植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

◇秋の金沢城公園2020 紅葉編 

2020-12-30 04:28:15 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1935)

◇秋の金沢城公園2020 紅葉編 

○金沢城公園概要

金沢城の歴史は加賀一向一揆で支配権を握った本願寺が、天文15年(1546)に金沢御堂
(尾山御坊)を建てた地に、天正8年(1580)佐久間盛政が築城を開始、天正11年1583)、加賀初代藩主前田利家が能登から入城し、本格的に城造りがなされた。慶長7年(1602)
に天守が落雷による火災により焼失し、その後は江戸幕府への遠慮から再建されなかった。 
金沢城は、金沢市の市街地に位置し、犀川と浅野川に挟まれた小立野台地の先端に立地する
平山城で、規模は東西500m、南北760m、面積約30haである。新幹線開業以降入場者も増え、金沢市内の人気スポットとなっている。2020年夏に鼠多門、鼠多門橋がオープンし、
長町~尾山神社~金沢城公園~兼六園などの「加賀百万石回遊ルート」が完成した。

■写真は三十間長屋からの鶴丸休憩館















■写真は三十間長屋の紅葉



■写真は二の丸広場より三十間長屋



■写真はイモリ坂





■写真は鶴丸休憩館からの菱櫓、五十間長屋、橋爪門







■写真は雪吊り





■写真は橋場の民家から移植された松(白鳥路入り口)

(つづく)

◇秋の金沢城公園2020 玉泉院丸庭園 

2020-12-29 04:58:38 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1934)

◇秋の金沢城公園2020 玉泉院丸庭園 (ユーチューブ連動解説版)

〇金沢城公園概要

金沢城の歴史は加賀一向一揆で支配権を握った本願寺が、天文15年(1546)に金沢御堂
(尾山御坊)を建てた地に、天正8年(1580)佐久間盛政が築城を開始、天正11年1583)、
加賀初代藩主前田利家が能登から入城し、本格的に城造りがなされた。慶長7年(1602)
に天守が落雷による火災により焼失し、その後は江戸幕府への遠慮から再建されなかった。
 
金沢城は、金沢市の市街地に位置し、犀川と浅野川に挟まれた小立野台地の先端に立地する
平山城で、規模は東西500m、南北760m、面積約30haである。新幹線開業以降入場者も増え、金沢市内の人気スポットとなっている。2020年夏には鼠多門、鼠多門橋がオープンし、
長町~尾山神社~金沢城公園~兼六園などの「加賀百万石回遊ルート」が完成した。



〇玉泉院丸庭園

平成27年(2015)の新幹線開業に合わせて開園した玉泉院丸庭園は、加賀藩三代藩主「前田利常」による寛永11年(1634)の作庭を始まりとし、その後五代「綱紀」や十三代「斉泰」などの歴代の藩主により手を加えられながら、廃藩時まで金沢城内玉泉院丸に存在していた庭園で。饗応の場として活用された「兼六園」に比べ、藩主の内庭としての性格が強い庭園だったと考えられている。

玉泉院丸は、古くは「西の丸」と呼ばれ重臣屋敷でした。慶長19年(1614)二代藩主前田利長が高岡で没した後、剃髪して金沢に戻った正室の玉泉院(永姫)の屋敷が造営されたため、
玉泉院丸と称することになりった。



〇玉泉院丸庭園に面した石垣郡

玉泉院丸に面した斜面一帯は、趣向を凝らした「切石積み」の石垣が見られる。石垣の高さや向き、石の積み方から細部の加工に至るまで、表情豊かな石垣群は、玉泉院丸庭園の借景としての役割を担っていた。


 
〇色紙短冊積み石垣

 玉泉院丸に面した斜面一帯には、趣向を凝らした「切石積み」の石垣が見られる。
正面の石垣は、代表格で、最上部に黒色の石(坪野石)を使ったV字形の石樋(いしどい)
を組み込み、落水の背景となる石垣中央には、3石の縦長石を段違いに配置するなど、
庭園に面した場所ならではの意匠を持つ石垣。
・創建:寛永(1624~44)頃
・改修:貫文(1661~73)頃

