Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

9/12(日)ロイヤル・オペラ「椿姫」代役のエルモネラ・ヤオが途中降板、代々役のアイリーン・ペレスに絶賛

2010年09月13日 02時44分17秒 | 劇場でオペラ鑑賞
英国ロイヤル・オペラ来日公演2010「椿姫」初日

2010年9月12日(日)15:00~ 神奈川県民ホール S席 2階 10列 33番 54,000円
指 揮: アントニオ・パッパーノ
管弦楽: ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
合 唱: ロイヤル・オペラハウス合唱団
演 出: リチャード・エア
美 術: ボブ・クローリー
照 明: ジーン・カルマン
出 演: ヴィオレッタ: エルモネラ・ヤオ/アイリーン・ペレス
    アルフレード: ジェームズ・ヴァレンティ
    父ジェルモン: サイモン・キーンリーサイド
    フローラ: カイ・リューテル
    ガストン子爵: パク・ジミン
    アンニーナ: サラ・プリング
    ドゥフォール男爵: エイドリアン・クラーク
    ドビニー侯爵: リン・チャンガン
    医師グランヴィル: リチャード・ウィーゴールド

 開会前からすったもんだの大騒ぎだったロイヤル・オペラの『椿姫』がようやく初日を迎えた。主役のヴィオレッタ役の予定だったアンジェラ・ゲオルギューさんのキャンセル問題で、会場の神奈川県民ホールの受付をはじめ、会場内のいたるところに案内が出ていた。


 そのことはもう考えないことにして、今日はエルモネラ・ヤオさんのヴィオレッタに期待して、純粋にオペラが楽しめれば良いと思っていた。今日はS席54,000円を奮発していたので、不満たらたらた言ってるよりも、楽しまなければ損である。2演目セット券で予約したのに、S席で割り振られたのが、2階10列33番。実歳には2列目の正面なので、ステージを真正面から見られる良い席ではあるのだが、とにかく前の方の席が好きな私にとっては、こちらも不満だった。

 第1幕が始まると思いきや、ロイヤル・オペラのディレクター、エレイン・パドモアさんがステージに上り、今回のキャスト変更についてお詫びと説明をした。まあ、主役交代だから、これくらいはしないと。
 そして、パッパーノさんが登場して、第1幕の前奏曲が始まる。ゆったりしたテンポでレガートを効かせた弦の不協和音が美しい。幕が上がり、以前から映像で数え切れないほど観たリチャード・アエ演出の舞台が現れた。コンパクトにまとまっているヴィオレッタのサロンは、細部までの質感が豪華で、遠近法を用いたデザインの鋭さは、16年たっても決して色褪せるものではない。ところが…、肝心の音楽の方が何となく変な感じ。先日の「マノン」のゲネプロの時のように音に精彩がないのだ。そして、話題のエルモネラ・ヤオさんのヴィオレッタ。やや暗い感じのするソプラノで震えるような細やかなヴィブラートはゲオルギューさんに似ている。黒い髪の東欧系の顔立ちも,雰囲気は似ている。歌の方はというと、リズム感が悪く、オーケストラと微妙に合っていなかったりなど、ちょっとこれはいけないかも、と思った。
 一方のアルフレード役のジェームズ・ヴァレンティさんは背の高い英国の青年貴族といった風貌(実際はアメリカ人)だが、声は出ているのだがフレーズ後半がしぼんでしまう感じで聴き取れなくなってしまいがち。イタリア・オペラらしく母音を伸ばす歌い方ではないので、やはり音楽に乗りきれていない様子だった。
 パッパーノさんとオーケストラもノリが悪くドタバタしているようだった。「乾杯の歌」の後には拍手が入ったが、これはお決まりのことで、けっして素晴らしかったわけではない。
 第1幕の後半はヴィオレッタの一人舞台。「ああ、そはかの人か」の後でも拍手が入り、「花から花へ」の難度の高いアリアでは、さすがにヤオさんも一所懸命歌っていたが、高い音を2カ所飛ばしてしまい、ウッ、これはマズイと思っている内に第1幕終了。盛大なBravoが飛んだが、ホントにこれがBravoなんですか!?

