散文的で抒情的な、わたくしの意見

大河ドラマ、歴史小説、戦国時代のお話が中心です。

麒麟がくる・信長と足利義昭・殿中御掟追加5か条

2020年05月24日 | 麒麟がくる
足利義昭さん。向井さんじゃないですよ。弟です。滝藤さん。

織田信長がこの義昭さんを奉じて上洛するのは、1568年の末です。10月。そしてその翌年の1月には殿中御掟というのを義昭さんに認めさせています。

ここで「信長は初期から義昭を傀儡にしようとしていた」とか書くと、間違いだと言われます。「信長の心は分からないから間違いじゃなくてもいい気もします」が、将軍として守るべき心構えのようなものだと言われれば、そう読めるのも確かです。

信長は幕府に対して「こうあるべきだという理想」があったことにいつの間にかなってます。

しかし、そもそも足利幕府の中に信長は入っていきません。そんなに高い理想があるなら、内部から改革すればいい。でも「実際の行動では」やってません。建前と実際は違います。

さて問題はその一年後に出した殿中御掟追加5か条

① 諸国へ御内書を以て仰せ出さる子細あらば、信長に仰せ聞せられ、書状を添え申すべき事
② 御下知の儀、皆以て御棄破あり、其上御思案なされ、相定められるべき事
③公儀に対し奉り、忠節の輩に、御恩賞・御褒美を加えられたく候と雖も、領中等之なきに於ては、信長分領の内を以ても、上意次第に申し付くべきの事
④天下の儀、何様にも信長に任置かるるの上は、誰々によらず、上意を得るに及ばず、分別次第に成敗をなすべきの事
⑤天下御静謐の条、禁中の儀、毎時御油断あるべからざるの事

①と②は勝手に命令するなという内容 ③は恩賞をあげようにも領地がないだろ、代わって信長がやるからという内容

④天下のことは何事も信長に任せられたのだから、誰に相談することもなく、義昭に承諾を得ることもなく、信長の考えで成敗ができる
⑤天下静謐になったのだから、宮中行事などは義昭がやるべきだ(天下は静謐になったのだ、よって、宮中行事などは油断なく)

⑤の「の条」は分かりにくいですね。条は「よって」ですが「こと」とも訳せます。

⑤天下静謐のこと、宮中行事などは義昭がやるべきだ

私はこうも訳せると思います。なぜって1570年にはどこも静謐になんかなっていないのです。むしろ騒乱の最中、建て前としても「静謐になったのだから」なんて言うのだろうか。まあ言うかな。あくまで建前としてはそういうことになっていたかも知れない。

宮中行事と天下静謐が同じ文脈にあって、④には「静謐」という文字はない。つまり「将軍は宮中行事のお祈りや、天下静謐の為のお祈りでもしてればいいのだ、現実の行動は信長がやるから」という風に私は解釈しました。

天下静謐なんてのは所詮は建て前だと思います。現実とは乖離しています。そういう必要があったのです。建前が必要なんです。

実際は越前の朝倉を攻め、畿内を平定した後は、毛利、武田、上杉、長曾我部などを侵略していきます。

言葉など所詮は建て前に過ぎません。実際に問題にすべきは織田信長がどう「行動」したかでしょう。「我慢したが、説得したが、結局はやった」なら「やった」のです。

ここまでの感想・麒麟がくる・13回目まで

2020年04月18日 | 麒麟がくる
麒麟がくる、放映前からギャーギャーと騒がしくブログを書いていたのに、コロナ騒動で、更新を怠っていました。たまには「文章」を書いてみます。

織田信長

「保守的な信長なんて見たくない」と放映前に書きました。それなのに、保守的とか革新的とかいう次元とは隔絶したような信長です。母の愛にめぐまれず精神不安定、「人が喜ぶと嬉しい、人に承認されると嬉しい信長」

作家というのは見事だと思います。全く想像もしなかった次元から作ってきます。参りましたというところです。なるほどね、「人が喜ぶから天下を統一しようとした。すると批判する人間が沢山でてきて、混乱。帰蝶が心を落ち着かせようとするも結局は暴走、光秀は討たざるえなくなる」ということか。
今はそう予想していますが「きっと外れます」。NHKが保守的とか最新の研究とか言うから身構えましたが、ふたを開けてみればそういう次元で描いていないわけです。
「信長協奏曲」の信長も「人が喜ぶ平和」を目指していました。それと似ていますが、麒麟がくるの信長は筋の通った戦う平和主義者でもない。なんだかつかみどころのないまま、このままで行くのだろうなと思います。つまらない、、とは思いません。

あとはテキトーな書き方になります。

帰蝶は「そうくるか」ですが、ほぼ「信長協奏曲の帰蝶」かなと思います。さらにパワーアップしてますが。川口さん、見事に演じています。

明智光秀は見せ場がまだありません。しいて言えば初回の冒頭のみ。もうちょっと見せ場を作ってあげてほしい。武士のほこりもなにも、「はっ?」と言いながら状況に対応するのに精一杯です。

道三は「ちょっと下品」かな。かっこいいのだけど、もうちょっと格調が欲しい。

大河ドラマ「麒麟がくる」・第三回「美濃の国」・感想

2020年02月02日 | 麒麟がくる
・とにかく帰蝶がかわいいな。川口春奈で大正解だ。駒の麦さんもだんだん可愛く思えてきた。

・今回は、中休みか。色々伏線をはる回になっていた。

・菊丸の正体が全然わからない。

・駒を救った大きな手の人は美濃の人。じゃああの人の父親しか考えられない。

・深芳野、、はるか昔の「薄幸の」三田佳子さんのイメージしかなかった。がらりと変えてきた。

・道三は権力はあるが、やはり土岐氏がいないと成り立たないという設定。じゃあ権力がないということだ。権門体制論みたいな感じがした。旧権威を必要以上に重くみている。

・光秀の今後

よくある設定では越前朝倉に行く。でもNHKは繰り返し「前半生は分からない」と言ってきた。「信長に仕えるまでの前半生は分からない」ということだろう。

プラスなぜか「斎藤義龍とクラスメイト」という設定になっている。しかも親友だ。とすると、明智家そのものは道三につくが、光秀は義龍を応援するということか。で、義龍の指南役となって美濃をまとめる。

斎藤義龍は道三亡き後、意外なことに「美濃をよくまとめた」。その裏には宰相明智光秀の知謀があった。となるかもしれない。この予想、当たる確率は低いけど。

大河ドラマ「麒麟がくる」 第二回「道三の罠」・感想

2020年01月26日 | 麒麟がくる
天文16年(1547)です。織田信秀の「美濃侵攻」から始まります。信秀の晩年ということになります。織田信秀はさかんに戦をしかけていました。史実としては今川や松平にも。

・とにかく斎藤道三がカッコいい。国盗り物語に平幹次郎さんと同じぐらいカッコいい。道三はこれでなくちゃ。

・加納口の戦いが描かれていた。5千人の美濃兵が死んだという伝承があるやつだ。美濃崩れ。

・光秀が孫子を暗唱していた。教養人であることが示されている。

・「貸した金を返せないなら、侍大将の首を二つとれ」と道三が光秀に言う。こんなセリフ、今までの大河では聞いたことがない。面白い。「光秀が戦う動機づくり」にもなっている。

・帰蝶、川口春奈がかわいい。帰蝶は信長とほぼ同じ年。おそらく15歳ぐらいの設定である。光秀は19歳。光秀とは「いとこ」だが、ずっと会っていなかった設定。「光秀と帰蝶の淡い恋はない」ということが分かった。と思ったら予告編で帰蝶と光秀はなんとなくいい感じになっている。帰蝶はずっと立て膝だ。ここまで「たくましい帰蝶」は初めてだ。

・尾張は美濃を攻めるが、美濃からは尾張をほとんど攻めない。これは何故か。今度調べてみたい。

・相変わらず殺陣がリアルである。金かけている。すごいシーンになっていた。

・負けた織田信秀「城に帰って、、寝るか」が良かった。「だめだコリャ」という感じだった。

・「やり」はとりあえず「叩いて使う」ことはないようだ。短いやりをもった敵の集団に対し、光秀は「刀で」切り倒している。短い槍の集団に「刀」では無理である。(という実験結果がある)

・戦いのシーンに、変な占い師とかが出てこないのがいい。

・火だるま俵、あそこまでの効果はきっとないだろう。

・美濃衆と道三との気持ちの乖離が描かれていた。

・道三の戦い方、気合のかけ方、武田信玄のようであった。「奇襲作戦」か。実際は奇襲などあまりないのだが、ドラマとしては面白い。

・光秀が討った侍、明智光安に似ている。のか本人なのか。首を落としたのだから、明智光安ではないのであろう。

・土岐が守護で、道三は守護代、戦国に詳しくない方には説明が必要かな。必要ないかな。

・道三の頼純暗殺。ダーク過ぎるが、超ハンサムな本木さんだから成り立つ。

・駒が「戦はいやだ」というようなセリフを言わない。言わないのは珍しいと思う。

・もう少し「時代背景や美濃の情勢を詳しく描くはず」であったのかも知れない。しかし色々あって全44回になってしまった。最初の方は、今回も含めてダイジェスト的になっているのかも知れない。NHKも大変である。

