弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

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杉並世田谷散歩徒然

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米国トランプ政権と北朝鮮

2017-05-07 10:25:44 | 歴史・社会
米国トランプ政権と北朝鮮の関係が、ヒートアップしています。北朝鮮が、米国まで届く大陸間弾道弾の開発を進めており、同時に核兵器の開発を進めていることが原因です。しかし、大陸間弾道弾も核兵器も、今に始まったことではありません。なぜ急に、北朝鮮への武力攻撃まで含めた激しい話に拡大したのか。

北朝鮮が保有する、米国まで届く大陸間弾道弾は、液体燃料ロケットであり、米国の偵察衛星から丸見えの発射台において、何日間も準備しないと発射できません。従って、米国-北朝鮮間の関係が本当に一触即発になり、米国がミサイル攻撃を受ける蓋然性が高くなったそのときに、発射台上のロケットをピンポイントで空爆破壊しさえすれば、問題は解決してしまいます。
両国間が一触即発ではない平時において、北朝鮮が「人工衛星打ち上げ」と称してロケットを準備しているときはどうでしょうか。平時において、北朝鮮がアメリカに向けてミサイルを撃ち込むとは思えません。そんなことをしたら、次の瞬間には北朝鮮政権は攻撃を受けて崩壊するでしょうから。日本にしても、現時点で、北朝鮮の多数の弾道弾が日本に向けられていることを知っていながら、平時において北朝鮮が日本に弾道弾を撃ち込むことなどまったく想定していません。米国も同様の筈です。

今のアメリカ政府を見ていると、イラク戦争勃発時のアメリカ政府を思い出します。
イラク戦争が始まる前、私は、なぜアメリカがイラクに攻め込まなければならないのか、理解できませんでした。戦争が始まれば、大勢のイラク人が死に至るでしょう。曖昧な状況証拠のみに基づいて、人を死刑にするようなものではないのか。
しかし、当時のアメリカ政府はネオコンに牛耳られており、岡本行夫氏がアメリカで政府関係者と話をしても、「イラク戦争に反対するなどもってのほか」という雰囲気だったようです。
イラク戦争が終わってみれば、フセイン政権が大量破壊兵器を隠し持っているとの情報はガセネタであったし、戦後のイラクは破綻国家となり、ISの温床となりはてました。

今回のトランプ政権内の雰囲気も、イラク戦争開始時のブッシュ政権内の雰囲気と共通するものがあるのではないか、との危惧を感じます。
なぜ今、アメリカが北朝鮮に対してこれほど強面で対応しなければならないのか、理解できません。国務省の東アジア・極東担当の高官がまだ就任しておらず、いわゆるジャパンハンドと呼ばれる人たちも政権から遠ざかっているようです。アメリカ国内でのトランプ政権の支持率も低迷しています。このような中、アジアでの外交の機微を理解せずに、アメリカ国内での受けを狙って強面で接しているのではないか、と危惧します。
相手は何をしでかすか判らない金正恩ですから、米国の側からこのような瀬戸際外交を仕掛けたら、乗ってきて現実に戦端が開いてしまうかもしれません。

イラク戦争のとき、日本の小泉政権は、いち早くブッシュ大統領の方針を支持する側に回ってしまいました。今回の北朝鮮危機で、安倍政権としては、トランプの尻馬に乗るのではなく、危機回避のためにトランプ政権をコントロールする側に回って欲しいものです。
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安倍首相が憲法改正の方向提示

2017-05-05 12:22:17 | 歴史・社会
私が憲法記念日によせてとして記事をアップした当日、安倍首相が日本会議の会合にビデオメッセージを寄せていたのですね。
安倍晋三首相が改憲に強い意欲 9条に自衛隊明記 教育無償化にも前向き
2017.5.3産経ニュース
『安倍晋三首相(自民党総裁)は3日、改憲派の集会にビデオメッセージを寄せ、憲法改正について「2020(平成32)年を新しい憲法が施行される年にしたい」と述べた。』
憲法9条関連では以下のように述べています。
『憲法改正は、自由民主党の立党以来の党是です。自民党結党者の悲願であり、歴代の総裁が受け継いでまいりました。私が総理・総裁であった10年前、施行60年の年に国民投票法が成立し、改正に向けての一歩を踏み出すことができました。しかし、憲法はたった一字も変わることなく、施行70年の節目を迎えるに至りました。
 ・・・
わが党、自由民主党は、未来に、国民に責任を持つ政党として、憲法審査会における具体的な議論をリードし、その歴史的使命を果たしてまいりたいと思います。
例えば、憲法9条です。今日、災害救助を含め、命がけで24時間、365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く。その任務を果たしている自衛隊の姿に対して、国民の信頼は9割を超えています。しかし、多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が、いまなお存在しています。「自衛隊は、違憲かもしれないけれども、何かあれば命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任です。
私は、少なくとも私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置付け、「自衛隊が違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきであると考えます。
もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けてしっかりと、堅持していかなければなりません。そこで、「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います。』

日本が、国連の平和維持活動に自衛隊を派遣することによって国際平和に貢献しようとしたら、現在の憲法9条のもとでは対応できない、ということは、例えば伊勢崎賢治氏が述べています。
日本はずっと昔に自衛隊PKO派遣の「資格」を失っていた! 誰も言わない本当の論点
ルワンダでの苦い経験以降、国連は、方針を変更しました。
『平和維持活動国で内戦が深刻化して住民の生命が危険にさらされたとき、「住民の保護」を目的として、国連部隊自らが「交戦主体」となる。国際人道法に違反した場合、国連部隊の軍事要員は、それぞれの国内裁判所で起訴の対象となる。』
ところが、日本の憲法9条2項で、「国の交戦権は、これを認めない。」としています。素直に読めば、PKOに派遣された日本国自衛隊は、交戦主体となり得ません。
また、日本は軍法を持っていないので、国際人道法違反容疑の自衛隊員を、国内法で裁けません。日本国刑法は、国外での過失犯を裁けないのです。
従って、日本が、国連の平和維持活動に自衛隊を派遣することによって国際平和に貢献しようとしたら、自衛隊に交戦権を付与する必要があり、憲法9条2項「国の交戦権は、これを認めない。」を削除する必要があります。また、軍事法典と軍事法廷を設ける必要があります。

