・兼若もここにい
た。これら刀鍛冶が水火の伝授を必ず神社でおこなった
ことから、今でも俗に「鍛冶八幡さん」と称している。

■写真は鳥居



郷土玩具「加賀八幡起き上がり」は、この神社に奉納さ
れたのが起こりであり「発祥の宮」を名乗る。

現在地 金沢市此花町11-27

■写真は拝殿



■写真は拝殿内部



■写真は加賀八幡八起き上がり発祥の地碑



5.神明宮

東京都港区芝大門鎮座の芝大神宮(芝神明宮)、東岩倉神
明(京都)などと並んで、日本七神明の一つ。天照大神を
主祭神とし、伊勢神宮内宮を総本社とする神社。
5月と10月15-17日に行われるわれる、前田利長が
始めた「あぶりもち神事」は悪事災難の厄除けとして、3
00年以上の歴史がある全国唯一の神事。
中原中也の詩「サーカス」は、幼年期にこの神社の境内で
見たサーカスを書いたもの。また、室生犀星の生家に近く
詩人に縁のある神社である。
主祭神:天照皇大神、豊受姫大神

現在地 金沢市野町2-1-8

■写真は鳥居



■写真は拝殿



■写真は拝殿内部



■写真は樹齢千年の大ケヤキ

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「金沢五社参りウオーク」(2)宇多須神社、小坂神社

2014-01-24 05:10:54 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その223(No.388)

◇「金沢五社参りウオーク」(2)宇多須神社、小坂神社

2014新春自宅より金沢五社参りウオークを行った。
ご利益ありますように!!

コースおよび時間
自宅(8:09)~上菊橋~椿原天満宮(9:09)~天神橋
~宇多須神社(9:47)~小坂神社(10:19)~彦三大橋
~安江八幡宮(11:04)~犀川大橋~神明宮(11:54)
~自宅(12:40)1日計歩数:26,098 約18km

2.宇多須神社

養老2年(718年)の創建。多聞天社と称して創建された。
慶長4年(1599年)に前田利家を密かに祀り、藩士が禄
高に応じて祭祀料を負担した。尾山神社の創建に伴い元
の祭神である高皇産霊神を遷座した。
明治2年(1869年)高皇産霊社と改め、同5年卯辰社と改
称、同33年(1900年)現在の宇多須神社と改め、同35年
県社に昇格された。

■写真は鳥居



■写真は拝殿



■写真は拝殿内部

現在地:金沢市東山1-30-8



利常公酒湯の井戸は卯辰八幡神社(現在の宇多須神社)創
建の慶長4年(1599)頃できたと伝えられている。歴代の
藩主以下奥方や家老のお参りは日常的にあり、この井戸も
ご神水として使用されていた。
中でも、五代綱紀公が疱瘡にかかられたとき、当社におい
て祈願をし、このご神水を沸かし、お酒を入れて「酒湯」
として体にかけ、治したとされる。

■写真は利常公酒湯の井戸



3.小坂神社

養老元年(720)の創建の延喜式内加賀十三座の中の一
社であり、社頭は一揆に依り焼失したが、寛永13年
(1636)加賀藩主前田家に依り再興され、北効一円の春
日社の総社として地域の人に親しまれ、藩主前田家もこ
とある毎に当社に祈願したとされている。又、富士社は
玉姫病気祈願所とされ、以来病に霊験のあるお社として
崇敬を集めている。

■写真は鳥居



主祭神:天児屋根命、経津主命、比神、武甕槌大神
現在地:金沢市山の上町42-1

■写真は稲荷社



■写真は天神社



■写真は拝殿



■写真は拝殿内部



■写真は本殿



■写真は芭蕉翁巡湯地碑

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「金沢五社参りウオーク」(1)椿原天満宮

2014-01-22 04:37:33 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その222(No.387)

◇「金沢五社参りウオーク」(1)椿原天満宮

2014新春自宅より金沢五社参りウオークを行った。
ご利益ありますように!!