大河ドラマ「麒麟がくる」 第一回「光秀、西へ」・感想・素晴らしかったと思う。

2020年01月19日 | 麒麟がくる
麒麟がくる初回「光秀、西へ」の最初の感想です。ビデオを見返したら、また書くと思います。ツイッターのように、短文を連ねます。

・画面が綺麗だ。カラフルだ。そうなることは知っていたが、それにしてもカラフルだ。

・音楽もよい。特にオープニングが良い。

・最初の方は映画「七人の侍」か。

・初回を見て、特に大きな不満がない大河ドラマは珍しい。ほぼ予想通りであるが、光秀の描き方は予想と少し違っていた。

・斎藤道三が槍を振るっていた。良い演出だ。かっこいい道三を久々に見た。泣きそうになった。

・経済にこだわる道三対武士のほこりの光秀、という構図は、やがて崩れていくと思う。光秀も軍団を動かせば、経済について学んでいくはず。

・それでも光秀のキーワードは「誇り」なのであろう。本能寺の変の原因も「誇り」ということになろう。(個人的恨みではなく、もっと高い次元の理由づけがなされるはず)

・「人買い」「奴隷商人」が描かれていた。

・関所の理不尽、野盗の姿も描かれていた。

・戦国の悲惨さ(本当はこうだった)は描かれていたが、衣装がカラフルなので、リアルな悲惨さではなかった。それぐらいがちょうどいいと思う。本当にリアルに描かれたら見ていられない。

・帰蝶が「美濃国内で、おそらく土岐氏とすでに結婚して」いた。一応そういう史料はあるみたいだけど。川口さんの帰蝶は素敵だと思った。

・マチャアキの演技は今一つだったかな。重要な役だけに評価が辛くなる。

・門脇麦さんは魅力的な表情をしている。意志の強そうな顔立ちだ。素敵な女優さんだと思う。

・あれだけ駒に心を開きながら、結局はヒロ子と結婚する。どう整合性をつけるのか。つけないのか。

・駒を救った「大きな手の武士」。誰だ?斎藤道三の父?明智光秀の父?おそらく光秀の父だろうな。

・戦国の理不尽さをまざまざと見て、世を変えないといけないと思う光秀、もっと前から美濃の様子を見て気付いていてもいい気もするが、物語としては分かりやすくてよい。

・長いセリフが多かった。私は嫌いではない。誰が話し手かにもよるけれど。

・「史実を基にしたフィクション」であることが「演出から」はっきりと分かった。フィクションなのだ。だから楽しい。「これが史実だ」的な描き方をしていない。それが良い。幕末や近代史では過度なフィクションは排除すべきであるが、現代と直接にはつながらない戦国史ではある程度のフィクションが許容されてもいいと思っている。

・麒麟がイメージ映像としても出てこなかった、気がする。ちゃんと見返してみたい。

・最後にちょっと理屈っぽい意見。
人物の描き方が多重性を持っていて安心した。松永久秀に道三をほめさせ、光秀にはけなさせる。さらに本人を映像で描く。結果人物は二重、三重の解釈が可能な人物となって「見ている側に解釈の余地を与える」ことになる。それが良かったと思う。
時代劇を書きなれていない作家だと「平清盛は武士の世を開いた素晴らしい武将であった」と「ナレーターに語らせてしまう」、それではこっちに解釈の余地がなくなる。しかも見ていてもどこがそんなに素晴らしいのかよくわからなかったりする。
「光秀と道三には距離があり、師匠弟子の関係ではない」という設定のせいもあるだろう。しかし今後も人物は多重性、多層性を持って描いてほしい。一面的な「決めつけた描き方」をしてほしくない。特に「織田信長」に対してそれを期待している。

というわけで、第一話はよかったと思います。今後気になるには、「同じ脚本家の」あの「大河太平記」の足利尊氏のように、光秀が「高貴な将軍様に惚れ込んで」、ちまちまとくだらないことを思い悩み、行動力をなくしてしまったりしないかということです。大河「太平記」は名作でした。しかしどこが魅力的かも分からない後醍醐天皇に真田さんの足利尊氏が惚れ込み、徐々に優柔不断な男になっていく様はいただけなかった。あんなストーリーは嫌だなと思います。

「麒麟がくる」については、他に二十ほどブログを以前から書いていますので、よろしかったらご覧ください。

麒麟がくる・人物と戦国史の「新解釈」・放映前に予想すると

2020年01月04日 | 麒麟がくる
たぶんこんな感じになります。放映前の予想です。

1、織田信長の保守的(伝統・幕府・天皇を重んじる)性格も強調される。経済的能力も描かれる。(NHKが公式に発表している)

2、明智光秀は最初は幕府を再興して乱世を収束させようとするが、それが挫折する。今度は信長を押し立てて乱世を収束しようとするがそれも挫折する。仕方なくて「泣く泣く本能寺を起こし」、乱世を収束しようとする。

3、確実なのは「信長の覇道的暴走を止めるために泣く泣く本能寺を起こす」ということ。途中までの信長は盟友、これはNHKが発表している。同志ということ。

4、織田信長には天下統一構想など死ぬまでなかった。特に当初は、畿内を中心とした「畿内静謐」だけが政治目標であった。

5、織田信長には天下統一の意思は死ぬ数年前になってもなかった。攻めてくるから戦っただけ。死ぬ年の四国攻めあたりで方針転換をした。

6、今川義元はすぐれた統治者であった。

7、徳川家康は苦労人の若者である。とにかく「読書家」である。

8、比叡山焼き討ちも、一向一揆のせん滅も、「何度も何度も交渉したのに従ってもらえないから」、泣く泣く「やりたくないのに仕方なく」行った。

9、織田信長は義昭追放の前まで、本気で、ガチでなんとか幕府を中心に秩序を回復しようとして努力した。しかし決裂。義昭追放後は「正統性の基盤を失い」、天皇権威に頼るしかなかった。

10、足利義輝も義昭も実に立派な将軍であった。

11、最後の最後まで幕府に尽くした忠臣、三淵藤英の偉さを知ってもらいたい。

12、信長の上洛と武田の今川侵略は、連動した行動であった。

13、信長は不器用な生き方しかできない男であり、それがアダとなって信玄にも謙信にも見事に裏切られた。

14、朝廷は信長によって経済的に復活する。経済的に復活すると「それまで政治なんて行っていなかった」のに、天皇を中心になぜか急に高度な政治を行う集団になる。

15、信長の前にも「英雄というべき天下人」はいた。三好長慶と松永久秀である。凄い武将だったんだぞ、と描かれる。

16、桶狭間の戦いまでには回数がかかる。「美濃編」が終わらないと桶狭間にならない。今川義元の目的は領土拡張で、よくある戦国合戦の一つに過ぎないという扱い。たまたま義元が死んで、信長がその後活躍したので、すごい戦いとされてしまったという認識が示される可能性がある。

17、それでも桶狭間の戦いは派手に描かれる。何故なら大河ドラマは娯楽であるから。もちろん史実とはかかわりなく、主人公明智光秀も重要な役割を果たす。

史実として正確なのは「6」「7」ですね。「12」はどうなんだろ。「16」も間違いとは言い切れない。

あとはみんな怪しい。諸説あり状態。でも怪しげな新説(新説は懐疑的に扱うことが肝要)に基づいて、こうなりそうな気がします。

最後に書いておくと私は「史実通りに描け」なんていう気はさらさらありません。

私の予想の「あたりはずれ」は、ドラマの進行に合わせて、いずれまた分析します。

麒麟がくる・斎藤道三・明智光秀・織田信長をいかに描くか

2020年01月03日 | 麒麟がくる
「麒麟がくる」の話です。史実とは基本関係ありません。

1、明智光秀

乱世の収束を願う武士です。「武士の本当の使命とは何か」とか、大河の主人公らしからぬ観念的なことを考えているようです。悩める若者でしょう。脚本家は「太平記」の池端さん等です。つまりは「大河ドラマ太平記の足利尊氏のような若者」だと思います。光秀と尊氏、立場が似ています。最初は悩める若者、やがて成長ということです。脚本には前川さんという人もいて、この方はコメディ的要素担当だと予想します。池端さんだけだと、やや固いのです。「真田丸を意識した作品」となりそうです。