■写真は色紙短冊積み石垣











■写真は石垣側からの玉泉院丸庭園













■写真は玉泉庵側からの庭園







■写真は玉泉院丸口の紅葉とサザンカ

(つづく)



ユーチューブ「秋の金沢城公園2020 玉泉院丸庭園」

◇秋の兼六園2020 ④ ツバキ・サザンカほか 

2020-12-28 04:32:03 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1933)

◇秋の兼六園2020 ④ ツバキ・サザンカほか 

〇兼六園概要

加賀百万石の文化を映す、歴史的文化遺産である。水戸偕楽園、岡山後楽園とならぶ日本三名園の一つ、兼六園。兼六園は江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきました。
金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、多くの県民や世界各国の観光客に親しまれている。



■写真は龍石ツバキ





■写真は朧月



■写真は西王母





■写真はことじツバキ







■写真はサザンカ

〇ツバキとサザンカの違い



*ただし「カンツバキ」はサザンカとツバキの交雑種でサザンカと同じく花弁が散る。



■写真はことじツバキの花弁(花ごと散る)



■写真はサザンカの花弁



■写真は葉の鋸歯



■写真は葉の裏の毛(左ツバキ、右サザンカ)



■写真はカリン





■写真は不明



■写真は冬桜



■写真はマユミ





■写真は南天





■写真は万両

(つづく)

◇金沢冬の風物詩-2 長町武家屋敷跡 薦掛け②(ユーチューブ連動解説版)

2020-12-27 04:21:11 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1932)

◇金沢冬の風物詩-2 長町武家屋敷跡 薦掛け②(ユーチューブ連動解説版)

〇薦掛け

薦掛けは、雪から土塀を保護するもので、浸透した水分の氷結による損傷や、付着した積雪による土の剥がれを防いでおり、毎年12月から翌年3月まで設置され、雪吊りとともに”金沢の冬の風物詩”となっている。
毎年12月の第1週の週末に合わせて薦がけが行われており、今年は12月5日土)~6日(月)に行われた。この薦掛けは昭和61年(1986)年から実施している。



■写真は野村家



■写真はまいどさんが常駐する長町休憩館



■写真は高田家長屋門











■写真は足軽資料館



■写真は足軽資料館高西家



■写真は足軽資料館高西家

(つづく)



□ユーチューブ冬の風物詩「長町武家屋敷跡 薦掛け」

◇金沢冬の風物詩-2 長町武家屋敷跡 薦掛け①(ユーチューブ連動解説版)

2020-12-25 04:48:37 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1931)

◇金沢冬の風物詩-2  長町武家屋敷跡 薦掛け①(ユーチューブ連動解説版)

〇長町の由来

長町は前田八家の一つ長氏の屋敷があったこと、鞍月用水と大野庄用水に囲まれた
長い町ことなどから名付けられたといわれている。現在の長町武家屋敷一体は長氏、村井氏をはじめ上級武士から中級、下級武士などが住んでいました。現在では、当時の武家屋敷は殆ど残っていませんが、その中で中級武士だった野村家邸は当時の武士の邸宅の様子を伺うことができます。

■写真は前田土佐守家資料館



〇薦掛け

薦掛けは、雪から土塀を保護するもので、浸透した水分の氷結による損傷や、付着した積雪による土の剥がれを防いでおり、毎年12月から翌年3月まで設置され、雪吊りとともに”金沢の冬の風物詩”となっている。

■写真は中央公民館長町



毎年12月の第1週の週末に合わせて薦がけが行われており、今年は12月5日~6日に行われた。この薦掛けは昭和61年(1986)年から実施している。大野庄用水は薦掛けに合わせて水を止めている。



石川県造園業協同組合の職人と、金沢職人大学校の研修生ら30人が作業を進め、わらで作った幅3.6メートル、高さ95の薦を土塀の腕木につるし、約500枚の薦を長町武家屋敷跡の民家や施設の土塀1,250メートルに取り付けている。2019年より薦の高さを地面より30センチに揃えられた。