□金沢五社参り

金沢五社(かなざわごしゃ)とは金沢市に所在する神社
の内、江戸時代から神官が守護する宇多須神社、小坂神
社、神明宮、椿原天満宮、安江八幡宮の吉田神道の五つ
の神社の総称である。五社ともに近代の社格制度では県
社に列格された。
この五社全てを参る事を「五社参り」と言い、藩政時代
には藩主自ら参拝を奨励し盛んに行われた。

コースおよび時間
自宅(8:09)~上菊橋~椿原天満宮(9:09)~天神橋
~宇多須神社(9:47)~小坂神社(10:19)~彦三大橋
~安江八幡宮(11:04)~犀川大橋~神明宮(11:54)
~自宅(12:40)1日計歩数:26,098 約18km

■写真は金沢五社イラストマップ



1.椿原天満宮

永仁5年(1297年)加賀国主富樫義親京都北野天満宮より
丹波屋敷と称する山崎に勧請。観応年間(1350年~51年)
一向一揆により金浦郷田井村へ遷座され、金浦郷の総鎮
守産土神となり、寛永年間(1624~44)「椿原山」と称す
る現在地に移転し。明治期には椿山神社に改称した。
明治6年郷社、明治14年県社となる。

■写真は鳥居



主祭神:菅原道真
現在地:金沢市天神町1-1-13

■写真は拝殿



■写真は拝殿内部



■写真は本殿



■写真は稲荷神社



■写真は参道の狛犬

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じろあめ(あめの俵屋)半沢直樹効果で大ヒット!

2014-01-20 19:54:13 | 日記


金沢の観光スポットグルメレポート その12(No.386)

◇じろあめ(あめの俵屋)半沢直樹効果で大ヒット!

昨年の大ヒットドラマ半沢直樹の中で妻が金沢に帰郷し
あめの俵屋で「じろあめ」を買うシーンが出て、2倍の
売上げを記録!私もじろあめを買って食べたが、砂糖を
使っていないのに何とも言えない甘さ!料理の味付けに
もいいらしい。

■写真は俵屋本店全景



■写真はヒット商品「じろあめ」



金沢で一番古いあめ屋。創業天保元年、連綿180余年
の伝統を誇る。俵屋のあめは、創業のころ初代次右衛門
が乳飲み子を抱えながらも母乳が出ず困り果てていた母
親達の姿を見て、何とか母乳のかわりになる栄養価の高
い食品はないかと考えた末に作り上げたのがはじめとい
われている。

■写真は本店店内



俵屋のあめの原料は良質の米と大麦。砂糖がわたしたち
の生活に入ってくる以前に、穀物の甘味を得た、先人の
知恵。創業以来の技を今に伝える、職人の心。

■写真は瓶詰中のあめ



■写真は筆者記念撮影



■写真はエムザの店舗

あめの俵屋ホームページ
http://www.ame-tawaraya.co.jp/

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金沢の芭蕉句碑を訪ねる(6) 野蛟神社、本龍寺 完

2014-01-17 04:39:06 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その221(No.385)

◇金沢の芭蕉句碑を訪ねる(6) 野蛟神社、本龍寺 完

11)野蛟(のづち)神社(神谷内町ヘ1)

今をさる約1250年前(天平3年4月3日)に創立と言われる
古社の一社です。当時神谷内を中心とした付近一帯に疫
病が流行し、毎日のように住民が病に倒れ、亡くなる人
もでたそうです。そうした時白髪の老人が現れ、「自分
の言う通りに従えば、衆人一切を救ってしんぜよう。」
と言うので、住民は老人の教える通りに行った処、不思
議にも病気が治ってしまった。この老人は「ヌヅチの神
である、永く祭祀(イツキマツルこと)せよ。」と言い
残し“龍(アマレリ)”に乗って天上雲間に消えた。そ
こで住民は、その地に神社を創立して祀ったのが起りで
あると伝えられている。

■写真は野蛟神社鳥居



句碑は俳人闌更の建立で、もとは北国街道のわきにあっ
たものを明治初年頃ここに移した。
・芭蕉句碑は宝暦12年(1762)建立

「うらやまし うき世の北の 山ざくら」

■写真は拝殿



■写真は芭蕉句碑



12)本龍寺(金石西3-2-23)

本龍寺は浄土真宗大谷派の寺院で井波町瑞泉寺にゆかりの
ある寺院ということで、建物の彫刻もりっぱなものです。
本龍寺には銭谷五兵衛の墓や芭蕉の句碑などがあり、金石
で代表する寺院です。

