ぶらっと 水戸

水戸の見て歩き

水戸の不動(9)

2023-06-30 20:13:12 | 水戸

 大言海には、「一切ノ鬼魅(きみ)、諸障悩ヲ降伏スト云フ。五大明王ノ主尊トシテ、其(その)中央ヲ守護ス。脇侍(わきじ)ノ二童子ヲ、制「ロ乇」迦(セイタカ)、矜羯蘿(コンガラ)ト云うフ」とあります。

 

不動尊(石川36°23'13.6"N 140°25'58.6"Eあたり)
 石川弁財天のすぐ近くに祀られています。神道では、荒魂(あらみたま)、和魂(にぎみたま)という、二つの神の姿があるようようですが、この地のように、仏教でも、憤怒の不動尊と、慈愛、柔和の弁財天という考え方があって、近くに作られたのでしょうか。(和荒の考え方は、仏教の方が先なのかもしれませんが。) お堂の脇には、石造不動像が建てられています。

 

不動堂(勝幢寺 渡里町2800-1)
 地震で被災したのでしょうか、建物がそうとう傷んできているようです。堂内には不動尊と書かれた額や、たくさんの仏像が見られました。お堂の前には、保存樹のケヤキがあります。

 

十二支の守り本尊(仏性寺 栗崎町1984)
 十二支の守り本尊は、順に、子(ね 千手観音)、丑寅(うし、とら 虚空蔵菩薩)、卯(う 文殊菩薩)、辰巳(たつ、み 普賢菩薩)、午(うま 勢至菩薩)、未申(ひつじ、さる 大日如来)、酉(とり 不動明王)、戌亥(いぬ、い 阿弥陀如来)だそうです。酉年の不動明王が唯一、憤怒像のようです。

 

浄心不動明王(安国寺 大足町 1184-1)
 福縁堂という観音堂の中にある浄心不動明王です。光背の焔にあるカルラという鳥、右手に持つ利剣、左手に持つ羂索(けんじゃく)、天地眼(てんちげん)という、右を天に向け、左を地に向けた眼、牙上下出(がじょうげしゅつ)という、右犬歯が上向き、左犬歯が下向きという歯といったように、様式にのっとった作り方がされているようです。

 

不動尊(鹿島神社 河和田1)
 鹿島神社にある境内社の中にありました。不動尊のお札が半分出ていました。茨城県神社誌にある鹿島神社の境内社には記載がありません。

水戸の不動(8)

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水戸の不動(8)

2022-07-26 20:41:45 | 水戸

上国井町
 左隣に湧水があって、崖から流れ出ていました。たぶん滝不動なのでしょう。近隣の4軒で、隣にある稲荷と一緒に祀っていて、6月にはお田植え祭を行っているそうです。

 

愛宕神社参道(成沢町 36°25'36.7"N 140°23'26.4"Eあたり)
 たいへん分かりにくい場所にある、愛宕神社へ向かう参道脇にありました。石碑には、カーンという不動をあらわす梵字が上部に、左に「享和元辛酉歳」(1801年)、左に建立者名があるようでした。

 

慈眼寺(有賀町1071)
 本堂右脇にある、十二支の年に対応する8体の守護仏の中にありました。不動は、酉(とり)年の守護仏だそうです。背後の炎は、迦楼羅(かるら)炎というそうで、仏教の守護神・迦楼羅天が吐く炎だそうです。迦楼羅天は、ガルダ(ガルーダ)というインド神話の神鳥が前身だそうで、酉年を守護するというのは、これからきたという説もあるそうです。

 

能面展(偕楽園公園センター 見川1-1251)
 不動が登場する、是界(ぜかい)とか調伏曽我(ちょうぶくそが)などの能があるそうです。能面展には、不動の他にも、釈迦、鬼、雷、狐なども展示されていました。

 