安倍総理はビデオメッセージで「9条1項、2項を残しつつ」としていますが、2項の「交戦権否定」をどのように捉えているのでしょうか。
軍事法廷については、自民党憲法草案が参考になります。
9条の2第5項「国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。」

さて、「あなたは憲法9条の改正に賛成なのか」と聞かれれば、「9条の改正に賛成です。ただし、前提条件があります。」と答えるでしょう。その前提条件とは、・・・
2年前、「安全保障関連法案」の記事で明らかにしたことですが
《先の戦争の総括》
日中戦争にしろ太平洋戦争にしろ、日本国がそれら戦争を始めたこともさることながら、「どのような戦争をしたか」という点で日本は大きな責任を持っていると感じています。
このブログ記事から拾うと、
吉井義明「草の根のファシズム」
保坂正康「昭和陸軍の研究」
私が読んだその他の著書としては、
秦郁彦著「南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)
小松真一著「虜人日記 (ちくま学芸文庫)
石川達三「生きている兵隊 (中公文庫)
五味川純平「人間の条件〈上〉 (岩波現代文庫)
が挙げられます。

私の印象では、戦後、日本は自分たちがしてきた戦争の内実をきちんと総括してきていません。責任を曖昧にしてきました。なぜ日本はそのような曖昧な態度で終始することが許されたか。私はこれを、「日本は憲法9条に逃げ込んだ」と表現しました。「日本は戦争を放棄したのだから、これから戦争を起こすことはない。だから、済んだことは良いじゃないか」といった態度です。
ところが、世界情勢が変化して、日本も憲法9条を改正し、自衛隊、交戦権を合法化して抑止力を確保し、それをもって世界平和に貢献すべきときが来ました。そうなるとどうなるか。
「戦争放棄」で臭いものに蓋をしていたのに、その蓋を取り払わなければなりません。
本来であれば、「これこの通り、日本は自分たちが行った戦争についてきちんと総括した。その結果、日本は平和の維持のためにしか軍事力を行使しない国になった。だからこそ、9条を改正して自衛隊と交戦権を合法化し、世界平和に貢献していく。」と正々堂々と主張すべきなのに、それができないのです。
野党は集団的自衛権のときと同様、「戦争をする国にするのか」と反論することになるでしょう。これなど、「日本は凶暴な国だ。武器を持たせると凶暴になるから、今まで武器を封印してきた。ここで武器を持たせたら、気違いに刃物だ」と言っているようなものです。自分が国会の一員であるこの国についてです。

韓国や中国から謝罪を要求されると、「いつまで謝罪をしていたら気が済むのだ」との言い方がされます。しかし、ドイツのメルケル首相はポーランド国民に対し、今でも折に触れて謝罪し続けています(川口マーン惠美「サービスできないドイツ人、主張できない日本人」)。

以上のとおり、私は、憲法9条の改正に賛成ではあるが、その前提として、先の戦争で日本がしてきたことについてきちんと総括することが必要である、との立場です。しかし、今更、自民党政権は先の戦争の総括を真摯に行うなどの方向には向かわないでしょうね。そうなると、私は「憲法9条改正反対」と表明することになります。
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憲法記念日によせて

2017-05-03 17:08:25 | 歴史・社会
本日は憲法記念日です。
以前、国会で、安倍総理が野党から「どのような内容の憲法に改正したいのか」と問われると、「憲法改正の方向は憲法審査会で論議すべきもので、私から述べるものではない」と答弁していました。
一方で、憲法記念日を前にして自民党の会(新憲法制定議員同盟)に出席すると、「(改憲の)機は熟した」とハッパをかけています。
自らは改憲の方針を有していないのに、一体どのような「改憲」の機が熟したのでしょうか。
同じ会合で、議連の会長・中曽根元総理は、「明治憲法は薩長同盟という藩閥政治の力の所産であり、現行憲法はマッカーサーの超法規的力が働いたことを考えれば、憲法改正はその内容にもまして、国民参加のもとに国民自らの手で国民総意に基づく初めての憲法をつくり上げるという作業だろうと自覚する。」と述べていました。

確かに、現行憲法は、日本が連合国の施政権下にある時期に、連合軍総司令部に示された英語草案をほとんど直訳してできあがったものです。その意味では確かに異常です。
マッカーサー総司令部から示された草案ですが、私は、「米国から強要された」とは思っていません。たまたま連合軍総司令部(GHQ-SCAP)の民政局に勤務していた少数の者たちが、(自国では認められなかった)自分の理想を日本国に実現したいとの希求の元、短時間で執筆したものと理解しています。
日本国民はこの新憲法を受け入れました。そして現在に至るまで、日本国民は現行憲法におおよそ満足しているものと、私は観ています。

マッカーサーが新憲法制定を急いだ理由、そして当時の吉田総理がそれを受け入れた理由は、早く憲法改正を行わないと、当時の極東委員会から「天皇制廃止」を言い出されかねない、という事情があったからだと、確か吉田茂本人が述べていたと記憶しています。

「自国の憲法は、国が完全に独立しているときに、国民の総意で決定すべき」というのは確かにその通りです。一方、現行憲法がその原則から外れるといっても、「だから全部ダメ」とは思いません。
必要に応じて、憲法の一部を改正することはされるべきです。一部改正のチャンスが生まれるのであれば、そして、現行憲法の制定過程がどうしても気持ち悪いのであれば、一部改正のチャンスに、憲法の残りの部分について信認投票を行ってもよろしいでしょう。

現行憲法の制定過程が気持ち悪い、というのであれば、自民党が制定した憲法改正草案の方がよっぽど気持ち悪いです。
私は、あたらしい憲法草案のはなしを持っています。自民党憲法草案について記述した本です。憲法論議では必要ですので、持っておくと便利です。
自民党草案のポイントをピックアップしておきます。
前文の冒頭:(現行)「日本国民は」→(改正)「日本国は」
第1条:(現行)「天皇は、日本国の象徴であり」→(改正)「天皇は、日本国の元首であり」
第3条第2項:(改正)「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」
第9条:現行2項の「国の交戦権は、これを認めない。」→削除
(改正)9条の新設2項、新設の9条の2(1~5項)、9条の3にて、安全保障について詳細に規定
第13条:(現行)「すべての国民は、個人として尊重される」→(改正)「すべての国民は、人として尊重される」
第24条1項:(新設)「家族は互いに助け合わなければならない」
《国民の義務》
3条:国旗及び国歌の尊重、9条:領土、領海及び領空の保全、12条:常に公益及び公共の秩序に反してはならない、24条:家族は互いに助け合わなければならない
《憲法を尊重する義務》
(現行)99条:国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員が、憲法尊重と擁護の義務
(改正)102条:憲法尊重の義務は国民が負う。国務大臣などは憲法擁護の義務を負う。

