孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  労働争議多発 「ルイスの転換点」 内需主導経済への転換

2010-07-11 11:53:25 | 世相

(5月31日、ストが起きた広東省のホンダの子会社で、事態の沈静化を図ろうとする官製労働組合と、それに反発する従業員が激しく対立、労組側が従業員を殴打する事件が起こりストの長期化を招きました。写真は恐らくそのときの様子(黄色の帽子が官製労組)ではないかと推測されます。 “flickr”より By Matthew Felix Sun
http://www.flickr.com/photos/matthewfelixsun/4678500881/)

【「労働力市場の需給で起きている問題」】
このところ連日のように、中国における労働争議、それに伴う賃金引き上げ・労働コストの上昇に関する記事を目にします。

****中国の日系工場スト「労働コストの問題で自然」 副首相*****
中国の王岐山(ワン・チーシャン)・副首相は10日、河野洋平・日本国際貿易促進協会会長(前衆院議長)と会見し、ホンダやトヨタ自動車の系列工場などで相次ぐ従業員のストライキについて「中国経済の発展に伴い、労働コストの問題が出てくるのは自然なこと」と指摘。「中国の投資環境全体に影響を与えるものではない」と述べた。
スト問題が、海外企業の対中投資に与える影響は限定的との見方を示したものだ。
王副首相は、ストは「労働力市場の需給で起きている問題」とし、「ある国のある企業を対象にしたものではない」と述べ、日系企業を狙い撃ちした動きでないことを強調。「世界をみても13億人のマーケットを探すのは困難」とも語り、市場としての中国の魅力に注目して対中投資を進めるべきだとの考えを示した。 【7月10日 朝日】
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中国は、これまで安価で豊富な労働力を主な武器として工業化を進展させ、“世界の工場”の地位を確立してきました。
現在報じられている労働争議などの問題は日本や台湾などの外資系企業をターゲットにしたものか?それとも国内企業全般にわたる賃金上昇につながるのか?そうした動きは中国の“世界の工場”の地位に変化をもたらすのか?賃上げが内需を拡大し、輸出主導だった中国経済の構造変化をもたらすのか?一方で、こうした労働争議が社会不安の火種にならないのか?中国政府は社会不安にどのように対応するのか?・・・等々、様々な問題をはらんでいます。

【「ルイスの転換点」】
王副首相は、争議は外資企業を狙い撃ちにした動きではなく、「労働力市場の需給で起きている問題」としています。これに関連してよく取り上げられるのが、中国の労働市場が「ルイスの転換点」にさしかかっているとの指摘です。

****農業国から工業国への移行期に顕在化する“ルイスの転換点”とは?*****
一般的に農業国から工業国への発展段階では、農村部の余剰人員が次第に工業分野に吸収される動きが顕著になる。そのプロセスの初期段階では、主に農村部の余っている人々が自ら職を求めて企業に就職するため、賃金水準の目立った上昇は見られない。
ところが、農村部で余剰人員が減少したり、あるいは農業部門でも追加の労働力が必要になっていると、賃金に関する状況は一変し、賃金水準の上昇傾向が顕著になるのである。それが経済学で言う“ルイスの転換点”だ。

