黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

法務省は民法改正で何を目指しているのか?

2011-12-30 15:35:18 | 民法改正
 今回がおそらく今年最後の投稿になると思いますが,民法改正問題について書くことは以前から決めていたものの,具体的に何を書くべきかでひどく悩みました。内田氏による例の著書に対する反論の続きを書こうかとも思ったのですが,最近の審議動向を見ていると,法務省サイドの考え方と内田氏の考え方には少なからぬ温度差があることも分かってきて,内田氏の考え=法務省の意向という前提で記事を書くのは適切ではないという気がしてきたのです。
 そこで今回は,内田氏の議論には直接触れないで,法務省サイドが今回の民法改正で何を目指しているのかという点について,手許にある資料から検討してみたいと思います。

1 民法改正作業の目的
 法務省で,具体的な民法改正作業の動きが見られるようになったのは,平成18年頃からです。内田教授(当時)が事務局長を務める民法(債権法)改正検討委員会がこの年に発足しており,法務省の関係者もこれに参加するという形で検討作業がスタートしています。
 もっとも,この段階で法務省が,具体的にどのような民法改正を必要とするか定見を持っていたわけではありません。
 平成20年10月3日,規制改革会議の法務・資格TFでは,民法(債権法)改正の検討状況について法務省関係者からのヒアリングが行われたのですが,その議事概要ではこのようなやり取りが行われています。
「(民法改正作業について)内容のポイントを教えていただけますか。これまでに出ている議論,基本的な部分についてお聞きした いんですが。」
「私ども内部での検討状況ということでしょうか。具体的な検討項目として,この点について改正すべきではないかといったことでは現時点でご報告できることは,まだありません。
「出ている議論だけで結構ですから。」
「改正検討委員会における議論ですか。」
「はい。」
「改正検討委員会の議論というのは現在中途ですので,現時点において私から御提示できるものは,特にございません。」
「個別の条項について議論していないんですか。」
「個別の条項について議論されています。」
「その議論の概要をお聞きするのが本日の目的ですから,そこについて整理していただかないと会議の意味がないですね。別に方向性は,最終的にはしかるべき時期が来たらとりまとめされるんでしょうけれども,現在の主だった議論の内容,どの条項をどういう問題意識でどのように変えるべきだという議論があるのかないのか。そういうことについての骨格,ポイントについて本日お聞きできるかと理解していたわけですが。」
「そういう理解ですか。そうであれば御趣旨が私どもに伝わっていなかったのだと思います。」
「どうしますか。今それをかいつまんで御説明いただくか,もう一度再設営するか。今の程度のことをお聞きしても意味がないので,仕切り直すか今もし可能な範囲で説明いただくか,どちらかです。」
「民間の有志の団体でどういう議論がされているかを御紹介することには,意味がないと思うので,私も特に用意して来なかったのですけれども。」
「だって法務省として関わっているわけでしょう。筒井さん自身も内田参与も。」
「はい,勿論そうです。」
「法務省で参考にするたたき台の議論をしているわけでしょう。法務省として関与している以上,それについて外部に説明できないということはあり得ないではないですか,御省は,公的機関ですから。」
「説明できないとは申しておりません。」
「内容を説明いただきたいんです。」
「そうですか。」
「これは前回も申し上げたと思いますけれども,公的機関として参画される以上は,公的機関としてほかの公的機関や国民に対して説明義務を果たして頂きたいと思います。純然たる私的な勉強会ではないではないですか。法務省として関与して承知しておられる内容について,現にどういう議論があるのか,どういう論点があるのか。それについてはつぶさに私どもに報告いただく必要がありますので,この点は前回も年を押したはずです。」
「それは,民間の有志の団体の議論ですから,結論が出てからそれを紹介する方が効率的ではないでしょうか。」
「いや,全く効率的ではありません。現段階でお聞きしたいからお呼びしているし,現に関わっておられ,法務省としてリアルタイムでその情報をお持ちである以上,私どもに対してもそれは包み隠さず教えていただかないと困ります。」
「議事録は公表されていますので,それを提出するということで足りるのではないでしょうか。」
「ここはヒアリングの場です。論点を教えてください。・・・」

