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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

4/5(金)ブリュッヘン・プロジェクト/アヴデーエワのショパンのピアノ協奏曲第1番&第2番

2013年04月07日 01時56分48秒 | 劇場でオペラ鑑賞
ブリュッヘン・プロジェクト
《18世紀オーケストラ&新日本フィル》~第2回


2013年4月5日(金)19:00~ すみだトリフォニーホール S席 1階 5列 20番 12,000円
指 揮: フランス・ブリュッヘン
ピアノ: ユリアンナ・アヴデーエワ*
管弦楽: 18世紀オーケストラ
【曲目】
モーツァルト: 交響曲 第40番 ト短調 K.550
ショパン: ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11(ナショナル・エディション)*
ショパン: ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 作品21(ナショナル・エディション)*
《アンコール》
 ショパン: ノクターン 第5番 嬰ハ長調 作品15-2*
 ショパン: マズルカ 第25番 ロ短調 作品33-4*
※1837年パリ製エラール(オリジナル)を使用

 すみだトリフォニーホールの主催による「ブリュッヘン・プロジェクト」は、古くはリコーダー奏者として、近年は古楽奏法の指揮者として知られるフランス・ブリュッヘンさん(1934年生まれ)が、11年ぶりとなる手兵の「18世紀オーケストラ」と共に来日、全4回の演奏会を開催する(そのうちの1回は新日本フィルハーモニー交響楽団との共演)。今日が第2回。ブリュッヘンさんと18世紀オーケストラといえば、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、そしてメンデルスゾーンなど、古典派からロマン派前期の独墺系のイメージが強いが、今日のメイン・プログラムはショパンである。
 ソリストとして招かれたユリアンナ・アヴデーエワさんは、2010年のフレデリック・ショパン国際ピアノ・コンクールで優勝して一気に世界のスターダムにのし上がった。何しろこの年度は、翌年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝したダニール・トリフォノフさんが第3位入賞しているくらいだから、相当のハイレベルの大会だったに違いない。というわけで彼女は圧倒的にショパン弾きのイメージが強い。テレビ等の映像を通じて何度も聴いているような印象であったが、実はナマで聴くのは今日が初めてである。
 さらに今回、もう一つ大きな話題となっているのが、使用する楽器だ。もとより18世紀オーケストラはオリジナル古楽器のオーケストラだが、ショパンのピアノ協奏曲で使用されるピアノもヒストリカルでなければバランスが取れない。そこで今回使用されるのは、1837年製のエラールのオリジナル・ヒストリカル・ピアノ。1837年といえば、ショパンは27歳、パリに暮らしジュルジュ・サンドと出会う頃である。現物のエラールは現代のピアノから見れば小振りだが、木目調で美しい装飾が施され、いかにもパリのサロンに似合いそう。逆に1800名のコンサートホールで使うには、繊細で気品がありすぎるような感じでもあった。音質については後述する。

 さて、会場のすみだトリフォニーホールにはかなり早めに着いていたのに、ロビーで友人と話し込んでいたら開演時刻になってしまい、あわてて席へ着く。ステージ上にはすでに18世紀オーケストラのメンバーが全員揃っていた。
 まず配置だが、指揮台には椅子が置かれている。そしてその正面に蓋を外したエラールのビアノが置いてある。ピアニストと指揮者が向き合うカタチだ。そしてヴァイオリンは第1と第2が対向に配置されていて、第1の奥にヴィオラ、第2の奥にチェロ。ところがコントラバスはヴィオラの後方、つまり左奥にいる。管楽器群は通常通りで、ホルンは左側、ティンパニは右奥であった。弦楽5部の編成は、見える範囲で正確ではないかもしれないが、6-6-6-4-3。室内オーケストラの規模である。

