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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

9/13(火)大物歌手のキャンセル続出で、どうなる「ボローニャ歌劇場」「バイエルン国立歌劇場」来日公演2011

2011年09月14日 00時44分54秒 | 音楽に関するエッセイ
 今年2011年の9月~10月に、世界のトップクラスの歌劇場、「ボローニャ歌劇場」と「バイエルン国立歌劇場」の来日公演が重なっている。すでに6月に来日した「メトロポリタン歌劇場」と合わせて、今年のオペラ界での3大イベントだ。ところが3月11日に発生した東日本大震災と福島第一原発の事故の影響により、出演予定者のキャンセルが相次ぎ、オペラ・ファンの間に衝撃が走っている。もちろん、来日公演の企画は数年前から進められているものであり、震災の発生等は予見すべくもないが、公演の直前になって、主役級が次々とキャンセルになっていくというのは、大枚をはたいてチケットを購入している私たちにとっては、なかなか素直に受け入れがたいものがある。いずれにしても公演そのものは開催される予定なので、それはそれで楽しみにはしているが…。2つの歌劇場の来日公演の開催前に、キャンセル問題についてまとめておこうと思う。

 まず、キャンセルになった出演者(×)とその代役を一覧にしてみる。
【ボローニャ歌劇場】
●「カルメン」ビゼー作(9/13、9/16、9/19)
 ドン・ホセ役…ヨナス・カウフマン(×) →マルセロ・アルバレス
 エスカミーリョ役…パウロ・ショット(×) →カイル・ケテルセン
 ミカエラ役…アレッサンドラ・マリアネッリ(×) →ヴァレンティーナ・コッラデッティ

●「清教徒」ベッリーニ作(9/11びわ湖、9/17、9/21、9/14)
 アルトゥーロ役…フアン・ディエゴ・フローレス(×) →セルソ・アルベロ(9/11びわ湖、9/17、9/21)・アントニーノ・シラグーザ(9/19)
 リッカルド役…アルベルト・ガザーレ(×) →ルカ・サルシ

●「エルナーニ」ヴェルディ作(9/18、9/23、9/25)
 エルナーニ役…サルヴァトーレ・リチートラ(×) →ロベルト・アロニカ

【バイエルン国立歌劇場】
●「ロベルト・デヴェリュー」ドニゼッティ作(9/23、9/27、10/1)

●「ローエングリン」ワーグナー作(9/25、9/29、10/2)
 ローエングリン役…ヨナス・カウフマン(×) →ヨハン・ボータ
 テルラムント役…エフゲニー・ニキーチン → ファルク・シュトルックマン

●「ナクソス島のアリアドネ」R.シュトラウス作(10/5、10/8、10/10)
 舞踊教師役…ギ・ド・メイ(×) →トーマス・ブロンデル
 下僕役…クリスティアン・リーガー(×) →タレク・ナズミ

 ざっとこんな感じだ。一番ひどいのはボローニャ歌劇場の「カルメン」で、主役の4人のうち3人が変わってしまった。まあ、アルバレスならばカウフマンの代役としては申し分ないクラスだが…。主役3人が変わってしまって、それでも公演は予定通り行うので、払い戻しはしません、というのも如何なものか。何らかのオプションを用意できないものだろうか。
 それにしてもヨナス・カウフマンって、どうなんだろう。6月のメトロポリタン歌劇場の来日公演でも、「ドン・カルロ」のタイトルロールをキャンセルした。その時は放射能の国に行くのに家族に反対されたからという理由だった。カウフマンは今年の日本では当たり年で、MET、ボローニャ、バイエルンという世界の名だたる歌劇場の来日公演に、すべて主役で参加する予定だったのに、結果的に全部キャンセルしてしまった。9月のキャンセル理由は胸部リンパ節の切除手術をするからで、決して放射能のせいではないとメッセージまで寄せているのだが…。悪性ではないだろうといわれているので、どこか怪しげである。
 また「清教徒」に出演予定だったフアン・ディエゴ・フローレス。ハイC以上の高音連発の上演至難のテノール。これは是非にも聴きたかった。「これを聴き逃したらオペラファン一生の悔いに…」とチラシにも載っていたが、来てくれないことには後悔のしようもない。むしろチケットを買っていたことを後悔してしまった人も多かったのではないだろうか。私もそのうちの一人には違いないが、もともとのお目当てはデジレ・ランカトーレのエルヴィーラを聴きたかったからなので、失望は半分程度で済んだわけだ。しかし、海の水を飲んで喉を痛めたから、というのはあまりにも取って付けたような理由だ。
 「エルナーニ」は外来歌劇場では日本初演となる珍しいオペラだが、タイトルロールのサルヴァトーレ・リチートラはスクーターの交通事故に遭って入院、来日は不可能と一旦は伝えられたが、そのまま亡くなられた。これは衝撃的なニュースだった。世界のオペラ界でも大きな存在を失うことになってしまった。慎んで冥福をお祈りします。
 上記の一覧を見てもわかるように、その他にもキャンセルした人は多い。その多くの場合は健康上の理由で完全な舞台が務められないからと、医師の診断が15日程度の休養または加療を要するとなっている。この15日というのが微妙な日数で、全公演の日程から見ると、日本での滞在期間は2週間程度。つまり日本公演をキャンセルして休養すれば、次の公演からは復帰できるということになる。結局は、亡くなったリチートラ以外のキャンセル理由は…怪しいと言わざるを得ない。

