JTが育てるアンサンブルシリーズ Vol.51「明日への希望の星」(プロデューサー: 原田幸一郎)
2010年7月1日(木)19:00~ JTアートホールアフィニス 指定 2列 9番 2,000円
ヴァイオリン: 南 紫音*
チェロ: 上村文乃**
ピアノ: 坂野伊都子***
【曲目】
サン=サーンス: ヴァイオリンソナタ 第1番 ニ短調 Op.75 * ***
ラヴェル: ヴァイオリンとチェロのためのソナタ * **
メンデルスゾーン: ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 Op.49 * ** ***
《アンコール》
メンデルスゾーン: ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 Op.49 より第2楽章 * ** ***
JTが主催する「JTが育てるアンサンブルシリーズ」のVol.51は、原田幸一郎氏のプロデュースによる3人の女性によるピアノ・トリオ。ヴァイオリンの南 紫音さんはデビュー以来ずっと注目し続けていて、東京近郊で行われるコンサートやリサイタルのほとんどを聴いている。そのため本ブログにもたびたび登場しているが、チェロを加えたトリオ(室内楽)を聴くのは初めてなので、どのような演奏になるのか、期待が高まる。
チェロの上村文乃(かみむらあやの)さんも南さんと同様に桐朋学園大学のソリストディプロマコースに在学中だが、将来を大いに期待されている人。ピアノの坂野伊都子さんは他の二人とは少々世代が離れているので、今日のトリオ演奏ではリーダー格となっていた。会場の「JTアートホールアフィニス」はわずか256席の小ホールで、ホワイトオークの木目が美しく、音響もそこそこ良い。室内楽を楽しむのにはちょうど良い規模のホールだ。
1曲目は、サン=サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番。ヴァイオリン曲としては定番の名曲である。2つの楽章から成っているが、第1楽章は前半がアレグロのソナタ形式、後半がアダージョの緩徐楽章に相当し、第2楽章は前半がスケルツォで後半がアレグロのフィナーレとなっていて、完全に本格的な4楽章のソナタの構造を持っている。通常のソナタの第1楽章と第2楽章を続けて演奏し、第3楽章と第4楽章も続けて演奏するような形式になっている。
最近の南さんは自身の個性を強く押し出すような演奏が多くなってきた。今日のサン=サーンスは、立ち上がりの第1楽章の前半では、やや荒さが感じられ、音程も不安定だったように感じられた。音質もやや乾いた感じ。後半の緩徐楽章からは、安定を取り戻し、楽器が歌い出したように思う。このように美しい旋律の曲を、ただ美しい色彩感のままに演奏するのではなく、そこに秘められた情念を描くような、ある種の力強さが南さんの演奏からは感じられるようになった。
第2楽章の前半(スケルツォ)は、弾むようなリズム感が若々しく、トリオ部分の叙情的な朗々とした響きとの対比が、なかなか多彩な音色を聴かせて表現力の幅も広い。後半のひたすら早い分散和音のようなパッセージの続く部分では、この曲の性格からいってもっと快速に飛ばしていく方が良いと思うのだが、ピアノ伴奏がやや遅めだったために流れに乗り切れずに、やや不完全燃焼気味だったのが惜しまれる。派手な技巧が披露される場面だけに、技巧に走らず、個々の音を正確に弾こうとする点は、もちろんそれで良いのだが、その中にサン=サーンスの描きたかった(だろうと思う)快活さがもっと表れて来たら、素晴らしい演奏になったのだろうと思うのだが…。ちなみにこの曲は彼女の2枚目のCD「Bloom」に収録されているが(ビアノは江口 玲さん)、こちらでの演奏はもっと生き生きとしている。
2曲目のラヴェルは、ヴァイオリンとチェロだけのソナタ。これがまた一風変わった曲で、1920-1922年の作品ということで、4つの楽章を持つソナタなのだが、曲想は現代、調性や音階も不規則でめまぐるしく変わり、演奏上もピチカートやフラジオレットなど様々な技法を執拗に要求する。しかも2台の弦楽器のみで演奏されることから、和声的な音楽でないこともわかる。