 30分の休憩の後、第2幕が始まると思ったら、ふたたびエレイン・パドモアさんがステージに出てきたので、会場がザワつく。いわく、今度はエルモネラ・ヤオさんがアレルギー症状のため第2幕以降を続行できなくなりました。代役の代役はアイリーン・ペレスが歌います、という。さすがに会場騒然。あきれるやらなにやら。いったいこのオペラはどうなっているんだ? 呪われているのかしら。アイリーン・ペレスさんはアメリカの若手で、今回のロイヤル・オペラの公演では、アンジェラ・ゲオルギューとアンナ・ネトレプコのカヴァーに入っていた。急に出番が回ってきたことになる。さてさて…。ところが始まるとさらにびっくり。オーケストラの調子が完全に戻っている。やや早めのテンポで軽快に、しかもダイナミック・レンジもかなり広がっていて、各パートの音色が全然違う。最初のアルフレードのアリア「燃える心を」では、ヴァレンティさんも第1幕よりずっと声が出るようになり、伸びるようになった。父ジェルモン役のサイモン・キーンリーサイドさんが登場し、見事なバリトンを響かせる。「天使のような清らかな娘を」は腹の底から絞り出すような豊かで力強いバリトン。声量も十分、細やかなニュアンスの表現が素晴らしかった。後半の「プロヴァンスの海と陸」も合わせて、この人は完全にBravo!!だ。なかなかこれだけ歌えるバリトン歌手はいない。
 そして肝心のヴィオレッタ、アイリーン・ペレスさん。この時点では、もちろん顔も名前も知らないから、いったいどんな人が出てくるんだ? と思っていたら、これがなかなかキレイな人で、しかも若い。本来、ヴィオレッタは20歳くらいなので、うまく歌うことができるのなら若い人の方が良いとは思う。本プロダクションでの演技も的確にこなして行き、歌も巧い。ヤオさんとは違って、アメリカ人ということもあり、声質が明るく伸び伸びとした雰囲気を持っている。個性的ではないかもしれないが、変なクセがなく、素直で聴きやすいソプラノさんだ。オペラが進んでいく内に、…これは良いかもしれないぞ、と思えてきた。「お伝えください、清らかなお嬢様に」から父ジェルモンとの掛け合いなど、キーンリーサイドさんに負けない声量と突き抜ける高音で存在感を示していた。また途中、あえて極めてピアニッシモで歌う部分をつくり、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量で歌う。これは勇気の要る行為だ。だがその瞬間、聴衆が一斉に息を止めて聴き入ってしまった。そして完全に無音になった会場に、ペレスさんのかすかな歌声が透明に聞こえ、だんだんクレッシェンドしてきて、朗々とした声が輝いたとき、ペレスさんは聴衆の心をつかみ、会場全体がひとつになった。これは…素晴らしい。オペラの醍醐味である。Brava!!
 幕が下りて、休憩無しで場面転換、第2場、フローラの館が始まる。本筋と関係ない、ジプシー女たちの占いと、闘牛士たちの踊りを経て、アルフレード、ヴィオレッタ、フローラ、ドゥフォール男爵、そして父ジェルモンが登場すると全員が揃い、大合唱となる私の一番好きな、最もオペラ的な盛り上がりを見せる場面だ。ここでもペレスさんの弱音が絶妙の陰影を加える。そして全員の歌と合唱、オーケストラも全開になるこの瞬間も、ペレスさんのソプラノが突き抜けてくる。この人、けっこうスゴイかもしれない。
 総じて、第2幕以降はまったく異なるオペラ劇場を聴いているよう。第1幕とはぜんぜん違う、世界のトップレベルに返り咲いた。おそらく、途中降板による代役の代役など、トラブルに対して、ロイヤル・オペラ側が威信を賭けて全力で取り組んでくれたのだと思う。彼らの誇りが見えるような気がした。


