―――
ゥゥゥ ―――
ピピ ♪
空から高い音・・・
「・・・・」
青い空に、翼を広げた鳥の影。
あれの鳴き声かな。
高い場所を滑空している。
ロロロロ ・・・・
下の道路を、私たちが乗ってきた大バスが走ってる。
学校に避難していた人たちが乗っているのだろう。
「いい天気ね」
「うん」
おじいさんとおばあさんのペースに合わせているから、ゆっくり歩く。
2人の後ろには、斧さんがいる。
「ニャ~」
黒猫も。
ボルピノは孤児院に残っていて、ノロマさんたちが遊んであげてると思う。
カタ
この辺りの道には、まだ石や枝などが転がってる。
孤児院とスーパーを結ぶ道路などは、車が走れるようにある程度どけてある。
「そこの茶色い屋根の家だよ」
「・・・はい」
レンガ色に近い屋根の家がある。
おじいさんとおばあさんの住んでいた家に向かっている。
孤児院のある丘に比べると低い場所で、氾濫した水はここまで来ていた様。
「あのあたりね・・・マロックさんに会ったのは」
「そうだね」
2人が下の方にある道路を見てる。
最初におばあさんを助けた場所は、あの辺らしい。
周りの建物や外灯を見て、水はまだ浅いと分かったので水に跳び込んだ。
ガタ ・・・
水の圧力で壊れてしまったらしい柵の一部をどける。
広い庭に入る。
太陽が高く昇っていて、影は短い。
避難していた人の多くが、早朝に町を去った。
ここから近い街に避難した人もいるし、親族を頼って、自分の車で行った人もいる。
孤児院のスペースに余裕ができたので、学校に避難していた人で町に残った人たちが孤児院に移動している。
町長も。
孤児院の方が高い場所にある。
また雨が降ると言う予報だし、丘の上の方が安全そう。
ガタン
「中に入りますね」
「うん」
ドアは開いたまま、流れて来た堆積物で閉まらなくなってる。
タ
・・・中も泥で床が見えにくい。
「・・・まぁ」
「前よりもひどいね」
数年前にも川が氾濫したらしいけど、その時と比べてだろう。
「マロックさん、2階には行けそう?」
階段がある。
「はい」
家の外の壁の跡からすると、2階は大丈夫そう。
着替えや、思い出のものなどを取りに来た。
バックパックは、おじいさんのがここにあるらしい。
斧さんも、トレーラーからひとつ背負ってきている。
この地域全体が大きな被害を受けている様で、復旧のための支援はかなり遅くなるみたい。
孤児院を出る前に、マッチョさんたちから連絡があった。
新型ウイルスの混乱で、まだしっかりと物が手に入らないらしい。
トラックの出発は、まだ遅れそう。
ギィ
古くなった木の家。
でも、2階の床はきれいなまま。
「・・・・」
階段を見ると、おじいさんたちも上がってくる。
「その部屋に入れるかしら」
おばあさんの視線はまっすぐこっちを向いている。
上ってすぐの部屋かな。
「開けますよ」
「うん」
ギィ
少し音が鳴るけど、スムーズに開いた。
広い部屋。
入って右奥にベッドがある。
寝室の様。
「・・・・」
左側の壁際に、木刀が飾ってある。
ト
木の台に乗せてあって、横に椿油のビン。
他にもいろんなものが置いてあって、写真も飾ってある。
2人で旅行した時のものみたい。
私の祖国にも行った様。
―――
木刀を持ってみる。
濃い茶色。
私が練習でよく使っていたのと同じ様な色だ。
重さもあって、きれいな木目。
高価な木材を使用した木刀だ。
「・・・・」
とても滑らかで、ニスは塗られていない。
油で磨いただけのもの。
刀身と柄の境目に段がなく滑らか。
略式とよばれるタイプ。
以前は略式が一般的だったよう。
ただ、柄にもわずかな反りがある。
峰は剣峰という4辺ある形。
柄頭は丸みがあって、切っ先は長い。
全体的にわずかな反りのある、最新のタイプの木刀。
「若い頃、おじいさんと一緒にあなたの国にも行ったことがあるのよ」
「・・・・」
切っ先はほぼ左右均等。
柄頭には印がある。
現在の木刀の形を作ったらしい職人さんの工房。
今は三代目だったと思う。
切っ先の先端以外、手に引っかかる場所がない。
高価な木材を使ったものだし、たぶん職人さん自身が作った木刀だろう。
「どう・・・」
おじいさんの声。
「いい木刀ですね」
「そう!」
「よかったわね」
よく手入れされている。
椿油のビンがある。
定期的に、これで磨いていたのだろう。
