第14回チャイコフスキー国際コンクール・優勝者ガラ・コンサート
2011年9月8日(木)19:00~ サントリーホール・大ホール S席 1階 2列 17番 11,000円(Japan Arts会員割引)
指 揮: 高関 健
管弦楽: 東京交響楽団
【曲目と出演者】~オール・チャイコフスキー・プログラム
歌劇「エフゲニー・オネーギン」より手紙の場面
エレーナ・グーセワ【声楽部門・女声 第3位/聴衆賞】
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
セルゲイ・ドガージン【ヴァイオリン部門 第2位(1位なし)/聴衆賞】
ロココの主題による変奏曲 イ長調 作品33
ナレク・アフナジャリャン【チェロ部門 第1位/聴衆賞】
ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23
ダニール・トリフォノフ【グランプリ・ピアノ部門 第1位/聴衆賞】
今年2011年6月に開催された第14回チャイコフスキー国際コンクールの優勝者によるガラ・コンサートである。今回は日本勢は早々に敗退してしまい、あまり国内では話題が盛り上がらなかったようだ。一方で、お隣の韓国勢の躍進がめざましかったが、ピアノ部門・ヴァイオリン部門・チェロ部門では最高位を取った者がなかったため、今日のガラ・コンサートへの出演はない。声楽部門では男女ともに韓国勢が第1位となったが、今回は出演してくれなかった。コンサートのチケットはもちろんコンクールの本選よりかなり以前に発売されていたので、チケットを取った時点では出演者はまったく未定の状態だった。ある程度、日本勢・韓国勢の優勝(入賞)を期待していたので、いささか残念な結果になったが、とはいえ世界最高峰のコンクールの覇者が集まり、これ以上の曲はありえないというべきオール・チャイコフスキー・プログラムのコンサートは、将来の音楽界を占う上でも期待感でいっぱいの一夜であった。
出演順に、左からエレーナ・グーセワさん、セルゲイ・ドガージンさん、ナレク・アフナジャリャンさん、ダニール・トリフォノフさん。
1番手は声楽部門。エレーナ・グーセワさん(1986年ロシア生まれ)は第3位入賞。声楽部門の優勝者はスケジュールの都合がつかなかったため、彼女の登場となった。来日は2度目。
「エフゲニー・オネーギン」の「手紙の場面」は、チャイコフスキーのオペラの中でも最も人気のあるシーンで、感傷的かつ情熱的な愛のアリアが歌われる。グーセワさんの声は比較的素直でクセのないソプラノで、ネイティブのロシア語ということもあり、落ち着いた歌唱だった。声もキレイだし声量もまあまあ、立ち姿が美しく舞台映えのする人だ。今日のガラ・コンサートでは最年長の25歳だが、声楽家としてはこれから、という年齢。5年後くらいに大スターになっているかもしれない。オペラで歌うのを聴いてみたくなった。
2番手はヴァイオリン部門。セルゲイ・ドガージンさん(1988年生まれ)最高位には違いない1位なしの2位。今回が初来日だという。
間近で聴いた印象は、楽器の音がそのまま聞こえてくる、といった感じがした。ヴァイオリンがあご当てでしっかりと固定されていて、身体は動いても、ほぼ水平に構えている楽器と顔の位置関係がまったく変わらない。基本に忠実な印象だ。音楽そのものも基本に忠実(?)、演奏の技術そのものは素晴らしく、よく勉強していて表現力も豊かなのだが、あとひとつ何かが足らない感じだった。それが音だったのかもしれない。ドガージンさん自身の音、彼しか出せない音、彼の個性が生み出す音になりきっていない。…つまり、楽器の音が聞こえてくる、といった印象なのである。曲がチャイコフスキーの協奏曲だけに、内外の個性的な一流アーティストの演奏をさんざん聴いているので、ついつい比較してしまい、評価が厳しくなってしまうのかもしれない。
コンサートの後半、3番手は、チェロ部門優勝者のナレク・アフナジャリャンさん(1988年アルメニア生まれ)すでに4回目の来日ということだ。
