このところトランプ政権は北極海の戦略的重要性を強調し始めましたが、最大の皮肉はトランプが地球温暖化を否定して「パリ協定」を離脱したにも拘らず、北極海の氷が解けて船舶の航行の自由度が増していることです。
北極点にも南極点にも氷の上を歩いて到達出来ますが、北極は世界地図には載っていません。北極は数1,000mの深さの海の上に浮いている平均2mの厚さの平らな氷の塊でしかないため、地図には表示されないのです。
南極はオーストラリア大陸の2倍の面積を持つ世界で5番目に大きな大陸で、平均2,500mの厚さの氷で覆われ、平均気温が最も低く、平均海抜が最も高い大陸です。
北極の冬の平均気温は-25℃、南極は-50~60℃ですが、北極は氷の下が-1.9℃(塩分35‰)と温度の変わらない海なので寒くなりにくく、南極は平均海抜2,500mの高さがあり、最高峰は4,892m のヴィンソン・マシフでその分寒冷になります。南極大陸で観測された最低気温は2018年7月に記録された-97.8℃、最高気温は2015年3月に南極半島北端で観測された17.5℃です。
2億年前南極大陸は超大陸ゴンドワナの一部でした。現在の南極の西南極は北半球に位置し東南極は赤道上で、熱帯または温帯の気候であった時期が長く、森林で覆われて多様な生物が生きていました。
1億8,000万年前からゴンドワナは徐々に分裂し、1億6,000万年前にアフリカ大陸が南極大陸と分離し、1億2,500万年前にインド亜大陸も離れました。4,000万年前オーストラリアとニューギニアが分離し南極大陸が独立しました。南極大陸の現在の形は2,500万年前に形成されましたが、この頃から最初の氷が形成され始めます。
2,300万年前には南アメリカ大陸との間にドレーク海峡が開き、その結果南極環流が生じて南極大陸は完全に独立します。二酸化炭素の減少は環境変化に大きく影響し、森林に替わって1,500万年前以降大陸は氷で閉ざされました。現在の南極大陸は地表の98%が氷床で覆われていて、地球上の淡水の70%、氷の90%が南極大陸にあります。
南極大陸には70を超える湖が大陸氷床の下に存在します。ボストーク湖は1996年にロシアのボストーク基地直下に発見された最大の氷底湖で、50~100万年前に氷によって封鎖されたものと考えられていましたが、最近の調査では他の湖と大きな水の流れのあることが判明しました。
南極大陸や周辺諸島には2つの火山帯があります。ロス島のエレバス山は世界で最も南にある活火山です。南極にあるもう一つの活火山はサウスシェトランド諸島のデセプション島で、1970年に噴火しその後も温泉や小規模な噴火が確認され、今後も噴火の可能性があります。
南極圏に初めて半恒常的に居住した人々は、1786年から1年以上の期間をサウスジョージア島で過ごしたアザラシ猟師のイギリス人やアメリカ人でした。1966年までは捕鯨が行われていて、夏は1,000人以上、最盛期には2,000人以上が住み、冬にも200人程度が残っていました。この頃の住人はノルウェー人でしたが、イギリス人の比率も増えつつありました。
南極大陸に生きる陸生脊椎動物は非常に少なく、無脊椎動物では南極ササラダニなど5種類のダニ、ハジラミ、線形動物、緩歩動物、輪形動物、オキアミ、トビムシ目などがいます。体長6mmにもならない飛べない小虫のナンキョクユスリカは南極大陸に広く分布する固有種です。ユキドリは南極大陸でもっぱら繁殖活動を行う3種の鳥のひとつです。
植物プランクトンを餌とする海洋生物は多様で、ナンキョクオキアミはその代表です。南極にはペンギン、シロナガスクジラ、シャチ、ダイオウホウズキイカ、オットセイ、アザラシなどが棲息しています。亜南極域を含めるとペンギンはコウテイペンギン・アデリーペンギン・キングペンギン・アゴヒゲペンギンなど8種類がいます。
エビにそっくりなナンキョクオキアミは体長6㎝で大規模な群れをつくり、アザラシ、イカ、マジェランアイナメ、ペンギン、アホウドリなどの重要な餌です。年間でアザラシ類が6,300万~1億3,000万t、鯨類は3,400万~4,300万t、鳥類は1,500万~2,000万t、イカ類は3000万~1億t、魚類は1,000万~2,000万tのナンキョクオキアミを消費していると見積もられています。
クジラや鳥など大型の生物が周遊し、蠕虫やナマコや遊泳するカタツムリなどが北極・南極の両海洋部で発見されるのは、両極と赤道域を繋いで流れる海洋深層水の温度変化が5℃を上回らないためと考えられています。
南極海の水は冷たい表層水、暖かい深層水、冷たい底層水の3つに大きく分かれますが、表層の水は海氷や空気によって冷やされマイナスの温度である一方、深層の水はプラスの温度です。
地表に生える藻類や地衣類を含む菌類以外に、約100種の蘚類や25種の苔類などコケ植物が大陸に広く分布しますが、顕花植物は南極半島のナンキョクコメススキとナンキョクミドリナデシコの2種類しか存在しません。成長する季節は夏のみで長くとも2~3週間に限られます。
菌類は1,150種が確認され、藻類も数百種存在し、夏の間さまざまな氷雪藻や珪藻が沿岸水域で豊富に繁殖します。近年、氷河の下になる深いところから古代生態系に属する複数のバクテリアが生きた状態で発見されました。
1980年に発効された南極の海洋生物資源の保存に関する条約は、南氷洋で操業するすべての漁業活動を制御するよう定めていますが、密漁は止みません。マジェランアイナメはチリ沿岸産と偽ってアメリカ市場で売られ、2000年の密漁は32,000tでした。
