Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

4/17(水)ユジャ・ワン/ピアノ・リサイタル/過激な超絶技巧(と衣装)で圧倒的な表現力と存在感を魅せる

2013年04月18日 17時27分35秒 | クラシックコンサート
ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル
〈アジアの感性─多彩な才能とその多様な可能性 4〉


2013年4月17日(水)19:00~ トッパンホール 指定 A列 11番 7,000円
ピアノ: ユジャ・ワン
【曲目】~当日発表
スクリャービン: ピアノ・ソナタ第2番 嬰ト短調 作品19「幻想ソナタ」
スクリャービン: ピアノ・ソナタ第6番 作品62
ラヴェル: ラ・ヴァルス
リーバーマン: ガーゴイル 作品29
ラフマニノフ: ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品36(1931年改訂版)
《アンコール》
 シューベルト/リスト編: 糸を紡ぐグレートヒェン
 プロコフィエフ: トッカータ ニ短調
 ショパン: ワルツ 第7番 嬰ハ短調 作品64-2
 ロッシーニ/ギンズブルグ編: フィガロのアリア

 キュートでエキセントリックなピアニスト、ユジャ・ワンさんの2年ぶりのリサイタル・ツアーは、昨夜2013年7月16日の水戸芸術館から始まり、今夜17日のトッパンホール、明日18日が神奈川県立音楽堂、19日が京都コンサートホール、20日が彩の国さいたま芸術劇場、最後の21日がサントリーホールと、6日間休みなしの強行スケジュール。演奏曲目も当初発表されていたものから「演奏者の強い希望」により変更されて、最終的には【プログラムA】と【プログラムB】の2種類に落ち着いた。ところが今日のトッパンホールのリサイタルだけは、当初から「曲目は当日発表」という異例の事態。それでも早々に完売になってしまうのは、さすがに人気のユジャさん(敬愛をこめてファーストネームで呼ばせていただきます)である。結果的に、当日発表された(従ってプログラムにも印刷されてなく、別紙が挟み込まれていた)のは【プログラムB】で、上記の通りである。この、収拾が付かないような曲目の構成、アンコールを含めても、テーマ性はなく、やや風変わりな曲を集め(?)たのは、要は、ご本人が好きな曲なのだろう。聞き終わってから妙に納得させられた曲目だったのである。ちなみに【プログラムA】は、スクリャービンのピアノ・ソナタ第6番とラヴェルの「ラ・ヴァルス」がプロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番イ長調作品82に代わるだけである。

 さて友人のKさんに取っていただいた最前列のセンターの席で期待に胸をふくらませて待つ。スター時に登場したユジャさんは、最近ではあまり驚かなくなったとはいえ、クラシックのピアニストとしては異例中の異例、黒を基調とした超ミニのチューブドレスに黒のストッキングと12cm以上はあろうかというピンヒール。このコスチュームでステージに上れる勇気というか度胸というか、はたまた愛嬌にまずBrava!である。無表情でカッカッカッと歩いてきて、ピアノの前でペコリとお辞儀すると、腰掛けて、何のためらいもなく弾き始めた。

 演奏の方はというと、実際のところどの曲をとってもあまりよく知らないので、楽曲の解釈や表現などについてはコメントする資格はないので遠慮しておく。何しろユジャさんの演奏は、おそらく普通のピアニスト(といっても超一流の人を含めて)の演奏とはかなり違ったもののように感じられる。スクリャービンやラフマニノフの曲というよりは、ユジャさんの曲になってしまっているように思えるのだ。もちろん、楽譜にない音を勝手に追加したり編曲したりしているという意味ではない。解釈が違うのではなくて、演奏の方法論が違うといった言い方の方が分かりやすいかもしれない。
 まず彼女が超絶技巧派ピアニストであることは誰しもが認めるところだろう。とにかく巧い! 滅茶苦茶巧い!! 指が、手が、腕が、目にも止まらぬ早さで正確無比に飛び跳ね回る。実際に最前列の鍵盤側で見ていて、早くて見えないくらい。私は視力は弱い方に入るとはいえ、動体視力が彼女の指先を捉えきれないのである。音が正確に聞こえてくることから、彼女が正確に弾いていることが分かるのだ。別に指が早く回るから巧いなどと、短絡的に言っているわけではない。正確で躍動的なリズム感、打鍵の強弱や遅速で重なる声部を鮮やかに描き分け、ピアノという楽器の機能性を100%以上引き出しているのだ。そしてどの曲も基本的にテンポが速く、ダイナミックレンジが広い。どんなに速くなっても、まったく揺るぎない技巧と細やかなニュアンスの表現、繊細で煌めくような音色から豊かな重低音まで、表現の幅が広く、奥行きも深い。
 ここで強く感じることは、この超絶技巧があって初めてできる音楽表現が存在するということだ。それは、もしかすると作曲家が意図したものとは違うかもしれない。しかし、あれだけの技巧を駆使した(本人は普通に楽しそうに弾いているだけだが)演奏によって、同じ楽譜から、もっと別の、ユジャさんにしかできない表現が生まれてくるのだ。スクリャービンやラフマニノフが、ショパンやリストさえ、今日だけはユジャ流の編曲のようなもの。まったく違った曲に聞こえてしまうのである。

