Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

2/10(木)ラン・ラン・ピアノ・リサイタルはまさに「郎朗」とした「明快にして闊達」な弾む音

2011年02月12日 03時26分35秒 | クラシックコンサート
ラン・ラン(郎朗) ピアノ・リサイタル

2011年2月10日(木)19:00~ サントリーホール S席 2階 LB9列 13番 10,000円
ピアノ: ラン・ラン(郎朗)
【曲目】
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第3番 ハ長調 作品2-3
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 作品57 「熱情」
アルベニス: 「イベリア」第1集
     : エボカシオン/港/セビーリャの聖体祭
プロコフィエフ: ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 作品83 「戦争ソナタ」
《アンコール》ラフマニノフ: プレリュード
       ショパン: 黒鍵のエチュード

 今、世界中で最もホットな話題を提供しつつけるピアニスト、ラン・ランのリサイタル。これまでTVの放送で何度も見て、ずば抜けた才能と明るいキャラクター、そしてもちろん輝かしいピアノにも圧倒され、CDも買い集めたラン・ランをナマで聴く機会がついにやって来た。もう、始まる前からワクワクものである。もちろん、クラシック音楽界のニュー・スターとして世界中を席巻しているだけでなく、映画『のだめカンタービレ・最終章』に「音」で出演したことなどで、日本でも一般にその名が知れ渡っていることもあってか、今日のサントリーホールは、いつもとかなり客層が違っていた。いつものクラヲタのオジさんたち(失礼)が少ないというよりは、圧倒的に若い人、とくに女性がとても多かった。2階席からホールを見渡すと、7~8割が女性。そして皆さんマナーもしっかりしていて、会場も華やいで明るい雰囲気を作り出していた。

 さて、今回の日本ツアーは、東京2回、名古屋、西宮の4回の公演で、プログラムは2種類。今日が初日だ。ベートーヴェン、アルベニス、プロコフィエフというプログラムは、1年前の2010年3月27日、ウィーンのムジークフェラインザールでのリサイタル(CD、DVD、Blu-rayが発売されている)と全く同じ構成。本人としては、練りに練った構成ということだ。しかもその後十分に弾き込んでいると考えられるので、すでに見聞きしているとはいえ、ライブの瞬間に期待が高まっていく。
 客席の照明が落とされると、おもむろに登場。客席がステージをぐるりと囲むサントリーホールで、ラン・ランは全方向に挨拶し、ステージさばきもチャーミングで、見せるアーティストとしてもスター性十分だ。
 1曲目は、ベートーヴェンのビアノ・ソナタ第3番。曲が始まれば、そこはもう、ラン・ラン・ワールドだ。この輝かしい音色はどこから出てくるのだろう。明快にして闊達。澄んだ音・透明な音というのも違う、色彩的な音色というのとも違う、具象的というよりは抽象的であり観念的に「明快」な音色なのだ。ラン・ランは「郎朗」と書く。ただし燦然と光り輝くというイメージは強い。この曲は、青年ベートーヴェンの若々しい情念に包まれた華やいだ曲想であるとはいえ、どちらかといえば地味めな曲だと思っていて、これまでそれほど意識に登らなかったのだが、今日のラン・ランの演奏を聴いて、こんなに素敵な曲だったのかと、あらためて感じた次第である。
 2曲目はベートーヴェンの「熱情」。この時代の曲になると、技巧においても表現においてもかなり高度なものが求められるはずである。この誰でも知っている曲だけに、ラン・ランのピアノはどう聞こえるのか。実際にナマで聴いた印象は、前述の「明快で闊達」な音色に加えて、表現力の素晴らしさに圧倒された。圧倒的な音の洪水の中から、動機や主題が、クッキリと明瞭に浮き上がって描き出されていく。怒濤のようなパッセージの中に溶け込んでいるテーマを見事に浮き上がらせてくるのだ。CDで聴いていたライブの演奏はもちろん巧いことはよく伝わってくるのだが、ナマで聴くと、より一層、テーマが明瞭に描かれている。また、3つの楽章を通しての構造的な美しさは、ラン・ランが単なる技巧派のピアニストではなく、楽曲解釈においてもしっかりした底辺を持っていることを物語っている。そして…、終楽章のコーダに入ってからのテンポ・アップ、派手な技巧を駆使して、駆け抜けるように盛り上げて、曲が終われば、Bravo!と言わざるを得ない。聴衆の心をつかむ術を完全にものにしている。