現行憲法の前文については、改正の議論の前に、「現行憲法の前文は、実はどのような意味内容を有しているのか」という点について疑問を持っています。今まで、このブログでも何回もアップしてきました。
日本国憲法は、GHQから提示された英語草案に基づいて、というかほとんどの部分はそのまま翻訳した文章が条文となっています。前文もそうです。
日本国憲法の前文は、美辞麗句が並んでいるものの正確な意味がよくわかりません。ところが、元になった英語草案を読むと、日本語では表現されないさまざまな情報が浮かび上がってきて、条文解釈をする上で非常に役に立ちます。このブログでも何回か紹介してきました。
憲法前文GHQ草案
第1段落 → 「日本国憲法前文(2)
第2段落 → 「日本国憲法前文(3)」(この部分は2012年12月に自民党安倍総裁に意見を提出しました(日本国憲法前文・三たび))
第3段落 → 「日本国憲法前文(1)
残念ながら、この疑問についての議論はまったく見ることができません。憲法改正の議論の前に、「現行憲法の条文は、実は何を意味しているのか」を徹底議論したいものです。
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再び“教育勅語”

2017-04-09 14:00:01 | 歴史・社会
本年3月に、このブログで「何で今“教育勅語”?」として記事を書きました。
杉並の大宮八幡宮で、『誰にでも覚えやすい「教育勅語」(たいせつなこと)』(明治神宮崇敬会発光小冊子「たいせつなこと」より転載)をいただいたことに端を発します。
その後、あちこちで教育勅語が話題になっていることから、どんな意味内容なのか、原文を眺めることになりました。

《本文》
『(一)朕惟(ちんおも)うに、我が皇祖皇宗(こうそこうそう)、国を肇(はじ)むること宏遠に、徳を樹(た)つること深厚なり。我が臣民、克(よ)くに克(よ)くに、億兆心を一にして世世(よよ)厥(そ)の美を済(な)せるは、此れ我が国体(こくたい)の精華(せいか)にして、教育の淵源、亦(また)実に此に存す。

(二)爾(なんじ)臣民、(1)父母にに、(2)兄弟(けいてい)に友(ゆう)に、(3)夫婦相和(あいわ)し、(4)朋友(ほうゆう)相信(あいしん)じ、(5)恭倹(きょうけん)己(おのれ)を持(じ)し、(6) 博愛衆に及ぼし、(7) 学を修め、業を習い、以(もっ)て智能を啓発し、徳器を成就し、(8)進んで公益を広め、 世務(せいむ)を開き、(9)常に国憲(こっけん)を重んじ、国法に 遵(したが)い、(10) 一旦緩急あれば、義勇公(こう)に奉じ、以(もっ)て天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運(こううん)を扶翼(ふよく)すべし。
是くの如きは、独(ひと)り朕(ちん)が忠良(ちゅうりょう)の臣民たるのみならず、 又以(もっ)て(11)爾(なんじ)祖先の遺風(いふう)を顕彰(けんしょう)するに足らん。

(三) 斯(こ)の道は、実に我が皇祖皇宗(こうそこうそう)の遺訓にして、子孫臣民の倶(とも)に遵守すべき所 、之を古今に通じて謬(あやま)らず、之を中外(ちゅうがい)に施(ほどこ)して悖(もと)らず。

(四)(12) 朕、 爾臣民と倶(とも)に拳拳服膺(けんけんふくよう)して咸(みな)其(その)徳を一(いつ)にせんことを庶幾(こいねが)う。

明治二十三年十月三十日
御名御璽』

一つ、論点があるようです。
『以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし。』の部分は、その前のどの部分を受けているのだろうか、という論点です。
最近の論説では、上記部分の直前、『一旦緩急あれば、義勇公に奉じ、』のみを受けているような解釈ばかりです(解釈1)。
一方、ウィキペディアの教育ニ関スル勅語には、さまざまな解釈が掲載されており、その中には、戦前の文部省が示していた解釈が含まれています。それによると、『以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし。』の部分は、その前の、『父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹己を持し、博愛衆に及ぼし、 学を修め、業を習い、以て智能を啓発し、徳器を成就し、進んで公益を広め、 世務を開き、常に国憲を重んじ、国法に 遵い、 一旦緩急あれば、義勇公に奉じ、』の全体を受けているような解釈になっています(解釈2)。
解釈1でも、解釈2でも、結論ががらっと変わるわけではありませんが、全体が示すニュアンスは結構変化します。そして現時点で、どちらの解釈が正しいのか、私にはわかりません。ただしここでは、戦前の通説であったらしい解釈2を用いることにします。

それでは、本文の(一)と(二)前段の部分について、現代語訳を試みます。

『(一)明治天皇である私がおもうに、私の祖先である歴代天皇は、はるか昔にこの国をはじめ、徳を樹立してきた。
私の臣民が、「忠」と「孝」の2点において、億兆(現臣民と過去の臣民の全体?)が心を一つにして、代々、その美(天皇の徳?、臣民の忠孝?)を受け継いできた。このことは、私の「国体」の神髄かつ美しいところであって、教育の源もまさにそこに存在する。
(二)あなた方臣民、
「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹己を持し、博愛衆に及ぼし、 学を修め、業を習い、以て智能を啓発し、徳器を成就し、進んで公益を広め、 世務を開き、常に国憲を重んじ、国法に 遵い、 一旦緩急あれば、義勇公に奉じ、」
これにより、天地共にきわまりのない皇運(天皇、天皇家の盛運)を助けなさい。』