ある意味で華々しく、またある意味では難解なこのような曲を、若い演奏家たちは好きなようだ。今日の南さんと上村さんのような同世代のコンビによる演奏は、とても楽しいものだった。ふたりの共演は初めてらしいが、なかなか息のあったところを聴かせてくれる。同世代ならではの気兼ねなさもあるのかもしれない。リードしているのはもちろん南さんの方で、変則的なリズムをうまくコントロールしていた。チェロがヴァイオリンと同じ音域で演奏する部分が多く、多用されるピチカートなどを含めた両者の掛け合いが、お見事。同じ音域を異なる弦楽器で演奏することによる音色の対比が鮮やかであった。何よりも演奏しているご本人たちが楽しそうなのが良い。聴く側からすると、この手の曲が好みでない人には少々キツイかもしれないが。贅沢をいわせていただけば、楽器の違いもあるかもしれないが、上村さんのチェロが少々押され気味だったことだろうか。最近の南さんはかなり主張の強い演奏をするようになってきた。経験豊富に南さんの勢いに対して、上村さんも負けないように張り合っていけば、もっともっと楽しく、素晴らしい演奏になったと思う。総じて、フレッシュな感覚に溢れた瑞々しいラヴェルだった。
3曲目はメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。ピアノ三重奏としては演奏機会の多い名曲である。4つの楽章が揺るぎない構造を形成し、各楽章に美しく親しみやすい旋律が主題になっているなど、ロマン派前期の室内楽作品の傑作である。
この曲で本日の出演者の3人が揃うことになった。第1楽章の冒頭からチェロの深みのある低音の主題が流れ、ヴァイオリンが追従する。そしてピアノが…。テンポとしてはやや遅めか。ピアノの坂野伊都子さんは、ピアノ・パートに主旋律がまわってくると、思い入れたっぷりのねっとりとした演奏を聴かせる。ルバートをきかせて旋律をたっぶりと歌わせる。それはそれで良いのだが、印象としては他の2人が戸惑い気味に感じられた。若い2人はもっとグングン行きたがったのではないだろうか。
第2楽章、叙情的な旋律が美しい緩徐楽章では、初めの主題提示をピアノがねっとりと感情移入し(すぎ)たような演奏となり、後を引き継ぐ、ヴァイオリンとチェロがあっさりと聞こえるほど。
軽やかな第3楽章のスケルツォを経て、第4楽章は3つのパートがそれぞれ均等な重みを持つ華やかな楽章で、ドラマティックな盛り上がりを見せるのだが、ピアノは思い入れたっぷりのねっとりとした演奏、ヴァイオリンはやや硬質な強めな音で自己主張、チェロはおっとりした優しく品のある演奏だが曲の中ではやや押され気味という、曲全体の構図がハッキリしてきた。狙った効果というよりは、自然の流れでそうなっていたように感じられた。3人の個性とキャリアの差が出てしまったということだろうか。
メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番は、曲の構造がしっかりしているだけに、3つのパートが演奏レベルの均衡が保たれているのが前提として、アンサンブルを完璧に合わせてくるか、または各人の個性をぶつけ合うか、二通りの演奏スタイルがあるように思うわれる。今日の演奏はどちらかというと後者になる。3人各様の個性はそれなりに表れていたと思うが、全体としてはややバラついて統一感に欠けてしまっていたという印象であった。
アンコールで、第2楽章をもう一度演奏してくれたが、2度目の方がまとまってしっとりとした演奏を聴かせてくれて、Bravo!だった。
今日のコンサートの3曲を振り返ってみると、2曲目のラヴェルが一番生き生きとしていたような気がする。とくにチェロの上村さんはこちらの曲の方が溌剌としていて素晴らしかった。今後、彼女に注目してみようと思い、9月にドヴォルザークのチェロ協奏曲をコバケンさんの指揮+東フィルで演奏するようなので(9/11・文京シビックホール)、そちらの方にも行ってみたいと思う。南さんの方は今月、第一生命ホールでリサイタルがあり、ショスタコーヴィチやプロコフィエフなどが聴けるのでこちらも楽しみだ(7/24・ピアノはもちろん江口 玲さん)。