■写真は長町二の橋付近の武家屋敷跡



■写真は12月5日の薦掛け



〇小学校児童の体験講座開催

金沢市は藩政期から続く城下町の風習を次代に継承するため、講座は12月5日に長町武家屋敷跡で薦掛け作業が始まるのに合わせ、中央公民館にて中央小学校児童10人が薦を用いた小物作りを体験。また、県造園業協同組合の組合員らから、薦掛けの歴史に関する説明も受けた。この講座を通じて土塀を冷害から守る先人の知恵と技術を後世に伝える狙いがある。(北國新聞より)











■写真は大屋家邸









(つづく)



□ユーチューブ冬の風物詩「長町武家屋敷跡 薦掛け」

◇金沢冬の風物詩-2 兼六園雪吊り②(ユーチューブ連動解説版)

2020-12-23 04:16:33 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1931)

◇金沢冬の風物詩-2 兼六園雪吊り②(ユーチューブ連動解説版)

11月1日金沢に冬の訪れを告げる金沢の風物詩、兼六園の雪吊りが始まった。湿った雪の重みから木を守る雪吊りは、唐崎松から作業が行われた。園内隋一の枝を誇る唐崎松では庭師5名を含め合計約12~13人がかりで作業が進められ、心柱5本に1本あたり50~200本の縄が次々と放射線上投げおろし、受け取った庭師が枝にくくりつけていった。 

兼六園内で使用する縄(藁縄)は、総延長約120キロ、総重量4トンに及ぶ。唐崎松をはじめ松やツツジなど約800箇所で施され、作業は延べ人数約500人が12中旬まで作業がおこなわれ、来年3月より取り外し最後に唐崎松で終わる。 

〇雪吊りとは

大切な庭木を冬に積もった雪の重さで枝などが折れないようにする対策、方法を総称して「雪吊り」と呼びます。石川県では明治初期から確立したと言われ、冬の風物詩として、加賀金沢を中心に石川県内では民家でも11月の初冬を迎える頃に作業が始まります。

■写真は唐崎松(リンゴ吊り)



○幹吊り

「りんご吊り」と同じく大きめの樹に施す手法です。樹上の太めで、しっかりした枝又から複数の藁縄を下げて、枝を結わえ吊ります。





■写真は幹吊り



○三つ叉、四つ又しぼり吊り

ツツジなど中低木類を対象に三本の竹を囲うように立て込み、上部の結束ヶ所から藁縄を吊り下げ、張り出した数多くの小枝を吊り上げるようにわら縄で絞ります。





■写真は三つ叉、四つ又しぼり吊り

○竹立て(添え)しぼり



■写真は竹立て(添え)しぼり)

○しぼり





■写真はしぼり

○菰かけ



■写真は菰かけ

番外)莚(むしろ)敷

橋や、坂道などに莚を敷いて、雪や氷によるすべり止めとするもの。







■写真は莚(むしろ)敷

◇金沢冬の風物詩-1 兼六園雪吊り②(ユーチューブ連動解説版)

(つづく)



□ユーチューブ「冬の風物詩2020 兼六園雪吊り」

◇金沢の冬の風物詩-1 兼六園雪吊り①(ユーチューブ連動解説版)

2020-12-22 04:48:58 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1930)

◇金沢の冬の風物詩-1 兼六園雪吊り①(ユーチューブ連動解説版)

11月1日金沢に冬の訪れを告げる金沢の風物詩、兼六園の雪吊りが始まった。湿った雪の重みから木を守る雪吊りは、唐崎松から作業が行われた。園内隋一の枝を誇る唐崎松では庭師5名を含め合計約12~13人がかりで作業が進められ、心柱5本に1本あたり50~200本の縄が次々と放射線上投げおろし、受け取った庭師が枝にくくりつけていった。 

■写真は準備完了の唐崎松(2020.12.25)



