「琵琶池と琵琶法師」 志賀高原 山ノ内町の民話 語り あぜがみ仙人 畔上正雄 1950年生まれ
むかーし むかしのこと。
信州は、山のふもとにひっそりとある、村でのことだ。
村人たちは 毎日 一生懸命、田や畑の仕事、それに山仕事に精を出しておった。
そんな村人たちの楽しみは、年に何度かやってくる、琵琶法師の奏でる 琵琶を 聞くことだった。
村人たちは 琵琶を聞かせてもらったお礼に、米や味噌、季節の野菜などをあげて もてなした。
夏が過ぎる頃、琵琶法師がやってきた。
琵琶法師は村人にすすめられて、山奥の温泉に湯治に行くことにした。
目の見えない琵琶法師にとって、峠越えはたいそう難儀なことだったが、
村人の案内と杖を頼りに、山道を一日がかりで歩いて、大きな池のほとりに着いた。
琵琶法師は煙(けむり)のにおいで、池のまわりに いくつもの炭焼き釜があることを知った。
炭焼きの村人たちも、琵琶法師の奏でる 琵琶に 聞きほれて、・・・大切にもてなした。
琵琶法師は村人にすすめられるままに、何日かいることにした。
三日目の 満月の夜、琵琶法師は眠れぬままに、池のほとりにすわって、琵琶を 弾き始めた。
琵琶の音は、池の水面(みなも)を伝わり、まわりの山々に響いて、たいそう美しい音色であった。
(突然)池の水が 大きくざわめいた。
驚いた琵琶法師が 琵琶を弾く手を止めると、池の中から不思議な声が聞こえてきた。
「琵琶法師よ、お前にはわしの姿を見ることができんだろうが、声は聞くことができるであろう。」
琵琶法師が小さくうなづくと、
「わしは この池の主じゃ。お前の琵琶を聞かせてもらった。まことに よい音色じゃ。
琵琶の音の力によって、わしはこうして お前に話しかけることができるのじゃ。
村人どもが 木を次々と切り倒しているであろう。
馬鹿なことを。・・・
あと何日かすると、天地をくつがえすほどの 激しい雨が降るであろう。
激しい雨はこの池の堰(せき)を崩し、洪水となって村を押し流すであろう。
残念なことに、村人どもには わしの姿を見ることも、声を聞くこともできぬのだ。
村人どもがどうなろうと、わしの知ったことではない。
だが、琵琶法師よ、・・・このことはわしとお前とのこと。
決して 村人どもに 話してはならんぞ。
話した時は お前の命は ないものと 思うがよい。」
再び 池の水が大きくざわめき、やがて静かになった。
空高く昇った満月が 青ざめた琵琶法師の顔を 照らしておった。
おそろしくなった琵琶法師は つまづきながら 小走りに 山を降り始めた。
だが、しばらく降りたところで、急に 立ち止まった。
琵琶法師は 世話になった村人たちのことを 思っていた。
やがて来た道を引き返すと、炭焼き小屋で寝ている村人たちを起こし 池の主の 不思議な話をした。
村人たちは半信半疑で聞いていたが、琵琶法師の言うことを信じて、急いで山をかけ降りた。
村に帰ると半鐘を打ち鳴らし、女 子供 年寄り、馬や犬 猫に至るまで、高台に避難させた。
男たちは大雨にそなえて、急いで小屋を建てた。
数日して、空はまっ黒な雲におおわれ、やがて激しい雨が降り出した。
激しい雨は 三日三晩 降り続いた。
三日目の夜のこと、山から大きな地響きが聞こえると、洪水がやってきた。
洪水に飲み込まれた 大きな岩と岩が 激しくぶつかりあって 火花を散らした。
村一番のでっかい木も あっという間に おし流された。・・・田も畑も 流された。
だが、琵琶法師の言うことを信じた村人たちに、誰も流された者は いなかった。
朝になって洪水がおさまると、村人たちはお互いの無事を喜び合った。
「琵琶法師さまのおかげで、村中の者が助かった!」と、口々に言い合った。
しばらくして、「琵琶法師さまはどこにいる?」「琵琶法師さまがいない!」と、大騒ぎになった。
誰言うともなく、山の池に行ってみることになった。
山の池はすっかり水が抜けて、底に残ったわずかな水たまりに、琵琶が浮かんでおった。
琵琶のとなりには、人の背丈を超える大きな鯉が、腹を見せて死んでおった。
その様子を見た村人たちは、「山の木を切りすぎたので、池の主のたたりが起きたのだ」と、言い合った。
それから村人たちは、山に木を植えるようになった。・・・
木が大きくなるにつれて、大雨の時の洪水や 日照りの時の水不足も、起こらなくなった。
それから、琵琶の浮かんでいたこの山の池を 『琵琶池』 と、呼ぶようになった。
琵琶は、ふもとの お寺に、今も ある。
今の琵琶池は、堰(せき)も直されて、・・・標高1,396m、周囲2,300m、深さ21mの、・・・
琵琶の形をした、志賀高原で 二番目に 大きな池に、なって おる。
