Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

1/31(火)林 美智子 Player Vol.3/温かな音楽空間で武満徹と加藤昌則の歌曲をたっぷりと

2012年02月02日 23時37分14秒 | クラシックコンサート
林 美智子 Player Vol.3 ~語り継ぐうた~

2012年1月31日(火)19:00~ 王子ホール 指定 D列 13番 5,000円
メゾ・ソプラノ:林 美智子
ピアノ:加藤昌則
ヴァイオリン:白井 篤
ヴァイオリン:水谷 晃
ヴィオラ:佐々木 亮
チェロ:海野幹雄
【曲目】
武満 徹(作詞・作曲):小さな空(編曲:野平一郎)/1962年
武満 徹/谷川俊太郎 :昨日のしみ(編曲:野平多美)/1995年
            うたうだけ 1958年
            見えないこども(編曲:野平一郎)/1963年
            ぽつねん(編曲:野平多美)/1995年
武満 徹/岩淵達治  :ワルツ(編曲:野平一郎)/1966年
武満 徹/谷川俊太郎 :三月のうた(編曲:野平多美)/1965年
武満 徹(作詞・作曲):○(マル)と△(三角)の歌*(編曲:野平多美)/1961年
武満 徹/瀬木慎一  :雪(編曲:野平一郎)/1963年
武満 徹/谷川俊太郎 :MI・YO・TA(編曲:野平多美)/1950年代

武満 徹/川路 明  :小さな部屋で**(編曲:野平多美)/1955年
武満 徹/永田文夫  :素晴らしい悪女**(編曲:野平多美)/1963年
武満 徹/谷川俊太郎 :死んだ男の残したものは**(編曲:野平一郎)/1965年
加藤昌則/聖典より  :SANCTA MARIA**
加藤昌則/茨木のり子 :女が頬づえをつく時***
加藤昌則/高田敏子  :春の日**
            旅のこころ**
加藤昌則/黒田三郎  :夕方の三十分**
《アンコール》
武満 徹(作詞・作曲):翼**(編曲:野平多美)/1982年
※ *はヴァイオリン、**は弦楽四重奏、***はヴィオラが参加。

 メゾ・ソプラノの林美智子さんのリサイタルを久しぶりに聴いた。王子ホール主催の林さんのPlayerシリーズは今回でVol.3となる。もともと今日のリサイタルは昨年2011年3月31日に予定されていたもので、東日本大震災直後だったため、10ヵ月後の今日に延期、振替公演になったものだ。従って2010年3月の「林 美智子 Player Vol.2」からはだいぶ間が空いてしまったことになる。もちろんその間も、読響の「第九」や「NHKニューイヤーオペラコンサート」に出演されているのを聴いているが、まとまった曲を聴いたのは、昨年11月の読響のサントリー名曲シリーズにゲスト・ソリストとして出演した際の、ショーソンの「愛と海の詩 作品19」を聴いたくらいであった

 今日のテーマは「語り継ぐうた」。林さんがライフワークとして手がけている武満 徹さんと、同世代の作曲家、加藤昌則さんによる、日本の歌曲のみで構成されたプログラムである。こと武満さんの歌曲作品に関しては、2008年リリースのCD「地球はマルイぜ/武満徹:SONGS」がすでにお馴染みになっているものの、今日のリサイタルでは編曲をかえたものを含めて、たっぷり武満作品が聴けるので、楽しみにしていた。
 武満 徹さんといえばクラシック音楽ファンならずとも広く知られている作曲家である。数多くの管弦楽・室内楽・器楽曲を残しているが、映画音楽の分野でも名高い。歌曲の分野でも親しみやすい多くの作品があり、今日はアンコールを含めて14曲が林さんにより歌われた。管弦楽や室内楽ファンの方々の中には、いわゆる現代音楽の武満作品に対して(というよりは現代音楽全般に対して)苦手意識を持つ人も少なくないと思われる。ところが歌曲作品に関しては、とくに現代音楽的な難解なアプローチはなく、一度聴いただけで忘れられなくなるような、親しみやすくウィットに富んだ曲が多い。もちろん、歌謡曲やポップスとも違って、現代の“クラシック音楽”の歌曲というカテゴリーに入るのだけれども、別に声楽家でなくても、マイクとPAを使って歌っても差し支えのないような曲ばかりである。従って、編曲も大きな要素になってくる。今日の演奏は、野平一郎さん多美さんご夫妻による編曲で、プログラムの前半はピアノ伴奏、後半はピアノ+弦楽四重奏が伴奏する構成である。武満作品に苦手意識を持っている人、武満さんの歌曲を聴いたことがない人は、ぜひ一度聴いてみてほしい。武満さんの新しい側面を知ることになるだろうと思う。
 ピアノは後半5曲の作曲をされた加藤昌則さんが担当。弦楽四重奏は、N響の白井 篤さん(Vn)、佐々木 亮さん(Va)をはじめ、水谷 晃さん(Vn)、海野幹雄さん(Vc)といった素敵なメンバーであった。