2010年7月1日(木)19:00~ JTアートホールアフィニス 指定 2列 9番 2,000円
ヴァイオリン: 南 紫音*
チェロ: 上村文乃**
ピアノ: 坂野伊都子***
【曲目】
サン=サーンス: ヴァイオリンソナタ 第1番 ニ短調 Op.75 * ***
ラヴェル: ヴァイオリンとチェロのためのソナタ * **
メンデルスゾーン: ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 Op.49 * ** ***
《アンコール》
メンデルスゾーン: ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 Op.49 より第2楽章 * ** ***
JTが主催する「JTが育てるアンサンブルシリーズ」のVol.51は、原田幸一郎氏のプロデュースによる3人の女性によるピアノ・トリオ。ヴァイオリンの南 紫音さんはデビュー以来ずっと注目し続けていて、東京近郊で行われるコンサートやリサイタルのほとんどを聴いている。そのため本ブログにもたびたび登場しているが、チェロを加えたトリオ(室内楽)を聴くのは初めてなので、どのような演奏になるのか、期待が高まる。
チェロの上村文乃(かみむらあやの)さんも南さんと同様に桐朋学園大学のソリストディプロマコースに在学中だが、将来を大いに期待されている人。ピアノの坂野伊都子さんは他の二人とは少々世代が離れているので、今日のトリオ演奏ではリーダー格となっていた。会場の「JTアートホールアフィニス」はわずか256席の小ホールで、ホワイトオークの木目が美しく、音響もそこそこ良い。室内楽を楽しむのにはちょうど良い規模のホールだ。
1曲目は、サン=サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番。ヴァイオリン曲としては定番の名曲である。2つの楽章から成っているが、第1楽章は前半がアレグロのソナタ形式、後半がアダージョの緩徐楽章に相当し、第2楽章は前半がスケルツォで後半がアレグロのフィナーレとなっていて、完全に本格的な4楽章のソナタの構造を持っている。通常のソナタの第1楽章と第2楽章を続けて演奏し、第3楽章と第4楽章も続けて演奏するような形式になっている。
最近の南さんは自身の個性を強く押し出すような演奏が多くなってきた。今日のサン=サーンスは、立ち上がりの第1楽章の前半では、やや荒さが感じられ、音程も不安定だったように感じられた。音質もやや乾いた感じ。後半の緩徐楽章からは、安定を取り戻し、楽器が歌い出したように思う。このように美しい旋律の曲を、ただ美しい色彩感のままに演奏するのではなく、そこに秘められた情念を描くような、ある種の力強さが南さんの演奏からは感じられるようになった。
第2楽章の前半(スケルツォ)は、弾むようなリズム感が若々しく、トリオ部分の叙情的な朗々とした響きとの対比が、なかなか多彩な音色を聴かせて表現力の幅も広い。後半のひたすら早い分散和音のようなパッセージの続く部分では、この曲の性格からいってもっと快速に飛ばしていく方が良いと思うのだが、ピアノ伴奏がやや遅めだったために流れに乗り切れずに、やや不完全燃焼気味だったのが惜しまれる。派手な技巧が披露される場面だけに、技巧に走らず、個々の音を正確に弾こうとする点は、もちろんそれで良いのだが、その中にサン=サーンスの描きたかった(だろうと思う)快活さがもっと表れて来たら、素晴らしい演奏になったのだろうと思うのだが…。ちなみにこの曲は彼女の2枚目のCD「Bloom」に収録されているが(ビアノは江口 玲さん)、こちらでの演奏はもっと生き生きとしている。
2曲目のラヴェルは、ヴァイオリンとチェロだけのソナタ。これがまた一風変わった曲で、1920-1922年の作品ということで、4つの楽章を持つソナタなのだが、曲想は現代、調性や音階も不規則でめまぐるしく変わり、演奏上もピチカートやフラジオレットなど様々な技法を執拗に要求する。しかも2台の弦楽器のみで演奏されることから、和声的な音楽でないこともわかる。