済す---受け継ぐ
天壌無窮---天地と共にきわまりのないこと
扶翼---助ける

上記(一)からわかることは、
(1)あくまで中心は天皇、天皇家である、ということです。
(2)天皇に対する「忠」と、(父母に対する)「孝」が価値の中心にすわっています。
(二)からわかることは、
(3)「一旦緩急あれば、義勇公に奉じ、」については、これだけ単独に取り出せば、「国の独立が脅かされたときは、命を懸けてでも国の独立を守る」との意味ととることができ、独立国の国民であれば普通に持ち合わせているはずの価値観です。
(4)一方、「父母に孝に」から「一旦緩急あれば、義勇公に奉じ、」までの徳目は、いずれも常識的な徳目が羅列しているように見えますが、これらの徳を持すことは、それ自身が目的ではなく、手段であることが明らかです。
(5)これら手段は何を目的としているかというと、まさに、「天地共にきわまりのない皇運(天皇、天皇家の盛運)を助けなさい」が目的です。

ところで、「国体」とは何でしょうか。

第二次世界大戦の末期、日本には「一億玉砕」というスローガンがありました。「一億」とは「国民全員」の意味ですから、「国民全員が戦死するまで戦おう」という意味であることが明らかです。国民全員が戦死しても守らなければならないものとは、一体何でしょうか。
どうも「国体の護持」が究極の目的らしいのです。「国体」が「国民」を意味しないことは、「一億玉砕」から明らかです。
そして「国体」とは、「天皇、天皇制、天皇を中心とした国の秩序」を意味するようでした。

以上のように考えると、教育勅語の「これ我が国体の精華にして」とは、「これは、天皇を中心とした国の秩序の神髄であって」と読み取ることができます。

ネットで検索すると、世の中には「教育勅語」の現代語訳がいろいろと登場しています。いずれも、私が行った上記解釈とは似ても似つかないものです。
しかし、ここ一週間ほど、つらつらと教育勅語を眺めた結果としての解釈は、上記私の解釈が妥当なところだとの思いを強くします。

この教育勅語、現代の教育現場で、どのような活用が可能でしょうか。
高校生ぐらいの年代で、各自に意味を解釈させた上で、グループで討論を行う、というような活用はありえるでしょう。
一方、小中、あるいは幼稚園で、暗唱させる、というのはどうでしょうか。暗唱とは、意味がわかろうがわかるまいが記憶させるということです。普通は、「普遍的に正しいこと」を暗唱させます。暗唱した本人たちは、それが正しいものとして記憶に定着するでしょうから。
上記私の解釈しか有り得ないような教育勅語を、訳もわからない子供に暗唱させていいはずがありません。
「憲法や教育基本法の範囲内で、幼稚園や小中学生に教育勅語を暗唱させる」という教育法はあり得ません。
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中学の体育に銃剣道が登場

2017-04-02 21:24:31 | 歴史・社会
中学武道に木銃使う「銃剣道」追加
読売新聞 3/31(金) 7:58配信
『文部科学省は2020年度以降に実施する小中学校の次期学習指導要領を31日付の官報で告示する。
2月に公表した改定案に対するパブリックコメント(意見公募)の結果を考慮し、表記を改める予定だった「聖徳太子」や「鎖国」を一転して変えないことにした。中学校の保健体育で必修の武道の例としては、柔道や剣道など8種目に加え、木銃を使って相手を突く「銃剣道」を加えた。』
何か、歴史の彼方に忘れ去られていたはずのものが、突然現世に現れたような感覚です。そもそも現代の人が、「銃剣道」と聞かされてイメージが沸くものでしょうか。
私は1948年生まれで、今から50年ほど前までは「銃剣術」をイメージする出来事はありました。しかしそれ以来、この50年間、「銃剣術」「銃剣道」にお目にかかったことがありません。

さて、銃剣道(ウィキ)のページで確認しましょう。
『剣道のような防具を身に付けて竹刀の代わりに木銃(もくじゅう)を用いて相手と突き合う競技である。
対戦相手の上胴・下胴・喉・(左)小手・肩の5つの各部位を木銃(三八式歩兵銃に銃剣を着剣した長さの銃身を模した木製の物。166cm)で突いて競技する。』

全日本銃剣道連盟によると、
『木銃(もくじゅう)
樫の木で作られていて、中学生以上は長さ166cm、重さ1,100グラム以上、小学生以下は133.5cm、重さ800グラム以上のものを使うように決められています。木銃の先にはタンポと呼ばれるゴムがついていて、突き技の衝撃をやわらげています。』

木銃の長さ166cmは、やはり旧帝国陸軍の三八式歩兵銃がモデルだったのですね。ここまで、旧日本軍の武闘訓練が、そのままスポーツに姿を変えて生き残っていたとは、驚きです。

三八式歩兵銃(ウィキ)で確認すると、
『全長 1,276mm
(三十年式銃剣着剣時: 1,663mm)』
とあり、寸法に間違いありません。

現代の軍隊で用いられている小銃と比較すると、三八式歩兵銃、そしてそれに着けられる銃剣はとても長いです。
例えば、現在自衛隊で使われている89式5.56mm小銃(ウィキ)は、
『全長 916mm(固定銃床式)
89式多用途銃剣
全長41cm(刃渡り29cm)の64式銃剣に比べ、全長が27cm、刃渡りは旧型の半分程度の15cm内外と短縮されている。』
とあります。916mmに刃渡りの150mmを足すと、着剣時の全長は1066mmでしょうか。
また、カラシニコフは、AK-47(ウィキ)によると、
『全長 870mm 』
AK系アサルトライフルの銃剣
『6kh2銃剣
AK-47III型用の銃剣。200mmの刃渡りを持つ。』
とあり、着剣時の長さは1070mmになります。
こうして見ると、現代の軍隊や武装勢力が用いている小銃(銃剣付き)に比較して、銃剣道の木銃の長さは600mmも長いものになっています。
「スポーツ」とはいいながら旧日本軍の姿を濃厚に残しており、現代の武闘術に結びつくこともない、不思議な武道です。

今から50年以上前、私が見聞した銃剣術(銃剣道ではない)について記します。3つあります。

《五味川純平著「人間の條件」》
太平洋戦争のさなか、主人公の梶は、満州の製鉄会社に勤務しています。梶の勤める鉱山での出来事から、梶は臨時召集令状によって召集され、酷寒のソ満国境の部隊に配属になりました。その駐屯地を突然、妻の美千子が一人で面会に訪れるのです。鉄道で1500km、そのあとの馬車道を30kmかけて。隊長の特別の計らいで、翌朝まで、美千子は一軒家の宿舎での宿泊を許され、梶も美千子とともに過ごすことが認められました。
翌朝、休養が明けた梶は、他の兵隊とともに朝食前の剣術の間稽古を命じられます。小説には剣術とありますが、武器は木銃であり、銃剣術です。古兵たちは、美千子との一夜をやっかみ、木銃で梶に次々に当たります。木銃対木銃の、一対多の壮絶な乱戦となりました。梶がへとへとになったところで、つわものである軍曹が相手になり、梶は強烈な突きを喉に直接受けました。『タンポがずぶりと喉に入った。』
そのあと、美千子との別れです。梶は声が出ません。
『梶が口を動かした。声は少しも聞こえなかった。
・・・
「・・来てくれて、ありがとう」
梶の潰れた声が、ようやくそう聞こえた。』(「人間の條件 3」文春文庫164ページ)

