(バーレーンでの衝突の犠牲者と思われます “flickr”より By MohammedMaree محمد مرعى mar3e
http://www.flickr.com/photos/mar3e/5531942883/ )
【スンニ派王家が7割のシーア派住民を支配】
チュニジアに端を発する中東・北アフリカの“民主化ドミノ”については、昨日取り上げたリビアでは反政府派に“容赦ない攻撃”を加えるカダフィ政権への英仏米などの軍事攻撃の可能性が高まっていますが、もうひとつ注目されるのが、ペルシャ湾に浮かぶ淡路島ぐらいの小さな島国バーレーン(人口79万人)の動向です。
バーレーン王家はクウェートやサウジアラビアの王家と同じくアナイザ族出身でイスラム教・スンニ派ですが、国民の7割をシーア派がしめ、3割のスンニ派に比べ差別を受けてきたと言われています。
そのため、シーア派主体の民主化運動は反王制・宗派対立の色合いを帯び、その成り行きに隣国でもあり、同じくシーア派住民を抱えるスンニ派王制の地域大国サウジアラビアが神経をとがらせています。
バーレーンはアメリカにとっても、中東一帯の海域を管轄する米海軍第5艦隊司令部があって、中東戦略において重要な位置を占めていますが、サウジアラビアを巻き込んだ混乱になると、その影響は中東情勢・原油供給に及び、全世界に波及します。
****石油尽き、王族支配は「時代遅れ」 揺れるバーレーン****
中東と北アフリカ諸国で民主化デモが相次ぐ中、ペルシャ湾に浮かぶ島国バーレーンで、ハリファ王家が、政治の舞台から去るようデモ隊からレッドカードを突きつけられている。かつて国家を支えた石油は底を尽く中、王族支配の政治は「時代遅れ」とみなされている。両者の間には対話を探る動きもあるものの、解決策を見つけるのは容易ではない状況だ。(マナマ 岩田智雄)
「どんな立派な建物も、王家の懐を肥やすための道具にすぎない」
青い空と海を背に近代的ビルが立ち並ぶ首都マナマ。デモ隊が陣取る真珠広場でコンサルタントの男性は声を荒らげた。
バーレーンは1931年に石油が発見され、中東諸国の中で最も早く開発が始まりハリファ家の権力を支えてきた。しかし今では石油はほとんど出ない。王家は工業化や金融拠点化を進めてきた。しかしデモ隊の目には、こうしたきらびやかさも王家の利権としてしか映らない。
バーレーンの民主化デモがエジプト情勢に触発されて拡大したのは2月14日。10年前の同じ日に、民主化の枠組みを規定した「国民行動憲章」が国民投票で、承認された。しかし、その1年後、ハマド首長は国王であることを宣言し、憲法改正を発表。民主化は選挙による下院の設立などにとどまり、政治の実権は国王が握ったままで、国民の怒りは増幅していった。
ほかにも不満は鬱積している。約123万人の総人口のうち、ほぼ半数は外国人で、残りの7割がイスラム教シーア派、3割が王家と同じスンニ派だ。政府は、公務員、警官などへの就職、福祉などでシーア派住民を差別してきた。
先月のデモ拡大後、警察の発砲などで7人が死亡。シーア派の最大野党ウェファクのハリール事務局長は「機動隊の9割は国籍を与えられた外国人」と語る。
解決の糸口を探るため、サルマン皇太子は国民に対話を呼びかけた。ウェファクなどは、国民行動憲章に基づく政治改革を対話の条件としているが、対話は進展しそうにない。
まず、ハマド国王、国王のおじのハリファ首相、国王の息子のサルマン皇太子による事実上の「三頭政治」であり、王家内での意見集約は容易ではない。
デモ隊に譲歩すれば、スンニ派が多数派を占めるサウジなどでシーア派によるデモも拡大しかねない。湾岸各国は、シーア派大国イランの影響力に一層神経をとがらせることになる。経済的に依存するサウジの顔色も無視できない。
ハックなどシーア派非公認組織は「共和制」を訴え始めた。デモは激しさを増し、国民は一層王家への反発を強める可能性もある。【3月13日 産経】
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シーア派住民の不満については、“政府はここ数年、「スンニ派化」政策を進めている。サウジアラビアやヨルダン、シリア、パキスタンなどスンニ派諸国から多くの労働者を呼び込み市民権を与え、スンニ派の人口比を高めようとしている。シーア派住民を抑圧してきたため支配層にはシーア派への警戒感が強く、軍や警察はスンニ派の職業になっている。一方、外国から来たスンニ派新市民は軍や警察をはじめとした公務員の仕事に就き、家も与えられるケースもあるといい、これがシーア派の不満を高める結果となっている。”【2月20日 毎日】とのことです。
【おさまらない民主化デモ】
民主化デモがおきる直前には、国内の各世帯に1000バーレーン・ディナール(約22万円)を支給するという“バラマキ”による懐柔策も発表されましたが、国民の不満を抑えることはできませんでした。
多数派であるイスラム教シーア派の市民らによる権利拡大や民主化を求めるデモ、首都マナマ中心部の「真珠広場」での座り込みに対し、2月17日、治安当局側が「真珠広場」に突入、催涙ガス弾を発射するなどし、デモ隊を強制排除しましたが、この際4名の死者が出ました。