兼六園内で使用する縄(藁縄)は、総延長約120キロ、総重量4トンに及ぶ。唐崎をはじめ松やツツジなど約800箇所で施され、作業は延べ人数約500人が12中旬まで作業を行う。

○雪吊りとは
雪の重さで枝などが折れないようにする対策、方法を総称して呼ぶ。

■写真は午前中2本が完了し午後の作業が始まる





園内で施されるの雪吊りの種類は、唐崎松などのりんご吊りをはじめ、幹吊り、三ツ又吊りなど約4種類の形がある。



1)りんご吊り

松の木、槇の木をはじめ、よく枝造りが出来た比較的大ぶりの庭木に、芯柱を添えてその先端から多くの藁縄を張りそれぞれの枝を結わえ吊る方法で、完成した姿が収穫前のリンゴの枝が折れないように吊り支えた形からりんご吊りと呼ぶようになりました。







■写真はりんご吊りの唐崎松(2020.11.01)











■写真は完了した唐崎の松(2020.11.03)



○兼六園の藁縄は特注品

「雪吊り」に使われる藁縄は中に「麻紐」を織り込んだ「兼六園特注品」で、注意深く観察すると、枝を吊っている「藁縄」が弛んでいる。庭師さんのお話では枝に雪が乗ったときピンと張るように、計算して弛ませてあるとのこと。 
*切れ端を庭師さんからいただき「麻紐」が見えるようにほぐした。(情報提供:山本修躬様)

(つづく)



□ユーチューブ「冬の風物詩2020 兼六園雪吊り」


◇兼六園の紅葉2020

2020-12-20 04:32:06 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1929)

◇兼六園の紅葉2020 

今年の兼六園の紅葉は最高であったようです。私は損最高の時期に事情で撮影できませんでした。前後に訪れたので紹介します。

○兼六園概要
加賀百万石の文化を映す、歴史的文化遺産である。水戸偕楽園、岡山後楽園とならぶ日本三名園の一つ、兼六園。兼六園は江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきました。金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、多くの県民や世界各国の観光客に親しまれている。



■写真は霞が池







■写真はいしかわ生活工芸ミュージアム横



■写真は品種不明







■写真はノムラモミジ







■写真は時雨亭付近



■写真は曲水



■写真は山崎山下



■写真は兼六園熊谷





■写真はマユミ





■写真は桜ヶ丘モミジ



■写真は桂坂口

(つづく)

◇加賀逆立狛犬 白山市編 ③(ユーチューブ連動解説版)

2020-12-18 04:40:18 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.1928)

◇加賀逆立狛犬 白山市編 ③(ユーチューブ連動解説版)

〇加賀逆立狛犬

金沢を中心とした加賀地方の逆立狛犬は全国的に珍しく、白山市には37対。また、県内には113対の逆立狛犬を確認した。
全国を見ても岩木山神社(青森県)や、長崎諏訪神社などに逆立した狛犬も存在するが、加賀逆立狛犬は独特であり加賀地方の大きな文化である。なお、建立年を確認できたもので最古は椿原天満宮の安政6年(1859)。最新は西念出雲神社令和元年(2019)

■写真は山島八幡神社拝殿

25)山島八幡神社 建立不詳



26)村井新稲荷神社 建立不詳



27)末正春日神社 建立不詳



28)井関諏訪神社 大正8年(1919)



29)正八幡神社 明治36年(1903)



30)前田(まいだ)八幡神社 大正2年(1913)



31) 鹿原八幡神社(石川神社末社)大正9年(1920)



32)春日神社七原 昭和6年(1931)



33)神田白山神社 昭和19年(1944)



34)粟嶋神社吹上 昭和14年(1939)



35)佐野神社 大正8年(1919)



36)乙劔神社坂尻 大正9年(1920)



37)乙釼神社曽谷 大正2年(1913)