 後半は、アルベニスから。今度は一転して遅いテンポのロマンティックな曲だ。イベリア」第1集の 第1曲は「エボカシオン(喚起)」という標題通り、イベリア半島南部の風光明媚なイメージを喚起させる。ラン・ランのピアノは同じ「明快にして闊達」な音色で、今度は陽光煌めく具象的なイメージを印象派風に描き出していく。第2曲の「港」では舞曲風なリズム感が弾むように輝く。リズム感が心地よく、素晴らしい。第3曲「セビーリャの聖体祭」はエキゾチックな曲想や、ダイナミックで華麗な演奏に、抜群のセンスが光る。
 2曲目はプロコフィエフの「戦争ソナタ」。今日の客層からみると、プロコフィエフはちょっと難解かな-? などとも思ったりもしたが、ラン・ランのピアノを聴かせられれば、そんな杞憂は吹っ飛んでしまう。第1楽章の現代曲風な混沌とした曲想に対しても、明かな切り口の演奏は圧倒的に説得力がある。第2楽章の抒情的なアンダンテもとても表情が豊かで、多彩な表現を見せる。そしてとくに第3楽章の圧倒的な推進力、留まることを知らない躍動感とそれを支える、抜群のリズム感、華麗というよりは絢爛豪華な超絶技巧の嵐のような演奏!! 曲のフィニッシュはのけぞってバンザイという、ラン・ランにしかできないパフォーマンス。それがまた実にカッコよく、瞬間的に会場がワッと沸騰する。これもまた、Bravo!と叫ばざるを得ない。
 アンコールは、ラフマニノフとショパン。ラフマニノフの抒情的な美しさも、明快にラン・ランのピアノで一層、ロマンティシズムに磨きがかかるようだ。ショパンの「黒鍵のエチュード」は、もちろん演奏も素晴らしかったのだが、黒鍵の上だけに飛び跳ねながら踊りまくる、指先をずっと見続けてしまった。ラン・ランは指の動きも「明快にして闊達」である。

 今日のリサイタルは、席が2階LBブロック。いわゆる鍵盤側ということで、ラン・ランの指の動きがよく見えた。彼の独特の音色の「音源」を見たような気がする。指先は、ときには丸まり、ときには伸びきったまま弾く。繊細なppの時の優しい指先の動き、ffになっても鍵盤を強く叩いたりはしない。指が、腕が跳ねるのである。一瞬、鍵盤を掴むようにして腕を跳ね上げる。打鍵が柔らかく、しなやかであり、鍵盤に触れている「瞬間」の長さが独特の音色を生み出すのではないか。そんな風に感じた(あくまで主観的な表現です)。

 ラン・ランの音楽活動のテーマに、世界中にクラシック音楽の素晴らしさを啓蒙すること、というのがあるのだという。普通なら、人気のある名曲ばかりを集めてコンサートを数多く開けば、とりあえず多くの人に音楽を聴いてもらうことができる。ところが今日のプログラムを見ればわかるように、前半は、ベートーヴェンでも普段あまり演奏されない第3番と、最人気の「熱情」という組み合わせ。後半は、より聴く機会の少ないアルベニスとプロコフィエフ。しかしラン・ランのピアノは、知らない曲でも、初めて聴く人にも、極めて解りやすい。難しいアナリーゼは要らない。そこにいて、聴いているだけで、おそらく聴いている人の心の中に音楽の素晴らしさを「明瞭」に描き出してしまう、感性のピアニストなのだと思う。力で押してくるのではない。感動を押しつけてくるような厚かましさもない。自分だけの世界を他人に押しつけるような芸術家きどりでもない。彼にしか出せない、あの「明快にして闊達」な音が、聴く者を幸せにしてくれる。そんな気がするピアニストに初めて出会った。私もすっかり啓蒙されてしまったようだ。

 恒例のサイン会には、1階左側通路奥の楽屋口から、サントリーホールのホワイエを埋め尽くす長蛇の列。すごい人気だ。見ていると終演後もCDやDVDがどんどん売れていく。やはりあの演奏を聴かされたら、やはりサインも欲しくなるというものだ。というわけで、午後10時を回る頃、やっと順番が来て、プログラムにサインをいただいた。


サインも「明快にして闊達」なラン・ラン

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