浴徳泉碑前(36°21'14.4"N 140°27'42.2"Eあたり)
 すぐになくなってしまいましたが、浴徳泉碑の前に、笠原山不動尊と版木で印刷されたらしいお札が置かれていました。笠原不動に立てられていた、「取壊通知」と何か関係があったのでしょうか。対岸にある不動院墓地では、それぞれが別々に天台宗の坊さんに法事は頼んでいて、笠原不動と関係はないと墓石所有者が言っていました。それぞれの関係は複雑なようです。

水戸の不動(7)

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水戸の不動(7)

2021-06-21 20:44:10 | 水戸

 不動尊をサンスクリット語では、アチャラ・ナータというそうで、アチャラは山のことも意味し、ナータは守護者を意味するそうです。そうすると、風林火山の「動かざること山の如し」という句は、それを踏まえているのでしょうか。

 

正覚院不動堂(開江町393)
 中には中央に不動尊がいて、その両側に、脇侍の矜羯羅童子(こんがらどうじ)と勢多迦童子(せいたかどうじ)がひかえていました。正覚院は、本堂が復興工事中です。

 

地福院不動堂(萱場町36°20'45.7"N 140°24'06.2"Eあたり)
 建物は荒廃に向かっているようでした。「奉納不動明王」という神額が拝殿内にかけられていました。

 

不動尊(元台町)
 それほど古い石仏ではなさそうですが、道路際にいい雰囲気で鎮座していました。

 

不動尊(酒門町 36°20'52.1"N 140°29'15.3"Eあたり)
 文字の石碑が建っていました。以前来たときは倒れていましたが、修復されたようです。ここには不動堂があったのではないかという気がします。

 

定善寺不動尊(酒門町363)
 令和2年に個人が奉納したようです。髪の毛が弁髪になってたれていますが、これは、衆生を救うにときに、髪が邪魔にならないように、という意味があるようです。

水戸の不動(6)

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水戸の不動(6)

2020-05-11 20:21:11 | 水戸

 サンスクリット語には、不動尊と訳す言葉はあるようですが、不動明王に対応する言葉はないそうです。空海も、不動明王という言葉を使っていないそうです。仏教が伝播、伝承される過程で起こった変化の一つなのでしょう。今回は、不動像を選んでみました。

 

護国寺(見川1-1190) 
 境内に不動堂がありますが、別に石像の不動が道路側に立っていました。

 

薬王院(元吉田町682)
 本堂にある不動像です。優品です。

 

小山霊園(小山公民館(河和田2-1726)向かい)
 「無縁諸精霊供養塔」のある、石造物群の中にありました。上半身だけですが、形から不動のように見えました。

 


楊林寺(三湯町45)
 なくなってしまったお寺の不動だそうで、境内の大聖法堂という建物の中にありました。楊林寺本堂新築の際、一緒に修復したそうです。

 

㈲オケキ(大工町2-1-28)
 店頭に不動が鎮座していました。オケキは江戸時代創業で、現在20代目だそうです。

水戸の不動(5)

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水戸の不動(5)

2019-07-10 20:26:07 | 水戸

下入野町(下入野コミュニティセンター(下入野町1710)南約150m))
 向背の炎は、カルラという鳥が吐いた火だそうです。これは迷いを焼き尽くす火でもあり、知恵の火でもあるそうです。小さな神社の隣にあります。

 

滝不動尊(田野不動院会館(田野町660)脇を降りた崖下)
 今、わき水はありますが、かつては滝があったのでしょう。眼病などに霊験があるとして信仰されてきたようです。

 

小山霊園(小山公民館(河和田2-1725)道向かい)
 共同墓地内にある無縁諸精霊供養塔の石造物群の中にありました。下半分はなくなっているようでした。

 

無縁供養塔(吉沼観音堂 吉沼町686-3)
 吉沼観音堂は、かつてあった観音寺跡にあります。背後に無縁供養塔の石造物群があり、その中にありました。これは頭より上が欠けてなくなっています。

 

清巌寺(元吉田町3240)
 観音・呑竜堂内部にありました。不動の目は、片方は見ひらき、もう片方は半眼になり、歯(きば)は左右上下別々に出るそうですが、この木像はそうなっています。

水戸の不動(4)

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