2、織田信長

既に「古い秩序つまり伝統、朝廷、幕府を重視する保守的側面も強調」とされています。そういう人物だということです。経済的能力も強調されるそうです。
「光秀の盟友」とのことです。つまり途中までは「乱世収束」という光秀の願いを「共有」します。おそらくあの退屈な「天下静謐論」が採用されるのでしょう。

とにかく(途中までは)「いつもの虐殺好きのサイコパスではない」ということです。比叡山の焼き討ちなんぞも「何度も何度も交渉した末に決裂して仕方なくやる」という描き方をされるでしょう。

今のところ「村の者と同じになってやらねば、化け物は見えぬ」というセリフしか公開されていません。格好も「農民の格好」で信長公記の「かぶき者の格好」でもありません。

「化け物がいるなら村の者と同じ視線になって確かめる」ということなのか。「池の水を抜いて大蛇の存在を確かめた、否定した」という信長公記の記述が元ネタかもしれません。

そうすると「実証的な態度を有した、それ故に変わり者、うつけとされた若者」なのかなと予想します。ちなみに「池の水を抜く」が映像化された記憶は私にはありません。できれば映像化してほしい。

親父の葬式で「くわと抹香を投げつける」、これも信長公記にありますが、久々に映像化してほしいものです。


3、斎藤道三

1544年の加納口の戦いからが描かれるようです。斎藤道三対織田信秀です。

この戦いは信長公記では尾張兵5000人が死んだとされています。そんなに死んだら尾張に兵はいなくなってしまいます。

斎藤道三軍の兵数は分かりませんが、ドラマ映像によると2万対4千とされます。「いくさは数ではない。そのことを思い知らせてやる」と斎藤道三、本木さんは言っています。

少数で持って大軍を破る。真田昌幸みたいな斎藤道三なのかなと思います。おそらく道三も表裏比興の者とされるのでしょう。

ビジュアル的にかっこいい道三です。いつもの「はげ頭の道三」ではありません。


映像的な美しさ、色の華やかさ、武将のかっこよさ、そういうものにこだわる作品となるのでしょう。「真田丸」ほどコメディ要素はないでしょうが、「真田丸」を強く意識した作品となりそうな予感ががします。また「信長協奏曲」の「雰囲気」も取り入れるでしょう。ただし全体の流れとしては「泣く泣く反逆する光秀」ということで、同じ脚本家が足利尊氏を描いた大河「太平記」に似た構造の作品となるでしょう。

大河ドラマはフィクション・史実通りである必要はない・でも超えてはいけない一線はある気がする

2020年01月02日 | 麒麟がくる
大河ドラマはフィクションです。史実通りである必要はありません。でも超えてはいけない一線はある気がします。「気がするだけ」です。それを普遍化して正論として主張する気はありません。

「女信長」という「時代劇」がありました。天海祐希を起用し、視聴率20%を目論んだけど、10%にも行かなかった。「そりゃ見ないよな」と思います。信長を女にしても、何一つ面白い感じになる気がしません。さっき調べたら「斎藤道三が織田信長の処女を奪う」とか書いてありました。「地獄」です。見るわけありません。

一方大河ドラマで「男色を描いたり」「奴隷商人を描いて」もらっても困ります。「そこまで史実を描かなくてもいいです」と言いたくなります。

大河ドラマは「ある程度史実を基にしたフィクション」であって、それでいいと思います。この「ある程度」が「どの程度」なのかが難しいのですが。

例えば「本能寺の変は豊臣秀吉の陰謀である」。小説や時代劇では「よくある設定」ですが、大河ではほとんどこの設定はとられません。「利家とまつ」において「そんな感じ」が描かれた程度です。それから「おんな城主」では「家康と光秀が共謀した」という設定がなされました。でも大河では「本能寺陰謀論はほぼ採用されない」のです。それが「超えてはいけない一線」です。今のところ。

私は「信長協奏曲」(ドラマ・映画版)は「なかなか面白い」と思います。タイムスリップものです。「アシガール」なんぞもそうです。タイムスリップものにも面白い作品はあるのです。でも大河ドラマでやられては困るとは思います。私が困っても、別にNHKさんは「考慮する必要なんてない」のですが。

「信長協奏曲」には「初めから史実なんて期待しない」わけです。ところが「信長の行動は教科書通り」です。ワルの秀吉を「サル君」と呼んだり、池田恒興を「恒ちゃん」と呼んだり、明智光秀(実は本物の信長)を「ミッチー」と呼んだりします。松永久秀は「松永さん」です。人物設定は「そんな感じ」です。

ところが信長は史実通りに行動します。現代の「歴史を知らない高校生」がタイムスリップして信長になる。そして「平和のために、なんとか信長を演じていく」。ところが「史実なんて知らないで行動したら」、史実通りの信長の行動になってしまった。そんな設定です。コメディ要素が強く笑えます。帰蝶とのラブコメでもある。でも高校生の「平和への願い」もちゃんと伝わってきます。

信長の業績を「ほぼ教科書通り」に描いているのです。高校生の「信長入門」としてもすぐれた作品だし、エンタメ的にも優れた作品です。

つまり「史実を基にしたフィクション」で「一線もまあ超えていない」のです。超えても大丈夫な作品なんですが、不思議と超えない。タイムスリップは仕方ありません。そういう作品なんだから。

こういう作品には好意が湧いてきます。問題は大河ドラマのくせに、つまり「フィクションです」とも言っていないくせに、一線を越えている作品です。例えば「西郷どん」。ウソばかりで質が低い。

ところがこの世は広いのです。例えば「麒麟がくる」に対しても「光秀を天海にして生き残らせたら面白い」「オリジナルなんだから光秀を生き残らせて幕府を開かせたら面白いのではないか」という意見もあるのです。

「何が面白いのだろう」とは思いますが、それは私個人の見解です。その人が「面白い」というのだから真実です。その人にとっては面白いのです。それを批判することはできません。「面白いと思うな」なんて権利は誰にもないし、そんな批判、基本的には間違っています。「障害を持った方が困っているのを見て面白いとは何だ。ふざけるな!」という批判は成立するでしょう。しかし「このドラマを面白いと思うな」というのは、基本的には成立しません。「人殺し賛美ドラマならかろうじて成立するかな」とは思いますが。

感性そのものを批判しても意味はない。面白いものはその人にとって面白いのです。

だから大河ドラマの「フィクションであっても超えてはいけない一線」を普遍性をもって主張することはできません。しかし「どうやら存在する」のです。例えば「上杉謙信女性説」は大河では無理だと思います。どうして無理かを明確に書くことはできないけど、「どうやら無理みたい」です。私も「上杉謙信女説の作品」は見ません。

あくまで「私の一線に過ぎないもの」です。でもそれが不思議と多くの大河ファンの意見と近くなるのです。「それをやったらおしまいヨ」という線は「どうやらある」気がしています。

麒麟がくる・明智光秀の死をもって戦国時代は終わる

2020年01月02日 | 麒麟がくる
小学生の頃、私は「明智光秀の死をもって戦国時代は終わる」という考えに「深く影響されて」いました。それから知識は多少増えました。しかし「この考え方」は「さほど間違っていないのではないか」と今でも考えています。

「光秀の死とともに、ひとつの時代が終わる。戦国と呼ばれ、乱世と呼ばれた時代、一介の油商人山崎屋庄九朗が、美濃一国の主、斉藤道三となりえた時代、尾張のうつけと呼ばれた悪童が、天下の権を握りえた時代、人が力と知恵の限りを尽くし、国盗りの夢と野望を色鮮やかに織り成した時代は、ここに終わりをつげる。」

「そして歴史は中世の破壊から近世の建設へと、新しき秩序を作る人々を迎え入れようとしていた」

大河「国盗り物語」の「最後のナレーション」です。斎藤道三は二代で国盗りだよ、ぐらいの批判はできるかも知れません。でも「歴史認識」として「大きく間違っている」と言えるでしょうか。

「人が力と知恵の限りを尽くし、国盗りの夢と野望を色鮮やかに織り成した時代」という所は特に好きです。むろん戦国は悲惨な時代であったわけですが、「暗黒面だけを見る」ことが正しい認識につながるわけではありません。

ということで、

「麒麟がくる」が上記の認識に基づいて作られる(であろうことは)、至極当然だと思います。

「信長は中世の破壊者なんかじゃないよ。古い秩序も重んじていたんだよ」という人もいるでしょう。でも「現実の行動」としては「明らかに破壊者」です。「そりゃ人間だから、古い秩序を重んじる側面がなかったなんてことはありえないが、比叡山の焼き討ちといい、一向一揆のせん滅といい、天皇の位置の戦略的引き上げ(将軍権威の格下げ)といい、破壊的側面の方がやや大きい」と思うわけです。信長が「どう言っているか」ではなく「どう行動したか」を見るべきでしょう。