◆白山市編バックナンバー

◇加賀逆立狛犬-12 白山市編① 佐野神社、粟嶋神社河内町、乙釼神社曽谷、乙劔神社坂尻

◇加賀逆立狛犬-13 白山市編② 春日神社七原、神田白山神社、鹿島神宮美川、末正春日神社

◇加賀逆立狛犬-14 白山市編③ 井関諏訪神社、石川神社末社鹿原八幡神社、平松春日神社、大松神社

◇加賀逆立狛犬-15 白山市編④ 倉光日吉神社、村井新稲荷神社、舟越社・白峰神社、貴舩神社

◇加賀逆立狛犬-16 白山市編⑤ 宮永八幡神社、宮丸楢本神社、大鞆和気神社杉の宮、菅原神社八ツ矢

◇加賀逆立狛犬-17 白山市編⑥ 宇佐八幡神社、八幡神社小上町、神田神社吉田町、高田神社

◇加賀逆立狛犬-18 白山市編⑦ 北島加茂神社、熊野神社漆島、前田八幡神社、正八幡神社菅波町

◇加賀逆立狛犬-19 白山市編⑧ 本村井神社、南郷八幡神社、竹松住吉神社、免橋神社

◇加賀逆立狛犬-20 白山市編⑨完 八幡神社田中町、八幡神社倉部町、八幡神社島田町、山島八幡神社、米永菅原神社

◇加賀逆立狛犬 白山市編 ②(ユーチューブ連動解説版)

◇加賀逆立狛犬 白山市編 ①(ユーチューブ連動解説版)

(つづく)



□加賀逆立狛犬2020 白山市編

◇加賀逆立狛犬 白山市編 ②(ユーチューブ連動解説版)

2020-12-16 06:24:52 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.1927)

◇加賀逆立狛犬 白山市編 ②(ユーチューブ連動解説版)

〇加賀逆立狛犬

金沢を中心とした加賀地方の逆立狛犬は全国的に珍しく、白山市は37対。また、県内には113対の逆立狛犬を確認した。
全国を見ても岩木山神社(青森県)や、長崎諏訪神社などに逆立した狛犬も存在するが、加賀逆立狛犬は独特であり加賀地方の大きな文化である。なお、建立年を確認できたもので最古は椿原天満宮の安政6年(1859)。最新は西念出雲神社令和元年(2019)

■写真は倉光日吉神社拝殿

13)倉光日吉神社 昭和10年(1935)



14)平松春日神社 昭和5年(1930)



15)本村井神社 建立不詳



16)米永菅原神社 建立不詳



17)楢本神社 大正6年(1917)



18)八幡神社小上町 昭和3年(1928)



19)北島加茂神社 明治29年(1896)



20)鹿島神宮美川 明治34年(1901)



21)杉の宮(大鞆和気神社末社)昭和11年(1936)



22)八幡神社島田町 建立不詳



23)熊野神社漆島 大正11年(1922)



24)神田神社吉田町 明治30年(1897)



◆白山市編バックナンバー

◇加賀逆立狛犬-12 白山市編① 佐野神社、粟嶋神社河内町、乙釼神社曽谷、乙劔神社坂尻

◇加賀逆立狛犬-13 白山市編② 春日神社七原、神田白山神社、鹿島神宮美川、末正春日神社

◇加賀逆立狛犬-14 白山市編③ 井関諏訪神社、石川神社末社鹿原八幡神社、平松春日神社、大松神社

◇加賀逆立狛犬-15 白山市編④ 倉光日吉神社、村井新稲荷神社、舟越社・白峰神社、貴舩神社

◇加賀逆立狛犬-16 白山市編⑤ 宮永八幡神社、宮丸楢本神社、大鞆和気神社杉の宮、菅原神社八ツ矢

◇加賀逆立狛犬-17 白山市編⑥ 宇佐八幡神社、八幡神社小上町、神田神社吉田町、高田神社

◇加賀逆立狛犬-18 白山市編⑦ 北島加茂神社、熊野神社漆島、前田八幡神社、正八幡神社菅波町

◇加賀逆立狛犬-19 白山市編⑧ 本村井神社、南郷八幡神社、竹松住吉神社、免橋神社

◇加賀逆立狛犬-20 白山市編⑨完 八幡神社田中町、八幡神社倉部町、八幡神社島田町、山島八幡神社、米永菅原神社


(つづく)