その後も治安当局による発砲による犠牲者が増え、シーア派住民を中心とする民主化要求運動では次第に反王制の声が強くなってきました。
バーレーンでデモ隊に発砲した治安部隊の多くは、王族をはじめとする支配層と同じイスラム教スンニ派である南アジア出身の傭兵とも言われています。強硬策に出た王室には「シーア派が反乱を起こすのではないかとの恐怖がある」とも。
ハマド国王はサルマン皇太子を通じて野党勢力に対話を要請しましたが、住民と連携する最大のシーア派野党「イスラム国民統合協会」は、現内閣を即時解散して議員内閣制に移すことや、約300人に上る政治犯の釈放などを対話の前提条件に挙げ、条件の受け入れなしに対話を開始する可能性を否定。
バーレーンは国民投票を経て形式的には02年から立憲君主制に移行しましたが、首相は国王の指名で決まり、閣僚の大半はスンニ派王族が占めており、シーア派住民の要求が国政に反映されない現状があります。
バーレーン政府は2月21日には政治犯釈放を発表、23日にはハマド国王がサウジアラビアを公式訪問。また、24日には米軍トップのマレン統合参謀本部議長がバーレーン入りしハマド国王やサルマン皇太子らと会談、26日は内閣のうち5閣僚を変更する内閣改造を発表するなど、関係国は事態の鎮静化に向けて動きますが、民主化デモは収まりません。
****バーレーンの野党指導者が帰国、国王は内閣改造を発表****
英国にいたバーレーンの野党指導者、ハサン・ムシャイマ氏が26日夜帰国し、同国の反政府デモの中心地になっている首都マナマの真珠広場で演説した。
ムシャイマ氏は今こそスンニ派・シーア派・世俗派は一つになって体制と戦うべき時で、これまで嘘を繰り返してきた政府と交渉すべきではないと述べた。真珠広場にはムシャイマ氏を歓迎する花火が打ち上げられた。
シーア派のムシャイマ氏が病気治療のため英国にいた前年10月、同氏ら25人は違法な団体の設立、テロ行為への資金提供とテロの実施、風説の流布の罪で訴追されていた。(中略)
一方、バーレーン政府は26日、ハマド国王が同日、5閣僚を変更する内閣改造を実施したと発表した。しかし労相が住宅相に、外相が保健相に横滑りするなど、野党側が求める総辞職にはほど遠い内容になっている。【2月27日 AFP】
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2月28日には、反政府デモを続けるイスラム教シーア派住民らのうち数百人が国会前を一時封鎖。
3月10日には、首都マナマの国連ビル前に数千人が集まり「王室打倒」を叫んだとのことで、民主化運動当初のハリファ首相の退陣要求などから「スンニ派王室の打倒」へと変化を窺わせます。
3月13日には、反体制デモに対し警官隊が催涙ガスなどで応酬、激しい衝突に発展し多数の負傷者が発生。
【隣国スンニ派サウジアラビアの軍事介入】
こうした事態に、バーレーンは13日、サウジアラビアなどペルシャ湾岸の産油国6カ国から成る「湾岸協力会議」(GCC)に対し、軍の派遣を要請することになります。
****サウジアラビア、バーレーンに軍派遣****
サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)など6か国からなる湾岸協力会議(GCC)は14日、反体制デモに揺れるバーレーンに軍を派遣した。
国営サウジ通信(SPA)は、「バーレーンからの支援要請に応じ」、GCCの共同軍事組織「半島盾の軍(Peninsula Shield Force)」をバーレーンに派遣したとするサウジアラビア政府の声明を発表した。声明は、「GCC加盟国の安全保障への脅威はGCC全体の安全保障への脅威と見なされる」と続けている。
UAEも、「緊張を和らげるため」警官500人程度を派遣したことを明らかにした。GCCの残りの加盟国であるクウェート、オマーン、カタールが参加しているかは不明。(中略)
バーレーンのサルマン皇太子は同日、反体制派に譲歩するかたちで、全権を持つ議会を作ること、腐敗一掃と宗派間の緊張緩和に努めることを約束した。だが、「安全保障と安定を犠牲にするやり方は、合法的な要求とは言えない」とくぎを刺すことを忘れなかった。
反体制派勢力は、政府が退陣するまでは対話に応じないとの姿勢を崩していない。同国では14日も、数千人が首都マナマのビジネス街の占拠を続け、ペルシャ湾岸諸国の金融の中心地はゴーストタウンと化している。【3月15日 AFP】
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15日、ハマド国王は3カ月間の非常事態宣言を出し、全権を軍に委任し、反政府デモに強硬な姿勢を示します。
****デモ隊の強制排除着手=発砲で2人死亡、200人超負傷-バーレーン****
バーレーンからの報道では、シーア派イスラム教徒による反政府デモの激化を受け、非常事態が宣言された同国の首都マナマ近郊のシーア派居住地域で15日、治安部隊側が住民に発砲し、少なくとも2人が死亡、200人以上が負傷した。一方、治安部隊数百人が16日朝、首都マナマの「真珠広場」で泊まり込みの抗議を行っていたデモ隊の強制排除に乗りだした。