まあ、人間が「完全に守旧派である」ことも「完全に革新的破壊者である」こともありえません。「人間」だからです。私だって誰だって古いものを重んじることもあれば、新しいものを希求することもあります。

大河「真田丸」の秀吉ですが、「太政大臣になった」と言って喜びます。周りからも祝福されます。そのすぐあと、淀殿とのシーンになって「実はそんなに嬉しくない」と言います。三谷さん、見事に描いていると思います。誰だって両面があるのです。真田ものの場合、主人公格の「真田昌幸」が「表裏比興の者」ですから、人間を二面性を持って描くことが必要となった結果かも知れませんが、その他の武将についてもほぼ「表裏を持った人間」として描いています。上杉景勝などはその代表格です。

話がズレたというか、信長像についてやや文字を使い過ぎました。

光秀に戻ります。

「運ではない。(山崎の戦いは)負けるべくして負けた戦かも知れぬ。すでに下剋上の世は遠く、人々は主信長を討った自分を見はなし初めている。しかし他にどんな生き方ができたというのか。死ねぬ。なんとしても生き延びる。この手で乱世を終わらせ、この目でそれを見、この耳で人々の喜びの声をきかねば」

正確ではないのですが、これが大河「国盗り物語」における光秀の死の場面の言葉です。

・すでに下剋上の世は終わりはじめていたが、光秀としては行動するしかなかったこと
・光秀としては乱世の収束を目指して本能寺の変を起こしたと考えていること

そういう認識を読み取ることができます。「1973年の明智光秀」はこういう武将として描かれてたのです。それがその後「へたれ貴族みたいな男」として描かれることが多くなってしまった。

「麒麟がくる」の光秀も「だいぶモダンな人物として描かれるであろうが、一貫して乱世の収束を目指した男として描かれるであろうこと」は確実です。

それは「新しい光秀像」ではなく、47年前に描かれた光秀像の「再発見」なのです。

史実としての光秀が「その通りの人物」であったとは思いません。しかし史実においても「彼が意識的ではないにせよ果たした役割」は、「結果として乱世を収束させる」ことになりました。豊臣秀吉の登場です。「だから光秀は偉い」とは言いません。偉くもありません。「本人は意識しなかったであろうが、後世の視点から見れば、結果として大きな仕事をした。光秀自身もびっくりであろう」という風に言っているのです。

「麒麟がくる」や「国盗り物語」の光秀を「史実である」と考える人間はいないだろうし、その必要もありません。フィクションだから。

しかし「光秀の死をもって戦国時代は終わる」という認識は「考えるに値するもの」だと私は思っています。

麒麟がくる・最終回のあらすじ

2019年12月31日 | 麒麟がくる

初めに、2020年11月加筆

「以下本文」の部分から下は「去年の12月」に書いたもので、麒麟がくるはまだ一話も放映されていませんでした。
2020年の11月ともなると、だいぶ最終回が分かってきます。ただしハンドブックにも最終回は載っていないようです。でも予想はつきます。
「いろいろな要因が重なって本能寺が起きる」ということです。信長への違和感。「幕府政策、義昭追放」「松永久秀の扱い、死」「帝の軽視、正親町帝との齟齬」「斎藤利三の件」「虐殺行為への違和感」、、、そういうことを最終回に向かって描いていく。そして本能寺が起きる。つまり「一つの要因は設定しない」ということです。ただし黒幕説は採用しないようです。幕府のため、というのも光秀の意志で、義昭のコントロールではないようです。朝廷の件も正親町帝は「信長ではどうも心配だ」ぐらいしか言わないようです。「信長を討て」とまでは言わない。犯罪教唆ぐらいの感じでしょうか。

光秀は「自分が征夷大将軍になる」という決意をするという情報もあります。フェイクかも知れません。でもそうなるとあの不自然な「武士に幕府は必要」という変な信念にもつながってくるとは思います。

以下が本文ですが、なにしろ一年前の予想ですから、読むのならばそこを踏まえてご容赦願いたいと思っています。さらに後半は2020年10月段階の加筆なので「非常に読みにくい感じ」になっています。


以下本文 2019年の12月
正確には「最終回のあらすじの予想」です。NHKのハンドブックとかに基づいてはいませんし、現時点では最終回まで書いたハンドブックなど出版されていません。

つまり「完全に私個人の予想」です。

1、本能寺の変に至る道

光秀は一貫して「乱世の収束」を目指しているわけです。「麒麟がくる世の実現」です。信長は設定上「光秀の盟友」ですから、途中までは光秀と信長の願いは一緒です。
しかし本能寺の変の10年前ぐらいから、二人の道は分かれてきます。将軍義昭の追放。まあこれは「それも平和な世のため」なら光秀は受け入れ可能です。
しかし「一向一揆の虐殺」、、、天正2年、1574年ころから始まるこの「虐殺」に光秀はついていけなくなる。
もっとも「それから8年我慢する」だと長くなりすぎます。だから最終的には「天正伊賀の乱の虐殺」1581年、本能寺の一年前、あたりで光秀は信長を見捨てるのかも知れません。
さらに「信長は朝廷を超える権威をめざす」とされる(これは今までも描かれてきましたが)ことも多い。

とにかく平和路線のずれ、天下構想のずれが本能寺を招くことになるでしょう。ありきたりですが、そんなに「ひねらない」と思います。

なお「四国政策」ですが、きっと紹介はされるでしょう。しかし本能寺の根本原因とはされない。「四国の取次としてのメンツをつぶされたから本能寺を起こした」では、光秀が「私利私欲の人」になってしまうからです。

ただし、四国政策は特別という風に描くこともできます。長曾我部は服属すると言っている。服属すると言っているのに叩くという。それは異常ではないか。そんなことをしたら、北条だって反旗を翻すであろう。結論を先に書きますが、そうなってくる可能性が高いと思います。つまり四国政策を「信長の変心」と十兵衛が捉えるということです。

2、陰謀論は採用しない。
光秀が主人公なのですから「黒幕などいては困る」わけです。下らない陰謀論は採用しないでしょう。

3、光秀はどこで誰に殺されるのか。
小栗栖の里で農民の竹やりで殺される。これは「みんな知っている」ことですから、これも「ひねらない」と思います。
ただし「主人公だからただでは死なない」のは確実です。
「華のある死」「明日へとつながる死」とされます。描き方はいろいろあるでしょう。

ここでも変な陰謀論はないと思います。佐々木秀吉はたぶん「それなりに立派な光秀のライバル」となるはずで、本当は見事な死だったのだが「農民が竹やりで殺したことにしよう」とか言い出すことはないと思います。それ以前の山崎の戦いの描き方、敗因設定の方はひねってくる可能性があります。

4、駒(門脇麦)と岡村さんとマチャアキによって「偶像化」される明智光秀
ナレーションで顕彰されるなんてことはないでしょう。「光秀の思いはやがて秀吉、家康に引き継がれた」とかなんとか、ナレーションで処理されるなんてことはないでしょう。
織田方面軍による地方への軍事侵攻。これを「天下統一事業として描くのではなく」、「乱世の拡大として」描く。そうすれば光秀の行為は「乱世拡大の阻止」「虐殺の阻止」とできます。
それを「駒の口で語らせる」、そして岡村さんと堺さんが同意する。ついでに光秀の幻があらわれて「この後は、わしでなくても、できることだ」とか語る。
そうすれば光秀を「乱世を収束させた英雄」として描くことは可能です。「光秀を英雄として描くかどうか」はまだ分かりませんが、そんな終わり方になるのではと予想します。

加筆 以上を書いたのは2019年の12月です。「麒麟がくる」は始まってもいません。今は2020年の10月です。ここまで見ての加筆をします。

これを読んでいる方が、どれほど予備知識を持っているかはかり難いので、基礎的なことを書きますと、本能寺の変については「四国説」という考えが存在します。四国、長宗我部への「取り次ぎ」を任されていた光秀が、四国攻め政策によって「面目を失い」、秀吉との競争からも脱落し、そして本能寺を起こした、、、という「感じ」の説です。四国説といっても実は様々です。
そういう「個人の面目」というもので本能寺の変を起こした、、では私利私欲から起こしたことになり、ドラマとしては成立しません。だから単純な四国説が採用されることはない。これは去年の段階で述べた通りです。
しかし一方「四国政策のみが天下静謐という大義に反する」という説があるのです。東大准教授の金子拓さんの説です。天下静謐は「てんがせいひつ」です。NHKは去年の段階からこの金子説をクローズアップし、歴史秘話ヒストリアで「世にもマジメな魔王」という回を放送しました。監修は金子さんだと思われ、ご本人も登場します。
「麒麟がくる」の時代考証は小和田さんですが、NHKの「去年からの下準備」を見ると、この金子仮説が、採用される可能性が極めて高いと思われます。
金子さんの説の詳細については「織田信長、天下人の実像」(講談社現代新書)をお読みください。
間違い覚悟でチラとまとめますと、光秀も信長も室町的秩序である「天下静謐」を目指していた。放送では越前攻めの場面でこの「天下静謐」という言葉を十兵衛が発します。
京都に武家の棟梁たる信長がいて、あとは大名たちの「ゆるやかな連携」によって「世の秩序を守る」という考えで、秀吉的な「天下統一」とは違っています。「麒麟がくる」における十兵衛と秀吉には「根本的な秩序感覚の違い」が存在するのです。信長は今は光秀派です。
ところが最後の最後に信長が「秀吉的な志向」を見せた。これでいいか分かりませんが、それが金子さんの説だと思います。つまり「天皇すらその下にある天下静謐という大義」に信長が最後に背いたというわけです。それが四国攻めです。
この根本的理念の相違によって「十兵衛が信長をうつ」。何言っているか、私の文章がつたないせいで、伝わらない向きもあるかと思います。