■写真は山門



芭蕉は一笑の追悼会の翌日(金沢を離れる前日)の23日
に宮の腰(現在の金石)を訪れました。金沢の俳人達に誘
われてこの宮の腰にきたようです。

■写真は本堂



現在金石の本龍寺にこの宮の腰(金石)で芭蕉が詠んだ句
碑がある。
・芭蕉句碑は昭和24年(1949)建立。

「子鯛さす 柳すゞしや 海士がつま」

■写真は芭蕉句碑

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金沢の芭蕉句碑を訪ねる(5) 田井菅原神社、宝泉寺

2014-01-14 05:39:32 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その220(No.384)

◇金沢の芭蕉句碑を訪ねる(5) 田井菅原神社、宝泉寺

9)田井菅原神社(天神町1丁目3-16)

ご神体は、田邊左衛門という者が菅原道真より賜った自画
像と伝えられる。後の喜兵衛の代に田邊家は三代利常より
代官を拝命。明治期に田邊邸内に神社が建てられ、明治13
年(1880)、田井の生産神となった。

■写真は田井菅原神社鳥居



「風流の はじめや奧の 田植唄」

この句碑は、最初からこの地に、置かれたものではなく、
当年に奉納という形で移されたと伝えられている。
・芭蕉句碑は明治21年(1888)3月下旬建立

■写真は芭蕉句碑



■写真は正月紅白餅を飾った拝殿



10)宝泉寺(ほうせんじ、子来町57)

宝泉寺は真言宗のお寺で創建は慶長11年(1612)前田家の
祈願寺で本尊の摩利支天は、前田利家の守本尊だったと言
われている。

卯辰山への東山からの登り口子来坂を上がった途中が宝泉
寺の入り口になり階段がある。その階段を上った所のすぐ
左の植え込みの中に石碑があり、柳陰軒址と刻まれている。

■写真は宝泉寺参道



俳人鶴屋句空の草庵「柳陰軒」があった場所で、芭蕉が2
1日に訪ねたと言われています。ここで詠んだという句が
横に刻まれている。
・芭蕉句碑は建立不明

「ちる柳 あるじも我も 鐘を聞く」

■写真は芭蕉句碑



■写真は本堂



また宝泉寺には金沢出身の幕末の俳人桜井梅室の句碑が二
つある。「ひと雫 けふの命そ 菊の露」「屋の棟に そ
ふて植けり 梅柳梅室」の句碑です。

■写真は桜井梅室句碑



■写真は五本松

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金沢の芭蕉句碑を訪ねる(4) 兼六園山崎山、上野八幡神社

2014-01-11 04:37:01 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その219(No.383)

◇金沢の芭蕉句碑を訪ねる(4) 兼六園山崎山、上野八幡神社

7)兼六園山崎山(兼六園内)

天保期お三大家と呼ばれたひとり桜井梅室の筆による句碑
は元々は卯辰山麓にあったもので、明治16年(1883)に
現在地に移された。
この句はあまりにも有名で、この俳句の書かれた句碑がな
んと市内に3ヶ所もある。
・芭蕉句碑は弘化3年(1846)建立。

■写真は兼六園山崎山



「あかあかと 日はつれなくも 秋の風」

■写真は芭蕉句碑



■写真は山頂の庵



8)上野八幡神社(小立野2-4-1)

上野八幡神社は源氏の名将の後胤にて空山と号し、能州天
平寺に在り、前田公の信任厚く、石動山法務取締役を命ぜ
らる。前田公天正12年(1584)金沢城に移城せらるるや、
空山も医王山を経て現地に往し、天平寺守護神八幡神を祀
る、山伏頭医王寺として奉仕し明治2年(1869)復飾す。

■写真は上野八幡神社鳥居



小立野の金沢大学工学部の横にある神社で、鳥居をくぐり
すぐの右手に芭蕉句碑がある。金沢小立野連中の建立で、
元は宝幢寺の境内にありましたが明治にこの地に移したと
言われている。
・芭蕉句碑は明治16年(1883)建立