 さて肝心の林さんの歌唱について。まず、今日はリサイタル、しかも315席の王子ホールということで、大きな声を出す必要もないので、穏やかな歌唱に終始した。もともとメゾ・ソプラノは女性の日常会話のような自然の声域でもあり、とくに林さんの優しい雰囲気がとても心地よい。押し出しはそれほど強くなく、低音域の力強さのあるタイプではないと思われるが、中音域の艶やかさや高音域瞬発力もあり、総じて豊かさを感じさせる声質である。しっとりと聴かせる曲から楽しく笑わせる曲や悲しみを湛えた曲まで、会場は、和やかでほのぼのとした空気に包まれたようだった。
 プログラムの前半はピアノ伴奏であったが、1曲だけ、「○(マル)と△(三角)の歌」はヴァイオリンの白井さんとチェロの海野さんが参加した。ところが海野さんはチェロを置いたまま、結局は打楽器(ウッドブロック?)で参加しただけ。飄々とした仕草がとても似合っていて、会場をクスクス笑いが包んだ。この曲は有名だし、林さんもずいぶん以前からリサイタルで採り上げていたのですっかりお馴染み。思わず一緒に口ずさんでしまう。

 後半はピアノ+弦楽四重奏による伴奏になった。これはこれで別の趣があってなかなか良い。なかでも、これも有名な「死んだ男の残したものは」は、野平一郎さんの先鋭的な編曲が際だっていた。もとはベトナム戦争時代の反戦歌だが、いまだに紛争の絶えない現代においても、ある種の生々しさを持つ谷川俊太郎さんの歌詞の世界を、野平さんらしい鋭く切れ込むような弦楽の使い方と歌の主旋律を否定するかのような不協和音が、世の中の歪みを強烈に描き出しているようだった。そのような伴奏に乗る林さんの声にも、負の感情がにじみ出ていた。素晴らしいというよりは聴く側の心に強く訴えかける歌唱だったといえる。

 終盤の5曲は、加藤昌則さんの作品が演奏された。日常のある風景を切り取った歌の世界が展開され、優しく美しい旋律に満ちた歌曲が披露された。加藤さんの音楽も、とても親しみやすい旋律と暖かさに包まれていて、そのイメージは林さんの音楽と共通するイメージを持っている。「女が頬づえをつく時」は女性の孤独感を歌った詩がちょっと重い曲で、ヴィオラの佐々木 亮さんだけが切なさを奏で、メゾ・ソプラノの低い女声が憂いを歌う。一方、「夕方の三十分」は、夕食の準備をする父とちいさな娘のちょっとしたドタバタをコミカルに綴った詩と曲で、何故母親がいないのかという説明はなしに、ほの悲しくも愛がいっぱいの父娘の日常が、林さんの明るいキャラクターで楽しく歌われた。

 アンコールは再び武満さんの作詞作曲による作品で「翼」。ピアノ+弦楽四重奏と林さんのアンサンブルがことのほか美しく、短い曲ではあるが、日本の歌曲らしい、繊細さと抒情性を持ちつつ、今の日本に必要な、未来を指向する力がある。リサイタルを締めくくるのにふさわしい素敵な曲と歌唱であった。

 終演後は恒例のサイン会。王子ホールの場合、サイン会は1階のロビーで行うので、急いで行ってみたら何と一番。林さんにサインをいただくのは随分久しぶりになってしまった。オペラの出演が多かったことやリサイタルの間隔が空いてしまったからだ。彼女の2枚目CD「地球はマルイぜ/武満徹:SONGS」のジャケット中ページと、プログラムにもサインをいただき、しっかりと握手も。ついでにツーショット写真も撮らせていただいたが、こちらは非公開ということで。
 今日は加藤さんを始め弦楽四重奏まメンバーの皆さんもいらっしゃったので、皆さんにもプログラムにサインしていただいた。海野さんは近々CDがリリースされるそうで、明るい音色のチェロの演奏が楽しみである。サインはチェロらしく、ヘ音記号をモチーフにしていて、ゆっくり丁寧に書いていただいた。リサイタルでサイン会やりなさいよ、などと白井さんたちに囃されていた。



 今日のリサイタルは日本語の歌曲ばかりで、「語り継ぐうた」というテーマの通り、本当に未来に向けて残していくべき素敵な曲ばかりが歌われた。王子ホールの小さな空間の中で、ほのぼのとした音楽がゆっくりと拡がっていき、聴いていた私たちもとても温かい気持ちになれた、素敵なリサイタルだった。

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