唐津からフェリーで印通寺港について、バスで15分ぐらいで原の辻一支国王都復元公園に到着。
想像以上に平たな地が広がっていました。
現在は農漁業で100%自給自足できてるそうです。
バスガイドさんの説明を受けてから自由見学。
ツアー41名のうちほとんど女性しか写っていませんが、今回は男性客多いなという印象でした。
60代のご夫婦に混じって男性だけのグループも見かけました。
唐津のホテルでは千葉からのお客さんと一緒で、なんとバス2台の人気ツアーのようです。
今、壱岐は人気観光地なんですね。
ここから宗教的ゾーンの区切りに木が二本立てられ、上に鳥が居ます。
まさに鳥居ですね。
黄色い花が咲き乱れ、オオキンケイギクと聞きました。
これって外来種であちこちに広がって在来種を全滅させるのですよね?
ガイドさんの左横遠景に、山の上に白い建物が見えます。
一支国博物館です。
入場料わずか400円、団体なら320円。
限られた滞在時間ゆえ、他の見学削ってでも個人で来てたら絶対行くのにね。
原の辻遺跡は、今から約2000年前の弥生時代に栄えた多重の環濠を持つ集落です。
魏志倭人伝に記された国の中で、唯一、国の場所と王都の位置の両方が特定されているのがココ、原の辻遺跡です。
公園の散策見学終えてバスの乗る前に見たのは
最初に気付いてたら、もっと慎重に歩いたと思う。
想像以上に平たな地が広がっていました。
現在は農漁業で100%自給自足できてるそうです。
バスガイドさんの説明を受けてから自由見学。
ツアー41名のうちほとんど女性しか写っていませんが、今回は男性客多いなという印象でした。
60代のご夫婦に混じって男性だけのグループも見かけました。
唐津のホテルでは千葉からのお客さんと一緒で、なんとバス2台の人気ツアーのようです。
今、壱岐は人気観光地なんですね。
ここから宗教的ゾーンの区切りに木が二本立てられ、上に鳥が居ます。
まさに鳥居ですね。
黄色い花が咲き乱れ、オオキンケイギクと聞きました。
これって外来種であちこちに広がって在来種を全滅させるのですよね?
ガイドさんの左横遠景に、山の上に白い建物が見えます。
一支国博物館です。
入場料わずか400円、団体なら320円。
限られた滞在時間ゆえ、他の見学削ってでも個人で来てたら絶対行くのにね。
原の辻遺跡は、今から約2000年前の弥生時代に栄えた多重の環濠を持つ集落です。
魏志倭人伝に記された国の中で、唯一、国の場所と王都の位置の両方が特定されているのがココ、原の辻遺跡です。
公園の散策見学終えてバスの乗る前に見たのは
最初に気付いてたら、もっと慎重に歩いたと思う。
オオキンケイギクは特定外来生物ですが、ブタナはワンランク下の要注意外来生物です。
どちらにせよ遺跡にふさわしい花でないことは確かです。
鳥居は面白い。
蛇マークにはびっくりです。
へび、青大将?…怖いですね。
植物動物あまりに知らなさすぎてお恥ずかしい限りです。
このブログでは植物名とかちょくちょくお尋ねしてますので、また機会ありましたら教えてください。
これはブタナでしたか。
あの遺跡公園で群生していたので、バスガイドさんにお尋ねしたのでした。
日本各地でこうした要注意外来生物に席捲されていますね。
穀物とかの保管庫も高床になってました。
住まいは王のものであっても竪穴式でした。
といってもこれは復元公園ですから、実際はどうなんでしょう。
蛇はやっぱり苦手です。
草むらで出会ってたらと思うと ┐(-。ー;)┌
古代の占いのメッカは対馬と壱岐と伊豆。
神功皇后もよく占いやってますが、神道と占いは切っても切れない。その一例が壱岐ですよね。
原の辻から卜骨も出てます。
神功皇后の部下に武内宿禰と烏賊津使主(雷大臣)がいますね。琴弾神事では武内が琴を弾いて神功皇后をトランス状態に導き、烏賊津使主が審神者をつとめます。
この烏賊津使主の子が、壱岐氏の祖の壱岐真根子。とうぜん原の辻遺跡を治めていたはずです。
武内宿禰も一時期いたと思いますよ。
もしかしたらulalaさんのうしろにこっそり立ってたかも(笑)。
武内は筑紫で反乱を起こそうとしていると疑われ、殺されかけますが、このとき身代わりになったのが真根子です。
原の辻の最盛期は4世紀初頭までなので、もしかしたらこの事件と関係あるかもしれませんね。
壱岐の月読神社から分霊されたのが、いまの松尾大社摂社の月読神社ですよね。
阿閉臣事代の神託によるものです。
阿閉(阿倍)と阿曇のライバル関係は、仲哀紀から読み取れます。
安曇氏が阿倍氏系の高橋氏に敗れて没落したのは792年ですから、400~500年くらいライバル関係にあったのかも。
ひえ~。
見晴らしがよくて爽快な場所で、暮らせるなぁ~なんて思いました。
ここに神功皇后が足跡残してたとは思いもよりませんでしたが。
考えてみれば新羅に渡るのに、一度この地を経由してるの当然ですね。
以前、京都の月夜神社行ったときに、神功皇后の鎮懐石が祀れてました。
なんでここにあるのかなと思ってました。
3個の鎮懐石は、京都の月読神社のほかに、
壱岐の本宮八幡神社、福岡県の鎮懐石八幡宮に奉納されてたのは知りませんでした。
>壱岐の月読神社から分霊されたのが、いまの松尾大社摂社の月読神社
>阿閉臣事代の神託によるもの
烏賊津使主(雷大臣)の子が、壱岐氏の祖の壱岐真根子
なるほどねぇ~
いろいろつながってるのですね。
で私の苦手な宿禰さんが関係あるんですね。
多分私はイカの方に関係ありそうな感じ。雷も結構探ってます。雷避けってのもかなり気になってます。盗難とか災い避けとなってますが、怖い理由は他にもないかなぁ?と。風神も雷神も同等に大事なはずですよね。この前神社の中で松下幸之助さんの寄贈の物見つけちゃいました。松下さんで追うのも面白いですよ。
唐津なのかな?同時代なら面白いですけど比較して調べてみますね。奈良と神奈川が関係あるならもちろん船も関係ある。風も関係しますよね。津は港のはずなので。
で問題は何故環濠を作らないといけなかったか?その理由も含め個性のある民族発掘したいですね。1783