犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

「虎に翼」の登場人物

2024-05-17 22:46:04 | 日々の暮らし(2021.2~)

写真:青山誠著『三淵嘉子』角川文庫2024年の表紙


 今放映中の朝ドラ、「虎に翼」の主人公は、日本初の女性弁護士を目指す女性の話。

 三淵嘉子(みぶち・よしこ)という実在の人物をモデルにしているそうです。

 前の「ブギウギ」(笠置シヅ子がモデル)とか、その前の「らんまん」(牧野富太郎がモデル)は、かなり忠実に実話をなぞっていましたが、今回もそうかと思って調べてみました。青山誠著『三淵嘉子』角川文庫2024年によると、実際の三淵嘉子の生涯は、ドラマに描かれている猪爪寅子とかなり違っている。ドラマではけっこう独自の脚色が加えられているみたいです。

 主人公の猪爪寅子(三淵嘉子)が1914年生まれで、1932年に明律(明治)大学女子部、35年に法学部に進学し、38年に高等試験(司法科)に合格とというのはおおむね史実通り。

 ドラマでは、明律大学の先輩・同級生の女性たちに、さまざまな設定があります。

 女郎に売られそうになった男装の女性(山田よね)、華族の令嬢(桜川涼子)、夫が弁護士の女性(大庭梅子)、朝鮮半島出身の留学生(崔香淑)、先輩2名(久保田聡子、中山千春)…

 このうち、モデルがはっきりしているのは、主人公の猪爪寅子のみ。

 ドラマの中で、高等試験に合格したのは3人、猪爪寅子、 久保田聡子、中山千春。

 実際に合格したのは、三淵嘉子、中田正子、久米愛。

 山田よねのモデルは久米愛っぽいけれど、実際の久米愛は裕福な家庭だし、山田よねはドラマでは高等試験に落ちています。

 まあ、ドラマですから、創作部分が多いのでしょう。

 主人公のモデル、三淵嘉子の生育環境はたいへん恵まれています。

 父の貞雄は、東京帝国大学法科卒業、資産家の武藤家に婿養子になり、台湾銀行に勤務、1912年にシンガポールに出張所を開設。そのときに嘉子が生まれています。嘉子が2歳の時に父がニューヨークに転勤、嘉子は母とともに帰国。

 嘉子は東京で幼稚園に通い、1921年青山師範学校付属小学校、在学中に関東大震災を経験し、東京女子高等師範学校附属高等女学校(現お茶の水女子大付属高校)に進学。これは女子教育機関の最高峰です。

 当時の女性として、これ以上ない教育を受けていたんですね。

 普通ならそのまま東京女子高等師範学校に進むところですが、嘉子はドラマにある通り、当時唯一女子を受け入れていた明治大学女子部に進み、法学部に進学します。

 法学部を総代(首席)で卒業した嘉子の、祝賀会におけるスピーチは、ドラマによれば…

「この場に立っているのは、私が死ぬほど努力を重ねたから。…志半ばであきらめた友、そもそも学ぶことができなかった、その選択肢があることすら知らなかったご婦人方がいることを、私は知っています…」

 これを聞いたとき、少し前に読んだマイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の一節を思い出しました。

 サンデルは、その本の中で、アメリカの倫理学者ジョン・ロールズの「格差原理」を紹介します。

 ロールズは、昔の封建社会(貴族制度)、カースト制(身分差別社会)に比べ、機会の平等が確保された自由市場は優れている。しかし、現実には機会均等は実現されていない、といいます。

「協力的な家族のもとに生まれ、よい教育を受けた者は、そうでない者とくらべると明らかに有利だ。誰でも競争に参加できるのは良いことだが、そもそもスタート地点が違っているなら、その競争は公正とはいえない」

 また、「生まれつきの才能」も、それは本人の手柄ではないので、才能があるから多くの分配を得るというのは「正義」ではない。

 猪爪寅子は、「この場に立っているのは、私が死ぬほど努力を重ねたから」といいました。彼女が高等試験に合格したのは、努力のおかげだと。

 しかし、ロールズは「努力すら恵まれた育ちの産物だ」といいます。「努力し、挑戦し、一般的な意味での評価を得ようとする姿勢さえ、幸福な家庭と社会環境に依存する」

 サンデルが、ハーヴァード大学の授業でロールズの見解を取り上げると、多くの学生は憤然として反論するそうです。「ハーヴァード大学に合格したことを含め、自分がこれまでに成し遂げてきたことは自分の努力の成果である」と。

 猪爪寅子のスピーチの後半、「志半ばであきらめた友、そもそも学ぶことができなかった、その選択肢があることすら知らなかったご婦人方がいることを、私は知っています」という部分を読めば、自分の恵まれた生育環境を自覚していることがわかります。

「志半ばであきらめた友」というのは、具体的は、桜川涼子、大庭梅子、崔香淑をいいますが、彼女たちも華族だったり、夫がエリートであったり、留学生であったりと、きわめて「恵まれた環境」にいたことは確か。

 唯一、山田よねは、貧しい親が姉を女郎屋に売り、自分もそうされかけたというきわめて劣悪な教育環境にありました。

 現時点で、山田よねは高等試験に受かっていません。架空の人物とは言え、彼女にこそ頑張ってほしいです。

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