「人間の條件」は、連続テレビドラマと映画(シリーズ)になったものです。テレビドラマは加藤剛主演、映画は仲代達也主演でした。そのどちらも私は観ているのですが、上記の別れの場面、梶がしゃがれた声で美千子に別れを告げる情景を鮮烈に憶えています。テレビと映画のどちらだったかは不明ですが。

《テレビバラエティ番組での前田武彦》
50年ほど前、テレビのバラエティ番組で、マエタケこと前田武彦(タレント、放送作家)が人気を博していました。ある番組で、登場者が勝手に踊っている場面で、前田武彦が半身になり、両腕を繰り返し前に突き出しながら前進する動作を始めました。見たとたんに「銃剣術の動作だ」と気づきました。腰が入っており、ホンモノだと直感しました。
今回、ウィキで前田武彦について調べたところ、
『1929年、東京府東京市芝に生まれる。太平洋戦争中には予科練に1年半在隊し、敗戦翌年の1946年に開校した鎌倉アカデミア演劇科に第1期生として入学した。』
とありました。
予科練に1年半も在隊していたら、それはホンモノの銃剣術を修得したことでしょう。それから20年後のテレビ番組で、フッと出てきたものと思われます。

《小説の最終場面》
高橋和巳の小説だったと思うのですが、最終場面、主人公の男性(中年だったか初老だったか)が、夜の路上でチンピラに絡まれます。男性は、持っていたこうもり傘を構えると、チンピラに向けて突き出しました。戦時中の兵役で叩き込まれた銃剣術が、突然蘇ったことが明らかでした。小説はそこで終わりました。私は、チンピラがこうもり傘で刺殺されたことを確信しました。

以上のように、今から50年前であれば、まだ戦争の亡霊として銃剣術が生活の中に登場していました。しかし、この50年間、銃剣術は私の目の前に現れませんでした。
それが突然、「学校で中学生に教える種目」として復活したのです(銃剣術ではなく銃剣道として)。一体何がそうさせたのか、見当も付きません。

先日、「何で今“教育勅語”?」として記事を書きました。
教育勅語も、私が気づかないうちに人々の生活の中に入り込もうとしています。今回の銃剣道も、教育勅語と同じ流れの中にあるのでしょうか。
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安倍晋三支持母体とは

2017-03-25 10:37:26 | 歴史・社会
安倍晋三・昭恵夫妻は、えらいのに取り憑かれてしまいましたね。
安倍晋三名で百万円寄付しようが、夫人が講演料を10万円受け取ろうが、何も法律に違反しません。また、両方とも籠池氏のでっち上げの可能性も高いです。しかし、安倍首相のイメージが大幅に劣化したことに相違はありません。
昭恵夫人付きの官僚(秘書役?監視役?)が、籠池氏の頼みを聞いて財務省に問い合わせを行い、ファックスで結果を報告しました。これは事実でしょう。しかし、法律に違反していない可能性が高いと思いますし、親切でやってあげたように見えます。しかし、そうだとしても、親切が仇となり、安倍夫妻は窮地に追い込まれています。
こんなことで日本の政治が毀損するなんて、本当にうんざりします。
しかし、これも安倍晋三氏の身から出た銹だろう、というのが偽らざる感想です。

世間では、昭恵夫人が制御不能であり、それが原因でこんなことになった、との観測が多いです。しかし、私はその観測に違和感を感じます。
昭恵夫人が制御不能のところがあるかもしれませんが、どっちの方向に制御不能かというと、リベラルに振れる側で制御不能だったように思います。それに対して今回の籠池氏は、思いっきり右翼側です。晋三氏の制止を振り切って、昭恵夫人が籠池氏に肩入れするとはとても思えません。やはり、昭恵夫人は晋三氏の意を受けて、籠池氏に肩入れしていたのだろうと推測しています。

それではなぜ、安倍晋三氏はあんな籠池氏に肩入れしてきたのでしょうか。

安倍晋三氏は、第2次安倍内閣が成立する前、支持母体として「保守」「愛国」を標榜する人たち、グループから応援を受けていた可能性があります。そしてそのような経緯があったため、首相に就任してずいぶん経過するのに、いまだにそれら「保守」「愛国」の人たちを特別扱いせざるをえない状況に置かれているのではないか。以下、それら人たち・グループを「保守ムラ」と呼びます。

古谷経衡氏は「情で繋がり、情でつまずく保守の世界~森友学園以外にも繰り返されてきた保守の寄付手法~(3/19)」において、
『保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める…。大阪府豊中市に建設された「瑞穂の国記念小学院」(取り下げ)は、問題の端緒となった安倍昭恵氏の名誉校長就任をはじめ、数々の保守系言論人・文化人を広告塔として前面に押し出すことによって、4億円(公称)ともいえる寄付金を全国から集めた結果である。』
としています。
森友学園が教育講演会として招いた講師として、以下の人たちが掲載されています。
渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、安倍昭恵、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一
ここに挙がっている人たちを「保守ムラ」の人たちであると呼んで良いのかどうか。

この点について、従軍慰安婦問題から検討します。

2007年、米国の下院で、ホンダ議員が慰安婦決議案を提出していました。ホンダ議員による決議案の提出は過去に何回もあり、いずれも否決されていました。このときも、日本としては静観し、否決されるのを待っているのがベストの対応だったはずです。ところが、3月に第1次安倍内閣時代の安倍首相が「日本軍による女性の組織的な強制連行の証拠はない」という発言が出たとたんに、急拡大しました。ニューヨークタイムズを始め、アメリカのマスコミがこの発言にこぞって激しい非難を浴びせました。
さらに、日本の超党派国会議員らが6月、米紙に「旧日本軍が強制的に慰安婦にさせたとする歴史的文書は見つかっていない」との全面広告を出したことが決定打となり、米国内の反発が強まって、ホンダ議員の決議案が可決されてしまったのです。
この間の経緯はこのブログでも、従軍慰安婦問題(2007-04-15)、従軍慰安婦問題(2007-06-21)として記事にしてきました。