中国は今、まさしく“ルイスの転換点”に近づいている。そのため、農村部からの出稼ぎ労働者を中心にして、賃上げ交渉が厳しさを増している。一部のケースでは、労働争議にまで発展しているのだ。
無視できない点は、中国政府も賃金水準の上昇を容認する姿勢をとり始めていることだ。その背景には、米国の次の覇権国候補としての戦略がある。
その戦略とは、今までの輸出主導型の経済構造を、海外景気に大きく左右されることがない「国内消費主導型の経済構造」にモデルチェンジすることだ。
こうした中国政府の政策判断の背景には、中国が経済大国の地位を確保すれば、「世界経済における中国の責任を問う声が高まるはず」との読みがある。中国の国際的な政治力や発言力を高めるためには、いつまでも海外への輸出に頼った経済構造を維持することはできない。
多くの人口を抱える中国が、自国の巨大な市場を背景に発言してこそ、世界の主要国から賛同が得られる。中国政府は、「そのような潮時が来ている」と認識しているのだろう。その流れは、後戻りすることはないはずだ。【7月6日 ダイヤモンドオンライン】
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「ルイスの転換点」については、まだ中国はその段階にないとの指摘もあります。
****中国の労働力コストの競争力は依然世界トップレベル、今後10年の安定供給可能―中国科学院***
2010年6月26日、中国科学院持続可能発展戦略グループのリーダーで首席科学者の牛文元(ニウ・ウェンユエン)氏は、「中国の労働力コストは依然として世界のトップレベルの競争力を備えており、今後10年間は安定した供給が可能である」との考えを明らかにした。中国新聞網が伝えた。
牛氏は、中国政府が外国組織と協力して初めて開催した人口問題に関するフォーラム「人口流動移転と都市化に関する国際討論会」で、各国の労働コストについて触れ、中国を1.0とすると、各国の労働力コストは、米国3.1、日本3.0、香港2.9、南アフリカ2.6、韓国2.2、インド1.3であると紹介した。
牛氏は「中国の第1次産業の人口比率は非常に大きく、余剰労働力の移転にはまだ大きな余地がある。金融危機による経済低迷から回復する段階で、経済発展著しい東部工業地区で労働力不足が発生したが、実際には中国では今後10年間“ルイスの転換点”は出現しないだろう」と指摘した。【6月30日 Record China】
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【人口構造の問題】
程度問題、あるいはどのようなタイムスパンで見るかの問題ではありますが、内陸部経済の拡大に伴い、少なくともかつてのように安価な労働力がいくらでも農村の余剰人口から供給される時代ではなくなってきているように思われます。
中国では急速な都市化が進行しており、農村人口と都市人口の逆転が進んでいます。

****中国、2015年までに都市部人口が農村部上回る見通し=新華社*****
新華社は、2015年までに中国都市部の人口が初めて農村部の人口を上回り、都市部や市街地の住民が7億人を突破する見通しと報じた。
同紙によると、国家人口計画出産委員会の李斌主任は、2015年までに都市部の人口は13億9000万人(08年末時点では13億2000万人)になると述べた。
60歳以上の人口は2億人を突破し、高齢化第1期を迎えるという。このころには、60歳を迎える人の人口が年間平均800万人で、06─10年の平均を320万人上回る見通し。
従属人口指数は40年以上にわたって低下を続けた後上昇に転じる一方、15─59歳の人口比率は、ピークを迎えた後に緩やかに低下していくと見通している。【7月5日 ロイター】
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更に、長期的な問題としては、上記【ロイター】記事にあるように、今後急速に進行することが確実な「高齢化」、「生産年齢人口」の減少があり、労働力供給は劇的に減少することが予想されます。
日本でも同様問題がありますが、中国の場合、長く続けてきた「一人っ子政策」の結果として、この人口構造変化が顕著なものになると思われます。

【生産拠点シフトの動き】
当面の問題に限定しても、すでに労働コスト上昇に伴う、中国からの生産拠点シフトの動きも出ています。
****中国からアジアへ生産拠点シフトの流れ、人件費上昇で*****
長らく中国は安価で労働力を豊富に海外企業に提供してきた。だが、近年になって高まる労働者からの賃金引き上げ要求や、人民元切り上げの可能性などから、海外企業が労働コストの低いバングラデシュ、インド、インドネシア、ベトナムなど、他のアジア諸国へ生産拠点をシフトする流れが進んでいる。