ゆるやかな大名連合政権を目指していたはずの信長(ドラマ上で)が、「強い中央集権国家」を目指していく。独裁者的立場になっていく。つまり「関白秀吉路線に近づいて」いく。光秀が主導していた天下の計画が、いつのまにか秀吉主導のものとなっていく。信長は相変わらず「空洞のような人物」で、どんどん秀吉路線に乗っていく。それが本能寺の原因となる。この信長には特に路線はないので、秀吉路線と光秀路線の対立が原因となる。そんな気がします。

「麒麟がくる」・キャストの「ビジュアル画像」を分析する

2019年12月30日 | 麒麟がくる
そもそも、歴史家でもなく、史学科出身でもない私が歴史ブログ(時代劇ブログ)を書いているのは、中学生の頃、司馬さんの「国盗り物語」を「繰り返し繰り返し読んだ」ためだと思います。何度読んだか分からないぐらい読みました。

中学時代はその他の司馬さんの作品はさほど読んでいなかったと思いますが、とにかく「国盗り物語」だけは「暗記するぐらい」読んだと思います。いわゆるバイブルというやつです。

だから「国盗り物語」のリメイク、たぶん内容的にはかなり違ったリメイクになると思いますが、「どう考えても国盗り物語がベースとなっている」作品である「麒麟がくる」に関しては、とにかく書かずにはいられません。

さっきNHKの10分ほどの「作品紹介」を見ましたが、ちょっと「真田丸風」でした。西村まさ彦さんが「黙れこわっぱ的な演技」をしていました。

私はこのブログでも数年前から「国盗り物語をリメイクしてほしい」と何回か書いています。そうして「リメイクされたら」、この何十年で描かれた「明智光秀像は吹っ飛んでしまうだろう」とも書きました。司馬さんの光秀は例えば「功名が辻の光秀」だと思われていますが、あれは違うのです。「国盗り物語」の光秀は最初から「天下を狙っている」のであり、「室町幕府の再興を願うだけの真面目な武将」なんかではありません。

さて、本題に移ります。ビジュアルが公開されています。 https://www.nhk.or.jp/kirin/index.html

多少分析してみると

1、主人公であるはずの明智光秀の紹介文が淡泊である。「武士の誇りを忘れぬ男」、、、、なんか単純すぎて物足りない。恰好も「普通の武士の恰好」である。
  「この男は何者なのか」ぐらいの「あいまいな表現」にしておいた方が、人物の描き方が「多面的」になると思われるのだが。

2、織田信長が圧倒的に「みすぼらしい恰好」をしている。青年時代の「たわけの服装」ではあるけれども、信長公記の叙述とも違っているように思われる。
つまり「当時の信長公は、湯帷子の袖をはずし、半袴をはき、火打ち袋などをぶらさげ、髪は茶筅に結い、紅や萌黄の糸で結び、太刀は朱鞘のものをもちいていた。」と信長公記にはあるが、そういう恰好を信長はしていない。

3、徳川家康も武将らしさが全くなく「悲運の三河大名」とか書かれている。人質時代の苦労が強調されるのかな。「おんな城主」でも一応強調されてはいたけどな。
  実際に麒麟を呼び寄せるのは家康だから、あまりクローズアップされないのかも知れない。

4、藤吉郎、つまり秀吉は「意外と小ぎれいな恰好」をしている。今まで「秀吉があんな汚い恰好をしていては信長が怒るぞ」と言われてきたから、小ぎれいな秀吉なのだろう。

5、ビジュアルをみる限り、主役は「斎藤道三」「足利義輝」「織田信秀」「松永久秀」のようにも見える。「足利義昭」も賢そうである。

6、細川藤孝が「剣をかまえて」いる。室町幕府を「よく描きたい」のだろう。三淵藤英も「英雄とされる」のだろう。

7、予想通り「駒」の存在が大きそうである。次に大きな存在は光秀の妻なのだろう。すると帰蝶はどうなるのか。


織田信長の描き方

これについては、すでに「保守的側面も強調」とか「経済力も重視」とかNHKが言っています。室町幕府も朝廷も重んじていたとされる。「書かれた史料」だけ読むとそうなるのですが、まあ「よくできた嘘」ですね。最近小島道裕さんの「信長とは何か」を読みましたが、小島氏の分析などはバランスがよく、「文字資料だけに頼っていない」のです。文字資料だけに頼ると、「建前が本当」になってしまい、人物を読み違えます。金子拓氏のように。ちなみに小島氏は信長に対してきわめて批判的です。英雄視はしていない。むしろ「あんな生き方しかできなかったのか」と嘆いている面もある。それでも記述には納得できる部分が多いのです。

きっと「麒麟がくるの織田信長は変だ」という声が上がると思います。それに対して「最近の研究だ」とか「知ってるふり風の声」も上がるでしょう。「そうなのか」と納得する人もいる。本郷和人さんは「信長普通の武将論では彼の行動が説明できない」と「最新研究なるもの」を批判する。で、色々と信長を巡って論争が盛んになる。でもそれによって信長のイメージが大きく変わることはないと思います。「つまらない信長なんて庶民は望んでいないし、そもそも最新研究なんて怪しい、十年後は分からない」からです。「戦国武将総選挙」において「織田信長は圧倒的な1位」でした。「パイオニアとしての信長像」が「今の段階での最新研究ごとき」で変わるとは思いません。信長研究は「新説→否定→また新説→否定」の繰り返しですから。

明智光秀の描き方

考えてみると「信長を英雄」とするのは「今の日本の価値観」では難しいのです。サイコパス的だし、晩年は虐殺しすぎです。そうなると明智光秀主人公もうなずける。光秀は「信長のすべてを否定」しなくてもいいし、実際否定しないと思います。「比叡山の焼き討ち」をどう描くかが最初のポイントでしょう。

彼は旅行をし、「歴史の重要シーンに遭遇する」、目撃者として描かれると思います。真田丸の真田信繁などにもそういう側面がありました。主役は真田昌幸→秀吉→三成→家康。真田信繁は目撃者。そういう構造にもなっていました。今回も光秀は「目撃者」として描かれることが多くなると思います。

「武士の本当の使命とはなんなのか」、光秀はそれを考えるそうです。NHKが発表しています。答えはなんなのでしょう。「民を守る」では単純だ。「平和を実現する」も平凡過ぎる。「民と手をとりあい、民とともに、駒とともに平和を実現する。麒麟を呼ぶ。」、、、そんなところかなと思います。あまりに「難解に」しても仕方ないでしょうから。

駒の存在

麒麟を最終的に呼び寄せるのは駒、だと予想しています。どういう風にそう「持っていく」のかは分かりません。光秀は志半ばで死ぬわけです。誰かがそれを継がなくてはいけない。単純に考えればそれは秀吉であり、家康です。でもたぶん「駒」になる。どうやったらそうなるのか。それは予想できません。「王が麒麟を呼ぶ」そうなので、正親町天皇あたりが変に活躍するのかも知れません。

まあ「不思議な力で麒麟を呼びよせる」とはならないでしょう。それでは物語の構造が崩れてしまうからです。でも多少は「不思議な力を持った少女」として描かれる気もします。

麒麟がくる・実際のキャスト・キャスト予想・生没年付き

2019年12月30日 | 麒麟がくる
☆印だけが「2019年12月末日時点」で分かっている「本当のキャスト」です。したがってその他は「予想キャスト」です。

カッコ内の「人物解説」は「一般的な説明」です。「麒麟がくるの設定」ではありません。

齋藤道三の死去は1556年・桶狭間の戦いは1560年・信長の上洛戦は1568年・義昭追放は1573年・本能寺の変は1582年・関ヶ原の戦いは1600年


主人公・明智光秀関連
☆明智光秀(1528-1582 道三に仕え、道三死去後、信長と盟友となる、諸国を遍歴、乱世収拾の道を探る)・・・長谷川博己
☆明智煕子(没1576 あけちひろこ、光秀の妻)・・・木村文乃 ちなみに煕子という名はおそらく史実とは違います

