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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

2/5(土)新国立劇場で再演の『夕鶴』/腰越満美の美しくも悲しい「つう」の歌声

2011年02月07日 01時51分33秒 | 劇場でオペラ鑑賞
新国立劇場 2010/2011シーズンオペラ公演 歌劇『夕鶴』團伊玖磨作曲

2011年2月5日(土)14:00~ 新国立劇場・オペラパレス  B席 3階 4列 34番 7,560円(会員先行割引)
指  揮: 高関 健
管 弦 楽: 東京交響楽団
児童合唱: 世田谷ジュニア合唱団
演  出: 栗山民也
美  術: 堀尾幸男
衣  装: 植田いつ子
照  明: 勝柴次朗
振  付: 吾妻徳彌
児童合唱指揮: 掛江みどり
音楽ヘッドコーチ: 石坂 宏
舞台監督: 大澤 裕
【出演】つう: 腰越満美(ソプラノ)
    与ひょう: 小原啓楼(テノール)
    運ず: 谷 友博(バリトン)
    惣ど: 島村武男(バリトン)

 新国立劇場では毎シーズン、国内作品をプログラムに組み込んでいるが、2010/2011シーズの国内作品は、日本の代表的オペラ作品『夕鶴』だ。新国立劇場では2000年に上演されたプロダクションの再演ということで、指揮を受け持つ高関 健さんも『夕鶴』は初挑戦で、オペラでは新国立にも初登場だ。国内作品の上演の際だけは日本人だけでキャスティングされ、何故かダブルキャストとなる。今日はBキャストになるのだろうか。だが、最近、国内作品への出演で進境著しい腰越満美さんが「つう」を歌う組は1日だけなので、この日を選んだ。
『夕鶴』は團伊玖磨さんの作曲によるいくつかのオペラ作品の中では、圧倒的な人気作品で、1952年の初演以来、今回の新国立での上演で800回を数えるという名作中の名作だ(現在上演されているのは1956年の改訂稿)。しかしながら、どういうわけかこれまで観る機会がなく、今回が初観劇である。『夕鶴』は、佐渡地方の「鶴女房」という民話(いわゆる「鶴の恩返し」)を題材にした、木下順二作の戯曲(1949年)をオペラ化したもので、1950年代という時代背景から、農村と都市の対立構造や純朴な人の心と貨幣経済の対立などというテーマを背景に持ちつつ、日本の原風景ともいうべき美しい農村を舞台に、鶴の化身「つう」の純粋な愛を描いた作品である。
 團伊玖磨さんの音楽は、日本旋法を巧みに取り入れてはいるものの、洗練されたオーケストレーション、美しく抒情的な旋律と近代的な和声を持つ、豊潤なものだ。日本語の歌唱にも適した「節回し」だといわれているが、実際のオペラの舞台では聞き取りにくい部分も多数あり、日本語そのものがオペラに適していないのかもしれないと、改めて感じられた。最初と最後に登場する児童合唱の部分などは、歌の内容も単純なのでわかりやすいが、「運ず」と「惣ど」が金儲けを巡って策を練る場面などは、戯曲ならば聞いていれば解るのだと思うが、歌唱に乗ると理解しづらくなってしまう。このあたりは、日本語のオペラでもあえて字幕を付けたりしてはどうかな、などと思ってしまった。

 さて今日の公演だが、総じてなかなか素晴らしいものだったと思う。歌手陣の中では(といっても4人しかいないが)、「つう」役の腰越満美さんが圧倒的な存在感を見せていた。かなり高い声域で歌い続けなければならない役なので、大変そうではあったが、よく通る透明感のあるキレイな声いは嫌味なところが全くなく、鶴の化身にピッタリというか、純愛を歌うのによく合っていた。唯一拍手の入った中盤のアリアは、煌びやかな都やお金への欲に心を奪われていく「与ひょう」への切ない愛情の表現が素晴らしく、涙をそそる美しさ。また腰越さんは着物が似合う。ご本人はどちらかといえば洋風な派手な顔立ちの美しい人だと思うが、着物姿になると、見事なくらいに変身し、楚々とした風情の女性になる。立ち姿も美しいし、歩く、座るなどの所作がさりげなく日本的で、演技にも細やかな気配りがなされていた。喜怒哀楽(怒はないか)の表情も、全身による表現もしっかりしていた。
 「与ひょう」役の小原啓楼さんもリリックなテノールがよく通り、最後の場面で飛び去ってしまった「つう」を見送り、「つう-」と2回叫ぶ声は耳に残った(『ラ・ボエーム』のラストシーンの「ミミーっ」によく似ている)。
 この2人に対して、「運ず」役の谷友博さんと「惣ど」役の島村武男さんは、役柄がバリトンとバスで、この2人による会話シーンが多いために、低い声の応酬が続き、3回席からはかなり聞き取りにくかったのが残念だ。この2人が物語の背景を説明的に語って(歌って)いくだけに、ここが聞き取りにくいとストーリーが理解しにくくなってしまうからだ。
 一方、オーケストラの演奏は、序盤はやや音に濁りが感じられたが、中盤以降、とくに終盤に向けて、素晴らしい演奏を聴かせてくれた。とくにハーブの甘美な表現とティンパニによる劇的な表現が秀逸で、豊潤な曲と、高関さんのダイナミックな盛り上げ方が見事にマッチして、美しくも悲しい『夕鶴』の世界をドラマティックに描いていた。
 オペラ自体は1幕ものなので、舞台装置は最初から最後まで変わらない。平板で奥が小高くなっている雪原と右手前に設けられた「つう」と「与ひょう」のあばら屋。囲炉裏のある板敷きの部屋とその奥にある機小屋のみという構成だ。非常にシンプルだが、静寂に包まれた雪国のものがたりをうまくイメージ化しており、現代的な舞台デザインに好感が持てる。
 演出面も全体的にクオリティ高くまとめられていて、素晴らしいと思う。ただひとつ、些細なことだが、「つう」が自分の羽を抜いて織った布が、無地の白い薄絹のようなもので、千両で売れるはずの布には見えなかったのが残念。





 初めて観た『夕鶴』は、さすがに800回も上演されているだけあって、作品のクオリティが極めて高いというふうに感じた。そして今日の公演では、オーケストラの演奏と歌手たちの歌唱と演技が、この公演にかける思いが伝わってくるような熱演だったと思う。いつも新国立劇場のオペラで感じる「何か足りない」という不満足感がなく、むしろ観て良かったと思える素晴らしい公演だったのではないだろうか。国内作品だから当然と言えば当然だが、日本人だけのキャスト・スタッフでの制作により、良い公演を目指した熱意や一体感のようなものが感じられたのである。いつも言っていることだが、通常のオペラ公演でもダブルキャストを組み、海外から実力派のスターを呼ぶ日と、日本人キャストだけの日を作って欲しい。今日の『夕鶴』の素晴らしい上演を観て、あらためてその思いが強くなった次第である。

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