1 あたたかき粥なり啜りゐしときに君がこころの浸みとほり来る 土蔵 寛二
2 眼裏をハープの音色が撫でていき記憶のモノに彩戻り来ぬ 智理 北杜
3 黄葉のプラタナス道に木洩れ日の姪のハンドル一直線走る 久保田一恵
4 胸底に棲みし緋魚のいつぴきは夜の静寂に太りゆくらし 安藤のどか
5 霜月の名残の花に移り飛ぶ働き蜂がたちまち消える 山田恵美子
6 仲間入り後期高齢者にすっぽりと気持ち裏腹止めるは難し 風無 光子
7 ひと夏の漁の名残かあかい旗風にちぎれて浜に立ちおり 杉本稚勢子
8 いつの間に逆転したる歩速かな振り返りつつ娘は前を行く 清水紀久子
9 待つことを重ねゆくうち日は暮れぬ〝待つ身はつらい〟と笑ろうてゐる間に 河原由美子
10 風立てば種々の枯葉がグランドに「眠れる森の美女」の舞いいる 白岩 常子
11 親切とは親を切ることと言いし人を思い出すなり介護を終えて 丹呉ますみ
12 ぽつねんと机の上に置かれし母からの便り紙幣入りたり 谷口 三郎
13 あの笑みも声さえ再び聞けぬとは 布団に潜り泣ける姉の死 櫻井 若子
14 アルバムに往時辿れば恥ずかしきことのかずかず湧いてくるなり 西勝 洋一
15 風の調べ聴きて幽かに唄へるか唐松空を狭め揺れゐる 橘 幹子
16 ピアニストの指の動きのしなやかさ最前列席にコンサートを聴く 井上 敬子
17 頑迷となりたるゆゑか納得のいかざることのなんと多しや 鎌田 章子
18 こけももの紅く熟れずく実を一つ十月の庭で口にころがす 吉田この実
19 車椅子を押されて老婆が席につきショートピースをふかし始める 桑原憂太郎
20 若い頃「紅葉なんてただの葉っぱ」と言いし友に誘われて行く 上野 節子
21 畑すみのキャベツに群れいる青虫に晩秋の雨しとしとと降る 柊 明日香
22 豊作の大根引くを前にして足骨折の不覚を悔やむ 神林 正惠