世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

戸籍謄本をとってみて分かったこと

2017年06月28日 | 100の力
別件で戸籍謄本が必要となり、

区役所でとってきた。

(これまで戸籍抄本はとっても、謄本はなかなか見る機会がなかった)




当然のことだが、

そこには、「離婚」の文字が。


一昨年、2度目の離婚をしたことは事実であるが、

実際にこうして戸籍で確認したのは初めてだった。


安堵感と同時に、

何か改めて奇妙な自信が湧いてきた。

「アー、ボクは正真正銘の独身なのだ」と。

どこか疑っていた自分がいたわけではないが。


「離婚」=「独身」というこれからの可能性を秘めた響きがなんとも心地よい。

事実3度目の独身。


独身とは、

つまり、誰とでも、いつでも結婚できる権利を持つ。


いずれにせよ、

これは既婚者にはできない大きな特権(切り札=ジョーカー)であることに間違いはない。



戸籍謄本をよく見ると、

不思議なことに、

最初の結婚相手とのことは一切記載がない。


ということは、

これを見る限り、

ボクはバツイチ状態なのである。


まあ、今更体裁を取り繕う必要はないが、

バツイチといっても差し支えないということが分かった。

(例えば結婚相談所などに登録する場合など)


ただ、残念なことは、

前妻との子(娘)の表示も一切ないことだ。


下の娘はアメリカ人と結婚したが、

その記載はしっかり残っているというのに。
(除籍にはなっているが)


息子(独身)はまだボクの籍に中にある。

別れた女房の方には移っていないということ。

これは何となく嬉しい。



ただ、3度目(の結婚)はないと思っていた。

もう結婚はこりごりだ、と思うと同時に、

自分は結婚には向いていない、とも。

そこには自己否定が伴う。


まあ、普通(並み)の女(ひと)ならこんな(落ちこぼれの)ボクの伴侶にはなれないだろう。


ところがありがたいことに、

こんなボクに興味を示してくれる人は少なからずいる。


だが、みんなボクの回転速度(行動)に振り落とされていく。

例えば、

ボクがトルネードや台風だったら。


安易に近づけば吹き飛ばされるだろう。

それでも、必死でしがみついて

真ん中までたどり着けば、

そこは穏やかに晴れ渡っている。


さて、そこまでたどり着ける人は

果たしているのかいないのか。


ボクの最期の(?)女になるのは

誰?

(注釈: 最期とは、死を看取る意味)


ん?

もしかして、

孤独死?



【余談】


「離婚は男の勲章」と言えば言い過ぎだろうか。


離婚は決して悪いことではない。

(離婚推奨者ではないが)


離婚するためには、

どうしても結婚しなければならない。


結婚するという、

人生の一大難関を乗り越えたものだけに与えられる特権でもある。


(結婚しない、出来ないからといって、

その人の人格を否定するものでもない。

誤解のないように)