「ワークシェアリング」は労働者一人当たりの労働時間を短縮して雇用者数を増やす仕組みです。ワークシェアリングの類型には雇用維持型、雇用創出型、多様就業対応型があります。オランダ・ドイツ・フランスなどで導入され、オランダでは失業率を大幅に低下させた実績があります。
雇用維持型ワークシェアリングは、景気の変動や産業構造の変化によって企業がそれまでの雇用者数を必要としなくなった場合、一人当たりの労働時間を短縮して仕事を分け合い、雇用を維持して解雇者を出さなくするものです。
雇用創出型は過剰な超過勤務による過労死がある一方で失業による自殺者も出る矛盾に対して、超過勤務を減らして労働時間を適正なレベルに抑え、超過勤務分の労働を補う新たな雇用を創出します。
多様就業対応型は働き方の自由度を高めるために正規の労働時間の他に短時間労働の選択肢を設け、高齢者や子育て中の女性が仕事を継続しやすくするものです。
オランダは天然ガスの大産出国で1970年代の石油ショックの際、エネルギー価格の高騰で大きな収益を上げました。国家財政が潤って高レベルの社会福祉制度が構築され労働賃金も上昇しましたが、為替レートの上昇と高賃金による生産コストの上昇で輸出競争力が急速に低下しました。
資源エネルギーブームが去ると高レベルの社会福祉制度は国家財政を圧迫し、雇用者数が減って失業率が14%に達し、経済成長率がマイナスに転じる大不況となります。
1982年政府は雇用確保を目指して、政府の負担で労働者の収入減を補う減税を行い、企業の社会保障負担を低減して、雇用者団体と労働者団体との間で賃金削減・労働時間短縮・雇用者数増加を合意させました。
1996年の「労働法」改正で、フルタイム労働者とパートタイム労働者の間の時給・社会保険制度・雇用期間・昇進などの労働条件の格差を禁じ、2000年の「労働時間調整法」では、労働者が週35時間以上のフルタイムと35時間未満のパートタイムを自由に選択できるようにしたのです。
年間労働時間は1979年の約1,600時間から2005年には1,345時間に減り、パートタイム労働者の比率は1983年の18.5%から2001年には33.0%に上昇し、失業率は1983年の14%から2001年の2.4%にまで低下しました。
オランダは週38時間労働で残業は法律で禁止です。フルタイムもパートタイムも年齢・性別を問わず「同一労働同一賃金」で時給は約2,000円と高く、子育て中の女性にもパートタイムで働きやすい労働環境を達成しました。
フランスは1982年に労働時間を週40時間制から39時間制に改め、2000年からはさらに35時間制に短縮して、雇用の維持・拡大のためのワークシェアリングを実施しました。
フランスでも給与の減額が問題になり、39時間制に移行する時点では給与がカットされなかったため企業が新たな雇用拡大には応じず、35時間制への移行の際にも労働組合が給与カットに抵抗しました。政府はワークシェアリング実施企業に助成金を出すことで解決しました。
北欧諸国ではいずれも厳密な意味でのワークシェアリングではありませんが、同一労働同一賃金を基本とした強い労働規制が行われていて、オランダと似た労働環境を構築しています。
日本企業は1998年頃から正規雇用者の解雇を進めて総賃金を抑制してきましたが、2001年からはより厳しいリストラが進み雇用収縮が歴然としました。2001年8月に失業率が5.0%となって世間を驚かせその年5%台が定着しました。
平成不況では解雇を避ける目的で政府がワークシェアリングを推奨しましたが、ワークシェアリングに成功した国々のように政府主導で残業が禁止されることはなく、フルタイムとパートタイムの給与格差も禁じられず、雇用保険・労災保険などの雇用者側の経費増にも配慮しなかったため、我が国でワークシェアリングは根付きませんでした。
我が国の労働組合は正社員が中心で、正社員と非正社員との格差をなくす政策には労働組合の反発が強く、政治的に格差をなくすのは困難と見られています。企業が過去の景気後退期に削ったのはパート労働者でしたが、現在では賃金格差を狙って正社員をリストラし非正規労働者を増やしています。
女性の社会進出は増えましたが家計の不足を補うための就労で、企業が社会保障費の負担増を避けられるパートタイマーの多いのが実情です。我が国では賞与を合わせた正社員の給与とパートタイマーの給与との格差は大きく、男性10対女性6と云う男女賃金格差も合わせると、女性パートタイマーには男性正社員の3分の1程度しか支払われていません。
政府・経営者側は現下の厳しい雇用情勢を逆手にとって、雇用確保を建前にワークシェアリングの導入を進めようとしていますが、その狙いは正規雇用者のリストラと非正規雇用者の採用による人件費総額抑制の正当化です。このことは日経連の労働問題研究委員会の報告で、雇用の維持・確保と総額人件費の抑制を両立させるためには緊急避難的なワークシェアリングが必要とされていることからも明らかです。
