元・還暦社労士の「ぼちぼち日記」

還暦をずっと前に迎えた(元)社労士の新たな挑戦!ボチボチとせこせこせず確実に、人生の価値を見出そうとするものです。

労使慣行を就業規則の変更によって変えることは可能か<温泉旅館従業員の時間内の入湯>

2016-09-10 17:21:29 | 社会保険労務士
 不変更の合意がない限り就業規則によって労使慣行を変えることは可能!!

 水町著労働法に非常に面白い事例が載っているので紹介したいが、便宜上、2つに分けて議論する。まずは、労使慣行の話である。

 旅館業を営むホテル笹原では、創業当時から約40年間、従業員に勤務終了後、夜11時ごろから30分程度温泉に入ることを認め、その時間も労働時間として賃金支払いの対象としてきたという。

 これが労使慣行として法的拘束力が認められるかというのである。裁判例は、(1)同種の行為・事実が一定の範囲において長期間にわたって反復継続して行われること。(2)労働双方がこれによることを明示的に排除していないこと。(3)この労働慣行が労使双方の規範意識(特に使用者側は労働条件について決定権又は裁量権を有する者)によって支えられていること。 この(1)(2)(3)のすべての要件を有する場合に、事実たる慣習(民法92条)として法的効力が生じるとしているところである。(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件・最一小判平成7の高裁支持)

 (1)については、長期間にわたって反復継続とありますが、ことがらによっても違い何年続けばいいということはいえませんが、事例では創業当時からずーと40年間ですので、この場合はクリアーはしているでしょう。
 (2)については、例えば、労働協約・就業規則にも規定がないにもかかわらず20年前から全従業員に一定の賞与の支給を行ってきたところ、使用者が、この賞与の将来における継続性について、明確に否定している場合には、事実たる慣習の成立はないことになります。
 (3)については、かっての国鉄では電車の車両検査・修繕業務の従事する労働者の就業時間17時との規定があるにもかかわらず、現場の電車区長は20年前から16時30分から入浴する事を認めていた事案で、これを認めていた電車区長は就業規則の制定改廃する権限は持っていないことから、この慣行的事実は法的拘束力は持たないとされた裁判例があります。(国鉄池袋電車区事件、東京地判昭和63年)

 この他の裁判例でも容易には、この規範意識は認めれられてはいませんが、まったくないことはありません。大学教授の65歳定年の70歳までの延長(日大事件、東京地判平成14年)や一時金について1年で6か月の支給をすること(立命館事件、京都地判平成24年)について、認められています。

 例示の温泉旅館の件は、そこのところがどうであったかを詳細に検討しなければなりませんが、文面からは分からない部分が多いのですが、(1)は創業以来40年間続けられてきたこと、(2)はこの間どちらからも異議はなかったと考えられること (3)についても創業以来続けられたことでその当時の労使双方には、規範意識はあったものと思われますので、(ただし、労働者が証明するとなると、文書に残っていないと思われる労使慣行のため、困難な面はある。)法的拘束力を持つ事実たる慣習は、成立しているとみるべきでしょう。以下、労使慣行として法的拘束力が生じたものとして話を進めます。

 さて、そういった従業員にとって、労働環境の良かったこの旅館にも転機が訪れます。経営状況が悪化して取引銀行から迎い入れられた新総務部長は、従業員が勤務時間にお客用の風呂にいるなんてありえないとして、従業員にこの待遇の改善(従業員にとっては改悪か)を申し入れた。これに対し、風呂好きの従業員が集まり抗議したが、そんな抗議は認めないと回答した上で、就業規則を変更し、その中に「許可なくホテル内の入浴は禁止し、入浴した時間は就業時間には含まれない」とした。それでも納得のいかない曽我さんは、依然として毎日風呂に入り続けたところ、けん責処分を受けさらには入浴時間の賃金の支払いもされなかったのである。従業員曽我さんの入湯の楽しみはどうなるのか・・・
 
 労働契約法10条においては、就業規則を変更することによって、その変更後の就業規則を労働者に周知させ、その就業規則が合理的である場合<注1>は、変更後の就業規則が労働契約の内容になるとしています。本条文は、前の就業規則がありそれを変更することによって、従業員に不利益になる場合であっても、それが周知と合理的であるときは、変更後の就業規則が新しい労働契約の内容になるというものです。しかし、ここでは、前の就業規則うんぬんということではなく、従業員の入湯を認める従業員に有利な労使慣行があった場合に、周知と合理的な新しい就業規則を作りこれを認めないとしたものであっても、基本的な考え方は変わらず、この場合もこの10条の準用によって、新しい就業規則の規定の内容がその従業員の勤務条件を拘束することになり、結局従業員の入湯は認められないことになります。

 しかし、この10条には、但し書きがあって、労働者と使用者の間に就業規則によっては変更されないとの合意(不変更の合意)がある場合は、変更の就業規則が周知され合理的であっても、就業規則の変更の効力は及ばないとされています。逆にいうと、不変更の合意がなければ、従業員の入湯の容認という労使慣行については、新しい就業規則によって書き換えられることになるということです。言い換えると、不変更の合意がなく、新就業規則が周知され合理的であれば、従業員にとって有利な、かつ有効に成立していた労使慣行は破棄されることになります。

 この合意が認められるかですが、明示されたものがあればいいのですが、労使慣行という性格上、ほとんどが黙示の合意でしょう。そこでその認定は、合意内容の性格や合意に至った経緯等を考慮の上、両当事者が不変更の合意の意思を持っていたかどうかという意思解釈にゆだねられることになります。

 そこまで言われると、従業員曽我さんには、経営状況の悪化は後の問題としても、これに対し不変更の合意があったかどうかを証明するのは、非常に困難な状況に落ちいることになりでしょう。

 <注1>この合理性の判断は、この労働契約法の10条で裁判の趣旨を変更することなく整理した形で挙げているが、判例を基本に、この合理性について述べると、(1)就業規則変更によって労働者が被る不利益の程度 (2)使用者側の変更の必要性 (3)変更後の社会的相当性(変更後の内容の相当性、世間相場の比較) (4)労働者の不利益を緩和する措置(代償措置、経過措置等) (5)手続きの妥当性(労働組合との交渉経緯、他の従業員の対応)などを総合判断すべきとする。

 参考 労働法 第6版 水町勇一郎著 有斐閣
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