AFP通信によると、治安部隊はデモ隊に向け、催涙弾を発射した。治安当局は非常事態宣言で「必要なあらゆる手段」を講じる権限を付与されていた。同国は、湾岸協力会議(GCC)に部隊派遣を要請、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の計約1500人が動員されていた。(後略)【3月16日 時事】
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こうして、バーレーンは一連の中東政変では初めて他国軍が展開する事態となっています。
バーレーン政府の要請でアラブ諸国から派遣されたGCC軍は、この日の作戦には関与していないもようとも報じられていますが【3月16日 ロイターより】、野党勢力はGCC軍展開は「事実上の占領であり戦争行為に等しい」と反発、14日に国連に対し安全保障理事会で対応を協議するよう要請しています。
武力衝突の危険の高まりに、クリントン米国務長官は15日、訪問先のカイロでの会見で双方に自制を求め、平和的解決を仲介するようサウジアラビアに求めています。サウジ軍が民主化デモ鎮圧に乗り出すと、長年友好関係を維持してきた、中東戦略の要でもあるサウジアラビアとの関係悪化が避けられません。
一方、軍を派遣したサウジアラビアでは、シーア派住民らがバーレーン派兵などに反対するデモが起きています。
****サウジアラビア:シーア派デモ…バーレーン派兵に反発****
バーレーンで16日、イスラム教シーア派主導の反体制派と治安部隊が衝突、多数の死傷者が出たことを受け、隣国サウジアラビアのシーア派住民らが同日、サウジ軍のバーレーン派兵などに反対するデモを行った。ロイター通信が伝えた。治安当局は威嚇射撃するなどしてデモの解散を図ったという。
デモはサウジ東部カティフなどで行われ、数百人が参加。サウジ軍を中心とする湾岸協力会議(GCC)合同軍のバーレーン派遣に反対するとともに、同国シーア派住民への連帯や、サウジでの政治犯の釈放などを訴えた。大規模な治安部隊が出動して解散を迫ったが、衝突には至らなかったという。
スンニ派主導のサウジは、バーレーンのシーア派反体制デモが自国に及ぶことを懸念。同じスンニ派のバーレーン国王の要請を受けて派兵した。【3月17日 毎日】
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【シーア派のイラン・イラクも反発】
スンニ派王制を支えるのがサウジアラビアなら、シーア派住民を支持するのがシーア派イランとシーア派が強い影響力を持つイラクです。バーレーンの混乱はこれら周辺大国を巻き込んだ宗派対立の様相も呈しています。
****バーレーン、周辺国巻き込み宗派抗争の様相****
イスラム教シーア派住民らのデモが続くバーレーンで17日夜、デモ隊と治安部隊が各地で衝突し、緊張が高まっている。湾岸諸国の軍事支援を受けるスンニ派王政の強硬姿勢に、周辺国のシーア派も反発し、バーレーンを舞台にした宗派抗争の様相を帯びている。(中略)
王政の強硬姿勢を支えるのは、サウジアラビアやアラブ首長国連邦の兵らだ。計約1500人が戦車や装甲車に乗り、主要道路の交通を制限している。湾岸諸国はスンニ派君主が支配しており、バーレーン情勢の飛び火を恐れて軍事介入に至ったのだ。
デモ隊の民主化要求は、少数派のスンニ派王政の廃止を導きかねない。ハマド国王は一時はデモを静観したが、15日に緊急事態令を宣言。武力で抑え込む方針に転じた。
これがデモ隊を過激化させ、スンニ派住民のシーア派に対する憎悪も増幅させる悪循環に陥っている。デモ隊との衝突で死んだスンニ派警官の葬儀が17日にあり、地元有力者は「シーア派のゴミ住民が国を破壊している。戦う」と言った。東部ハマド地区では、スンニ派移民の若者数百人がこん棒やなたで「武装」している。
シーア派住民を多数抱える周辺国も黙っていない。バーレーンを舞台にした、宗派間の代理抗争の懸念が強まっている。
イラクでは17日、シーア派強硬派指導者サドル師の呼びかけで、首都バグダッドなどで数千人が抗議デモを実施。イランのアフマディネジャド大統領は16日、「正当化できない」とバーレーン王政を批判し、駐バーレーン大使を召還した。レバノンでは、シーア派過激派組織ヒズボラによるデモがあった。【3月18日 朝日】
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王制は王家に対する国民の敬愛があって成立するものですが、それが失われつつあるバーレーンでは、少数派スンニ派王家の多数派シーア派支配というのは無理な構図に見えます。生き残る道は徹底した強権支配しかないでしょう。
小さな島国バーレーンの混乱は、国の内外を巻き込んだ深刻な宗派対立に発展することが懸念されており、その場合、先述のようにその影響は全世界に及びます。