植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

いしかわ観光大使と観光特使

2011-08-31 20:13:25 | 日記


いしかわ観光大使と観光特使(No.82)

 石川県では2014年新幹線開通に向けて「新ほっと石川観光
プラン」を改訂し、特に首都圏からの観光客数を平成21年
実績230万人を500万人に目標を掲げて、多彩な活動を
行っている。その一つに「いしかわ観光大使」と「いしかわ
観光特使」の委嘱がある。

 「いしかわの観光大使」は石川出身の方やゆかりの著名人
で名前を挙げると下記の通りです。

・フランソワーズ・モレシャンさん(ファッション・エッセイスト)
・前田利祐さん(前田家18代当主)
・さが ゆりこさん(2004ミス日本グランプリ)
・輪島大士さん(元54代第横綱)
・辻口博啓さん(パティシェ)
・松井秀喜(メジャーリーガー)
・道場六三郎(和食料理家)
・川中美幸(歌手)

 「しかかわ観光特使」は石川県の観光応援団の裾野を
広げるため、県外に対して、口コミ等による本県の魅力
を発信するなど、観光誘客につながる活動をされている
方や、今後そうした活動をしたいと考えている方で、県
内在住の方約250名、県外の在住の方約310名委嘱されて
いる。私もその一人です。

■写真は谷本知事と「いしかわ観光特使」委嘱記念
 (2010.12.8撮影)

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奥能登食彩紀行「能登丼」レポート その2

2011-08-28 05:15:36 | 日記


奥能登食彩紀行「能登丼」レポート その2(No.81)

能登丼は発足して4年になり、現在は能登丼事業協同組
合により運営されている。

●能登丼のホームページ
http://www.okunoto-ishikawa.net/modules/donmap/

 今回食べたのは能登丼No42能登町宇出津の紅寿司の
「海鮮丼季節の旬の物入り」をレポートします。この
お店は開店31周年になるとのこと。

 珠洲焼の器に、宇出津港でその日に水揚げされた新鮮
な魚介をいっぱい盛り込んだ海鮮丼。すのもの小鉢、し
じみの味噌汁付き。新鮮なお魚と寿司飯のマッチングよ
くおいしく頂きました。
 お値段は1,800円で輪島塗のお箸を頂きました!
 

■写真は「海鮮丼季節の旬の物入り」(No.42)



店名:紅寿司(べにずし)
住所:能登町宇出津新1字194-2(能登町役場近く)
Tel:0768-62-4150

■写真は紅寿司の店頭



■写真は店長

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いしかわゆかりの著名人

2011-08-26 05:20:55 | 日記


いしかわゆかりの著名人(No.80)

◇井上 靖(小説家)
 (いのうえ やすし、1907年(明治40年)5月6日 -
 1991年(平成3年)1月29日)は北海道旭川町(現・
 旭川市)生まれる。
 1930年(昭和5年)、石川県金沢市の第四高等学校理
 科卒業。井上泰のペンネームで北陸四県の詩人が拠
 った誌雑誌『日本海詩人』に投稿、詩活動に入る。
 小説「北の海」に書かれているW坂の描写の一節が刻
 まれている。、W坂(石伐坂)は金沢市清川町に記念碑
 がある。

◇五木寛之(文筆家)
 (いつき ひろゆき、1932年福岡県八女市に生れ。生
 後まもなく朝鮮半島に渡る。両親は若くして亡くなっ
 ている。
 早稲田大学抹籍以降、文筆家(小説家・放送作家)、
 作詞家など、様々な職業で幅広く活動する。1965年に
 は、石川県選出の衆議院議員(のち金沢市長)岡良一
 の娘・玲子と結婚、夫人の親類の五木家に跡継ぎがな
 かったからか五木姓を名乗る。日本での仕事を片付け
 て、かねてから憧れの地であったソビエト連邦や北欧
 を旅する。帰国後は夫人の郷里・金沢に身を寄せる。