□加賀逆立狛犬2020 白山市編


◇加賀逆立狛犬 白山市編 ①(ユーチューブ連動解説版)

2020-12-14 04:33:59 | 金沢・石川の観光


いしかわの観光スポットレポート(No.1926)

◇加賀逆立狛犬 白山市編 ①(ユーチューブ連動解説版)

〇加賀逆立狛犬

金沢を中心とした加賀地方の逆立狛犬は全国的に珍しく、白山市には37対。また、県内には113対の逆立狛犬を確認した。
全国を見ても岩木山神社(青森県)や、長崎諏訪神社などに逆立した狛犬も存在するが、加賀逆立狛犬は独特であり加賀地方の大きな文化である。なお、建立年を確認できたもので最古は椿原天満宮の安政6年(1859)。最新は西念出雲神社令和元年(2019)

■写真は八幡神社田中町 拝殿



■写真は加賀逆立狛犬市町別数

1)八幡神社田中町 明治42年(1909)



2)大松神社 明治39年(1906)



3)八幡神社倉部町 建立不詳



4)竹松住吉神社 明治43年(1910)



5)宮永八幡神社 昭和4年(1929)



6)宇佐八幡神社 建立不詳



7)南郷八幡神社 明治41年(1908)



8)免橋(めんきょう)神社 建立不詳



9)白峰神社(若宮八幡宮末社)建立不詳



10)貴舩神社 大正10年(1921)



11)高田神社福正寺 明治42年(1909)



12)菅原神社八ツ矢 大正3年(1914)



◆白山市編バックナンバー

◇加賀逆立狛犬-12 白山市編① 佐野神社、粟嶋神社河内町、乙釼神社曽谷、乙劔神社坂尻

◇加賀逆立狛犬-13 白山市編② 春日神社七原、神田白山神社、鹿島神宮美川、末正春日神社

◇加賀逆立狛犬-14 白山市編③ 井関諏訪神社、石川神社末社鹿原八幡神社、平松春日神社、大松神社

◇加賀逆立狛犬-15 白山市編④ 倉光日吉神社、村井新稲荷神社、舟越社・白峰神社、貴舩神社

◇加賀逆立狛犬-16 白山市編⑤ 宮永八幡神社、宮丸楢本神社、大鞆和気神社杉の宮、菅原神社八ツ矢

◇加賀逆立狛犬-17 白山市編⑥ 宇佐八幡神社、八幡神社小上町、神田神社吉田町、高田神社

◇加賀逆立狛犬-18 白山市編⑦ 北島加茂神社、熊野神社漆島、前田八幡神社、正八幡神社菅波町

◇加賀逆立狛犬-19 白山市編⑧ 本村井神社、南郷八幡神社、竹松住吉神社、免橋神社

◇加賀逆立狛犬-20 白山市編⑨完 八幡神社田中町、八幡神社倉部町、八幡神社島田町、山島八幡神社、米永菅原神社

(つづく)



□加賀逆立狛犬2020 白山市編

◇IWA「金沢アート(彫刻)めぐり」が開催! ②完

2020-12-12 05:06:41 | 金沢・石川の観光


◇IWA「金沢アート(彫刻)めぐり」が開催! ②完(No.1925)

石川県ウオーキング協会は12月5日(土)金沢駅もてなしドーム地下イベント広場発着の「金沢アート(彫刻)めぐり」に参加した。

今回の企画は金沢市内の「金沢まちなか彫刻見て歩きマップ」に掲載のパブリックアートは84作品あり、うち33作品を見て歩くものです。街中に溶け込んでいるので、普段は気づかない作品も多くあるが、鑑賞しながらのウオークを楽しみましょうというものです。

■写真は16.「地に」(竪町広場)



■写真は17.「風に」(竪町広場)



■写真は18.「騎手」(金沢教会横)