ときが経て、第2次安倍内閣が成立する直前の2012年11月、日本の有識者や国会議員は性懲りもなく、米国の新聞に慰安婦広告を掲載しました。このブログでは慰安婦問題の扱いには細心の注意を(2013-01-06)として記事にしました。

さて、2007年と2012年の2回にわたって米国の新聞に掲載された慰安婦広告、賛同者の名前を確かめてみましょう。
2007年については、こちらに名前が掲載されています。有名所をピックアップすると、
《国会議員》稲田朋美、西村眞悟、平沼赳夫、
《有識者》西岡力、藤岡信勝、西尾幹二、富岡幸一郎、岡崎久彦、青山繁晴、茂木弘道
となります。
2012年については、こちらでわかります。
安倍晋三、*稲田朋美、下村博文、世耕弘成、高市早苗、山谷えり子、中山恭子、*平沼赳夫、*西尾幹二、*西岡力、*櫻井よしこ
「*」は、2回とも名前が挙がっている人です。
安倍晋三氏は、まだ首相ではないとは言え、次期首相になる蓋然性が極めて高い時期に、慰安婦広告に名を連ねました。

こうして見ると、森友学園幼稚園で講演をした人たちと、米国慰安婦広告に賛同した人たちが重なります。この人たちが、「保守ムラ」を構成する人たちなのでしょう。
森友学園の籠池氏も、保守ムラに連なっていたのでしょう。森友学園の講演者の名前からそのように推測できます。そして、首相になる前に慰安婦広告で保守ムラに与した安倍晋三氏は、首相就任後はさすがに表に出ることはせず、本来はリベラルに振れる傾向のある昭恵夫人を、名代として籠池氏支援に向かわせた、と考えると辻褄が合います。

それにしても、籠池氏に対する安倍夫妻の親切振りは、度を超しています。普通だったらあり得ません。昭恵夫人がとびっきりの親切心の持ち主だったからか、晋三氏がよっぽど籠池氏に頭が上がらない事情があったのか、その点が定かではありません。

ところで、2012年の米国慰安婦広告に名を連ねた国会議員には、
安倍晋三、*稲田朋美、世耕弘成、高市早苗
らがあります。まさに、安倍内閣を構成する閣僚です。それも、稲田防衛大臣、高市総務大臣はいずれも、「何でこんな人が大臣になっているの?」と誰もが言いたくなる人たちです。安倍晋三氏が保守ムラに頭が上がらない事情が、この閣僚人事からも透けて見えます。

最後に付け加えると、騒動の渦中に巻き込まれた谷査恵子さん(経産省官僚)が、責任を感じて思いあまった行動に出るようなことがないよう、切に願っています。
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何で今“教育勅語”?

2017-03-23 22:10:04 | 歴史・社会
去る3月19日、東京は杉並の大宮八幡宮で、孫の七五三を祝ってきました(時季外れですが)。そのとき、大宮八幡宮からいただいたもののなかに、
『誰にでも覚えやすい「教育勅語」(たいせつなこと)』
(明治神宮崇敬会発光小冊子「たいせつなこと」より転載)
という資料が入っていました。
最近、何かと「教育勅語」がマスコミを賑わしていることから、「なんてタイムリーなんだろう」とびっくりした次第です。その資料を読んでの感想などを述べたいと思います。
まずは、「教育勅語」の本文全文が掲げられています。
《本文》
『(一)朕惟(ちんおも)うに、我が皇祖皇宗(こうそこうそう)、国を肇(はじ)むること宏遠に、徳を樹(た)つること深厚なり。我が臣民、克(よ)くに克(よ)くに、億兆心を一にして世世(よよ)厥(そ)の美を済(な)せるは、此れ我が国体(こくたい)の精華(せいか)にして、教育の淵源、亦(また)実に此に存す。

(二)爾(なんじ)臣民、(1)父母にに、(2)兄弟(けいてい)に友(ゆう)に、(3)夫婦相和(あいわ)し、(4)朋友(ほうゆう)相信(あいしん)じ、(5)恭倹(きょうけん)己(おのれ)を持(じ)し、(6) 博愛衆に及ぼし、(7) 学を修め、業を習い、以(もっ)て智能を啓発し、徳器を成就し、(8)進んで公益を広め、 世務(せいむ)を開き、(9)常に国憲(こっけん)を重んじ、国法に 遵(したが)い、(10) 一旦緩急あれば、義勇公(こう)に奉じ、以(もっ)て天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運(こううん)を扶翼(ふよく)すべし。
是くの如きは、独(ひと)り朕(ちん)が忠良(ちゅうりょう)の臣民たるのみならず、 又以(もっ)て(11)爾(なんじ)祖先の遺風(いふう)を顕彰(けんしょう)するに足らん。

(三) 斯(こ)の道は、実に我が皇祖皇宗(こうそこうそう)の遺訓にして、子孫臣民の倶(とも)に遵守すべき所 、之を古今に通じて謬(あやま)らず、之を中外(ちゅうがい)に施(ほどこ)して悖(もと)らず。

(四)(12) 朕、 爾臣民と倶(とも)に拳拳服膺(けんけんふくよう)して咸(みな)其(その)徳を一(いつ)にせんことを庶幾(こいねが)う。

明治二十三年十月三十日
御名御璽』

そして、上記(二)と(四)中の(1)~(12)について、以下の「---」の後に記載のように解釈が述べられています。
--------
(1)父母に孝に---両親に感謝する
(2)兄弟に友に---きょうだい仲良くする
(3)夫婦相和し---夫婦で協力する
(4)朋友相信じ---友達を信じあう
(5)恭倹己を持し---自ら反省する
(6)博愛衆に及ぼし---博愛の輪を広げる
(7)学を修め、業を習い、以て智能を啓発し、徳器を成就し---知徳を磨く
(8)進んで公益を広め、 世務を開き---公のために働く
(9)常に国憲を重んじ、国法に 遵い---ルールに従う
(10)一旦緩急あれば、義勇公に奉じ---祖国を守る
(11)爾(なんじ)祖先の遺風(いふう)を顕彰(けんしょう)する---伝統を守る
(12)朕、 爾臣民と倶(とも)に拳拳服膺(けんけんふくよう)して咸(みな)其(その)徳を一(いつ)にせんことを庶幾(こいねが)う---手本を示す
-------------
また、本文の意訳が掲載されているのですが、本文と意訳との間に以下のような言い換えがなされているのにもびっくりしました。