 ・金沢文芸館(金沢五木寛之文庫)
  http://www.kanazawa-museum.jp/bungei/

■写真は金沢市文芸館



◇竹久夢二(画家)
 (たけひさ ゆめじ、明治17年(1884年)9月16日 - 昭
 和9年(1934年)9月1日)は、画家・詩人。本名は竹久
 茂次郎(もじろう)。
 大正6年の湯涌温泉滞在については「夢二と彦乃と湯涌
 の地」、その彦乃は滞在後間もなく、わずか25歳でそ
 の生涯を閉じてしまいます。この悲しい出来事が、その
 後の夢二の作品と生涯に計り知れない影響を与えたと言
 われています。

 ・金沢湯涌夢二館
  http://www.kanazawa-museum.jp/yumeji/

◇名高達男(俳優、京都府出身)
 (なだか たつお、本名:名高 達夫、1951年2月9日 - )
 は、金沢工業大学機械工学科卒業後、名高 達朗の芸名で
 ファッションモデルとして活動。1976年TBS『東芝日曜劇
 場』「婚約時代」(十朱幸代主演、石井ふく子プロデュ
 ース)から本格的な俳優業に転じた。1980年から芸名を
 名高 達郎とし、スポーツマンらしい恵まれた体格を持つ
 渋くダンディーな俳優で、1994年に美輪明宏の勧めによ
 り名高 達男に改名した。

■写真は雪の金沢湯涌夢二館

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いしかわ出身の著名人 その5

2011-08-23 04:52:53 | 日記


いしかわ出身の著名人 その5(No.79)

◇石本他家男(デサント創業者)
 ( いしもと たけお、明治42年(1909)11月25日石川
 県生まれ。昭和10年大阪で石本商店を創業。戦後,グラ
 ブやミットの製造販売をはじめ,のちスポーツウエアに
 進出。36年社名をデサントとあらため,社長。外国メー
 カーと提携し,同社はゴルフ,テニスなどの大衆化の波
 にのって急成長した。57年会長。昭和63年5月27日死去。
 78歳。

■写真は石本他家男氏

◇山科直治(バンダイ創業者)
 (やましな なおはる、1918年2月22日 - 1997年10月28
 日)は、石川県出身。石川県立金沢商業高等学校卒。
 バンダイを一代で築き上げた名経営者である。
 華北で退役。日本電気冶金を経て、山科直治の義兄久
 々津一夫が経営する繊維会社「萬代産業」の玩具製造
 小会社として1925年に浅草菊屋橋で万代屋(現バンダ
 イ)を設立し、1928年社長。1980年会長。1997年(平成
 9年)10月28日死去。79歳。
 


◇畠山一清(荏原製作所創業者、畠山記念館創立者)
 (はたけやま いっせい、1881年12月28日 - 1971年11
 月17日)は、1881年(明治14年)、金沢で能登の守護
 大名畠山氏の血筋を引く家系に生まれる。機械工学者。
 株式会社荏原製作所の創立者。
 東京帝国大学機械工学科を卒業後、1912年に恩師の井
 口在屋と共同でゐのくち式機械事務所を創業した。
 1920年(大正9年)にはポンプ販売の事業を発展させて
 荏原製作所を設立した。

◇塚本勲(加賀電子創業者・会長)
 (つかもと いさお、1943年石川県生まれ。中学時代
 は短距離の選手として活躍したほか、スポーツマンと
 して活躍。金沢市立工業高校に進学するが一年で中退
 し、20万円を持って単身上京。可変抵抗器メーカーに
 就職し、営業マンの基本を覚え、24歳で加賀電子を秋
 葉原で創業。営業と企画に徹し、工場を持たない典型
 的なファブレス企業を築き上げる。18年で東証二部、
 29年で東証一部に上場。