妻木(実在未詳・明智煕子の妹か、信長側室とも言われる)・・・土屋大鳳
☆明智牧(史実では名前不詳、光秀の母)・・・石川さゆり
明智光慶(史実を変更)(あけちみつよし、光秀の長男、学説では死んだ時まだ14歳であるため、それを24歳と設定する。光秀と信長の連絡係として活動したことにする)・・・神木隆之介
☆明智光安(1500-1556 美濃明智城主、明智家家督、道三正室の兄)・・・西村まさ彦

明智お岸(史実では名前不詳、光秀の長女、荒木村重室→明智光春室)・・・山本美月
明智宝子(史実では名前不詳、光秀の四女、信長のおいである津田信澄の正室)・・・橋本環奈
☆明智左馬助光春(1536-1582 明智秀満 光秀の女婿にして重臣)・・・間宮祥太朗
明智珠(1563-1600 あけちたま 光秀の三女、細川ガラシャ、細川忠興正室、関ヶ原の混乱の中で死去)・・・広瀬アリス
齋藤利三(1534-1582 光秀腹心の部下、春日局の父)・・・藤本隆宏
溝尾庄兵衛(1538-1582 溝尾茂朝 光秀重臣、光秀と共に討ち死)・・・斎藤工
☆藤田行政(1582没 光秀の古参の重臣)・・・徳重聡
☆細川藤孝(1534-1610 細川幽斎、はじめ光秀とともに足利義昭擁立に尽力する。のち織田信長に仕え、光秀の与力武将となる。古今伝授を受けた歌人)・・・真島秀和
細川忠興(1563-1646 細川幽斎の嫡子、細川ガラシャの夫、関ケ原で功を立て、肥後細川家の基礎を築く)・・・溝端淳平
京極高次(1563-1609 衰退した北近江の守護家に生まれる 本能寺後光秀に協力 のち許され豊臣家→徳川家 妻は淀殿の妹である初、妹は秀吉側室)・・・勝地涼
上泉信綱(1508-1577 柳生新陰流の祖、諸国を遍歴して、槍術、剣術を広めた。一時美濃に滞在し、光秀に槍術剣術を指南、将軍義輝の剣術信南、光秀と義輝をつなぐ)・・・真田広之
☆三淵藤英(細川幽斎の異母兄・足利義昭重臣)・・・谷原章介

☆伊呂波太夫(いろはだゆう)・・・尾野真千子、架空の人物・私の予想はあまり当たりません。しかし「架空の女性」を山崎屋いろは、と予想しました。「いろは」だけ当たっています。

齋藤道三関連

☆齋藤道三(1494-1556 斎藤利政、美濃国主、土岐頼芸より美濃を奪取した。天下取りの野望を光秀と信長に託す)・・・本木雅弘
長井新左衛門尉(生没年不詳、ながいしんざえもんのじょう、道三の父。はじめ京都妙覚寺僧侶、還俗して京の油屋山崎屋に入り婿し、その財力を背景に国盗りを目指して美濃土岐家の家臣となる)・・・松重豊
お万阿(架空の人物)(おまあ、道三父の京都の妻、道三の母ではない。京都の豪商、油屋山碕屋の女主人)・・・井川遥
土岐里子(架空の人物)(土岐家支流の娘、道三の母)・・・黒木瞳
☆深芳野(みよしの、道三の側室、もとは土岐頼芸側室、斎藤義龍の母)・・・南果歩
☆小見の方(1513-1551 おみのかた、道三正室、明智光安の妹、濃姫の実母)・・・片岡京子
竹中半兵衛(1544-1579 天才的軍略家、幼少時は道三の薫陶を受ける、神童と言われ12歳で道三の軍略を受け継ぐ、斎藤家家臣→信長家臣、秀吉の与力)・・・志尊淳
☆齋藤義龍(1527-1561 道三の子、実は土岐頼芸の子とされることもある、長良川の戦いで道三の首を奪う)・・・伊藤英明
赤兵衛(架空の人物)(元妙覚寺の寺男、道三の父の最古参の腹心、道三にも仕えた)・・・(華丸大吉の華丸)
☆稲葉一鉄(1515-1589 西美濃三人衆の一人、土岐家→斎藤家→織田家→豊臣家、娘は斎藤利三室、春日局の祖父)・・・村田雄浩
猪子兵助(1546-1582 いのこひょうすけ、道三の小姓、道三没落後、織田信長に仕える)・・・濱田岳
☆土岐頼芸(1502-1582 ときよりよし、もと美濃国国主・道三により尾張に追放される)・・・尾美としのり
日運上人(1484年生、美濃常在寺住職、長井氏出身、道三の父とは妙覚寺で同学)・・・温水洋一

織田信長関連

☆織田信長(1534-1582 初めは道三とは対立、が濃姫と婚姻後、道三と手紙で交流、道三の野望を受け継ぎ天下人を目指すことになる)・・・染谷将太
信長については「保守的、中世的側面を強調、経済政策に優れていた点も強調される」とNHKが発表している。
☆織田信秀(1511-1552 信長の父、京都志向がある教養人にして強き武人、道三と幾度も戦うが結局美濃を奪うことはできなかった)・・・高橋克典
織田信定(没1538 清州織田家に仕えた奉行、織田信秀の父、信長の祖父、信秀の尾張制覇の野望に賛同できぬものの黙認、隠居する)・・・大和田伸也(たぶん信定は登場しない)
☆帰蝶(1535生誕、没年不詳 斎藤帰蝶、濃姫、信長正室、道三の娘、母は小見の方、幼き頃は光秀に淡い恋心を抱いていた)・・・川口春奈
お市(1547-1583 信長妹、浅井長政正室、淀君の母、お江の母、豊臣秀頼、徳川家光の祖母、長政没落後、柴田勝家に嫁ぐ)・・・清原果耶

☆土田御前(没年1594 信長の母、息子である織田信行の謀反を心配している)・・・檀れい
織田信忠(1557-1582 信長の嫡子、幼名は奇妙丸、織田家家督を継ぐ、本能寺の変にて討ち死)・・・竹内涼真
生駒吉乃(1528-1566 いこまきつの、信長側室、信忠、信雄、徳姫の実母ということになっている、穏やかな性格で濃姫との関係も悪くない)・・・満島ひかり(吉乃は登場しない可能性が高い)

☆織田信勝(信行)(没年1558 信長弟、信長と家督を争い、謀殺される)・・・木村了
織田長益(1547-1622 おだながます、織田有楽斎、信長弟、信秀の11男、茶人、東京都有楽町は彼に由来するとかしないとか)・・・坂東巳之助
☆柴田勝家(1522-1583 織田家重臣、通称権六、織田家家督に信行を推した過去を持つ)・・・安藤政信
☆木下藤吉郎(1537-1598 後の豊臣秀吉)・・・佐々木蔵之介
木下寧々(1548-1624 秀吉妻、のちの北政所)・・・貫地谷しほり
☆前田利家(1539-1599 織田家家臣、柴田勝家の与力武将、秀吉とも親しく、のち加賀前田100万石の当主となる)・・・入江甚儀
前田まつ(1547-1617 前田利家正室、芳春院、「加賀100万石は芳春院でもつ」と言われた)・・・瀧本美織
森蘭丸(1564-1582 信長小姓、信長より5万石を与えられた、本能寺にて討ち死)・・・加藤清史郎
丹羽長秀(1535-1585 織田家方面司令官の一人、秀吉政権で一時は120万石、その後減俸、子孫は二本松藩主となり、明治まで続く)・・・塚本高史
滝川一益(1525-1586 織田家方面司令官の一人、関東担当、秀吉と戦うも、のちお伽衆となる。子孫は江戸幕府で旗本)・・・甲本雅裕
☆佐久間信盛(1528-1582 織田家司令官の一人、本願寺担当、のち信長に追放される)・・・金子ノブアキ
池田恒興(1536-1584 織田家重臣、信長とは乳兄弟、子の輝政は初代姫路藩主)・・・山田裕貴
☆平手政秀(ひらて・まさひで)・・・上杉祥三(信秀を支える織田家老臣。信長のもり役)
☆織田信光 信長のおじ  木下ほうか
☆毛利新介  桶狭間で今川義元の首をとる 本能寺の変まで生きた  今井翼