信州 長野県、山ノ内町の志賀高原に、今も伝わる、琵琶池と琵琶法師の話・・・おしまい。
むかーし むかしのこと。
信州は、山のふもとにひっそりとある、村でのことだ。
村人たちは 毎日 一生懸命、田や畑の仕事、それに山仕事に精を出しておった。
そんな村人たちの楽しみは、年に何度かやってくる、琵琶法師の奏でる 琵琶を 聞くことだった。
村人たちは 琵琶を聞かせてもらったお礼に、米や味噌、季節の野菜などをあげて もてなした。
夏が過ぎる頃、琵琶法師がやってきた。
琵琶法師は村人にすすめられて、山奥の温泉に湯治に行くことにした。
目の見えない琵琶法師にとって、峠越えはたいそう難儀なことだったが、
村人の案内と杖を頼りに、山道を一日がかりで歩いて、大きな池のほとりに着いた。
琵琶法師は煙(けむり)のにおいで、池のまわりに いくつもの炭焼き釜があることを知った。
炭焼きの村人たちも、琵琶法師の奏でる 琵琶に 聞きほれて、・・・大切にもてなした。
琵琶法師は村人にすすめられるままに、何日かいることにした。
三日目の 満月の夜、琵琶法師は眠れぬままに、池のほとりにすわって、琵琶を 弾き始めた。
琵琶の音は、池の水面(みなも)を伝わり、まわりの山々に響いて、たいそう美しい音色であった。
(突然)池の水が 大きくざわめいた。
驚いた琵琶法師が 琵琶を弾く手を止めると、池の中から不思議な声が聞こえてきた。
「琵琶法師よ、お前にはわしの姿を見ることができんだろうが、声は聞くことができるであろう。」
琵琶法師が小さくうなづくと、
「わしは この池の主じゃ。お前の琵琶を聞かせてもらった。まことに よい音色じゃ。
琵琶の音の力によって、わしはこうして お前に話しかけることができるのじゃ。
村人どもが 木を次々と切り倒しているであろう。
馬鹿なことを。・・・
あと何日かすると、天地をくつがえすほどの 激しい雨が降るであろう。
激しい雨はこの池の堰(せき)を崩し、洪水となって村を押し流すであろう。
残念なことに、村人どもには わしの姿を見ることも、声を聞くこともできぬのだ。
村人どもがどうなろうと、わしの知ったことではない。
だが、琵琶法師よ、・・・このことはわしとお前とのこと。
決して 村人どもに 話してはならんぞ。
話した時は お前の命は ないものと 思うがよい。」
再び 池の水が大きくざわめき、やがて静かになった。
空高く昇った満月が 青ざめた琵琶法師の顔を 照らしておった。
おそろしくなった琵琶法師は つまづきながら 小走りに 山を降り始めた。
だが、しばらく降りたところで、急に 立ち止まった。
琵琶法師は 世話になった村人たちのことを 思っていた。
やがて来た道を引き返すと、炭焼き小屋で寝ている村人たちを起こし 池の主の 不思議な話をした。
村人たちは半信半疑で聞いていたが、琵琶法師の言うことを信じて、急いで山をかけ降りた。
村に帰ると半鐘を打ち鳴らし、女 子供 年寄り、馬や犬 猫に至るまで、高台に避難させた。
男たちは大雨にそなえて、急いで小屋を建てた。
数日して、空はまっ黒な雲におおわれ、やがて激しい雨が降り出した。
激しい雨は 三日三晩 降り続いた。
三日目の夜のこと、山から大きな地響きが聞こえると、洪水がやってきた。
洪水に飲み込まれた 大きな岩と岩が 激しくぶつかりあって 火花を散らした。
村一番のでっかい木も あっという間に おし流された。・・・田も畑も 流された。
だが、琵琶法師の言うことを信じた村人たちに、誰も流された者は いなかった。
朝になって洪水がおさまると、村人たちはお互いの無事を喜び合った。
「琵琶法師さまのおかげで、村中の者が助かった!」と、口々に言い合った。
しばらくして、「琵琶法師さまはどこにいる?」「琵琶法師さまがいない!」と、大騒ぎになった。
誰言うともなく、山の池に行ってみることになった。
山の池はすっかり水が抜けて、底に残ったわずかな水たまりに、琵琶が浮かんでおった。
琵琶のとなりには、人の背丈を超える大きな鯉が、腹を見せて死んでおった。
その様子を見た村人たちは、「山の木を切りすぎたので、池の主のたたりが起きたのだ」と、言い合った。
それから村人たちは、山に木を植えるようになった。・・・
木が大きくなるにつれて、大雨の時の洪水や 日照りの時の水不足も、起こらなくなった。
それから、琵琶の浮かんでいたこの山の池を 『琵琶池』 と、呼ぶようになった。
琵琶は、ふもとの お寺に、今も ある。
今の琵琶池は、堰(せき)も直されて、・・・標高1,396m、周囲2,300m、深さ21mの、・・・
琵琶の形をした、志賀高原で 二番目に 大きな池に、なって おる。
信州 長野県、山ノ内町の志賀高原に、今も伝わる、琵琶池と琵琶法師の話・・・おしまい。