孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

テロの国産化に揺れるインド 宗教対立を克服できるのか?

2008-10-04 15:16:08 | 国際情勢

(コーランを焼くヒンズー教徒 “flickr”より By saraab™
http://www.flickr.com/photos/saraab/783886367/)

【米印原子力協定 米議会承認】
核拡散防止条約(NPT)に加盟せず独自に核兵器開発を進めてきたインドを、核燃料や原子力技術の提供対象国として「例外扱い」にする米印原子力協定が発効するための最後のハードルとなっていた国内法の改正案がアメリカ議会で承認されました。

インドは発電の53%を石炭、25%を水力が占め、石油消費の70%、天然ガス消費の50%を輸入に頼っている現状で、現在発電の3%にすぎない原子力を拡大していくことが、今後の経済成長を安定的に実現するうえで重要にと考えられています。
ここに至るまでシン政権は、アメリカとの接近を嫌う左翼連立政権を切り捨て、インド独自の核開発に制約が課されることに反対する野党を抑え、突き進んできました。

一方、アメリカはインドとの関係を強化することで、台頭する中国を牽制することが目的と言われています。
また、経済的にも、インドは今後15年間で18~20基の原発を増設し、総投資額は270億ドル(2兆8000億円)に上る見込みで、大きなビジネス市場がもたらされます。

このため、8月の「国際原子力機関(IAEA)」理事会におけるインド・IAEA保障措置協定の承認(軍事関連施設やプルトニウム生産炉、高速増殖炉などの査察は対象外)、8月に承認を見送った原子力供給国グループ(NSG)の総会を9月に再開しての承認取り付けと、アメリカは強力に国際社会にインドとの協定を認めるように迫っていました。

NSGの承認については、インドが外相声明の形で「核実験モラトリアム(凍結)継続」とNSGの指針に沿って核不拡散に取り組むことを約束したことで、慎重派の国々も譲歩したこともありますが、最終局面では、ブッシュ米大統領が承認に慎重な国々の首脳に直接電話して説得するなど、「政治決着」の色合いが濃い承認でした。【9月6日 毎日】
(シン首相は国内的には、「合意は、インドが将来必要に迫られれば核実験を実施する権利に何ら影響を及ぼすものではない」と述べ、核実験の権利を保留していることを明言しています。)

そして、最後のハードルであったアメリカ国内の手続きが冒頭記載のように完了しました。

この問題がはらむ、核拡散防止条約(NPT)体制の形骸化、インドだけを例外とするアメリカのダブル・スタンダードの問題については、8月24日の「原子力供給国グループ(NSG) インド例外扱い認めぬまま一旦閉会」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080824)でも取り上げたところです。

そうした内容の是非はともかく、シン首相にしても、ブッシュ大統領にしても、国内・国外の反対を押しのけて突き進む執念というか、不退転の姿勢というか・・・その政治姿勢については、“地位に恋々としない”いさぎよさを美徳として相次いで首相・閣僚が辞任する日本からすると、驚くべきものがあります。

【相次ぐテロ その国産化】
さて、そのインドは、中国と並んで新興国のトップランナーとして爆走しており、その膨大な人口もあって、将来に向けてますます政治的・経済的プレゼンスを大きくしていくことが予想されています。

もちろん、両国ともに大きな問題も抱えています。
中国の場合、アキレス腱と思われるのはその政治体制です。
共産党による実質的一党独裁の政治体制で、豊かな社会における多様な国民の声に対応できるのか、人権・民族問題・経済格差・地方官僚の腐敗等々の問題に対処できるのか・・・という課題があります。

インドは政治的には“世界最大の民主主義国”とも言われるところですが、格差・貧富の差という点では、おそらく中国以上でしょう。
現代的な人権の価値観とは相容れないような伝統的価値観・慣習も根強く残っています。
そして、何より国内にヒンズー対イスラムという深刻な宗教対立を内在しており、この問題が火を噴くと社会は一気に不安定化します。