◇竹内繁(ウノケ電子工業創業者)
 (たけうち しげる)大正15年(1926年)石川県宇ノ
 気町生まれ。国税庁、日立製作所(通産省技術院電気
 試験所出張勤務)を経て1960年、深江氏らの出資によ
 り地元・宇ノ気町にウノケ電子工業を設立する。当初
 の社屋兼工場は町から貸与された宇ノ気中学の講堂。
 主な創業メンバーは日立製作所時代の部下、平林氏・
 上野氏・千田氏らだった。1963年に同社を退職後、金
 沢工業大学教授を経て1969年バンテック・データサイ
 エンスを設立。

◇細野昭雄(アイ・オー・データ機器創業者、社長)
 (ほその あきお)1944年、石川県金沢市生まれ。62
 年に石川県立工業高校電気科を卒業し、ウノケ電子工
 業(現PFU)に入社。65年、金沢工業大学の情報センタ
 ー職員に。70年バンテック・データ・サイエンス
 (現エヌジェーケーテクノ・システム)に入社。76年
 アイ・オー・データ機器を設立、代表取締役社長に就任。

■写真は畠山一清氏

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いしかわ出身の著名人 その4

2011-08-19 05:00:24 | 日記


いしかわ出身の著名人 その4(No.78)

◇長谷川等伯(画家、七尾市)
 (はせがわ とうはく、1539年2月24日-1610年3月19日)
 は安土桃山時代から江戸時代初期に活躍し、狩野永徳、
 海北友松、雲谷等顔らと並び桃山時代を代表する絵師。

 ・長谷川等伯(七尾美術館)
  http://nanao-art-museum.jp/?cat=13

◇西のぼる(挿絵画家)
 1946年石川県珠洲市生まれ。白山市在住。重厚でかつ
 明るい独特の作風で数々の歴史小説の装画、挿絵を手が
 ける。93年、第二回日本文芸家クラブ大賞(美術部門)
 受賞。94年、著書『さし絵の周辺』出版。2001年「華
 栄の丘」(宮城谷昌光 作)の挿絵で第32回講談社出版
 文化賞受賞。2008年、画業30周年を記念し石川近代文
 学館など国内6か所で展覧会開催。2010年、中日文化賞
 受賞。

■写真は西のぼる氏



◇浅川マキ(歌手、能美市)
 (あさかわ マキ、1942年1月27日 - 2010年1月17日)は、
 石川県石川郡美川町(現:白山市)出身。石川県立金沢
 二水高等学校卒業。町役場で国民年金窓口係の職に就く
 も程なくして上京する。マヘリア・ジャクソンやビリー
 ・ホリデイのようなスタイルを指向し、米軍キャンプや
 キャバレーなどで歌手として活動を始める。歌手、作詞
 家、作曲家、編曲家。淺川マキと綴られることもある。

◇道場六三郎(料理人、加賀市山中温泉地区)
 (みちば ろくさぶろう、1931年1月3日 - )は和食料理
 家。石川県江沼郡山中町(現在の加賀市山中温泉地区)
 出身。2007年4月29日、旭日小綬章受章。
 「能登丼」などの監修も行っている。
 
 ・道場六三郎のホームページ
  http://www.michiba.com/profile.html

◇蟹瀬 誠一(ジャーナリスト)
 (かにせ せいいち、1950年2月8日 ‐ )は石川県金沢市
 出身。明治大学教授、株式会社アコーディア・ゴルフ社
 外取締役。

■写真は道場六三郎氏

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いしかわ出身の著名人 その3

2011-08-16 04:53:13 | 日記


いしかわ出身の著名人 その3(No.77 )

◇輪島大士(54代横綱、七尾市)
 (わじま ひろし、1948年(昭和23年)1月11日 - )は、
 石川県七尾市出身で花籠部屋所属の元大相撲力士、第
 54代横綱、全日本プロレス所属の元プロレスラー、元
 タレント。本名は輪島 博(わじま ひろし)。大相撲
 時代は身長186cm、体重132kg。ニックネームは蔵前の星
 ・黄金の左、現役引退後はワジー。