戦国武将・その他
武田信玄(1521-1573 52歳で死去、甲斐の戦国大名)・・・草刈正雄
山本勘助(半ば架空の人物、甲陽軍鑑や古資料にみられるが、完全なる確証はない、信玄の軍師として高名)・・・荒川良々
武田信虎(1494-1574 甲斐国主、息子の武田信玄によって今川に追放された。信玄より少し長く生きた)・・・角野卓三
上杉謙信(1530-1578 48歳で死去、越後の戦国大名)・・・ディーンフジオカ
上杉景勝(1556-1623 67歳で死去、上杉藩初代藩主、越後→会津→米沢、関が原により120万石から30万石に減俸)・・・犬飼貴丈
☆今川義元(1519-1560 41歳で死去、駿河の戦国大名、領地経営に優れていた、桶狭間の戦いで戦死)・・・片岡愛之助
☆太原雪斎(たいげん・せっさい)・・・伊吹吾郎 
☆三好長慶・・・山路和弘
☆細川晴元・・・国広富之

北条氏康(1515-1571 56歳で死去 相模国の戦国大名、後北条氏三代目当主、謙信・信玄と互角に戦った)・・・鈴木浩介
北条氏政(1538-1590 52歳で死去 相模国の戦国大名 後北条氏四代目当主、東国の覇者 秀吉に最後まで抵抗する)・・・市川猿之助
浅井長政(1545-1573 28歳で死去、北近江の戦国大名、お市の最初の夫、のちに信長と対立、豊臣秀頼、徳川家光の祖父)・・・賀来賢人
☆朝倉義景(1533-1573 40歳で死去、あさくらよしかげ、越前の戦国大名、光秀は信長と謀り、越前の状況を探るべく、一時義景のもとに身を寄せていた)・・・ユースケサンタマリア
六角承禎(1521-1598 77歳で死去、六角義賢、近江の戦国大名、信長上洛戦にて敗退、その後も信長と交戦、晩年は秀吉の保護を受ける)・・・要潤
本願寺顕如(1543-1592 一向一揆の総本山石山本願寺住職、浄土真宗本願寺派宗主、10年以上信長と激しい戦いを繰り広げる)・・・伊勢谷友介
三好長逸(1573年前後に死去か、みよしながやす、将軍義輝を暗殺した三好三人衆の一人、畿内で三好政権ともいわれる勢力をほこった。信長上洛で逃亡するが、その後も本願寺と連携、信長と戦う)・・・松田龍平
波多野秀治(没1579 八上城城主 光秀の丹波攻略時の敵将)・・・相島一之
荒木村重(1535-1586 信長家臣、信長より摂津一国の経営を任される。光秀の娘と村重の息子は婚姻関係にある。のち信長に謀反して失敗、しかし生き延びる)・・・六角精児
筒井順慶(1549-1584 大和国大名、のち信長に臣従、光秀の与力となる。妻は信長の娘である)・・・柄本佑
ルイスフロイス(1532-1597 ポルトガルの宣教師、足利義輝、織田信長の保護のもとで布教、著書「フロイス日本史」を残す)・・・ピーターフランクル(数学者にして大道芸人)
☆松永久秀(1508-1577 69歳で死去、畿内を実質的に治めていた三好家の重臣、やがて主君を上回る力をつけていく。信長以前に天下統一を夢みた梟雄。)・・・吉田鋼太郎
☆足利義輝(1536-1565 29歳で死去、足利幕府13代将軍、三好三人衆によって御所で暗殺される、剣豪でもあり、多くの寄せ手を斬り殺した)・・・向井理
☆足利義昭(1537-1597 60歳で死去、足利幕府15代将軍、信長が将軍に擁立、のち信長と対立。信長包囲網の中心人物となる。晩年は秀吉の保護を受けた)・・・滝藤憲一
雑賀孫一(史実不詳)(さいかまごいち、紀州雑賀衆の頭目、またの名を「尻くらえ孫一」)・・・オダギリジョー
☆近衛前久(1536-1612 関白、太政大臣、信長と親交があった)・・・本郷奏多
☆徳川家康(1543-1616 73歳で死去、三河遠江の戦国大名)・・・風間俊介
☆松平広忠・・・松平元康つまり徳川家康の父・・・浅利陽介
正親町天皇・・・中川大志
今井宗久(1520-1593 堺の豪商、会合衆、信長の経済戦略の要となった人物)・・・高橋一生
☆朝比奈親徳 今川家武将 山口馬木也

☆望月東庵(もちづき・とうあん)・・・堺 正章
京に暮らす医師。今は落ちぶれているが、朝廷や各地の戦国大名などに不思議な人脈を持つ。生涯にわたって光秀を導く存在になる。大の双六好き。架空の人物です。
☆駒(こま)・・・門脇 麦
光秀が京で出会う娘。医師・望月東庵の助手をつとめている。戦災孤児で、伝説のいきもの・麒麟の存在を信じている。架空の人物です。
☆菊丸(きくまる)・・・岡村隆史
光秀が美濃で出会う三河出身の農民。神出鬼没で、敵か味方かわからないが、常に光秀の危機を助ける。

☆印は本当のキャストですが、あとは「予想キャスト」です。

麒麟がくる・すべての武将が英雄であってはいけない

2019年12月24日 | 麒麟がくる
「葵徳川三代」、、、初放映時には「なんかコントみたいな大河」だと思っていました。「コントみたい」なのは再放送でみてもそうですが、評価できるのは、

徳川家康を偉人として描いていない、秀忠も家光も偉人じゃない、という点です。

その反面、石田三成や前田利家などは「そこそこの人物」として描いています。

また徳川家康による朝廷の圧迫、その原因となった「朝廷や皇室の腐敗ぶり」もきちんと描いています。

韓国に「大王世宗」という作品があります。ハングルを作ったイドを描きました。「出てくる人物がみんな英雄」で、間違った方向に流れた作品だと思います。つまらない。人間が描けていない。

「麒麟がくる」も私の予想では「出てくる武将、全員英雄」となると思います。織田信長だけが「少し変人」で、あとは信秀も道三も義元も、松永も「みんな英雄」とされる可能性があります。

そうなると「つまらない作品」になってしまいます。愚人がいてこそ「リアルを感じる歴史になる」からです。

13代将軍「足利義輝」なぞ、とにかく素晴らしい人間として描かれると思います。実態は「流浪将軍、剣術好き」です。そして彼を殺した「松永久秀」も梟雄とされる。どう「つじつま」を合わせるのでしょう。(直接殺したわけではありません)

まあ松永久秀は「ワルが売り」なので、だからこそ「梟雄」なので、「そのまんまワル」であるというか、よりグレードアップした「ワル」として描かれるのかも知れません。


戦国もので今まで愚人とされることが多かったのは「今川義元」(最近は愚人として描かれない)、「朝倉義景」「今川氏真」「六角承禎(小説において)」あたりでしょうか。

すでに書きましたが、今川義元は最近は、というか「武田信玄」以降、愚人とはされません。「おしろいを塗ってお歯黒で、馬にも乗れない」、と描かれることはないのです。「風林火山」の谷原さんなんぞは「そこそこまともな人物」として演じていました。「おんな城主」の春風亭さんは言葉を発しないので、よく分かりません。

今川氏真は「おんな城主」では「弱虫なりに大活躍」だったと思います。実際この人、今川の血を江戸時代まで残します。

六角承禎は「そもそもドラマに登場しない」ので、愚人とも愚人じゃないとも描かれません。麒麟がくるでも「ほとんど」登場しないと思います。

昔から愚人で「今でも愚人」なのは「朝倉義景」です。「麒麟がくる」では今のところキャスティングされていません。これはおかしな話で、美濃脱出後、光秀は朝倉を頼った、というのが今までの描かれ方だったからです。「光秀もの」なので、登場するでしょう。さてどう描かれるのか。

足利義昭は、実はそんなに愚人として描かれはしません。ただし功名が辻では愚人でした。今回は「すごいやつ」として描かれると思います。

日本史には英雄がいません。織田信長の評価なぞ最近はそりゃ低いものですし、秀吉もそうです。家康もしかり。

あえて言えば、よく英雄とされるのは「武田信玄」「上杉謙信」ですが、それは彼らが「敗者」だからで、実際はたいした武将でもありません。石高が大したことないのです。あれだけやって、たいしたことない。それで謙信は商業で儲けたとか、信玄は金を掘ったとか、つまり「石高以上に有能」とされるのです。商業や金は嘘じゃありませんが、石高はとにかくたいしたことはありません。


英雄がいない日本史に「無理やり英雄を作る」必要はありません。明智光秀は優れた人物であった、とは思いますが、かといって英雄ではありません。

麒麟がくる・帰蝶は大河ドラマにおいてどう描かれてきたか

2019年12月24日 | 麒麟がくる
帰蝶は濃姫の名で有名です。織田信長に嫁いだ後のことは、ほぼ分かりません。生きていたのか、死んだのか。

ただし時代劇においては超有名で、1973年の「国盗り物語」で大河ドラマに「本格的に登場」(太閤記でも登場)して以降、織田信長が登場する大河ドラマのほぼすべてに登場してきました。