最近、インドでは爆弾テロが相次いでいます。
5月13日 北部ジャイプールでヒンズー教の寺院前など7カ所に置かれた爆弾が爆発。20人死亡
7月25日 南部バンガロールの路上で爆弾7個が爆発。2人死亡
7月26日 西部グジャラート州アーメダバードの病院などで爆弾16個が爆発。16人死亡
9月13日 ニューデリーの市場など3カ所で爆弾計5個が爆発。15人死亡
  19日 警察がニューデリー東部の民家を急襲。イスラム教徒の男性2人を射殺
  27日 ニューデリー南部の市場で爆弾1個が爆発。2人死亡
  29日 グジャラート州東部のサバルカタ地区の市場で爆弾1個が爆発。2人死亡
  29日 西部マハラシュトラ州マレガオンのモスク近くで爆発。3人死亡
10月1日 トリプラ州アガルタラの市場付近で連続爆発。2人が死亡
【10月2日 毎日】

特に9月以降、連日のようにテロのニュースが入ります。
問題は、回数だけでなく、テロが国産化されてきていることです。
従来、インドではこの種の事件は背後にパキスタンの影響力がある、国外から持ち込まれたものとの認識がありました。
インドとパキスタンはカシミール地方の領有権を巡って対立していますが、軍事力で劣るパキスタンが情報機関を使って過激派を養成、インド国内を混乱させるためにテロを起こしているとの見方です。

しかし、最近の事件で逮捕された容疑者はインド国外からのテロリストではなく、国内の、しかも比較的裕福なイスラム教徒の学生が多いことがわかってきました。
爆発物も国内で調達される傾向にあります。

【ヒンズー・イスラム間の格差】
インドではヒンズー教が人口約11億人の8割を占めていますが、イスラム教も14%、約1億4000万人存在しています。
“昨年11月以降、都市部で続く爆弾テロと同じ手口だ。うち▽ウッタルプラデシュ州▽ジャイプール州▽バンガロール▽グジャラート州▽ニューデリーで起きた計5事件は、被害者のほとんどがヒンズー教徒で、バングラデシュなどを拠点とするイスラム過激派組織の連絡団体「インディアン・ムジャヒディン」(IM)が犯行声明を出した。
 しかし、9月以降、今度はイスラム教徒を狙ったとみられる爆破テロ事件が増加。これらはいずれも犯行声明が出ていない。治安当局には、これらについても、多数派ヒンズー教徒と少数派イスラム教徒の対立をあおるためIMが起こしたとの見方が一部にある。ただ、IMは組織の実態が不明で、捜査は難航している。”【10月2日 毎日】

かつてのインド・パキスタン分離独立時の血で血を洗う惨劇から60年。
インド国内でのヒンズー・イスラムの対立・軋轢はしばしば耳にしますが、背景にはイスラム教徒の経済的・社会的に劣後下状況、それに対する不満があると思われます。
“(イスラム教徒は)カーストの身分階層が低い職人層などが改宗し、貧しい家業を受け継いだ経緯があり、ヒンドゥー教徒との社会・経済格差が残る。47年のインドとパキスタンの分離独立時、イスラム教徒の中上流階層の多くがパキスタンへ移住。有力な政治指導者が現れず、ヒンドゥー教徒の最下層への公務員就職や大学入学の優遇枠といった格差是正策はイスラム教徒には適用されていない。” 【9月24日 朝日】

イスラム教徒の活動が過激化すれば、それに呼応してヒンズー至上主義も台頭し、社会の不安定化が悪循環的に加速します。
「テロの国産化」がこのまま進めば、海外からの投資が減少して経済成長にブレーキがかかる事態も懸念されています。

「中央政府や州警察の情報組織の人員を充実させ、捜査能力を高めることが先決」といった意見や、対テロ組織の新設を含め治安強化を求める声があがるのに対し、現在のシン政権は今一つ及び腰だとも言われています。
対応を誤ると、国内に約1億4000万人いるイスラム教徒の反発を招き、状況が一気に悪化する恐れがあるためです。

【政教分離の基本原則は?】
敢えてヒンズー国家を名乗らず、各宗教を平等に扱う政教分離を基本原則としてきたインド。
一方で、基本原則であった社会主義的な“平等”を重視する姿勢、非同盟の外交政策は、次第に市場重視、アメリカとの協調の方向に舵を切りつつあります。
ヒンズー至上主義が強まる社会の傾向にあって、政教分離、ヒンズー・イスラムの共存が今後どのようになるのか、宗教対立からの社会混乱が更に深刻化するのか・・・インドの抱える問題は非常に難しいものがあります。


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