 「山さむし 心の底や 水の月」

■写真は芭蕉句碑



■写真は拝殿



■写真は拝殿内部

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金沢の芭蕉句碑を訪ねる(3) 願念寺、長久寺

2014-01-09 05:53:10 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その218(No.382)

◇金沢の芭蕉句碑を訪ねる(3) 願念寺、長久寺

5)願念寺(がんねんじ、野町1-3-82)

木一山願念寺は真宗大谷派のお寺で、創建慶長年間、万冶
2年(1659)現在地に移転。一笑(いっしょう)の菩提寺。

小杉一笑は金沢における蕉風の先駆をなした俳人。元禄2
年(1689)7月金沢入りした松尾芭蕉は一笑が前年の霜月
6日死去したことを知り慟哭(どうこく)。22日ここ願
念寺で催された追悼会で、芭蕉は「塚も動け・・・」とそ
の悲しみを詠んだ。 この前々年(貞亨4年)近江の人尚
白が撰した「孤松集」に一笑の句が194句も入集されている。
・芭蕉句碑は昭和42年建立。

■写真は願念寺山門



■写真は本堂



 つかも動け 我が泣く声は 秋の風 (芭蕉句碑)
 心から 雪うつくしや 西の雲 (一笑辞世句碑)

■写真は願念寺芭蕉句碑



■写真は願念寺一笑句碑



6)長久寺(寺町5-2-20)

鶴雲山長久寺は曹洞宗のお寺で、慶長13年(1608)白山に
建立。高畠石見守定吉の後室長久院のために栖覚寺を郊外に
ある大豆田高畠氏の下邸に建て長久寺と改めた。その後二回
移転し、延宝4年(1676)に野田寺町覚源寺の遺祉である現
在地に移り長久寺建立。
・芭蕉句碑は昭和63年(1988)建立。

「秋涼し 手毎にむけや 瓜茄子」 (芭蕉の句碑)

■写真は長久寺山門



■写真は長久寺本堂



■写真は芭蕉句碑

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新春金沢の寺院詣(2)石浦神社、金沢神社、尾崎神社

2014-01-07 04:32:34 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その217(No.381)

◇新春金沢の寺院詣(2)石浦神社、金沢神社、尾崎神社

□石浦神社

古墳(547年)時代に草創され金沢最古の宮として、 三
輪神社を号し、奈良時代には神仏習合となり石浦山慈光
院長谷寺と改め、 江戸時代には石浦山王、石浦大権現、
明治の神仏分離令により 石浦郷の地名をとり石浦神社と
改称した。

■写真は石浦神社全景



○御祭神
大物主大神(大国主大神)、大山咋大神(山王)
菊理媛大神(白頭山の神)、天照皇大神
天兒屋根大神(春日大社の一柱)、誉田別大神(八幡の神)
市杵島姫大神(厳島の神)

■写真は拝殿



■写真は拝殿内部



■写真は境内にある広阪稲荷神社

石浦神社ホームページ
http://www.ishiura.jp/



□金沢神社

第11代藩主前田治脩(はるなが)公が学問の神様・菅
原道真を祀って寛政6年(1794)創建した神社で竹沢御
殿御鎮守天満宮と称されました。家内安全の稲荷大明神、
そして金運・災難よけの白蛇竜神も祀った神社でもある。

■写真は金沢神社一の鳥居



金沢神社は石川県で一番の受験の神社ということで受験
願いの絵馬がたくさん奉納されてる。

■写真は神門



○御祭神
菅原道真公(学問の神・前田家の先祖)、白蛇竜神(金運・災難除の神)
白阿紫稲荷大明神(商売繁盛の神)、琴平大神(交通安全)
前田斉広(なりなが)公(12代藩主)、前田斉泰(なりやす)公(13代藩主)

■写真は拝殿

金沢神社ホームページ
http://www.kanazawa-jj.or.jp/



□尾崎神社

寛永20年(1643)加賀藩四代藩主前田光高が曽祖父であ
る徳川家康公(東照大権現)をお祀りするため、金沢城北の
丸に建立された。朱塗りで彫刻や飾り金具が施され、
日光東照宮の縮図ともいわれ、明治11年(1878)金沢城
内に陸軍省が駐屯することとなり、現在地に移築した。
昭和25年文部省重要文化財指定。

