弁理士の日々

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深堀道義「中国の対日政戦略」(2)

2009-02-11 18:28:33 | 歴史・社会
前回に引き続き、深堀道義著「中国の対日政戦略―日清戦争から現代にいたる中国側の戦略思想」から第二次上海事変当時をふり返ります。

第二次上海事変当時、上海の様子が日本の外務省にどのように見えていたのか、以前報告した石射猪太郎日記()から拾ってみます。
8月10日
○昨夜上海で陸戦隊の大山(勇夫)中尉、斉藤水兵がモニュメント路で支那公安隊から殺される。
8月11日
○海軍が上海へ派遣せる1千名の陸戦隊増援部隊今朝上海着の由。
8月12日
○上海からの電報。
88師は北停車場へ出動、保安隊は陸戦隊ウラの線路まで出てきた。陸戦隊危うく居留民危うい。海軍あせる。
○明日の閣議で上海への陸兵派遣を決するという。
8月13日
○上海では今朝9時過ぎからとうとう打ち出した。平和工作も一頓挫である。
8月14日
○上海で支那飛行機の空爆あり。
8月15日
○(内閣の声明)独りよがりの声明、日本人以外には誰ももっともというものはあるまい。
8月17日
○支那は大軍を上海に注ぎ込んで陸戦隊殲滅を図っている、これに対して幾日もてるか。陸戦隊本部は陥落しはしないか。
8月23日
○陸兵上海に上陸。
8月24日
○派遣陸軍の上海上陸なかなか困難らしい。
8月31日
○近衛首相の議会演説原稿を見る。軍部に強いられた案であるに相違ない。支那を膺懲とある。排日抗日をやめさせるには最後までブッ叩かねばならぬとある。彼は日本をどこへ持っていくというのか。あきれ果てた非常時首相だ。彼はダメだ。
9月1日
○呉松の砲台なんかとうの昔に占領したのかと思っていたら漸く昨日占領とある。上海戦は苦戦に相違ない。
--石射猪太郎日記以上---

また、これも最近紹介()した、加藤陽子著「満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書)」には、さらに以下のような事実が明らかにされています。
盧溝橋事件が起こる前から、上海と長江流域には、蒋介石がドイツ人顧問団とともに育成した精鋭部隊8万を含む30万の中央軍が配備されていたのです。36年の統計では、ドイツは武器輸出総量の57%を中国に集中させ、国民政府軍はドイツ製の武器を用い、ダイムラー・ベンツのトラックで輸送し、ドイツ人顧問団に軍事指導を支援される状態にありました。
事変勃発の5ヶ月前には、上海を守る陣地は、45箇所のうち17が完成していました。戦闘開始後、参謀本部から戦地視察に赴いた西村敏雄は、「敵の抵抗は全く頑強。敵の第一線兵力は約19万」と報告しています。
--以上--

加藤陽子氏の上記の著作によると、蒋介石国民政府は、張治中による隠密裡の抗日戦準備どころではなく、ドイツまで巻き込み、盧溝橋事件の5ヶ月前から、極めて明確に軍備の強化と抗日戦準備を進めていたこととなります。日本軍が蒋介石軍のこのような動きに全く気付いていなかった点は不可解です。


WiLL誌の中西輝政氏は、張治中の回顧録によって、田母神論文の何を援護したかったのか。
田母神論文中、表題の「日本は侵略国家であったのか」、本文中の「我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937年8月15日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻を膺懲し以って南京政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。」について、張治中の回顧録を読めば、田母神論文が正しいことがわかる、と言いたいのでしょう。

しかし日本は、盧溝橋事件の前から、満州事変、満州国建国、華北分離工作など、蒋介石国民政府を抗日戦争に向かわせるような行動を取り続けていました。そうして立ち上がった蒋介石政府に対して、日本はまず上海で勝利を収め、さらに南京、そして中国全土へと侵攻したわけです。このような流れを「日本は蒋介石に引きずり込まれた被害者だ」というのは、あまりに身勝手ということになります。

例えば、いじめっ子A君に陰湿にいじめられていたB君が、意を決してA君に反抗したところ、逆にA君はB君を半殺しの目に遭わせた。A君が「俺に反抗するBが悪いのだ。俺は被害者だ」とうそぶいたとして、誰が同意するでしょうか。

WiLL誌で田母神論文を援護する中西輝政さん、渡部昇一さん、西村眞吾さん、西尾幹二さん、よくよく歴史の全体を見て欲しいと思います。
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