◇松井秀喜(プロ野球選手)
 (まつい ひでき、1974年6月12日 - )は、石川県能美
 郡根上町(現:能美市)出身のプロ野球選手根上中学校
 卒業後、既に松井の実力を高く評価していた星稜高校監
 督の山下智茂からの熱烈な勧誘や、中学野球 部の監督
 やコーチに薦められ、星稜高校に進学、卒業後1993年に
 巨人に入団、2003年にはニューヨークヤンキーズ。現在
 は、オークランド・アスレチックスに所属。

 ・松井秀喜ベースボールミュジアム
  http://www.hideki.co.jp/index.html

◇山中毅(競泳選手、輪島市)
 メルボルン、ローマ、東京と三度のオリンピックで銀メ
 ダル4個受賞、アジア大会東京大会で2冠。

◇川岸良兼(ゴルファー)
 (かわぎし りょうけん、1966年12月6日 - )は、石川
 県小松市出身のプロゴルファーである。石川県立小松明
 峰高等学校→日本大学卒業。身長180cm、体重88kgの大
 型選手。師匠は尾崎将司で、ジャンボ軍団(尾崎の指導
 を受けながら、一緒に練習する弟子たちの集団)のひと
 りである。これまでに日本ゴルフツアーで6勝を挙げて
 いる。

◇金丸 雄介(柔道、北京オリンピック代表)
(かなまる ゆうすけ、1979年9月14日 - )は、石川県白
山市(石川郡旧鶴来町)出身。石川県立津幡高等学校を経
 て筑波大学卒業。現在は学校法人了徳寺学園職員。
 男子柔道73kg級選手。段位は五段。身長170cm。既婚。
 数々の国際大会出場経験を持ち、北京オリンピック代表
 になった。得意技は背負い投げ。引退後はフジテレビ放
送の柔道世界選手権で解説を務めている。

■写真は松井ベースボールミュジアム

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いしかわ出身の著名人 その2

2011-08-11 05:19:14 | 日記


いしかわ出身の著名人 その2(No.76)

◇泉 鏡花(作家、金沢市)
 (いずみ きょうか、1873年(明治6年)11月4日 - 1939
 年(昭和14年)9月7日)本名、鏡太郎は金沢市下新町生
 れ、明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家。戯
 曲や俳句も手がけた。。
 尾崎紅葉に師事し、『夜行巡査』『外科室』で評価を得、
 『高野聖』で人気作家になる。江戸文芸の影響を深くう
 けた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで知られる。ま
 た近代における幻想文学の先駆者としても評価される。
 他の主要作品に『照葉狂言』、『婦系図』、『歌行燈』
 などがある。

 ・泉鏡花記念館
  http://www.kanazawa-museum.jp/ikkinen/

■写真は泉鏡花

◇室生犀星(作家、金沢市)
 (むろう さいせい、本名:室生 照道(てるみち)、
 1889年8月1日 - 1962年3月26日)は、石川県金沢市生
 まれ。加賀藩の足軽頭だった小畠家の小畠弥左衛門吉
 種とハルという名の女性の間に私生児として生まれた。
 生後まもなく、生家近くの真言宗寺院雨宝院住職室生
 真乗の内縁の妻赤井ハツに引き取られ、その妻の私生
 児として照道の名で戸籍に登録された。住職の室生家
 に養子として入ったのは7歳のときであり、この際室生
 照道を名乗ることになった。

 ・室生犀星記念館
  http://www.kanazawa-museum.jp/saisei/



■写真は室生犀星記念館

◇徳田秋声(作家、金沢市)
 ( 秋聲、とくだ しゅうせい、1872年2月1日(明治4年)
  - 1943年11月18日)は、石川県金沢市生まれの小説家。
 本名は末雄。現在の金沢市横山町に加賀藩の陪臣横山雲
 平の第6子(3男)として誕生。小学生時代(現在の金沢
 市立馬場小学校)、一学年下に泉鏡花がいたが、この時
 点では顔見知り程度であった。1888年第四高等中学校に
 入学。翌年上級生から小説家になる事を勧められ志す。
 1895年尾崎紅葉の門下に入る。