〇この本体は2013年に撤去されて台座のみ残った。



■写真は19.「柿木畠広見シンボルモニュメント(台座のみ)」(柿木畠ポケットパーク)



■写真は20.「走れ」(香林坊ミスド横)



■写真は21.「イメージの立女」(香林坊ミスド横地下入口)



■写真は22.「森に生きる(人)」(片町広場)



■写真は23.「アブソーブ」(長町広場、駐車場)



■写真は24.「まほらま」(金沢市文化ホール後)



■写真は25.「犬像」(金沢市文化ホール前)



■写真は26.「Swell」](松ヶ枝緑地)



■写真は27.「共歓の詩」(市立玉川図書館入り口左横)



■写真は28.「樹林の精」(駅前ヴィサージュ前)



■写真は29.「薫風」(駅前ヴィサージュ横)



■写真は30.「鼓動」(県立音楽堂邦楽館右前)



■写真は31.「SPIRLKAN」(県立音楽堂邦楽館左前)



■写真は32.「終わりなきコンチェルト」(県立音楽堂邦楽館左前)





■写真は33.「彫刻-U」(県立音楽堂正面)

◇IWA「金沢アート(彫刻)めぐり」が開催! ①

(つづく)


IWA「金沢アート(彫刻)めぐり」が開催!①

2020-12-10 04:44:40 | 金沢・石川の観光


IWA「金沢アート(彫刻)めぐり」が開催!① (No.1924)

石川県ウオーキング協会は12月5日(土)金沢駅もてなしドーム地下イベント広場発着の「金沢アート(彫刻)めぐり」に参加した。

今回の企画は金沢市内の「金沢まちなか彫刻見て歩きマップ」に掲載のパブリックアートは84作品あり、うち33作品を見て歩くものです。街中に溶け込んでいるので、普段は気づかない作品も多くあるが、鑑賞しながらのウオークを楽しみましょうというものです。

コース)10キロ
もてなしドームスタート―ルキーナ前―東別院口―安江町緑地―武蔵が辻小緑地―武蔵が辻交差点―鼠多門橋―金信前―アトリオ広場―近世文学館前―市役所前―能楽堂前―歴博前―美術の小径―歌劇座前―電気ビル前―竪町広場―金沢教会前柿木畠緑地―香林坊―片町広場―長町緑地―文化ホール―松ヶ枝緑地―玉川図書館―ヴィサージュ前―県立音楽堂―もてなしドーム

■写真は1.「伝統・文化・未来」(もてなしドーム地下)



■写真はもてなしドームをスタートする参加者



■写真は2.「CORPUS MINOR」(ルキーナ金沢前)



■写真は3.「The Sundiai B.」 (東別院交差点)



■写真は4.「FUGA」 (もりもと歯科横)



■写真は5.「BREAKFAST」(みやび.る金沢前 武蔵が辻交差点)



■写真は6.「萬生如意」(HAKOMACHI 武蔵が辻交差点)



■写真は7.「ウエルカムアーチ」(きんしん本店前)



■写真は8.「まちしるべ」(香林坊アトリオ広場)



■写真は9.「四高記念碑」(石川四高記念文化交流館前)



■写真は10.「きぼう」(市役所本庁舎入り口前)



■写真は11.「杜若」(石川県能楽堂前)



■写真は12.「中西陽一氏顕彰記念碑」(石川県立歴史博物館前)



■写真は13.「伸びゆく心の詩」(金沢歌劇座前)



■写真は14.「ときの聞」(金沢電気ビル前)



■写真は15.「旅に思う」(金沢電気ビル前)

◇IWA「金沢アート(彫刻)めぐり」が開催! ②完

(つづく)

◇北陸大学教養別館 林鐘庭の「五人扶持の松」 

2020-12-08 04:39:30 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1923)

◇北陸大学教養別館 林鐘庭の「五人扶持の松」 

〇五人扶持の松

藩政期、与力吉川牛右衛門(130石)の庭の松で、幕末には、すでに有名で、13代藩主斉泰公が兼六園に移植を望んだものの、余りにも枝先が長いために、年寄奥村栄実(てるざね17,000石)が斉泰公に移植のためには沿道150軒の取り壊しが必要であり、民の犠牲によるものと進言。斉泰公はあっさり了解したといわれている。

