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フェルメール作品メモ(#15)  手紙を読む青衣の女

2008年07月29日 | フェルメール

Woman in Blue Reading a Letter 「手紙を読む青衣の女」
1663-64, oil on camvas, 46.6 x 39.1 cm,
Rijksmuseum, Amsterdam, Netherlands


若い婦人が手紙を読むのに専心している様子が、手紙を両手で持っていることから伺える。 2枚目の紙がテーブル上の真珠のネックレスを部分的に覆っている。 オランダHolland とフリーズランドFriesland (オランダの最北部の州)の地図が、北が右向きに、壁に掛かっている。
 黄土色とブルーの影で支配された構図が非常に注意深く構成されている。 家具が空間内の婦人の位置を決めている。 つまり、彼女は構図の中央でほとんど全身を見せている。
オランダ様式絵画の伝統から、このエレガントな若い婦人はラブレターを読んでいると想像して差しつかえないだろう。

正面は壁、左上に窓がありその下に机が置かれている。 フェルメールの描く室内の多くはこの構成である。
ここでは壁に貿易国オランダの地図がかけられ、窓は画面の外に出てしまっているが、そこから射し込む光に向かって若い女が手紙をしっかりと手にして立っている。 画面には一人の女が描かれているが、手紙はもう一人、多分男を感じさせる。 両手で握りしめる紙片の文字に心の全てを注ぎ込む女は、近寄り難いほどの熱心さで、彼女の人生の微妙な奥行きを示唆している。 光と影の作り出す壁の色彩の変化、女性の上着の青の明暗は、フェルメール特有の色彩であり光線の把え方である。


フェルメールの構図上の修正変更は、彼がどうやってそれを成したのか理解し難いほど精妙巧緻である。 彼の感受性から出た修正や、彼が創り出した構成要素間の調和は、透視画法だけでは説明出来ない。 彼はコンパスと定規を使ったのかも知れないし、構成要素間の関係を決定する数学的なシステムを見い出したのかも知れないが、それがどんなものであろうとも、芸術的な狙いを構築するユニークな彼の感受性の産物である。

シーンの構造的な骨組みと感情に訴える内容の複雑な対位を創り出している絵は他に無いし、「私室で手紙を読む青いジャケットを着た若い婦人」という単なる主題の記述では、婦人が外に感情を漏らしていないので、フェルメールが創り出した背景によって伝えられている彼女の感情の強さといったイメージは言い表わせない。

フェルメールは構図の丁度中央に婦人を置き、前景のテーブルと椅子の間でほとんど全身を見せている。 これらが、テーブルの後方にある椅子と共に、彼女を空間に固定している。 同様に、彼女の手は後方の水平な黒い棒で視覚的に固定されている。 フェルメールは物理的な動きを制限する為に幾何学的な骨組みを使っているが、後方の曲線の多い黄土色の地図によって彼女の感情的な強さを示唆している。

しかし、フェルメールのデザイン的な感受性は、構図の中に対象物をどう置くかだけでなく、対象物間の形状パターンにも及んでいる。 白壁の四角い三つの部分の非対称のバランスは、静寂な永続性を創り出している決定的な要素である。 構図の重要性にフェルメールが気付いていた証拠は、(X 線写真で)地図を左側へ数センチ伸ばしていることからも明らかである。 この修正は、婦人の右側の壁の幅と等しくなるように、地図の左側の壁の幅を減じている。 更に、X 線写真はフェルメールが婦人のジャケットの形状を変更したことを示している。 原形は、 「♯16/天秤を持つ女」(c.1664)で描かれているのと同様に裾がフレアーになっていた。 赤外線写真は、元のジャケットには毛皮が付いていたことも示している。 これらの変更は、婦人をより均整の取れた形にすると同時に、婦人の両側の壁の四角い形を強調している。


フェルメールは、光と色の視覚効果にも敏感だった。 婦人のジャケット、二つの椅子、テーブルカバーの青い色調は、スカートと地図の黄土色と共に、穏やかで安らかな色である。 二箇所から光が射し込み、それぞれがテーブル後方の椅子の隣りの壁に、直接影と柔らかく拡散した問接影を作り出している。 光の視覚的な特性への彼の認識が、影を青い色調にしているのである。 ジャケットの後側の外郭形状をほかすことで婦人のフオルムに光を当てている。 彼はまた構図構成上の理由から光の流れを自在に操作している。 例えば、椅子と地図は影だが、壁の近くに立っている婦人はそうではない。即ち、彼は部屋の「時の流れ」から彼女を切り離し、シーンに広がる永続性を強調しているのである。

シーンの情緒的なインパクトを補強する色/光/透視画法は、彼の全時代に渡る特徴である。 例えば、 「#08/笑う女と役人」 (c.1658)では、鮮やかな赤と黄色の服装、窓の奥行きを極端に縮めた描画、女のストライプの入つた袖や地図に反射する光がきらめく効果で二人の人物の関係を増幅している。 殊に、この絵と「#08/笑う女と役人」で描かれている地図は同じもので、1620年にBalthasar Florisz van Berckenrode が描いたHolland とWest Friesland の地図である。 「#08/笑う女と役人」では、陸地と海面を色で区別した地勢図的な特徴を持っているが、この絵では、サイズも大きくモノクロ風で地勢図的な特徴は少ない。 この違いは、彼自身の描画スタイルの変遷と関連しているが、構図上の理由によって対象物の形状、サイズ、色を意図的に変更する彼の姿勢は、彼の全作品で常に見られる現象である。

この絵のムードは、勿論手紙を読むという主題と関係している。 オランダ絵画では、手紙を読む婦人の描写はほとんどの場合、恋に関連している。 フェルメールの「#05/窓辺で手紙を読む少女」(c1657)では、鉛ガラスの窓に少女の反射像を描くことで手紙に対する少女の反応に焦点を当てている。 この絵では手紙の内容へのヒントは与えていないが、婦人の首、少し開けた唇、曲げた腕から彼女に期待感を与えている。

フェルメールは手紙の背景も明らかにしていないが、トイレを中断された事から突然の手紙だったように思える。 真珠のネックレスはテーブルに置きざりで、もう一枚の紙で部分的にカバーされている。 重要なのは地図で、前景の空の椅子と同様、恋人の不在を示唆している。 この中年婦人は、ファッションのせいかも知れないが、恐らく妊娠している。 フェルメールはしかし、婦人の人生環境については何も示しておらず、見る人のイメージに任せている。


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