この人が一番オーケストラとのセッションに気を遣っていたようだ。コンサートマスターと頻繁にアイコンタクトをかわし、指揮者の方もチラチラと見ながら、素晴らしい演奏を披露した。基本的には若者らしい明るい音色で、音に曖昧さがなく、クッキリとしている。「ロココの主題による変奏曲」の独奏チェロは高音部が多用されていて、演奏には高度な技巧が必要とされるようだが、アフナジャリャンさんは極めて正確な音程と、どんなに早いパッセージでも乱れないリズム感があって、技術的には素晴らしい演奏だ。しかも叙情的な表現力も豊かで、チャイコフスキー特有の美しく切ない旋律を明瞭に歌わせていた。演奏としてはとても素晴らしく、さすがは優勝者。もう完全に、Bravo!!だった。ただもう少し音量があれば…。低音域のチェロは協奏曲系の曲の場合、オーケストラの音から突き抜けてくるのが難しく、埋没しがち。だからこそ独奏では高音域が多くなってしまうのだろう。遠くの席からでは聞こえにくかったのではないだろうか。
最後はピアノ部門優勝かつグランプリ受賞のダニール・トリフォノフさん(1991年ロシア生まれ)。2010年のショパン国際ピアノ・コンクール第3位など世界各地の国際コンクールで入賞経歴を持つ20歳の青年。今年の1月に続いて2度目の来日で、明日は急遽決定したリサイタルで、紀尾井ホールで演奏することになっている。
演奏が始まる前に驚かされたのは、今日のサントリーホールに用意されたピアノがなんと現代の名器として名高いファツィオーリ(FAZIOLI)。コンクールでも使用されたと聞いていたが、わざわざ持ち込んだようだ。もちろん見るのも聴くのも初めて。いったいどんな音がするのだろう。
演奏が始まると、これはもうビックリ。チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門では、当然課題曲になる曲である以上、弾きこなしていて当たり前だが、技術的には何も言うことはない。曲全体をかなり早めのテンポ設定しているのは、自信の現れだろうか。冒頭の和音からして、軽快で煌びやか。低音から高音まで、曇りのない音色でクッキリとと明瞭な音の粒立ち。しかも恐ろしく早く指が回る。あまり強すぎない打鍵から柔らかなタッチまで、あるいは繊細なppまで、よく通る音で、オーケストラの音に埋もれない輝きを持っている。決して大きい音を出しているわけではないのに、分離が良い。むしろそれ故に澄んだ音色が出せるのかもしれない。
一方、ファツィオーリの音は、聴き慣れているスタインウェイとは異なる音質で、自然な柔らかみが感じられる。スタインウェイが打楽器だとしたら、ファツィオーリは弦楽器といったイメージか。ピアノが弦楽器だと言うことを再認識させる金属的ではない音だ。
トリフォノフさんは、演奏している時はかなり猫背で、鍵盤に覆い被さるような姿勢で、決して格好の良い姿とはいえない。しかしその集中度合いには鬼気迫る物があり、やはり一流になる人はただの天才ではないようである。また、鍵盤側の指先が見える席だったので、彼の色白でほっそりした長い指が、動体視力が追いつかない早さで鍵盤上を駆け巡るのがよく見えた。
私の席からも、ちょうどこんな感じで見えた。
第3楽章のコーダなどはどんどんテンポが上がって行き、オーケストラとの競争(協奏できなく)のようになってしまったが、勝ったのはもちろんトリフォノフさんの方で、オーケストラはスピードに付いていけずに…。ある種の、協奏曲の魅力爆発の演奏であった。若いから超絶技巧に走るのもむしろ好ましく感じられるが、一方で繊細で抒情的な表現にもキラキラ光るものがあり、旋律の甘い歌わせ方、自然で絶妙なルバートなどにも若い芸術家の瑞々しい感性が溢れていた。ショパン・コンクール第3位などからもわかるように、ただのヴィルトゥオーソではない。まちがいなくBravo!! いやはやスゴイ人が現れたものだ。
トリフォノフさんの明日のリサイタルには都合が合わずに行けないのが残念だが、2位のソン・ヨルムさんと3位のチョ・ソンジンさん(ともに韓国出身)のリサイタルはチケットを取ってある。今年は日本人の入賞がゼロなのに、入賞した方々が日本に来てくれてコンサートを開いてくれるのは嬉しい限りだ。
今回のガラ・コンサートは、おそらく4名の優勝者・入賞者の皆さんはオーケストラとのリハーサルの時間が十分には取れなかったのだろうと思う。いわばコンクールと同じような状況だ。オーケストラとの協奏・共演という点では、こなれてなかった点も多かったと思う。しかし個々の実力を披露するという観点からは大成功だった。この次に、正式にソリストとしてじっくりとリハーサルを行っての演奏をぜひ聴いてみたいものである。
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2011年9月8日(木)19:00~ サントリーホール・大ホール S席 1階 2列 17番 11,000円(Japan Arts会員割引)
