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磯田道史氏の書評を読んで・長篠の戦い・逆転の逆転

2019年06月25日 | 長篠の戦い
「長篠合戦と武田勝頼」平山優氏の著作に対して磯田道史さんが書評を書いています。以下全文引用

戦国画期の通説をくつがえす歴史家の挑戦
本書は、戦国末期の日本史研究について、重要な問題をいくつも提起する書物である。1575年の長篠合戦は、織田信長・徳川家康連合軍三万人が、武田勝頼軍一万五千人を破った戦いだ。織田軍は鉄砲三千挺(ちょう)を交代々々「三段撃ち」し、圧倒的火力で武田軍の騎馬隊を破った、というのが「通説」だった。

ところが、近年、在野の研究者もまじえて、これに疑義を唱える研究が多数出て、大方、支持を得ていた。(1)織田軍の鉄砲は三千挺でなく千挺である。(2)鉄砲「三段撃ち」は、信ぴょう性が低い小瀬甫庵(おぜぼあん)(1564~1640年)の『甫庵信長記(しんちょうき)』等の記述を、明治に参謀本部編『日本戦史・長篠役』がひろめたもの。(3)武田軍に騎馬だけで編成された騎馬隊などなかった。(4)日本の在来馬は馬体が小さく騎馬突撃は無理、下馬して戦闘した――という説も出た。

評者も数年前だったか、とある中世史の大学教授が学生に「鉄砲の三段撃ちなんて、ないんだからな」と、さも常識のように、叱り口調でいったのを目撃した。そのとき、少し悲しい気持ちになった。長篠合戦関係の史料記述からして、まだ、そんな断定的なことは言えないのではないかと思ったのだ。

本書は、この通説否定を、さらに否定する書物である。(1)織田信長研究の基本文献・太田牛一『信長記』の近年の写本調査から織田軍の鉄砲は三千挺あった可能性が高いとし、(2)の「三段撃ち」についても長篠合戦図屏風(びょうぶ)をみても二列射撃(斉射)はあると指摘。「鉄砲三段」は鉄砲隊三列の交代斉射でなく、単に三か所に配置したことを意味するが、「三段撃ち」は完全に虚構ではない。久芳崇『東アジアの兵器革命』(2010年)など、最近の研究によれば、秀吉の朝鮮出兵の日本軍が輪番射撃をし、明(みん)軍がその技術を習得したことが明らかにされてきている。三列射撃の図は、明の『軍器図説』(1638年)にもあるという。

さらに(3)武田に騎馬隊はなかったとするのも早計だという本書の論説は、戦国大名の軍隊編成についての最新研究をふまえたもので傾聴に値する。近年、戦国大名が領内の豪族からかき集めた兵を、武器ごとに兵種別編成した史料が注目されている。「馬之衆」などとして武田・北条の史料には騎馬隊編成がみられる。上層武士だけが騎馬武者になるのは固定観念であって、史料を精査すると、武田の騎馬武者は「馬足軽・馬上足軽」を含んだ貴賤(きせん)混合であったことがわかるという。

(4)の問題にしても、たしかに、武田軍の騎馬突撃が脅威でないならば、織田軍は「馬防」の柵など用意する必要はない。馬防柵があることが、武田軍の騎馬の威力を逆に証明している、という本書の論法には、一理あるように思われる。

本書の著者である平山優氏は、勇敢である。これからこの平山説が精査をうけていくことになろう。現在、東京大学史料編纂(へんさん)所でも「関連史料の収集による長篠合戦の立体的復元」という共同研究がなされ、これからその成果もさらに出てくるだろう。あとがきによれば、著者は長篠合戦についてもう一冊『検証・長篠合戦』を用意しているという。

長篠合戦による論争は、第二幕がはじまろうとしている。歴史ファンのみならず、読書人はこれに注目せねばならぬ。

昨今の日本史は既に評価の定まった史料の反復利用に終始する保身の安全運転が多い。固定観念を疑い、史料を博(ひろ)くみて自身で評価を下すこの著者の如(ごと)き誠実な勇敢さに拍手したい。


引用終わり。

平山優氏は「西国では馬を降りて戦ったが、東国では乗って戦うこともあった」とTVで発言していて、へえと思った経験があります。
わたしはブログで藤本氏はあまりに三千挺三段撃ちの否定にこだわり過ぎだと書きましたが、これは一読者としての感想です。
学者さんの中にも同じ思いを持つ人はいるようです。

ただ気になるのは「誰かが言い出してある説が通説化すると」、必ずそれを否定する見解が出るということです。むろんそれは学問の発展とも言えます。

「逆転の日本史」的なものが流行し、本が売れます。しかし逆転も限度があるので、ネタに困ります。すると「逆転の逆転」が出てくる。

むろん平山氏が「ネタに困って書いた」なんて言ってるわけではありません。逆転に惹きつけられる読者がいて、でも飽きっぽい。すると今度は逆転の逆転をしてひきつけようとする。平山氏のことではなく、そういう歴史本の法則が気になるのです。藤本正行氏は平山優氏に対して研究倫理まで踏み込んだ反論をしているようです。帯に第二幕は始まったのかとありますが、第二幕は始まっているようです。一応。