■写真は尾崎神社神門



本殿、拝殿・弊殿、中門、透塀等は国の重要文化財に指定
されています。

○御祭神
天照大神 源朝臣家康 菅原朝臣利常 

拝殿は文化財を守るための雪よけが付けられている。

■写真は拝殿

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新春金沢の寺院詣(1)大乗寺

2014-01-05 04:59:15 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その215(No.380)

◇新春金沢の寺院詣(1)大乗寺

2日自宅近くの大乗寺をウオーキング途中で参拝した。

創建は弘長元年(1261)僧澄海が当時の加賀国の有力者
富樫家尚の招きで野々市村に一宇を設けたのが始まりと
伝えられている。当初は真言宗の寺院であったが、正応
2年(1289)永平寺第3代徹通義介(てっつうぎかい)
禅師が曹洞宗に改修し改めて大乗寺を開山。加賀国最初
の曹洞宗寺院として寺運は隆盛した。

■写真は大乗寺総門



2代瑩山(けいざん)禅師は永光寺(羽咋市)總持寺
(現在の總持寺祖院)を開き、室町幕府歴代将軍の帰依
や柏原天皇の勅願寺にも定めらた。
戦国時代末期富樫氏の衰退と共に寺勢は下降し、織田信
長の加賀侵攻の際家臣柴田勝家の兵火により多くの堂宇、
寺宝、記録などが焼失している。

■写真は山門



元禄10年(1697)加賀藩家老本多政均が庇護したこと
で現在地に再建され、以後本多家の祈願所として寺領2
00石が安堵され寺運も再び隆盛します。
現在の大乗寺の境内は再建当時の古建築が並ぶ曹洞宗寺
院建築の典型的な伽藍の配置が残され、多くの建物が文
化財指定されている。

■写真は山門にある「しあわせの鐘」



□文化財指定
総門 - 黒門寛文5年(1665)建立、石川県指定有形文化財
山門 - 江戸時代初期、石川県指定有形文化財
仏殿 - 元禄15年(1702)、重要文化財(国指定)
法堂 - 元禄10年(1697)頃、石川県指定有形文化財

■写真は仏堂



■写真は法堂(はっとう)



■写真は法堂内部



■写真は僧堂(座禅堂)



■写真は庫裏(くり)

大乗寺ホームページ
http://www.daijoji.or.jp/

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2014尾山神社初詣!

2014-01-03 19:09:42 | 日記


金沢の観光スポット体験レポート その215(No.379)

◇2014尾山神社初詣

初詣は3日(金)毎年恒例の尾山神社へ行った。今日は天
候もよく気温も11度で、3日とはいえ正午ごろには、鳥
居までの参拝行列になっていた。

■写真は鳥居と神門



□尾山神社の概況

慶長4年(1599)に加賀藩藩祖前田利家を祭り創建された
卯辰八幡社(現宇多須神社)を、明治6年(1873)に卯辰
山から金沢城の出丸金谷御殿跡地(現在地)に移し、本殿、
拝殿が建てられ、尾山神社としました。尾山神社の神門は
明治8年(1875)に完成したのですが、神門の和洋中の三
様式が取り入れられた五色のギヤマンが綺麗です。

■写真は神門のギャマン(拝殿側より撮影)



■写真は神門下の丸石



現在の尾山神社は、平成10年(1998)に利家の妻まつも
合祀され、2000年に新たに前田利家公とその妻まつの像が
新たに建立されました。



■写真は拝殿

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あけましておめでとうございます。

2014-01-01 09:08:11 | 日記


あけましておめでとうございます。

昨年はアベノミクスで円高、株高など明るい話題も増えまし
たが、常とはいえ隣国とのあつれき、巨額の財政赤字をなど
課題も多く山積しています。まずは自分自身の心を高めて家
族の幸福、地域社会などへの貢献して充実した日々を送りた
いものです。

2010.12.19に「植ちゃんの金沢・いしかわに恋をしました」
を開設して約3年間で累計閲覧約 171千ページ、累計訪
問者数約 76千IP、投稿回数 378回となりました。
(2013/12/31現在)
  
本年もを好奇心をもって取材、投稿しますので閲覧よろしく
お願いします。

平成26年元旦

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