例外は大河「秀吉」で、帰蝶が登場せず、吉乃がメインだったと記憶しています。あるいは少しは登場したのかも知れません。

大河「秀吉」は1996年の作品で、このころになると「帰蝶の人生はほぼ分からない」ということが定着していましたし、「信長が本当に愛したのは吉乃だ」ともされていました。このうち「愛したのは吉乃だ」は、今では「怪しい」ともされています。「麒麟がくる」では今のところ吉乃はキャスティングされていません。今後どうなるかは分かりません。

さて帰蝶(本当の名は分からず)と信長の関係、大河ドラマにおいてどう「描かれて」きたか。むろん史実とは関係ありません。

1973年の「国盗り物語」
総集編が残るのみです。帰蝶は若き松坂慶子さんが演じました。司馬遼太郎さんの作品ですから、夫婦仲はよい。司馬作品は「夫婦は仲良し」が基本です。
高橋英樹さん演じる織田信長は史実通り。延暦寺を焼き討ちしたり、一向一揆をせん滅したりしますが、夫婦仲は別に揺らぎません。

帰蝶が嫁ぐとき、父である斎藤道三は小刀を託して「信長が本当にうつけならば、これで刺せ」と言います。
「この刀はあるいは、父上様を刺す刃となるかもしれせぬ」と帰蝶は応じる。道三は「それでこそ道三の娘」と笑います。

これは帰蝶の最も「有名なシーン」ですが、「麒麟がくる」ではどうなるのか。まあ「ある」と思います。特にカットする理由もないからです。「麒麟がくる」ではたぶん「夫婦仲良し」とはならないでしょうが、それでもこのシーンを排除する理由が見当たりません。排除する理由があるとすれば「古い帰蝶像だから」ということでしょうか。

明智光秀とは「いとこ」とされ、淡い恋もあったとされます。本能寺では信長とともに死にます。これがこれ以降の時代劇のベースとなります。

1983年の大河「徳川家康」における帰蝶

藤真利子さんが演じました。「夫婦基本的には仲良し」です。信長の傍若無人ぶりにも理解を示す「賢妻」として描かれていました。それでも松平信康を謀略をもって殺そうとする信長には「多少いやなものを感じる」という風に描かれました。

2006年の「功名が辻」

和久井映見さんが演じました。織田信長の「悪行」に対しては「はっきりと批判的」です。夫婦仲もよくはない。それでも本能寺ではともに死にます。「殿は地獄、私は極楽、これでは死に別れでございます」という名セリフがありました。

なお「信長」では菊池桃子さんが演じました。あまり記憶にないのです。途中で堺に行ってしまったと記憶しています。


大河ドラマが「戦争」を描く場合、「男は戦乱を望み、女は平和を願った」とされることが多い。多いというかほとんどがそうです。日野富子でさえ平和を願っていた。北条政子は多少戦闘的ですが、基本的には平和主義者です。なにかと勝負を口にするのは「淀殿」ですが、真田丸においてはその淀殿も「戦争の外」に置かれていました。

さて今回も帰蝶は「平和をひたすら願っていた」とされるのか。沢尻さんを起用したことから考えると、もうちょっと「ひねる」可能性もあるでしょう。

帰蝶の「地位」も、信長の付属品みたいな立場から「対等もしくは同等」ぐらいに引き上げられると予想しますが、さてどうなるでしょう。

麒麟がくる・人物がどう描かれるかを予想

2019年12月15日 | 麒麟がくる
どうせ一か月後には放送されるわけですが、前もって、人物像を予想しておきます。

ベースは間違いなく「国盗り物語」です。が、人物は相当違った感じで描くでしょう。もっともその大本はといえば、いうまでもなく「明智軍記」です。

・斎藤道三

親子二代で国盗りをしたことになります。これは六角氏の文書で示された新説です。でも親父については名前ぐらいしか分からず、個人的にはそう簡単に旧説を変えていいのかなとは思います。とにかく親父と二代で美濃をとったことにされます。

もっとも「盗った」ことにされるかどうかも分かりません。斎藤道三は「明智光秀の師匠であり育ての親」です。それなりに「美化」されるでしょう。悪漢小説というものがあり、悪は魅力的なんですが、善人として美化されてしまうかも知れません。少なくとも外見は美化されます。「まむし」ではなく、本木さんが演じるのですから。

具体的にどう「美化される」かというと「崩壊寸前の美濃を救った英雄」とされる可能性があるということです。

・明智光秀

史実としては本当に源氏の土岐氏出身かは怪しいところなんですが、、、。

まず血筋が美化されるでしょう。源氏の名門、土岐氏の一族、明智氏。素晴らしい青年として登場するでしょう。でも「幕府を重んじる」「天皇を重んじる」点においては保守的と描かれるでしょう。なにしろ信長さえ「保守的に描かれる」そうですから。

最終的には「それまで幕府や朝廷を重んじていた織田信長がそうでなくなった」から「本能寺を起こす」とされるでしょう。たぶんそういう単純な論理になる。

比叡山の焼き討ちなんぞがどう描かれるか。光秀も積極的に加担したし、その功で城持ちになるのですが、今までは「反対していた」ことにされていました。

・織田信長

保守的な人物だそうです。最近の流行です。

・織田信秀

信長の親父です。「経済力」と「朝廷重視」が強調されるでしょう。「尾張の国主じゃない」わけです。今までは尾張の国主みたいに描かれてきましたが、そこは丁寧に描かれるでしょう。

・帰蝶

濃姫です。「国盗り物語」では信長と夫婦円満。「徳川家康」では「やや批判的」。「功名が辻」では「はっきりと批判的」でした。いずれも「信長が主で帰蝶は付属物」みたいな感じがありました。
今度は「帰蝶の物語」がちゃんと描かれるはずだったかも知れません。川口さんへの交代でどうなったか分かりませんが。
「光秀と結婚する可能性があった」とされるでしょう。そうなると「準主役」です。おそらく準主役的扱いです。
史実おいては全く資料がない人です。いやな予感がするのは「本能寺は光秀と帰蝶が起こした」とされるのではないかということです。

・足利義輝と義昭

変に立派な人と描かれるはずです。特に義昭は一流の人物として描かれるでしょう。一流というか「一流の策謀家」。

・豊臣秀吉と徳川家康

光秀の「友人」でしょう。つまり「明智光秀の遺志を継いで、天下の平和を創造した」とされると思います。「金ケ崎」あたりで「友情が芽生える」のかも知れません。

・正親町天皇  過剰に美化されるでしょう。信長も光秀も「尊王、尊王」。アホらしいことになりそうです。


☆信長と光秀の関係

「盟友」だそうです。美濃において既に信長と面識がある。乱世をおさめるため盟友となる。道三没落後は「信長と話し合って幕臣となる」、幕臣として朝倉にも出向するが、家臣ではない、「あくまで幕臣」、だから美濃脱出後は「京都にいる」ことなる、と予想します。

☆信長と斎藤道三の対面

光秀が演出したことになるでしょう。信長に対する道三の「価値評価」を変えたのも光秀。「斎藤家は信長と同盟して乱世をおさめる」ことを目指すが、その方針を巡って家臣団と対立。やがて義龍とも対立。それが道三に死をもたらす。と予想します。

☆光秀と帰蝶の関係

帰蝶はこだわっているが、光秀には細君がおり、光秀としては帰蝶への思いは断っていると予想します。理由は単純で「不倫が描けない」からです。

☆誰の前に麒麟が現れるのか。

そりゃ光秀です。でも、天下の平和を実現したのは、徳川家康なわけで、そこをどう「こじつける」かでしょう。

天海あたりを光秀の友人として、光秀の遺志を継がせるやり方もありますが、今もって天海のキャストが発表されていないので、天海はなしかも知れません。

そうなると、架空の人物である、望月東庵、駒、菊丸の役回りが重要となるでしょう。光秀の「遺志」はこの三人によって実現される。どう持っていくのかは分かりませんが。


考えてみると、この十年の大河ドラマ。まともに見た作品が少ないのです。「いだてん」は全く見ていません。「江」「花燃ゆ」はほとんど見てません。「おんな城主」「平清盛」「西郷どん」もちゃんとは見ていません。実は八重の桜もまともに見てません。きちんと見たのは「真田丸」ぐらいでしょうか。「軍師官兵衛」は見ましたが、さほど面白くなかった。

「麒麟がくる」は見ますが、「文句ばかりを書く」ことは予想できます。「アホらしい新解釈」が多いと予想されるからです。それでも見ます。「いだてん」は計30分も見ていない。再来年の「渋沢栄一」も見る気になれない。寂しい限りです。「明治もの」は勘弁してほしいと思います。室町を描いて欲しい。