忠良の臣民---善良な日本国民


第1に、
本文には「忠」が2箇所に登場します(本文中の太線部)。教育勅語の最重要な価値であり、一方で当然の前提条件として述べています。しかし、(1)~(12)には「忠」が登場しません。
小冊子の作者が、意図的に無視したとしか思えません。

第2に、
「孝」についても本文中2箇所に登場します(本文中の太線部)。明治時代の「孝」が、「両親に感謝する」などという生やさしいものでなかったことは明らかです。旧民法に代表される、戦前の「家長制度」を前提としたものです。「封建制度の名残」といってもいいでしょう。「親の言うことには服従」「親のためなら自分を犠牲にする」という価値観を含んでいたはずです。

第3に、
「夫婦相和し」が「夫婦で協力する」ですか。旧民法では、妻には権利能力が認められていませんでした。「夫唱婦随」を意味していたことは明らかです。

どうも世間では、「教育勅語とは、12の徳目を説いているものであって、現代でも役に立つ有益なお言葉」との理解が広まっているようです。最初は何のことかよくわからなかったのですが、今回入手した資料から、なぜ世間でそのように理解されているのかが理解できました。
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原発事故民事訴訟で東電と国の責任を認める判決

2017-03-20 18:19:46 | 歴史・社会
原発事故「防げた」 津波予見可能と認定 国・東電に賠償命令 前橋地裁 避難者集団訴訟
朝日新聞 2017年3月18日05時00分
『東京電力福島第一原発事故で群馬県内に避難した住民ら45世帯137人が、国と東電に総額約15億円の損害賠償を求めた集団訴訟の判決が17日、前橋地裁であった。原道子裁判長は、国と東電はともに津波を予見できたと指摘。事故は防げたのに対策を怠ったと認め、62人に計3855万円を支払うよう命じた。』
『判決は、政府が2002年7月に策定した長期評価で、三陸沖北部から房総沖でマグニチュード8級の津波地震が起きる発生確率を「30年以内に20%程度」と推定した点を重視。この発表から数ヶ月後には、東電は大きな津波が来ることを予見できたと述べた。
東電が長期評価に基づいて08年5月ごろ、福島第一原発に15.7mの津波が来ることを試算していたことも指摘。この時点で「東電が実際に津波を予見していた」と判断した。実際に襲った津波は15.5mだった。
判決は、東電が非常用発電機を高台に設置するなどしていれば事故は防げたのに、対策を怠ったと指摘。』

このブログでも、原発事故直後からの経過、複数の事故調査報告(政府事故調、民間事故調、国会事故調、東電調査報告)をそれぞれの時点で検証してきました。xls-hashimotoさんがまとめてくださっています。その中から、今回の民事訴訟に関連する箇所について、振り返ってみることにします。

--政府事故調(中間報告)-------------------------
原発事故政府事故調中間報告~津波予防対策 2012-01-02
『昨年(2011年)10月17日にこのブログの「震災前に東電が行った津波試算の経緯」で紹介したように、2002年に国の地震調査研究推進本部が「東北から房総にかけての日本海溝沿いなら、どこでもM8級の地震が起きる」と報告しており、この報告をもとに2008年に東電が試算した結果として、福島県沖で房総沖津波(1677年)と同じものが発生したと仮定した場合、福島第一原発は最大13.6メートル、福島第二は14.0メートルの津波に襲われるとの結果が得られていたことがわかっています。』
『今(2012)から9年ほど前に「推本」から示された見解に基づくと、「500~1000年に1回発生する津波は、福島第一で10~15mの高さに達する可能性がある」という推定がなされました。
東電としても、この推定を無視したわけではありません。土木学会に相談し、土木学会は平成24年10月に結論を出すことになっていたのです。
しかし、千年に一回の津波は、この1年を待ってはくれませんでした。

確かに、福島第一原発の海岸を15mの防波堤で防御するなどは非現実的です。また、平成20年にそのような方針を決定したとしても、平成23年3月には完成していなかったことでしょう。
しかし、対策というのは、「完璧な対策を講じるか、しからざれば何もしないか」ということではないはずです。
「津波が原発を襲い、建屋の1、2階部分が浸水することはやむを得ない。それでも原子炉が炉心溶融に至らないように、最低限の対策を講じておこう」という発想があっても良いはずです。そのような発想に立てば、
「最低限、1号機の非常用復水器などの機能に不可欠である直流電源のバッテリーについては、地下の配置ではまずいので2階以上に移動しよう」
「直流電源が失われると、非常用復水器はフェールセーフ機能によって停止してしまう。それではまずいので、計装シーケンスを変更しよう。」
「2~6号機の隔離時冷却系は、ほんの1日以内の冷却能力しかない。それ以降については消防車で海水を注入する手段しかとれない。消防車による海水注入の手立てを事前検討しておくとともに、海水注入のためには蒸気逃がし安全弁を開放するための120Vバッテリーを常備しておく必要がある」
といった対策が思いつくはずです。そしてこの程度の対策であれば、15mの防波堤と対比したらきわめて安価でかつ短時間で対応可能であることが明らかです。

従来の原発業界において、「平成14年推本の見解」に対して真摯に恐れを抱き、完璧ではなくても最低限の対応を講じるような柔軟な発想ができる体質があってくれたら、今回の津波においても最悪の事態は防止することができたことでしょう。残念なことです。』
『また、平成20年当時に東電の中で津波対策の責任部門を担っていた人たちが、当時の武藤副本部長、吉田部長でした。その人たちが、平成23年3月の津波来襲時に、武藤副社長、吉田発電所長としてまさに現場の責任者として対応することになったのでした。』
--以上--------------------------------
--国会事故調-----------------------------
震災前の原発事故防止対策~国会事故調報告書 2012-07-22
『---国会事故調報告書目次などから---
第1部 事故は防げなかったのか?……57
1. 2 認識していながら対策を怠った津波リスク ・・・・・・82
1. 2. 1 津波想定と被害予測の変遷 ・・・・・・・・・・・・82
2) 地震調査研究推進本部の長期評価以降 ・・・・・・・・・・85
 e 地震本部の長期評価:平成4(2002)年7月
 f 溢水勉強会:平成18(2006)年5月
 g 耐震設計審査指針の改定:平成18(2006)年9月(3回目の津波想定見直し)
 h 貞観津波考慮の指摘:平成21(2009)年6月
---以上---