1998年に南極条約議定書が発効され、南極の生物多様性の保護と管理に関する主要な手段となりました。域外から意図せざる外来生物が南極大陸に持ち込まれるリスクに注意を払っています。
南極大陸では石炭・石油・天然ガスが発見され、大陸棚を含めるとコバルト・鉛・マンガン・ニッケル・銀・チタン・ウラン・プラチナ・クロムの存在も推定されています。宝石類では昭和基地近郊だけでもルビー・サファイア・ベリル・ガーネットが発見されています。1998年の議定書で経済的な発掘や採掘は2048年まで一切禁止されました。
観光は1957年から行われており、クルーズ船のほとんどは南極半島付近に立ち寄り、象徴的な野生生物を観察しやすい場所を訪れます。遊覧飛行では1979年にニュージーランド航空のエレバス山墜落事故で257名が死亡しましたが、カンタス航空は1990年代半ばにオーストラリア発の南極上空飛行を再開しています。
南極大陸の地域に領有権を主張する国は複数ありますが、領有権の主張は正当性を持たず、新たな領有権主張は1959年以降中断しています。毎年28の国々の研究者が、地球上の他の地域では出来ない生物学、地質学、海洋学、物理学、天文学、雪氷学、気象学などの研究を行っています。
地質学ではプレートテクトニクス、宇宙空間からの隕石、ゴンドワナ大陸分裂の証拠探査が主に行われます。南極大陸の地質調査は厚い氷の層に阻まれてきましたが、リモートセンシングや地中レーダー探査、衛星画像の使用など新たな技術が導入されて、氷の下に眠る構造が明らかになり始めました。
西南極の地質はアンデス山脈と似ていて、南極半島は古生代終盤から中生代初頭に海底沈殿物が隆起と変成作用を起こして形づくられました。西南極で一般的な岩石はジュラ紀に形成された火山岩の安山岩と流紋岩です。
東南極は30億年以上前に形成された変成岩や火成岩の台地で構成され、この上に比較的近年デボン紀やジュラ紀に積み上がった砂岩や石灰岩・頁岩などが載り、南極横断山脈が形成されました。
南極点まで100m以内の距離にあるアムンセン・スコット基地は厚さ2,800mの氷の上にありますが、宇宙マイクロ波背景放射の調査をドームで行っています。高地であるため大気が薄く、気温や湿度が低く、光害の影響も少ない南極大陸内陸部は、鮮明な宇宙の画像を得られる地球上では稀な場所です。
この基地の下1.5kmの氷の中にはアイスキューブ・ニュートリノ観測所があり、世界最大の遮蔽性と検出媒体の性質の両方を持つ南極大陸の氷を利用して観測が行われています。
1970年代から南極大陸上空の大気圏にあるオゾン層の観測が行われ、最初にオゾンホールを発見したのは南極観測隊の忠鉢繁です。観測したオゾン全量があまりに小さく忠鉢は計器の故障を疑ったほどでしたが、1984年の国際オゾンシンポジウムで発表しました。イギリスも観測結果から1985年にオゾンホールを発見し、このホールは人類が使用したフロン類によってオゾンが破壊されて生じたものと判明しました。大気層に見られる巨大なオゾンホールは年々南極上空で成長しています。
成層圏でのオゾン層はほとんどの紫外線を吸収しますが、南極上空で欠乏するとそこの成層圏の温度が6℃程下がります。そうなると南極大陸を取り囲むように吹く西風(極渦)が強まり、大陸の冷気を封じ込めて東南極の氷床の温度が下がります。
対照的に南極半島周辺の温度は上昇して氷の溶解を促進しますが、オゾン層破壊による南極圏への極渦効果の高まりによって、大陸沿岸の海氷はむしろ増えることが見込まれています。
南極大陸は日照が少なく、気温が非常に低く、水はほとんど氷の状態で存在し、少ない降水は雪として降り注ぎ、夏に溶けない分が蓄積されて巨大な氷床を形成して陸を覆います。その一部は大陸沿岸へ向かう年間数m の氷河流になり、沿岸部では数百mの動きを持ち、大陸上の氷の塊が押し出されて棚氷(氷河が海に張り出して浮いている部分、厚さ100~300m)を形成します。
東南極は大陸の大部分を占める広大で標高が高く寒冷な領域です。氷床を沿岸へ押し出す役目をする降雪が少なく、東南極氷床全体の質量収支はほぼ均衡または僅かに増加していると考えられています。
氷の融解と海面上昇の相関については、北極海は海水が凍って比重の軽くなった氷が海面に浮いているだけで、溶ければ元の海水になるため海面上昇は起こりません。南極大陸の周辺の浮氷も凍ったり溶けたりしますが、元は海水なので海面上昇とは無関係です。
グリーンランドは北極海と北大西洋の間にある日本の面積の6倍近い世界最大の島ですが、大部分が北極圏に属して全島の80%以上は氷床と万年雪に覆われ、氷の厚さは3,000m以上に達します。
1972年以降にグリーンランドの氷の融解がもたらした海面上昇は1.37㎝になりますが、上昇の半分は過去8年間に急速に起きていて、現在は1980年代の6倍の速さで海面上昇が進行しています。
南極大陸の氷がすべて溶けると海面が60m上昇し、グリーンランドの氷が全部溶けると7mの海面上昇をもたらす計算になりますが、南極大陸では氷が解けると氷の重さで沈んでいた土地が隆起するので、その差し引きで海面上昇は40〜70mと考えられています。
しかし現在の南極の氷の収支からは、南極のすべての氷が溶けてしまう心配はしなくてもよさそうなのが救いです。