 ・徳田秋声記念館
  http://www.kanazawa-museum.jp/shusei/

◇島田清次郎(作家、白山市)
 (しまだ せいじろう、1899年(明治32年)2月26日
  - 1930年(昭和5年)4月29日)は、石川県石川郡美
 川町(現白山市)の生まれ。 文壇で有名であった時
 代には「島清」という略称でも呼ばれた。
 早くに父を亡くし、母の実家で育つ。母の実家は金沢
 市内の(にし)茶屋街で貸座敷も営み、この環境が後
 の島田の文学と性格(特に女性関係)に影響してくる。

◇加賀千代女(俳人、白山市)
 (かがのちよじょ、1703年-1775年10月2日は、俳人。
 号は草風、法名は素園。千代、千代尼などとも呼ば
 れる。
 朝顔を多く歌っていることから、出身地の松任市
 (現白山市)では、市民への推奨花の一つに朝顔を
 選んでいる。 白山市中町の聖興寺に、遺品などを
 納めた遺芳館がある。

 ・加賀千代女の里俳句館
  http://haikukan.city.hakusan.ishikawa.jp/


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いしかわの観光スポット体験レポート その3

2011-08-08 05:26:25 | 日記


8月6日(土)霊峰白山日帰り登山をレポートします。

白山は、富士山、立山とともに日本三名山の一つに数え
られ、山頂部は、御前峰(2,702m)、大汝峰(2,684m)、
剣ヶ峰(2,677m)で構成されています。古くから「しら
やま」や「越のしらね」の名で和歌にも詠まれましたが、
信仰の山としても知られる。養老元年(717年)越前の
僧泰澄が、はじめて白山に登り修行したのが信仰登拝の
始まりと伝えられている。

■写真は御前峰(2,702m)



■写真は御前峰より御岳を見る(09.10.4撮影)



金沢の天気予報は曇で降水確率、午前20%、午後30%。
朝3時10分に起きた時は東の空は晴れていた。黒ボ
コ岩手前で霧雨、室堂で休憩中にかなりの雨が降り約
1時間雨宿り、その後曇で天候はまずまず。残念なが
ら御前峰ではガスで何も見えませんでした。

自宅3:55発、市ノ瀬ビジターセンター着5:00、5:20
のバスで別当出合(標高1,260m)に到着。
御前峰(標高2,702m)まで標高差1,442mの登山。
市ノ瀬着16:49、自宅着18:10

■写真は黒ボコ岩(2,302m)



ポイント及び時間
別当出合発5:45⇒中飯場到着6:23⇒甚之助避難小屋着
7:56⇒黒ボコ岩着9:15⇒室堂着9:46⇒室堂発10:54
⇒御前峰着11:35⇒室堂着12:25⇒エコーライン南竜分
岐点13:38⇒甚之助避難小屋着14:13⇒中飯場着15:27
⇒別当出合着16:05

■写真は御前峰より室堂を見る



■写真はニッコウキスゲ(南竜道で)

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いしかわ出身の著名人 その1

2011-08-05 04:49:38 | 日記


いしかわ出身の著名人 その1(No.74)

◇西田幾多郎(哲学者)
 (にしだ きたろう、1870年6月17日 - 1945年6月7日)
 は現在の石川県かほく市森(旧宇ノ気町森)生まれ。
 日本を代表する哲学者。京都大学教授、名誉教授。
 京都学派の創始者。
 かほく、金沢で学び、金沢、京都で教鞭をとり、晩年
 は鎌倉で思索と執筆に明け暮れたその一生は、一見分
 かりやすい人生だといえるかもしれません。

