【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「武士の一分」:六本木六丁目バス停付近の会話

2006-12-02 | ★渋88系統(渋谷駅~新橋駅)

六本木ヒルズにもこんな大きな木が生えているのね。
六本木ヒルズの下にある毛利庭園の木だ。
毛利庭園?
江戸時代の大名の庭園。元禄15年、吉良邸に討ち入りした後の赤穂浪士のうち岡島八十右衛門ら10人が預けられたのが毛利家。翌年2月、全員がこの地で武士の本懐を遂げている。
武士の一分を果たしたってこと?
武士の一分・・・なかなか含蓄があって難しい言葉だな。
映画の「武士の一分」は別に難しい話じゃなかったわよ。藩主の毒見役の下級武士が毒にあたって盲目になって、妻とも離縁し、その原因をつくった武士と対決するっていう、いたってシンプルな話だったわ。
そう、最近は複雑な話が多いが、映画っていうのはこれくらいシンプルなストーリーが理想だな。
そう?シンプルな話じゃあまりおもしろくないんじゃないの?
なに言ってるんだ。シンプルな話をいかに魅力的に味付けするかっていうのが、映画が本来持っていた醍醐味じゃないか。
そういうもんなの?
じゃあ、お前は「武士の一分」つまらなかったか?
そんなことないけど。木村拓哉が日ごろ見たことのないすばらしい演技しているし、妻役の壇れいも岡本綾をほうふつとさせる和風美人の美しさで健気な感じをよく出していたし。
演技もそうだけど、やっぱり山田洋次の演出がいつもながら抜きん出ているよ。主人公が盲目って話はよくあって、ついこの前も「暗いところで待ち合わせ」とか見たけど、格が違うよな。
あら、「暗いところで待ち合わせ」って結構評判いいのよ。
だけど、盲目の主人公の描写なんて、雲泥の差だぜ。
どこが?
おいおい、お前の目も盲目なんじゃないのか?木村拓哉の目を見ただろ。目が見えないのに、怒りとか焦りとか冷たさとかを目の表情に感じさせるなんて演出は、そんじょそこらの監督にはできないぜ。それに比べれば「暗いところで待ち合わせ」の目の演出なんてはるかに及ばない。映画に張り詰める緊張感もまるで違うだろ。「武士の一分」には目が見えないことから来る緊張感が画面全体にみなぎっているのに、「暗いところで待ち合わせ」にはなんか弛緩した空気が漂っている。これは明らかに俳優の問題じゃなくて監督の問題だよ。
なんかよくわからないけど、「武士の一分」はそれだけ傑作だってこと?
普通の観客にもよくわかる話でありながら、描写はプロに徹しているって言いたいんだ。主人公が妻に離縁を告げるシーンなんて、男は立って女は座って、その間にふすまをはさんで、その構図が緊張感をはらんで震えるほどすばらしいシーンに仕上がっている。そして、もちろん、果し合いのシーン。
そんなによかった?
あのねえ、時代劇の醍醐味っていうのは、斬り合いのシーンにあるの。「たそがれ清兵衛」だって、下級武士の生活を描いたリアリティが評価されてるみたいだけど、あの映画で本当にすばらしかったのは真田広之と田中泯の対決シーンだったんだから。あの田中泯の死に方のすばらしさ。「武士の一分」だって木村拓哉が武士に成りきってがんばっている。あの腰の落とし方のすばらしさ。斬り合いの基本は腰の落とし方だからな。これぞ時代劇だって、叫びたいくらいだったよ。
あなたって、いつからそんなに時代劇ファンになったの?
いや、時代劇のファンていうより、山田洋次のファンなんだよ。彼のすばらしいところは、観客の感情を決して裏切らないところなんだ。
どういう意味?
観客の感情に逆らって話を進めるとか、観客の感情からいきなり飛躍したシーンになるってことがない。だから安心して観ていられるし、感動も深くなる。
「寅さん」シリーズも?
もちろん。一見なにげない話でもいかに計算してつくられているか、じっくり見直してほしいくらいだ。
で、結局キムタクは武士の一分を果たしたの?
問題は、武士の一分と愛は両立したのかどうか、ってことだろ。単純なストーリーに見えて結構難しい問題をはらんでて、それがまたこの映画を奥深くしている。答えは見た人一人一人が考えてほしいね。
なに、それ、偉そうに。
そんなことはない。俺だって江戸時代に生まれてたらきっと下級武士だ。同じ状況に置かれたら悩んだと思うよ。
私はそれより、江戸時代に生まれなくてよかったって思ったわよ。仕事で毒見して目が見えなくなったのに労災も出ないなんて。
たしかに。そりゃないよな。


ブログランキング参加中。よろしければクリックを。


ふたりが乗ったのは、都バス<渋88系統>
渋谷駅前⇒渋谷二丁目⇒青山学院前⇒南青山五丁目⇒南青山六丁目⇒南青山七丁目⇒西麻布⇒六本木六丁目⇒六本木駅前⇒六本木五丁目⇒麻布台⇒東京タワー入口⇒神谷町駅前⇒虎ノ門三丁目⇒虎ノ門二丁目⇒虎ノ門⇒西新橋一丁目⇒新橋駅北口⇒新橋駅前