指 揮: 高関 健
管弦楽: 東京交響楽団
【曲目と出演者】~オール・チャイコフスキー・プログラム
歌劇「エフゲニー・オネーギン」より手紙の場面
エレーナ・グーセワ【声楽部門・女声 第3位/聴衆賞】
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
セルゲイ・ドガージン【ヴァイオリン部門 第2位(1位なし)/聴衆賞】
ロココの主題による変奏曲 イ長調 作品33
ナレク・アフナジャリャン【チェロ部門 第1位/聴衆賞】
ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23
ダニール・トリフォノフ【グランプリ・ピアノ部門 第1位/聴衆賞】
今年2011年6月に開催された第14回チャイコフスキー国際コンクールの優勝者によるガラ・コンサートである。今回は日本勢は早々に敗退してしまい、あまり国内では話題が盛り上がらなかったようだ。一方で、お隣の韓国勢の躍進がめざましかったが、ピアノ部門・ヴァイオリン部門・チェロ部門では最高位を取った者がなかったため、今日のガラ・コンサートへの出演はない。声楽部門では男女ともに韓国勢が第1位となったが、今回は出演してくれなかった。コンサートのチケットはもちろんコンクールの本選よりかなり以前に発売されていたので、チケットを取った時点では出演者はまったく未定の状態だった。ある程度、日本勢・韓国勢の優勝(入賞)を期待していたので、いささか残念な結果になったが、とはいえ世界最高峰のコンクールの覇者が集まり、これ以上の曲はありえないというべきオール・チャイコフスキー・プログラムのコンサートは、将来の音楽界を占う上でも期待感でいっぱいの一夜であった。
出演順に、左からエレーナ・グーセワさん、セルゲイ・ドガージンさん、ナレク・アフナジャリャンさん、ダニール・トリフォノフさん。
1番手は声楽部門。エレーナ・グーセワさん(1986年ロシア生まれ)は第3位入賞。声楽部門の優勝者はスケジュールの都合がつかなかったため、彼女の登場となった。来日は2度目。
「エフゲニー・オネーギン」の「手紙の場面」は、チャイコフスキーのオペラの中でも最も人気のあるシーンで、感傷的かつ情熱的な愛のアリアが歌われる。グーセワさんの声は比較的素直でクセのないソプラノで、ネイティブのロシア語ということもあり、落ち着いた歌唱だった。声もキレイだし声量もまあまあ、立ち姿が美しく舞台映えのする人だ。今日のガラ・コンサートでは最年長の25歳だが、声楽家としてはこれから、という年齢。5年後くらいに大スターになっているかもしれない。オペラで歌うのを聴いてみたくなった。
2番手はヴァイオリン部門。セルゲイ・ドガージンさん(1988年生まれ)最高位には違いない1位なしの2位。今回が初来日だという。
間近で聴いた印象は、楽器の音がそのまま聞こえてくる、といった感じがした。ヴァイオリンがあご当てでしっかりと固定されていて、身体は動いても、ほぼ水平に構えている楽器と顔の位置関係がまったく変わらない。基本に忠実な印象だ。音楽そのものも基本に忠実(?)、演奏の技術そのものは素晴らしく、よく勉強していて表現力も豊かなのだが、あとひとつ何かが足らない感じだった。それが音だったのかもしれない。ドガージンさん自身の音、彼しか出せない音、彼の個性が生み出す音になりきっていない。…つまり、楽器の音が聞こえてくる、といった印象なのである。曲がチャイコフスキーの協奏曲だけに、内外の個性的な一流アーティストの演奏をさんざん聴いているので、ついつい比較してしまい、評価が厳しくなってしまうのかもしれない。
コンサートの後半、3番手は、チェロ部門優勝者のナレク・アフナジャリャンさん(1988年アルメニア生まれ)すでに4回目の来日ということだ。
この人が一番オーケストラとのセッションに気を遣っていたようだ。コンサートマスターと頻繁にアイコンタクトをかわし、指揮者の方もチラチラと見ながら、素晴らしい演奏を披露した。基本的には若者らしい明るい音色で、音に曖昧さがなく、クッキリとしている。「ロココの主題による変奏曲」の独奏チェロは高音部が多用されていて、演奏には高度な技巧が必要とされるようだが、アフナジャリャンさんは極めて正確な音程と、どんなに早いパッセージでも乱れないリズム感があって、技術的には素晴らしい演奏だ。しかも叙情的な表現力も豊かで、チャイコフスキー特有の美しく切ない旋律を明瞭に歌わせていた。演奏としてはとても素晴らしく、さすがは優勝者。もう完全に、Bravo!!だった。ただもう少し音量があれば…。低音域のチェロは協奏曲系の曲の場合、オーケストラの音から突き抜けてくるのが難しく、埋没しがち。だからこそ独奏では高音域が多くなってしまうのだろう。遠くの席からでは聞こえにくかったのではないだろうか。