 ・西田幾多郎記念哲学館
  http://www.nishidatetsugakukan.org/

◇鈴木大拙(文学博士)
(すずき だいせつ、本名貞太郎(ていたろう)1870
 年11月11日 - 1966年7月12日)は、禅についての著
 作を英語で著し、日本の禅文化を海外に広くしらし
 めた仏教学者(文学博士)である。著書約100冊の内
 23冊が、英文で書かれている。1949年に文化勲章、
 日本学士院会員。 
 「大拙」は居士号である。同郷の西田幾多郎、藤岡
 作太郎とは石川県立専門学校(後の第四高等学校)
 以来の友人であり、鈴木、西田、藤岡の三人は加賀
 の三太郎と称された。

■写真はふるさと異人館



◇高峰譲吉(科学者)
(たかみね じょうきち1854年11月3日-1922年7月22日)
 は、富山県高岡市生まれ。現在の東京大学工学部の
 前身の一つである工部大学校卒。理化学研究所の創
 設者の一人。科学者、実業家。工学博士・薬学博士。
 1912年帝国学士院賞受賞、1913年帝国学士院会員。
加賀藩の御典医であった家柄に生まれ、消化酵素タ
カヂアスターゼの発見、止血剤で有名なアドレナリ
ンの結晶化などノーベル賞級の偉業を果たした。


◇八田與一(建築技師)
 (はった よいち、1886年2月21日 ? 1942年5月8日)
 は、日本の水利技術者。日本統治時代の台湾で、農
 業水利事業に大きな貢献をした人物として知られる。

◇銭屋五兵衛(江戸時代末期の豪商)
 (ぜにや ごへえ、1774年1月7日 -1852年12月31日)
 は、江戸時代後期の加賀の商人、海運業者。金沢藩
 の御用商人を務めた。姓名の略から「銭五」とも呼
 ばれる。幼名は茂助。「五兵衛」は銭屋代々の当主
 が襲名する通称だが、最も著名な最後の当主(7代目)

 ・石川県銭屋五兵衛記念館
  http://www.zenigo.jp/ 
 
◇安宅弥吉(安宅産業創業者、貴族院議員)
 (あたか やきち1873年4月25日 - 1949年2月5日)は
 石川県金沢市金石生まれの実業家。安宅産業や学校
 法人甲南女子学園の創設者。元大阪商工会議所会頭。
 鈴木大拙のパトロン的存在としても知られる。

■写真は高峰譲吉

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奥能登食彩紀行「能登丼」レポート その1

2011-08-02 05:14:11 | 日記


奥能登食彩紀行「能登丼」レポート その1(No.73)

能登丼は発足して4年になり、現在は能登丼事業協同組
合により運営されている。
能登丼の定義は下記の通り
【食材】
 ○奥能登産のこしひかり(米)を使用
 ○奥能登の水を使用
 ○メイン食材に地場でとれた旬の魚介類、能登で育ま
  れた肉類・野菜等又は地元産の伝統保存食を使用
【食器】
 ○能登産の器を使用
 ○能登産の箸を使用
 ○箸はお客様にプレゼントいたします
【調理】
 ○健康、長寿、ヘルシーにこだわっています
 ○オリジナルティあふれる丼です。
 ○奥能登地域内で調理、提供します。

●能登丼のホームページ
http://www.okunoto-ishikawa.net/modules/donmap/

 今回食べたのはNo34珠洲市寿司一の「日替わり白身魚
の山かけ丼」をレポートします。
 珠洲焼の器に、とろろ(たたいて載せている)ご飯の
上盛られた白身魚。醤油の皿にワサビを入れて混ぜ、上
からかけて食べた。何ともいえない白身魚の旨さがとろ
ろご飯との相性が良く満足した。
お値段は手ごろな950円

■写真は「日替わり白身魚の山かけ丼」(No.34)



店名:寿司一
住所:珠洲市上戸町北方3-139(珠洲郵便局近く)
Tel:0768-82-0706

■写真は寿司一の店頭



■写真は店長



■写真は共同組合の認定証(道場六郎氏試食済み)

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