上記のうち、e、hについては政府事故調中間報告でも取り上げられています。

f の溢水勉強会に関しては、政府事故調報告書では報告されていないようです。
溢水勉強会は、スマトラ沖津波(平成16(2004)年)や宮城県沖の地震(平成17(2005)年8月)を受けて、想定を超える事象も一定の確率で発生するとの問題意識を持ち、保安院と独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)が平成18(2006)年1月に設置した勉強会だ、と記載されています。
この勉強会で、O.P+10mの津波が到来した場合、建屋への浸水で電源機能を失い、非常用ディーゼル発電機、外部交流電源、直流電源全てが使えなくなって全電源喪失に至る可能性があることが示され、それらの情報が、この時点で東電と保安院で共有されました。(85ページ)
溢水勉強会の結果を踏まえ、平成18(2006)8月の検討会において、保安院の担当者は、「海水ポンプへの影響では、ハザード確率≒炉心損傷確率」と発言しています。報告書は注釈で「津波の発生確率が炉心損傷の確率にほとんど等しいということは、(海水ポンプを止めるような)津波が来ればほぼ100%炉心損傷(炉心溶融を含む)に至るという意味であろう」と注釈しています。

また、e 地震本部の長期評価では、推本の長期評価の中で「福島第一原発の沖合を含む日本海溝沿いで、M8クラスの津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生すると予測した」とあります。推本の評価で地震発生確率がこのように具体的に示されていることは今回初めて知りました。
・・・・・
国会事故調報告書では、政府事故調中間報告にはなかった「溢水勉強会」について詳細に触れました。推本の長期評価と溢水勉強会の結果を重ね合わせれば、福島原発を高い津波が襲う確率が存在し、津波が来ればほぼ100%炉心損傷(炉心溶融を含む)に至ることが、保安院においても認識されていたことが明らかです。
溢水勉強会は保安院が設置した勉強会ですから、ここで得られた結果を規制として反映すべき保安院の責任が明らかです。』
--以上--------------------------------
こうして、2012年1月の政府事故調(中間報告)、2012年7月の国会事故調の報告と、その当時に私が理解した内容は、いずれも、今回の民事訴訟の認定した事実と合致しています。
そして、「東電も国も、福島を襲う津波についてここまで予測していたのなら、たとえ津波が来襲しても、少なくとも炉心溶融には至らないだけの対策を取っておいて欲しかった、という点に関しても、私の当時の感想と今回の判決とは同一の方向です。

今回の判決に対する評論の中には、判決を不当とする評論も見られますが、私は、上記のように、決して不当とは思いません。
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PKOで自衛隊に死傷者が出たら首相辞任?

2017-02-04 14:09:12 | 歴史・社会
安倍首相 辞任を「覚悟」…南スーダン、自衛隊員死傷で
毎日新聞2017年2月1日 22時27分(最終更新 2月1日 23時32分)
『安倍晋三首相は1日の衆院予算委員会で、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣されている自衛隊に死傷者が出た場合、首相辞任の覚悟を持つ必要があるとの認識を示した。「辞任する覚悟はあるか」との質問に対し、「もとより(自衛隊の)最高指揮官の立場でそういう覚悟を持たなければいけない」と述べた。』

以前からおかしいんじゃないかと思っていたのですが・・・

生命の危険と隣り合わせの職業はいろいろあります。身近なところでは消防士や警察官など。
消防士が消火活動中に殉職されたとの報道にときどき接します。警察官が職務執行中に亡くなることもあります。以前、消防士が年間何人程度殉職されているのかをネットで調べようとしましたが、データが見つかりませんでした。
また、自衛官についても、訓練中に殉職される方が多いようです。

総理は、消防士が消火活動中に殉職されるたびに、辞職するでしょうか。警察官が職務執行中に殉職されるたびに、辞職するでしょうか。いずれもしません。自衛官が訓練中に殉職された場合も同様です。

なぜ、自衛官がPKO活動中(の戦闘中)に殉職されたときに限って、総理が辞職しなければならないのでしょうか。

私は、消防士、警察官、自衛官の方々が職務中に殉職されることを是としているわけではありませんが、危険と隣り合わせの職務であり、身の安全を最大限に配慮しつつ、それでも危険に飛び込んでいかれることに敬意を払います。そのような方々の犠牲の下に、われわれ国民の安全が保たれているのであり、感謝こそすれ、「間違っている」と糾弾するつもりはありません。

自衛官も同様です。自衛隊を含む軍隊は、武装した敵勢力に対峙して、任務を全うすることが職務です。そのために自衛隊も武装しています。ですから、職務中に殉職する可能性が高いことは当初からわかっています。
しかし日本では、「自衛官は(訓練を除く)本来職務中には一人も戦死してはならない」が暗黙の前提として、マスコミで語られています。

なぜ、自衛官による戦闘行為に限ってこのような特別扱いになったのか、理解できません。

自衛官の特別扱いは、「日本の自衛隊に軍法がない」ということにも現れています。南スーダンで、避難民に紛れた武装勢力が突然陸自PKO部隊に発砲してくることがあり得ます。応戦した自衛官が、誤って一般市民を殺害してしまうこともあるでしょう。そのような場合、普通の軍隊であれば軍法で裁かれるのですが、日本の自衛官の場合は刑法で裁かれることになります。南スーダンに派遣された自衛官の方々がこの点を恐れているだろうことが推察されます。

「自衛官は戦死してはならない」と関連して思い出すのは原発です。
「原発は事故を起こすはずがない」「従って事故発生を想定した訓練も行わなくて良い」という発想から、福島第一原発の一号機は、非常用復水器を作動させての訓練を行ったことがありませんでした。その結果、非常用復水器が作動していないのに「作動している」と勘違いして、あの惨事を招いてしまいました。
リアリズムがいかに大切か、ということでしょうか。
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