我が国の雇用形態では残業を前提として業務量が設定されていて、表に出ない長時間のサービス残業がまかり通っています。「霞が関国家公務員労働組合共闘会議」では霞が関の中央省庁に勤める4万5千人の国家公務員が、年間に総額132億円のサービス残業をしていると試算しています。一般企業でも解雇されることを不安視する労働者がサービス残業に追い込まれている実情があります。
我が国では国家公務員は労働争議が禁止され、一般企業の労働者は組合参加が少数で、組合は企業の御用組合と化しています。政府が形の上でワークシェアリングを唱えてみたところで、狙いが企業寄りであるのは明白です。
そんな中で昨年、女性医師だけが勤務する産院でワークシェアリングが実施されているのがテレビで紹介されました。通常病院医師の勤務体制は日勤に続いて当直に入り翌日の日勤も免除されません。女性医師も男性医師と同様の勤務を求められるので、この勤務体制下では女性医師の子育ては困難です。
産院は24時間、365日、いつでも出産には対応しなければなりませんが、産科医の過労のため産院が次々に廃業しているのが現状です。通常の勤務体制ではとても産院の勤務が務まらないとして、女性産科医が集まってワークシェアリングの産院を開設したのです。
産科医は常に的確な判断と処置を瞬時に要求される高度の専門職ですが、ワークシェアリングによってそれぞれの勤務時間を厳守しても、産院の業務が適正に遂行できています。
この場合は雇用者と非雇用者の縦の関係は存在せず、C2Cのシェアリングエコノミーのような横の関係しかないためかも知れません。いずれにしても我が国で理想的なワークシェアリングが行われている、数少ないケ-スであると思われます。
我が国にワークシェアリングは根付きませんでしたが、シェアリングエコノミーは定着しました。最近は欧米でUberなどのライドシェアリングサービスがタクシー業界を超える巨大産業になりましたが、我が国でもAirbnb(エアビーアンドビー)を利用して日本を訪れたゲストは2010年以来50万人を超えています。
我が国ではシェアリングエコノミーの将来像がまだ充分把握されていないようですが、B2Cの普及で消費者の物品購入の主流がネットショッピングに移り、デパートを始め既設の店舗群の廃業が顕在化しています。
昨年AIの採用で三大銀行の3万人以上の人員削減が行われるニュースが流れ、AI失業が身近な問題として社会にショックを与えましたが、銀行自体もネット決済やクラウドファンディングの普及で、金融機関としての存在意義を失いつつあります。
自動車の駈動が精密機器のエンジンから単純なモーターに替わり、自動運転車のカーシェアリングが普及すれば、世界のトヨタもこれまでの生産台数の維持が不可能なのは目に見えているでしょう。
政府は2018年4月6日最重要法案と位置付ける「働き方改革」関連法案を閣議決定しました。与党内に長時間労働の規制そのものに反対する企業寄りの声が根強くあるなかで、政府は長時間労働の規制を柱とする法案の成立を目指していますが、野党側は月100時間の残業上限設定がすでに過労死ラインだと批判しています。
年間の残業時間の上限を720時間とし違反には罰則を適用しますが、法曹関係者からは残業時間の上限設定が、長時間残業の合法化に繋がると危惧する声も聞かれます。
高収入の一部専門職を労働時間規制の対象から外す「高度プロフェッショナル制度」についても、野党は長時間労働を助長するものと指摘しています。裁量労働制の拡大を巡って2018年2月14日安倍首相は、「裁量労働制の方が労働時間が短くなる」とした厚労省の偽りのデータに基く過去の答弁の撤回に追い込まれました。
我が国の法人税は平成30年度に23.2%に引き下げられますが、38.01%だった2013年3月期に大手各社の実際に払った税金は国民の想像を絶する少額です。租税特別措置による優遇税制や国際的な節税スキームを駆使し、法定実効税率の何分の一、何十分の一と云う企業が多いのです。
法定実効税率の最も低かった三井住友フィナンシャルグループは税引き前純利益1,479億8,500万円、法人税等支払額は300万円、実効税負担率は0.002%でした。2位のソフトバンクは税引き前純利益788億8,500万円、法人税等支払額は500万円、実効税負担率は0.006%です。これだけ企業寄りの政策を取る政府の提唱する「働き方改革」が、労働者のための「働き方改善」に繋がると素直に受け取れないのは当然でしょう。
オランダでワークシェアリングが成功したのは、シェアする職業がヒトにまだ充分に残されていた時代でした。我が国でもその時代に実施されていれば現在でも大きな意義があったと思われますが、我が国にとってのワークシェアリングは正規雇用者と非正規雇用者の賃金格差を狙った、目くらましに終わったと云って間違いなさそうです。
現在若い人たちを結婚もできない経済状態に追い込みながら少子化で労働力が失われると騒いでいる人たちは、生産人口はあっても働き口がなくなる将来の見通しにどう答えるのでしょう。ヒトの多くの仕事が消えてしまう時代を迎えては「働かざるものは食うべからず」の社会のしきたりを変える手段を取り、みんなが同等に食べることを保証された上で自由に自分の仕事が出来るベーシックインカムに移行することが有力な手段でしょう。