最後はピアノ部門優勝かつグランプリ受賞のダニール・トリフォノフさん(1991年ロシア生まれ)。2010年のショパン国際ピアノ・コンクール第3位など世界各地の国際コンクールで入賞経歴を持つ20歳の青年。今年の1月に続いて2度目の来日で、明日は急遽決定したリサイタルで、紀尾井ホールで演奏することになっている。
演奏が始まる前に驚かされたのは、今日のサントリーホールに用意されたピアノがなんと現代の名器として名高いファツィオーリ(FAZIOLI)。コンクールでも使用されたと聞いていたが、わざわざ持ち込んだようだ。もちろん見るのも聴くのも初めて。いったいどんな音がするのだろう。
演奏が始まると、これはもうビックリ。チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門では、当然課題曲になる曲である以上、弾きこなしていて当たり前だが、技術的には何も言うことはない。曲全体をかなり早めのテンポ設定しているのは、自信の現れだろうか。冒頭の和音からして、軽快で煌びやか。低音から高音まで、曇りのない音色でクッキリとと明瞭な音の粒立ち。しかも恐ろしく早く指が回る。あまり強すぎない打鍵から柔らかなタッチまで、あるいは繊細なppまで、よく通る音で、オーケストラの音に埋もれない輝きを持っている。決して大きい音を出しているわけではないのに、分離が良い。むしろそれ故に澄んだ音色が出せるのかもしれない。
一方、ファツィオーリの音は、聴き慣れているスタインウェイとは異なる音質で、自然な柔らかみが感じられる。スタインウェイが打楽器だとしたら、ファツィオーリは弦楽器といったイメージか。ピアノが弦楽器だと言うことを再認識させる金属的ではない音だ。
トリフォノフさんは、演奏している時はかなり猫背で、鍵盤に覆い被さるような姿勢で、決して格好の良い姿とはいえない。しかしその集中度合いには鬼気迫る物があり、やはり一流になる人はただの天才ではないようである。また、鍵盤側の指先が見える席だったので、彼の色白でほっそりした長い指が、動体視力が追いつかない早さで鍵盤上を駆け巡るのがよく見えた。
私の席からも、ちょうどこんな感じで見えた。
第3楽章のコーダなどはどんどんテンポが上がって行き、オーケストラとの競争(協奏できなく)のようになってしまったが、勝ったのはもちろんトリフォノフさんの方で、オーケストラはスピードに付いていけずに…。ある種の、協奏曲の魅力爆発の演奏であった。若いから超絶技巧に走るのもむしろ好ましく感じられるが、一方で繊細で抒情的な表現にもキラキラ光るものがあり、旋律の甘い歌わせ方、自然で絶妙なルバートなどにも若い芸術家の瑞々しい感性が溢れていた。ショパン・コンクール第3位などからもわかるように、ただのヴィルトゥオーソではない。まちがいなくBravo!! いやはやスゴイ人が現れたものだ。
トリフォノフさんの明日のリサイタルには都合が合わずに行けないのが残念だが、2位のソン・ヨルムさんと3位のチョ・ソンジンさん(ともに韓国出身)のリサイタルはチケットを取ってある。今年は日本人の入賞がゼロなのに、入賞した方々が日本に来てくれてコンサートを開いてくれるのは嬉しい限りだ。
今回のガラ・コンサートは、おそらく4名の優勝者・入賞者の皆さんはオーケストラとのリハーサルの時間が十分には取れなかったのだろうと思う。いわばコンクールと同じような状況だ。オーケストラとの協奏・共演という点では、こなれてなかった点も多かったと思う。しかし個々の実力を披露するという観点からは大成功だった。この次に、正式にソリストとしてじっくりとリハーサルを行っての演奏をぜひ聴いてみたいものである。
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いつもありがとうございます。
トリフォリフさんは前回の来日(ショパン・コンクールのガラ)でもファツィオーリを弾いていたそうです。日本にある楽器を使ったのか、ロシアから持ってきたのかは知りませんが…。