ある意味で華々しく、またある意味では難解なこのような曲を、若い演奏家たちは好きなようだ。今日の南さんと上村さんのような同世代のコンビによる演奏は、とても楽しいものだった。ふたりの共演は初めてらしいが、なかなか息のあったところを聴かせてくれる。同世代ならではの気兼ねなさもあるのかもしれない。リードしているのはもちろん南さんの方で、変則的なリズムをうまくコントロールしていた。チェロがヴァイオリンと同じ音域で演奏する部分が多く、多用されるピチカートなどを含めた両者の掛け合いが、お見事。同じ音域を異なる弦楽器で演奏することによる音色の対比が鮮やかであった。何よりも演奏しているご本人たちが楽しそうなのが良い。聴く側からすると、この手の曲が好みでない人には少々キツイかもしれないが。贅沢をいわせていただけば、楽器の違いもあるかもしれないが、上村さんのチェロが少々押され気味だったことだろうか。最近の南さんはかなり主張の強い演奏をするようになってきた。経験豊富に南さんの勢いに対して、上村さんも負けないように張り合っていけば、もっともっと楽しく、素晴らしい演奏になったと思う。総じて、フレッシュな感覚に溢れた瑞々しいラヴェルだった。
3曲目はメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。ピアノ三重奏としては演奏機会の多い名曲である。4つの楽章が揺るぎない構造を形成し、各楽章に美しく親しみやすい旋律が主題になっているなど、ロマン派前期の室内楽作品の傑作である。
この曲で本日の出演者の3人が揃うことになった。第1楽章の冒頭からチェロの深みのある低音の主題が流れ、ヴァイオリンが追従する。そしてピアノが…。テンポとしてはやや遅めか。ピアノの坂野伊都子さんは、ピアノ・パートに主旋律がまわってくると、思い入れたっぷりのねっとりとした演奏を聴かせる。ルバートをきかせて旋律をたっぶりと歌わせる。それはそれで良いのだが、印象としては他の2人が戸惑い気味に感じられた。若い2人はもっとグングン行きたがったのではないだろうか。
第2楽章、叙情的な旋律が美しい緩徐楽章では、初めの主題提示をピアノがねっとりと感情移入し(すぎ)たような演奏となり、後を引き継ぐ、ヴァイオリンとチェロがあっさりと聞こえるほど。
軽やかな第3楽章のスケルツォを経て、第4楽章は3つのパートがそれぞれ均等な重みを持つ華やかな楽章で、ドラマティックな盛り上がりを見せるのだが、ピアノは思い入れたっぷりのねっとりとした演奏、ヴァイオリンはやや硬質な強めな音で自己主張、チェロはおっとりした優しく品のある演奏だが曲の中ではやや押され気味という、曲全体の構図がハッキリしてきた。狙った効果というよりは、自然の流れでそうなっていたように感じられた。3人の個性とキャリアの差が出てしまったということだろうか。
メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番は、曲の構造がしっかりしているだけに、3つのパートが演奏レベルの均衡が保たれているのが前提として、アンサンブルを完璧に合わせてくるか、または各人の個性をぶつけ合うか、二通りの演奏スタイルがあるように思うわれる。今日の演奏はどちらかというと後者になる。3人各様の個性はそれなりに表れていたと思うが、全体としてはややバラついて統一感に欠けてしまっていたという印象であった。
アンコールで、第2楽章をもう一度演奏してくれたが、2度目の方がまとまってしっとりとした演奏を聴かせてくれて、Bravo!だった。
今日のコンサートの3曲を振り返ってみると、2曲目のラヴェルが一番生き生きとしていたような気がする。とくにチェロの上村さんはこちらの曲の方が溌剌としていて素晴らしかった。今後、彼女に注目してみようと思い、9月にドヴォルザークのチェロ協奏曲をコバケンさんの指揮+東フィルで演奏するようなので(9/11・文京シビックホール)、そちらの方にも行ってみたいと思う。南さんの方は今月、第一生命ホールでリサイタルがあり、ショスタコーヴィチやプロコフィエフなどが聴けるのでこちらも楽しみだ(7/24・ピアノはもちろん江口 玲さん)。