インドネシアのマリ・パンゲストゥ貿易相は1月、靴メーカーが相次いで中国からインドネシアに工場を移転する「恒久的なトレンド」がみられると発表。こうした企業による、インドネシアへの投資は過去4年間で計18億ドル(約1600億円)に上るという。
台湾証券会社Capital Securitiesのアナリスト、ブルース・ツァオ氏は、中国における急激な賃上げの動きは、すでに利ざやが低下し始めている同国の労働集約産業にとって痛手となると分析する。
・・・・無尽蔵にあると思われていた安価な労働力も底をつく兆しが見え始めるなか、経済アナリストらは、世界市場において、人民元が強くなるほど安価な労働コストによる中国の優位性は失われると指摘する。
・・・・こうしたなか、中国にとって代わるとアナリストらがみているのが、労働者の平均月収が25ドル(約2200円)と世界最低レベルにあるバングラデシュだ。だが、そのためには多発する労働紛争やぜい弱なインフラの改善が前提となる。
三菱重工業は前年9月、ベトナムに三菱エアロスペース・ベトナムを設立しているが、その理由としてベトナムの労働力が比較的、安価であることを挙げている。日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査によると、中国の工場労働者の平均月収が217ドル(約1万9000円)であるのに対し、ベトナムでは101ドル(約8800円)となっている。・・・・【7月6日 AFP】
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【13億人のマーケット】
しかし、こうした労働コスト上昇が即、生産拠点シフトにつながるものでもなく、冒頭記事で王副首相が「世界をみても13億人のマーケットを探すのは困難」と指摘しているように、中国経済はマーケットとしての価値があります。更に、労働コスト上昇によって、このマーケットはより本格的な需要に拡大していくものと見られています。
また、労働力についても、賃金だけではなく、教育程度や学習能力などを含めた労働生産性から考えると、中国のメリットはまだ大きなものがあります。
生産拠点シフトの動きは、その企業が労働コスト、マーケットなどのどの点を重視するかによって対応が変わってくる問題です。

中国政府には、こうした賃金上昇の動きを、輸出主導から内需主導の経済への転換に結び付けていこうという狙いがあります。
すでに世界的な金融危機への対応として、農村低所得者層の家電製品購入意欲刺激策としての補助金政策「家電下郷」、車に関する「汽車下郷」などによる内需拡大策を行ってきています。当然、こうした施策は、中国社会の重要課題である都市と農村の格差是正のためでもあります。

賃金引き上げに伴う家計部門の所得増加によって消費活動を一段と活発化させ、巨大な消費市場を形成し、他国の経済状況に依存しない経済構造に転換していくことが、長期的な中国政府の方向であるのは間違いないところです。

【労使関係の「融和」】
しかし、労働争議の頻発、特にインターネットや携帯での情報をもとにした、政府がコントロールしきれない若い労働者の争議行為の拡大については、社会不安の火種として中国政府が懸念するところでもあります。
中国社会には、都市・農村の格差、富裕層・貧困層の格差、進む高齢化とその対応の遅れ、大卒者の失業問題など多くの不満が充満しており、労働問題への対応を誤るとこれらに引火して爆発する危険もあります。
当初、外資系企業での争議多発を黙認していたように思われる中国政府も、無秩序な争議行為を規制する対応も見せています。

****中国、日系企業ストで報道禁止 責任者処分も****
中国広東省でホンダ系部品工場のストライキや台湾系電子機器メーカー従業員の連続自殺を受け、中国共産党宣伝部が5月末、国内メディアに対し「類似の事案も含め報道を禁止する」と通知し、違反すれば責任者らの処分を検討するとの厳しい方針を出していたことが23日分かった。責任者の処分に言及するのは中国共産党「事態を深刻に受け止めている場合」(同関係者)という。【6月23日 共同】
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報道規制によって、労働争議の国内企業への無秩序な拡大を抑えようとするものでしょうが、労働市場の需給ひっ迫という基本構造に加え、国内企業の労働環境は外資系企業以上にひどいものが多いこと、ネット・携帯などの情報伝達手段が多様化していること、官製「労働組合」が労働者の権利を代弁していないこと・・・など、争議拡大をコントロールするのは容易ではありません。

****温家宝・中国首相、労使関係の「融和」訴え****
中国の温家宝首相は、製造業と民間企業が集まる浙江省を訪問し、労使関係の「融和」を呼び掛けた。国営テレビの夜のニュースが首相の発言の要旨を伝えた。
中国では日本の自動車部品工場を中心に労働争議が相次いでおり、同国での賃金上昇見通しに国際的な関心が集まっている。
温首相は、賃金は上昇しなければならないが、そのペースは全体の生産性と一致していなければならないと述べた。【6月28日 ロイター】
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ある意味、こうした「融和」を社会・国民に強要するのは、共産党・官僚主導資本主義の中国経済・社会においては政府が「得意」とするものなのかもしれませんが、問題はそこで無視されたり、抑圧されたりする国民の権利の問題が出ないのか・・・というところです。

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