 逆に出演者のキャンセルに伴って、急遽代役として来てくれる人たちがいる。NETの公演でジョセフ・カレーヤの代役でも来てくれたお馴染みのマルセロ・アルバレスは、今回はドン・ホセのカウフマンの代役だ。アルバレスのドン・ホセは、また違った魅力を見せてくれるに違いない。一方、ローエングリンのカウフマンの代役は、ワーグナー歌いの一流どころ、ヨハン・ボータ。クラスとしては同等で問題はないだろう。超高音の難役、「清教徒」のアルトゥーロはフローレスに代わってセルソ・アルベロとアントニーノ・シラグーザが来てくれることに。私は「清教徒」に2回行く予定だが、両回ともアルベロの歌う日。まったく知らない人だが、最新の情報によればハイFまで出るというので、これは期待しよう。しかしせっかくだから、シラグーザも聴きたかった。むしろそれが残念。
 こうして見てみると、応援に駆けつけてくれる人たちは親日派が多いようである。アルバレスやシラグーザは毎年のように来日して、オペラやリサイタルでお馴染みだ。おそらく、また勝手に想像してしまうのだが、日本によく来る人たちは、日本にも友人が多く、生きた情報が直接伝わっているに違いない。だから安心して来てくれるのだろう。日本とのパイプがマネジメントだけという人は、日々のニュースなどを見ていれば疑心暗鬼に陥ってしまうのもやむを得ないことだ。招聘元も説得努力はしているはずだが、相手がいる仕事だから、不本意な結果に終わってしまうことも多かったと思う。来てくれる人には不満はないので、公演自体は楽しみたい、というのが私のいつものスタンスではあるが、少々(かなり)やせ我慢している(?)。

 東日本大震災と福島第一原発事故はあくまで日本側の問題なので、それを理由に出演キャンセルになっても、非難することはむずかしい。今回の「ボローニャ歌劇場」と「バイエルン国立歌劇場」の場合は、それぞれが病気理由を掲げているとしても、その本心はバレバレであろう。いまだかつて、これほど大勢の出演キャンセルが一度に発生したことはない。これほど多くの人が同時に、運悪く(都合良く)病気になりはしないだろう。たとえそうだとしても、彼らを非難することはできない。ことは非常に微妙な人の心理が働いているのであり、考慮あるいは尊重しなければならないことである。
 問題は、やはりお目当ての出演者観たさ聴きたさで高額のチケットを買った私たちへの対応であろう。各招聘元からは出演者変更のお知らせがハガキや封書、あるいはメールでも届くだけ。METの時は、来場者全員に公演プログラムを無償配布した(ただしキャンセルされて来ない人のプロフィールがたくさん載っているもの)。今回は何かオプションが用意されているのだろうか。「公演は行われるので(誰が出ようが出まいが)払い戻しはしません」という主催者側の立場もわからないではないが、かといって何の弁済もないというのも如何なものか。
 今回の「ボローニャ歌劇場」と「バイエルン国立歌劇場」の場合は、チケット発売後の震災であったとはいえ、その時から既に半年が経過している。ところが出演者のキャンセルは9月に入ってから続々と伝わってきた。招聘元と歌劇場側、あるいは出演者側と、もっと早い時点で真摯に話し合い、お互いの希望を伝え合えば違った落としどころがあったのではないだろうか。思い切って公演を中止することもできたはずだし、あるいは出演者の意志を確認、一旦すべてのチケットを払い戻してから、来日が確約できる人とメンバーを再構築して、価格設定を含めて再発売するということもできたはず(ラ・フォル・ジュルネ2011が短時間でそれを実現した)。少なくとも、その作業をする時間はあったはずである。完全に劇場付きの歌手たちだけの公演ならともかく、スター歌手を招いての公演であり、彼らの名声と魅力で客集めをしているのも事実なのだから、そのスター歌手がいない(あるいは別のスター歌手に代わる)というのは観に行く私たちにとっては、最大の関心事である。ボローニャ歌劇場の合唱が好きだから54,000円出して聴きに行く、なんて人はまいずいない。あるいは「カルメン」が好きだから誰が歌っても52,000円出して行く、という人も絶対にいない。私たち「聴く側の心理」を大切にしていただきたいものである。
 東日本大震災と福島第一原発事故という未曾有の出来事が招いたとはいえ、こんなことを繰り返していたら、「オペラはもうコリゴリ」という人がどんどん増えていってしまう。やっぱりこれも「人災」だと言わざるを得ない気がする。【文中敬称略】