 1曲目のモーツァルトの交響曲第40番。ブリュッヘンさんは車椅子で指揮台まで進むなど、もうほとんど歩けないご様子だったが、音楽の方はなかなかどうして元気なものであった。そしてモーツァルトの交響曲はこんな音で演奏されていたのかなァと複雑な思いだ。
 古楽器のオーケストラによる古楽奏法では、普段聴いているオーケストラとはまったく次元の異なる音楽世界が生み出される。古楽器のもたらす違いは、管楽器に顕著である。木製のフルートやオーボエ、バルブのないナチュラルホルンなど、明らかに音質が違う。また、弦楽5部は現在でも古楽器が多用されている分野だから音質はあまり変わらなくとも、完全なピリオド奏法によるヴィブラートの全くない音によるアンサンブルというのも、明らかに質感の違う音楽世界だ。全体に楽器同士が響き合わずに、ナマの音が混ざり合うといったイメージで、まさに「古色蒼然」いったところだ。とくに弦楽は、共鳴ではなく共振といった感じで、ソリッドで乾いているといった印象であった。
 演奏の方は、その「響き合わない」特性を活かしたもので、速めのテンポでキリリと引き締まっている。もっとも編成も室内オーケストラのレベルだから、大仰な演奏になるべくもなく、ダイナミックレンジも狭い範囲に収まっていた。古典派音楽の古典的な風合いが楽しく、いつもと違ったモーツァルトを堪能することができた。交響曲第40番は1788年の作だから、まさに「18世紀」オーケストラのサウンドに近いものなのだろう。

 続けて、ショパンのピアノ協奏曲第1番。トランペットやバストロンボーン、ティンパニなどの奏者が加わり、再度チューニング。やがてアヴデーエワさんが登場。何故かいつも男装(?)の彼女、今日も女性用の燕尾服で颯爽としている。ブリュッヘンさんと向き合う位置に腰掛けると、ゆったりとした間合いで曲が始まった。
 第1楽章のオーケストラのみの主題提示部こそ、さらに古色蒼然であった。これも普段聴き慣れているものとの違いに半ばあきれてしまう。これが同じ曲なのか…。そしてピアノが入ってくるとさらに衝撃的であった。和音が重いというか軽いというか…。隣の部屋から聞こえてくるような音…。
 アヴデーエワさんはショパンの名手というだけではなく、古楽器の演奏技術や研鑽にもかなり入れ込んでいるという。1837年製エラールは、現代のスタインウェイ等と比べればまったく種類の違う楽器というべきだろう。音量が小さいのは当然としても、残響が短く音がすぐに減衰してしまう。だからひとつひとつの音は妙にくっきりと聞こえるが、逆の言い方をすれば、音がパラパラとこぼれてくるようでもある。ひとつひとつの音の粒は丸いが、フチがぼやけているといえば良いだろうか。また、音域によって聞こえる音色の印象が異なっていたりもする。低音域はくぐもっているが強奏時には明瞭な金属音が出てくる。中音域はモゴモゴと響かないために音の分離が悪い。高音域はキンキンと飛び出す。このバランスのあまり良くないのが特徴になっていて、それをまた上手く弾きこなすのが技術というものなのだろう。
 この第1番の演奏は、オーケストラもピアノも少々バタついた感じで、音楽的にこなれていないという印象が残った。もっとも聴いているコチラはまったくの素人なので、古楽器と古楽奏法によるショパンへのアプローチという珍しさに戸惑っていただけなのかもしれない。
 それにしてもアヴデーエワさんの技巧は素晴らしいものがある。均等でキレイな音を出すという意味でいかにも弾きにくそうなエラールを、超絶的な技巧で早めに音を転がしていく。高音域の主旋律や装飾的な音符は明瞭に、音の出にくい中音域の分散和音の伴奏等は適度なバランス感覚で弾いている。低音域はここぞというところでしか強くは出さないなど、見事な捌き方だったといえよう。