 スクリャービンの「幻想ソナタ」(1897年)は2楽章構成のソナタで、第1楽章は穏徐楽章。ユジャさんのふわりとした打鍵による優しい左手の和音が印象に残る。ロマン派の香りが残る美しい旋律や和声が、ユジャさんの繊細な一面を聴かせてくれた。第2楽章は、プレスト。目まぐるしく駆け巡る曲想に、超絶技巧が冴えまくっていた。
 続くスクリャービンのピアノ・ソナタ第6番(1912年)は、もう調性を失った単一楽章の曲。無調のために混沌とした現代風の曲想だが、かなり難易度の高い超絶技巧曲である。ユジャさんの両手が鍵盤の上を目にも止まらぬ早さで飛び回っていた。
 全身の最後は、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。管弦楽曲版が有名だが、ピアノ・ソロ版は…。知っている曲のはずなのに、ユジャ流の演奏はワルツどころではない。テンポが速く、スケルツォ風になってしまう。

 休憩をはさんで後半、ユジャさんがステージに登場すると、会場がまたまた息をのむ。お召し替えをした衣装は、超ミニのオレンジのチューブドレスに肌色のストッキングにはタトゥー風の柄が不規則にデザインされていて…。いやー、音楽を聴きに来たのに見とれてしまうセクシーさ(赤面)。

 リーバーマンの「ガーゴイル」は4つの楽章を持つ10分くらいの現代曲。リーバーマンはアメリカのピアニストで作曲家ということだ。もちろん初めて聴く曲、そして演奏。…コメントしづらいので省略。
 プログラムの最後は、ラフマニノフの「ピアノ・ソナタ第2番」(1931年改訂版)。3楽章構成で、初版が長かったために改訂版は短くなっている。この辺の詳しいことはよく知らないのだが、いずれにしても、あまり聴く機会の多い曲ではないだろう。ユジャさんの演奏は流麗かつ煌びやかで、速めのテンポ設定でヴィルトゥオーソぶりを発揮する。あまりにも沢山の音があふれかえるように押し寄せてくる。第1楽章や第2楽章の中間部、テンポが落とされる穏徐部分になると、抒情的な旋律と美しい和音、消え入るような弱音の繊細なニュアンスに、ユジャさんがただ猛スピードで弾きまくるだけでなく、非常に繊細で女性的な優しさを持っていることが伝わってくる。この一瞬のピアニッシモが、曲全体のダイナミックレンジを広げ、壮大なスケールを創り出していくのである。第3楽章の怒濤のような技巧的な演奏は、言うに及ばず、素晴らしい。

 アンコールは4曲も。シューベルト/リスト編の「糸を紡ぐグレートヒェン」は糸車がモーターで高速回転しているような演奏。プロコフィエフの「トッカータ ニ短調」ではピアノが打楽器と化す。ショパンの「ワルツ 第7番」は、これがあの有名な曲か、とびっくりするような大胆な演奏。つまり速い。最後は、ロッシーニ/ギンズブルグ編の「フィガロのアリア」なんでここでセビリアの理髪師が出てくるんだ…?? すべての曲が早回しの映像を見ているような…、それでいて音程は正確で(当たり前か)揺るぎない。まったく不思議なピアニストである。


 全部聞き終わって分かったことは、この一見脈絡のないプログラムとアンコールは、すべてユジャさんの魅力を全面に押し出せる選曲、ということだ。すべての曲において、演奏の上で強烈な印象を残す。圧倒的な技巧、他の誰もすることのできない、彼女だけの音楽世界がそこにあった。とにかく、スゴイの一言。楽曲の研究や解釈、精神性や芸術性…。そういったことはとりあえず横に置いておいて、演奏そのものを極限まで極め付け、楽しむ。そのあり方は、理屈抜きで、聴いている私たちを楽しませてくれるのである。もちろん、こういう音楽は大歓迎。結局、彼女の大胆な衣装と同じで、他の人が考えも付かない音楽を創り出してしまうユジャさんは、超一級のアーティストであることは間違いない。キュートでエキセントリックなピアニスト、ユジャ・ワンさんに最大級のBraaava!!を送ろう。

 終演後は恒例のサイン会。列に並んだ私たちをほとんど待たせることもなく、超ミニの衣装のままサイン会が始まった。サインするのも超スピードでサッサとこなしていく。よほど速いのが好きらしい…!?
 それはそうと、今日の公演にはテレビの収録が入っていた。今回のツアーに一度も聴きに行かれない方は、BSプレミアムでユジャさんの大胆な衣装と超絶技巧をぜひご覧になって欲しい。クラシック音楽のイメージが一新する(崩壊していく?)に違いない。私は最終日のサントリーホールでもう一度聴く予定になっている。そして今年の6月には、シャルル・デュトワさんの指揮するロイフル・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演で、ショパンのビアノ協奏曲第1番を弾く予定。こちらも楽しみだ。協奏曲の時はひとりだけ速く弾くわけにはいかないし…。

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2 コメント

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Unknown (京都っ子)
2013-04-21 15:38:52
 はじめましてですね。京都在住です。19日の京都コンサートホールでのユジャ・ワンさんのリサイタルを聴きました。感想はあなたの書き込み通り。補足する必要のない完璧な文章です。衣装は黒のミニスカに茶色のストッキングに黒のハイヒール。休憩後も同じ衣装。アンコール5曲です。彼女の演奏を聴いたら、他のピアニストの演奏は、あほらしくて聴けない(乱暴な表現ですが、本心です)と思ったほどの強烈な印象を残してくれました。NHK,放送日がおわかりでしたら、教えてください。
Unknown (アッキ)
2013-04-21 16:52:45
私は水戸で聴きました。舞台向かって右ブロックがほぼ空席  そのせいでしょうか・・アンコールはショパン ワルツ1曲だけでした。曲はラヴァルス以外知りませんでしたが、すばらしかったです。サインは並んですぐ番が来ました。愛聴盤のラフマニノフのコンチェルトにサイン頂き、満足なコンサートでした。

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