会場内に急遽張り出されたアイリーン・ペレスさんの紹介

 第3幕は、…さすがにキャスト変更はありません…ヴィオレッタの寝室。登場したパッパーノさんに絶賛のBravo!が飛ぶ。オケは完全に世界の一流クラスに復活していて、聴衆はもちろんそれを肌で感じていたのである。また、もうこの時点では、アイリーン・ペレスさんは素晴らしい実力を持った人だということは確信していた。あれだけピアニッシモの巧いソプラノなら、死に瀕したヴィオレッタが歌う「さようなら、過ぎ去った日々よ」のアリアこそピッタリではないか。そして、期待に違わず、見事に歌いきった。耐えきれない身体と心の苦しみを、せつせつと情感を込めて、しかも弱々しく歌う。でもハッキリ聞こえるのだ。もちろんパッパーノさんのオーケストラのコントールが効いていて、声を殺さないようにしていたこともあるが、歌が巧いことに変わりはない。主役の交代劇に振り回されたカタチになった今回の「椿姫」だが、リチャード・エアの演出は知りすぎるくらい知っているので、改めての感動というのはないが、最後の場面で、ヴィオレッタが苦しみを感じなくなって立ち上がり、ベッドの周りを一回り走って、アルフレードの腕の中に倒れ込んで息を引き取るシーンが秀逸だ。最近の演出では、ヴィオレッタを孤独に死なせるイメージのものが多い。それらは、ヴィオレッタや人の死に対する冷徹な目を持っていて、感情に流されない製作者たちの意志を強く感じさせるもので、現代的と言えば現代的。しかし個人的には、人の最期には救済が欲しいと思う。だから、この演出は昔から私の中ではスタンダードなのである。

 オペラが終わって、カーテン・コールで一番Bravo!が多かったのは、もちろんアイリーン・ペレスさん。急遽出演した割には素晴らしかったという意味の同情票も幾分含まれていたかもしれないが、最終的には彼女がオペラを盛り返した。日本ではまったく無名の新人(?)でも、ロイヤル・オペラの日本公演という大舞台で、途中出場にもかかわらず、聴衆の心をつかんだことは間違いない。キーンリーサイドさんもすっかり霞んでしまっていた。もうひとりBravo!が多かったのは、やはりパッパーノさんだ。彼の音楽作りは躍動感があって、キビキビしており、聴いているものを飽きさせない。歌手の様子を見ながら、十分に歌わせ、同時にムリもさせないようにピッタリとサポートしている。今回のようなトラブル続きの中で、結局は見事に修復してまとめ上げた手腕は見事といか言いようがない。まったく、オペラのために生まれてきたような指揮者である。

 今回のロイヤル・オペラの『椿姫』はいろいろな問題が頻出して、オペラ自体に集中できなかったキライがあった。会場に詰めていたNBSのスタッフの方に確認したところ、この後の公演(9/16、9/19、9/22、いずれねNHKホール)で、ヴィオレッタを誰が歌うのかは決まっていないという。予定では、あくまでエルモネラ・ヤオさん。でも回復するのだろうか。最終的には、今日のアイリーン・ペレスさんが(間違いなく)成功を収めたため、悩ましいところである。配役を決めるのはロイヤル・オペラ側とのことだが、私は9/22(本公演の千秋楽)にも行く予定なので、心配だ。できることなら、アイリーン・ペレスさんの歌で第1幕も聴いてみたいと、今日、会場で大部分の人が思ったにちがいないのだが…。

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11 コメント

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Unknown (たく)
2010-09-14 21:15:23
はじめまして

私も会場にいました、ほんとうびビックリでしたが・・でも感動も大きかったですね!

あの怒涛の拍手はけっして同情だけではないですね、観客全員が感動した結果だと思います

私は1階17列の端っこでしたが、あのpppの感動は忘れられません。
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驚きと感動の体験でした (ぶらあぼ)
2010-09-14 22:43:08
たく様
コメントをお寄せいただきありがとうございます。
代役の代役、しかも途中で交替するなんて初めて。なかなかできない貴重な体験でした。2・3幕が素晴らしかっただけに、ドタバタ劇のわりには後味がスッキリしましたね。オペラ好きの人たちの間でもそうとう大騒ぎになっているみたいで、このブログにもアクセスが殺到して、9/13だけで1,762ページビュー、訪問者数726人にもなり、コチラの方がビックリしました。
たく様もオペラ好きのお仲間ですね。今後ともよろしくお願いします。
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今回も同様でした (瑠璃)
2010-09-19 22:04:18
19日公演終了後の現在です。
12日公演で何が起きたか全く知らずに会場入りしたのですが、やはり1幕はエルモネラ嬢でした。第一声から「これはまずい…」と感じました。落胆の隠せない拍手の中、申し訳なさそうに舞台を後にするエルモネラ嬢が何とも言えず哀れでした…。
2幕以下の感想はブログに書かれているのと全く同じです。やはりオケにも雰囲気は伝染しますね…。
最終公演は、1幕からアイリーン嬢が歌うという決断をRoyal側がしてくれることを期待しているのですが…整った1幕が見られず公演が終了してしまうのは何とも残念です。
正直、アイリーン嬢の度胸と出来に拍手。せっかく得たこのチャンス、今後に生かしてほしいと思います。
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トラブル続きの『椿姫」 (ぶらあぼ)
2010-09-19 22:25:28
瑠璃 様
コメントをお寄せいただきありがとうございます。
ヤオさん、16日は全部歌ったみたいで、17日の「マノン」を見に来ていたので元気になったとばかり思っていました。でも19日もやっちゃったんですね。さすがにこうなると最終日の22日はムリなんじゃないかしら。NBSはロイヤル・オペラ側の決断待ちのようですが、私は22日にも行くので…。いいかげんドタバタ劇にケリを付けて、千秋楽はアイリーン・ペレスさんですっきりと終わらせて欲しいですね。
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22日のヴィオレッタは? (Andy)
2010-09-20 23:24:50
20日のマノンは素晴らしかったです。
アンジェラ・ゲオルギューを聴きたいがゆえにNHKホールではありますが、22日の券を買いました。