 20分の休憩を挟んで後半は、ショパンのピアノ協奏曲第2番。だいたいが今日のプログラムは豪華すぎるし、演奏時間もかなり長いコンサートになる。ブリュッヘンさんも前半の2曲だけでかなりの長さになるのでお疲れだったと思う。後半は休憩をたっぶりとって元気になった(?)おかげで、第1番と比べても、第2番の方が圧倒的に素晴らしい演奏になった。
 第1楽章の弦楽の主題提示からノン・ヴィブラートのアンサンブルが薄い音作りとなり、速めのテンポと合わせて、軽快で爽やかともいえる不思議な音楽を創り出す。そこへピアノが本当に古めかしい音で入ってきて、聴いている方もうぅむ、とうなってしまいそうなくらい、これはこれで面白く、素敵だ。この曲の方が、アヴデーエワさんも全体に強めに弾いて前に出て来ているように感じた。主導権を握った、というべきか。旋律の歌わせ方にも自由度が増し、楽しそうに気持ちよさそうに弾いている。
 第2楽章の緩徐楽章では、さらにその傾向が顕著になってきた。弱音のオーケストラに対して、アヴデーエワさんはピアノの音を強めに出している。ショパンの限りなく美しい旋律を、サロンで大勢の仲間たちに囲まれて幸せいっぱい、自由な精神の発露のように弾いていく。豊かな抒情性と感傷性に満ち、自由に歌うピアノの音が古色…。この辺りが何とも19世紀前半のパリのサロンの風景を想起させる。主導権を取っているのは完全にアヴデーエワさんで、どんなにテンポを揺らせても大丈夫。何しろ向かい合っているからブリュッヘンさんにアイコンタクトで合図を送り、彼がオーケストラに伝えるというカタチで、非常に瑞々しくロマンティックな演奏であった。
 第3楽章のロンドは、やはりアヴデーエワさんの強めのピアノがオーケストラを引っ張って行くカタチで進められた。マズルカ風のロンド主題の弾むようなピアノが躍動的で美しい。途中で出てくるヴァイオリンのコルレーニョ奏法なども、このオーケストラで聴くと古色のイメージに聞こえるから不思議だ。コーダの前のナチュラルホルンの音色も牧歌的でほのぼのとしている。コーダに入ってからは転がるように上昇と下降を繰り返すピアノの音の粒が特に丸く聞こえた。
 この曲の演奏では、ピアノとオーケストラの呼吸もピッタリと合い(とまではいかなかったが)、音楽全体が躍動的で瑞々しかった。アヴデーエワさんのノリが良く、コチラの方が曲が身についている感じがした。全体的に素晴らしい演奏だったと思う。
 今日の演奏は、貴重な体験になったといえる。ブリュッヘンさんも今回が最後の来日だというし、古楽器の18世紀オーケストラも彼との組み合わせではもう聴くことはできない。しかもピアニストがショパン・コンクールの優勝者で、ピアノがショパン存命時代のパリのエラール。もう二度と聴くことのできない演奏である。だから、今日の演奏は、良いとか悪いとか、好きだとかキライだとか、上手いとか下手だとか、そういう俗っぽい評価を一切抜きにして、このかけがえのない演奏を目の前で聴くことができたことに感謝したい。

 アヴデーエワさんのソロによるアンコールは、ショパンを2曲も。ソロで聴く「ノクターン 第5番」は協奏曲とは違って、エラールのサロン的な音の響きをたっぷりと聴かせてくれた。オーケストラのメンバーも真剣な表情で聴き入っていたのが印象的。「マズルカ 第25番」は珍しい曲(?)でよく分からなかったが、アヴデーエワさんの技巧の冴えはヒストリカル・ピアノの魅力を引き出していた。音の出が均質でないピアノを使っていたから、ショパンはこんな曲を作ったのかな…と。ショパンが現代に蘇ったら、今のピアノでどんな曲を書くのだろうか、とふと思った。

 今日のコンサートは異様に長く、アンコールが終わったら21時30分を回っていた。さすがに今日はサイン会はなかったが、会場で新譜のCDを購入した。アヴデーエワさんのピアノ、ブリュッヘンさんの指揮による18世紀オームストラの演奏で、曲目はショパンのピアノ協奏曲第1番&第2番。今日の演目そのままである。ただしこの録音では1849年製のエラールが使用されている。輸入盤だが、まだ一般には発売になっていないようだ。
 ほぼ満席のすみだトリフォニーホールを抜け出し、JR錦糸町駅に着いたら22時近かった。

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