斉泰公は「天下に得難い松であるから、何時までも必ず事なく心して手入れを致すべし」とし、その維持費として五人扶持(1人扶持は1人1日玄米5合)を与えたということから「五人扶持の松」または「知行松」といわれるようになった。

■写真は天神町からの五人扶持の松



この松は、樹齢400年とも450年といわれ雌松(赤松)で、高さ7m、枝振りは南北24m、東西19mいわれています。松一株で100坪。盆栽だったものを庭に植えて丹精して育てているうちにどんどん立派になったといわれている。

この地は、明治の末に医師の邸宅になり、設計は、日本の近代建築における異色の建築家で築地本願寺や湯島聖堂、平安神宮を設計した伊東忠太氏によるものといわれ、昭和に入り、林屋亀次郎氏が取得し、林鐘庵の茶室と林鐘庭の露地を整えた。

■写真は天神町からの五人扶持の松

〇歴代の総理が来訪した林鐘庭

元参議院議員林屋亀次郎氏の邸宅で、林屋邸時代、たびたび茶会が催され、吉田茂氏から中曽根康弘氏まで歴代10人の総理が来訪したといわれ、吉田茂氏は「移植できるもなら欲しいが、とても移植できるものではないから断念せざるをえない。」と残念がったという話が伝えられている。

■写真は金沢大学付属病院からの五人扶持の松

〇来訪10人の歴代総理

吉田茂氏、芦田均氏、岸信介氏、池田勇人氏、佐藤栄作氏、田中角栄氏、三木武夫氏、福田赳夫氏、大平正芳氏、中曽根康弘氏。

■写真金沢大学附属病院からの五人扶持に松

〇天神町から馬坂を登り宝町へ



■写真は馬坂





■写真は馬坂不動尊



■写真は馬坂標柱



■写真は高源院



■写真は献珠寺









■写真は北陸大学教養別館(一般公開がされていない)

<関連移植のはなし>



〇兼六園の初代旭桜

初代の旭桜は、白山桜(シロヤマザクラ、山桜の一種)の大木で、園内第一の老樹であったため大桜と呼ばれていた。 かつて、この桜を第13第藩主斉泰公の所望により、長町の村井家から兼六園に運ぶために、道筋の50軒の家を取り壊し500人の人夫がかかったと伝えられている。 しかし昭和12年(1937)頃に枯死し、現在は2代目。 ソメイヨシノが散った後に旭桜が満開になる。



(つづく)

◇石川県立歴史博物館常設展示 ②(ユーチューブ連動解説版)

2020-12-06 05:38:49 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1922)

◇石川県立歴史博物館常設展示 ②(ユーチューブ連動解説版)

○石川県立歴史博物館の概要

石川県立歴史博物館の赤レンガ建物3棟はかつて陸軍兵器庫、戦後は金沢美術工芸大学に使用されていた。昭和61年(1986)年石川県立郷土資料館(金沢市広坂)が本多の森公園(金沢市出羽町)の赤レンガ建物3棟に移転し、石川県立歴史博物館として開館した。
2015年4月には加賀本多博物館が第3棟に移転リニューアルオープン。歴史的建造物の保存と博物館としての再利用が評価され、平成2年(1990)には国の重要文化財に指定され、翌年には日本建築学会賞も受賞している。

<近世>加賀藩の政治と文化

〇江戸期の犀川大橋から片町のジオラマ







第2展示室「石川の歴史と文化Ⅱ」

<近現代> 近代国家と石川県





〇兼六園のジオラマ



〇昭和のなつかしい茶の間展示



〇民族)石川の祭りの展示



〇加賀、能登の祭り





〇第2棟と3棟の間にある江戸後期の辰巳用水石菅(モニュメント)の放水









■写真は第1棟

(つづく)



□ユーチューブ「石川県立歴史博物館常設展示リポート」