柄はきれいなままで、素振りに使っていたわけではない様。
「よく手入れされています」
「そのオイルも、一緒に勧められたんだよ!」
「おじいさん、大切にしてたのよ」
「高かったでしょう」
「ええーー高かったわ!」
「・・・おばあさんにお願いして、買ったんだよ」
木目が刃の部分に来るように作ってある。
これと同じ木材で、木目を横にしてあるのを見たことがある。
私はこっちの方が好き。
「・・・・」
最初に自分で選んだ木刀が、これに似た色のものだった。
平峯という3辺の峰で、切っ先は短く丸い。
略式だけど、峯側には少しだけ段がある。
柄は反っておらず、柄頭も平。
ほぼ真っすぐな木刀。
柄はこれより少し太く、重さももう少し重いかな。
以前は、あのタイプの木刀が一般的だったようーー私が生まれるずっと以前の事だけど。
あれを作った工房は、職人さんが亡くなって今は閉鎖されたと聞いている。
集中して練習していた8年間は、1日も休まずに振っていた。
高い熱が出た日もあったけど、1日も休まなかった。
だから、あの形の木刀が一番しっくりくる。
見た目は、このタイプのほうがいいと思うけど。
柄を持ってみる。
「!!」
・・・でも、これも重さがあっていい。
一般的な樫の木刀は軽すぎる。
「教授から聞いたよ・・・君はそれを扱うのが上手だって」
・・・ハットさんが何か話したみたい。
ヒュ ーー ゥ
何か期待しているような目なので、小さく回して振る。
「まぁ!」
おじいさんとおばあさんが口を開けてる。
実際に振ったのを見たことはないのか。
「・・・それを君に譲りたいんだよ」
「・・・・」
おばあさんを助けたお礼か・・・
「大切にしていたものなんでしょう」
「もうこの歳だ・・・価値の分かる人に持ってもらうのがいい」
ニャ~
「マロックさん、もらってあげて」
感謝の気持ちなら、もう十分に伝えてもらった。
何か形のあるものでと、考えているんだろうけど。
「・・・・」
斧さんは後ろで立って、こっち見てる。
「・・・この町にいる間、お借りします」
「借りる?」
「練習に使わせてもらいます」
「帰るまでの間だけ?」
「しばらく、ここに居ることになりそうですから」
素振り用の木刀に比べると軽いけど、素振りにはいい木刀。
「それは・・・いいね」
私が少し笑うと、おじいさんも笑った。
「必要なものを用意してください・・・俺は下で待ってます」
「うん」
「手伝ってあげて」
「ァゥ」
ト
斧さんを置いて、私は階段に向かう。
「・・・・」
これを渡したくて、私に手伝ってくれと言いに来たのか。
ギィ
ラジオでは、ヨーロッパでも新型ウイルスによる感染症で亡くなる人が急増していると言っていた。
外出制限を出した国もあるそう。
合衆国でも、死者は増えている様。
・・・大変なことになるのかもしれない。
ト
階段から下を見ると、泥。
「・・・」
黒猫が足元に来た。
思っていたよりもずっと長く、この町にいることになるかもしれない。
ト
黒猫は身軽に駆けて行く。
シッポがゆらゆら移動する。
この家は、ガスは使わないと言っていた。
ここに来る途中には、でっかいガスボンベがある家もあった。
あれも料理する燃料に使えそう。
ピピ ♪
ゥゥゥゥ ・・・
ヒュ ――
外は明るい。
木刀が少し光を反射する。
何も打っていないから、刀身にへこみもない。
これに似た色の私の木刀は、手入れなどまったくしていなかった。
手の油でもいいらしいので、毎日使うことが手入れになっていたかもしれないけど。
素振り木刀は、やたら重いのもある。
私は軽い素振り木刀しか使わない。
それで、十分だと思うから。
あまり使わなくなったあの木刀は、今も大事に置いてある。
メラミンスポンジで柄の汚れがとれると知って、きれいにした後で椿油で磨いてある。
ピィィ ーー
「・・・・」
LEDランタンなどを買う際、性能はもちろん重要である。
でも、見た目の好みも重要。
両方よければそれがいい。
この木刀は、見た目がいい。
切っ先を光の方に向けると、峰の上の2辺が光る。
曲がってない。
保存状態がいい。
「ニャ~」
黒猫が鳴いた。
お腹空いてるのかな。
「戻ったら、ゼリー食べようか」
「ニャ~♪」
また鳴いた・・・・
ピチュ ♪
サヮヮヮ ―――
――― ・・・・