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まったくもって同感です。 (paix)
2011-09-17 23:22:30
わかりやすく書いてくださっていて、とても気持ちがすっきりしました。その通りです。私はびわ湖で「清教徒」を見てきました。ランカトーレは素晴らしかったし、代役のアルベロも大健闘で、勿論オケも合唱もイタリアそのもので、大満足でした。でも最初からフローレスの名前がなければ、こんな高額出して買わなかっただろうと思います。来てくれた人達には感謝感謝ですが、この公演を無理矢理実行した人達、また、直前になってキャンセルした思い上がった人達には腹を立てています。次回のフローレスの来日公演がいつかあったとしても、またキャンセルされるんじゃないかと思うし、放射能汚染が収まって来日したころには、もうあの美声もとうがたっているかもしれません。今回フローレスを聞き損ねたことは、本当に後悔そのものです。
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フローレスなんかもういらない? (ぶらあぼ)
2011-09-18 01:33:20
paix様
コメントをお寄せいただきありがとうございます。
私は今日(6/17)「清教徒」に行ってきました。ランカトーレさんが素晴らしいのは予想通りでしたが、セルソ・アルベロさんが伸びやかな超高音と甘い歌声で会場を魅了していました。ドタキャンのフローレスよりも、私は来てくれたアルベロさんを応援していきたいです。
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Unknown (みやび)
2011-09-18 18:01:14
はじめまして。

ご意見、全くもってごもっともと思いますが、下記の点については、本当にそうだろうか、と少し考えるところがありました。

>思い切って公演を中止することもできたはずだし

歌手が個人的にキャンセルするなら何とでも理由はつきます。しかし、歌劇場が丸ごとキャンセルしたら「やはり日本は危ないのだ」少なくとも、「歌劇場側は危ないと判断した」のだと、海外の人々は考えるでしょう。おそらく、日本にいる私達が思っているよりもはるかに大きな影響があると思います。
日本国内ですら風評被害が喧伝される中、MET、ボローニャ、バイエルンといったアメリカ、イタリアそしてドイツ(!)の歌劇場の公演が実施されることの意義は大きいのではないでしょうか。
単なる(という言葉は使いたくないですが)オペラ・ファンのお楽しみという以上に、文化、経済等への影響があるものと思います。

来日した人々が東日本大震災の被災者への哀悼と激励の意を表してくれることも復興支援の一つで、それは来年や再来年ではなく、「今」必要なことだと思います。
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言いたかったこと (ぶらあぼ)
2011-09-19 00:08:14
みやび 様

ご意見承りました。

>思い切って公演を中止することもできたはずだし

というのは、そのようなオプションも考えられたはず、という意味であり、中止した方が良かったという意味を含むものではありません。現実に、来日公演がキャンセルされた歌劇場もありますし、音楽家個人だけでなく、オーケストラのような団体でもキャンセルが多発し多くのコンサートやオペラが中止になったという事実を踏まえた上での発言です。私が言いたかったことは、このような厳しい状況下でスタッフもキャストも整わない状態で、公演の質が、企画時に想定していたレベルで維持できていないのではないかということです。維持できないのであれば、前売りのチケット購入者に対するオプションのひとつとして、公演中止という選択肢もあったはずで、これは芸術的価値の問題であって、震災等の理由、文化・経済等への影響とはまったく別次元の問題です。

私がブログを通じて主張してきたのは、「音楽家は演奏することで、私たち聴衆は演奏を聴くことで、社会に貢献すべき」ということです。中止になってしまっては何もかもが無になってしまうわけですから、中止すべきでないことは再三述べてきました。そして出演者のキャンセルや、それに伴うかなりの失望感についても、可能な限り寛容であるべきとの考え方から、それらの人を非難したことは一度もありません。

このブログでは、純粋に音楽とオペラのことについてだけ述べることにしています。震災復興、原発問題、国際情勢など、社会の様々な問題との関わりはできるだけ避けています。それらの事柄や音楽との関わりについて個人的な意見や独自の考えも持ってはいますが、それを主張したいわけではありません。こんな非常時にノンキに音楽の話しかできない「音楽バカ」と呼ばれたことがありますが、別にできないわけではありません。していないだけです。このようなスタンスをご理解いただければ幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。
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