ヴィオレッタが誰になるのか心配です。

ペレスさんのウィーン国立歌劇場のデビューはヴィオレッタと書いてあります↓
http://www.askonasholt.co.uk/artists/singers/soprano/ailyn-perez
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ペレスさんが良い (ぶらあぼ)
2010-09-21 00:07:24
Andy 様
コメントをお寄せいただきありがとうございます。
22日はどうなるんでしょうね。9/12に聴いた限りでは、圧倒的にペレスさんの方が素晴らしかったですから、22日はぜひともペレスさんで全曲やってほしいですね。とくに「そはかの人か~花から花へ」は日本ではまだ誰も聴いてないわけですから、ぜひは聴きたいものです。
9/20の深夜の現時点では、まだNBSからキャストの発表はないようです。
それと、ペレスさんの情報をありがとうございました。
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22日がいい演奏になる様お祈りします (Andy)
2010-09-21 08:48:51
ぶらあぼ様
詳細な情報をありがとうございます。
20日の会場にヴィオレッタ役についてNBSホームページと同じ内容の張り紙がありどうなっているのか不安になっているところでしたので大変参考になりました。
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22日はネトレプコ ()
2010-09-22 08:06:28
冗談で、「ネトレプコが歌えば良いのに」と話していたことが現実になりました。ただし、これは高額なチケットを買ったファンに対し果たしてフェアな対応と言えるでしょうか?また、アイリーン・ペレスのパフォーマンスが悪くなかったことは、せめてもの救いでしたが、1幕での降板を2回もやってしまった事には、主催者側の判断ミスも感じます。歌手は生き物。アクシデント覚悟でのオペラ鑑賞ではありますが、今回のロイヤルオペラ並びにNBSの対応については不満が残ります。私も開設当初からファンド・レイジングに賛同してきた者ですが、来年以降の寄付は熟考したいと思います。
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はじめまして (kuma)
2010-09-22 10:13:48
今回の騒動のおかげでこのブログに出会えたことには感謝してます。今後ともよろしくお願いします。
私も神奈川のお話を渋谷で体験した一人ですが、友人から千秋楽はネトレプコと連絡されてショックを受けてます。ゲオルギューとネトレプコがヤオやペレスと同じレベルとは考えにくいですよね。今回の対応をみる限りロイヤルオペラに行くことはもう無いと思います。
NBSの「当社の責任ではない」的な態度も毎度のことながら疑問を感じました。
これからも情報をたのしみにしています。
返信する
ネトレプコさんになっちゃいましたね (ぶらあぼ)
2010-09-22 13:40:29
尚 様
コメントをお寄せいただきありがとうございます。
私も冗談で言っていたら本当にネトレプコさんが出演することになり、驚くました。今日9/22はタナボタの公演を楽しんできたいと思います。
尚様のおっしゃる通り、公平かどうかという点については、問題が残りますが、私はロイヤル・オペラ側が再三にわたるトラブルに対して、日本のファン全体に対してできるだけの誠意を示してくれたのではないかと考えています。それに対してNBSは未だに謝罪の一言もなく、責任逃れに終始しているようで、憤りを感じますね。ファンド・レイジングについては私も再考したいと思っています。
でも本当に、オペラって、いろいろなことが起こりますよね。今回のようなトラブルも笑って済ませられるくらい余裕のある生き方ができれば良いのでしょうが、私のような庶民は、なかなか…。
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