元・副会長のCinema Days

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「ジャンヌ・モローの思春期」

2020-06-21 06:40:06 | 映画の感想(さ行)
 (原題:L'Adolescente )79年作品。12歳の少女の、成長を等身大に描いた映画だが、そこはフランス映画、しかも監督がジャンヌ・モロー、その“成長”の度合は呆れるほど大きい。しかも、そんなにドラマティックな出来事があるわけではなく、夏休みを淡々と過ごすだけでヒロインの内面を(作為的ではなく)著しく変化させるという筋書きを違和感なく展開させているのは、さすがと言うしかない。

 1939年7月、12歳のマリーは例年通り父ジャンと母エヴァに連れられて、祖母の住むフランス中部の小さな村へやって来た。そこで彼女はパリから来た若くハンサムなユダヤ人医者アレクサンドルを一目で気に入ってしまう。ところが、彼に熱を上げたのはマリーだけではなかった。何とエヴァがアレクサンドルと懇ろな仲になってしまったのだ。



 マリーは両親の関係を修復させると共に、母エヴァと別れたアレクサンドルが自分の方を向いてくれることを期待し、魔女のオーギュスタに頼んで仲直りの媚薬を調合してもらい、両親に飲ませる。そしてバカンスは終わり、時代は戦争へと突入する。

 よろめいてしまう母親は娘にとって問題かと思われるが、どうやらエヴァの浮気癖は元からのようで、マリーの関心事はあくまでアレクサンドルである。親の存在も自身の恋の手練手管の一つにしてしまうのは、子供とはいえ、さすがフランス女だ(笑)。さらに、マリーを可愛がるアンドレのような大人に対しては、彼女はその魂胆と底の浅さを見抜いて、とことん冷たく接するというのも興味深い。

 もちろん大人であるアレクサンドルがマリーを本気で相手にするはずもないのだが、それによってマリーは自分が“発展途上”でしかないことを自覚する。アンリエット・ジェネリックと共に脚本も手掛けたモローの演出は、子供の描写に甘さは見せない。マリーが認識する“発展途上”を年齢のせいにするという安易な設定ではなく、しっかりと“成長”の過程として(残酷さも伴って)受け取る周到さが窺われる。

 ピエール・ゴタールとジルベール・デュアドのカメラによる繊細で美しい映像と、フィリップ・サルドの流麗な音楽が印象に残る。マリー役のレティシア・ショヴォーは達者な子役だが、大物女優のシモーヌ・シニョレをはじめとする大人のキャストが脇をフォローしている。第29回ベルリン国際映画祭出品作品である。
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