 疲れるのでこれ以上の引用は省略しますが,要するに何を聞いても「民間有志の議論だから」の一点張りで,法務省としては民法改正で何をやりたいのかという定見を特に持っていなかったことが分かります。
 そのため,平成22年12月10日に公表された『規制改革推進のための3か年計画等のフォローアップ結果について』では,法務省が進めている民法改正についても触れられているところ,「民法(債権法)の改正に関する事項については,法務省自らが責任をもって,検討を行い,法務省における検討内容並びにその関連する資料等について,迅速かつ適切に情報公開を行う。」という厳しいコメントが付いています。
 では,なぜ特にやるべきことも考えていないのに民法改正作業を進めているのか。かねてから今次の民法改正を批判している加藤雅信教授は,法務省にある『経済関係民刑基本法整備推進本部』という組織の存在を指摘しています。
 この組織は,会社法制定など最近相次いで行われた法整備を進めてきたところで,民間出身の弁護士,学者なども含めて相当数が在籍しているのですが(内田氏もこの組織の参与となっています),この組織の存続期限は本来平成18年3月までであり,特にやるべき作業がなければ同年限りで解散しなければならない組織でした。
 そこで,この組織を守るために民法(債権法)改正の話題が持ち上がったというのです。このとき,民法のうち債権法部分だけを改正の対象にしたのは,単にこの組織の存続期間内に作業を終わらせなければならないということで,提示されたスケジュールで改正できそうな範囲内に絞ったということのようです。

2 民法改正が難航しても構わない?
 そもそも,法律の中でも『民法』というのは特殊な性格があります。民法は裁判官が具体的な事件における判断をする際に拠り所とするルールであるため,具体的な事件を取り扱うわけでもない国会がその詳細について定められるわけがなく,仮に定めてもその内容はある程度抽象的なものにとどまらざるを得ないという面があります。アメリカやイギリスなどでは,そもそも民法典を定めることをせず,基本的な民事上のルールは判例の集積に委ねています(ただし,アメリカでもルイジアナ州のように,州法として民法典を置いている国はあるようです)。
 そして,民法典を置いている国でも,その全面改正にはかなりの困難が伴うのが普通です。いくつか例を挙げてみましょう。

(1)ドイツの場合
 ドイツでは,1978年から「債務法改正委員会」による改正の検討が始まっていましたが,その報告書が公表された1992年以降,改正の動きは止まっていました。しかし,ヨーロッパの契約法統一を図るためのEC指令が相次いで出され,各国とも従来の民法典との整合性が問題となる中,いち早く改正を実現しリーダーシップを取ろうという政治的思惑から,2000年に司法省が改正草案を公表し,翌2001年には学界などの反対を押し切って強引に「債務法現代化法」と呼ばれる法律を成立させ,これにより民法の大規模改正を実現しました。
 もっとも,あまりにも性急に改正を実現したことから,規定の一部がヨーロッパ裁判所でEC指令違反とされるなど,解釈上の混乱は今でも続いているようです。

(2)フランスの場合
 EC指令やドイツでの債務法改正を受けて,フランスでも民法改正の動きは起こっています。2000年には,ヴィネイ教授を座長とするワーキンググループが設置され,EC指令による「適合性の法定担保責任」と民法典の「瑕疵担保責任」を調和させるための民法改正が検討されましたが,このグループによる草案(ヴィネイ草案)に対しては学界及び実務界の意見が分かれ,結局採用には至りませんでした。
 その後,ヴィネイ草案に代わるものとして,2004年にカタラ教授を中心とする「債務法改正委員会」が新たに活動を始め,2006年に準備草案が公表されました(これを「カタラ草案」と呼びます)。もっとも,フランスの民法改正では,他にもテレ草案,司法省草案(2つのバージョンがある)など複数の草案が並立しており,現在でも議論は続いているようです。

(3)韓国の場合
 韓国では,1999年の初めから「民法(財産法)改正特別委員会」による民法改正作業が始まり,2001年に民法改正試案が公表されました。その後,これに対する様々な意見を考慮して2003年に最終的な民法改正案をまとめ,2004年にこれを国会に提案したのですが,改正案の内容や作業方式に不満を持つ学界関係者の反対運動があったほか,政界としても与野党間の対立が激しく,基本法である民法案を審議する余裕がなかったという事情もあって,結局この民法改正案はほとんど審議されることなく廃案とされています。
 その後,韓国ではこの2004年改正案に代わるものとして,2009年から4年計画で財産法の全面改正案を作成する作業が行われているようです。

 これらの例からも分かるように,民法典の全面改正というのは実に大変な作業であり,最初の構想から改正実現までに10年以上の年月を要することは珍しくありません。現在法務省は,前述した『経済関係民刑基本法整備推進本部』の存続期間中に何としても債権法改正を実現しようと考えているのか,とにかく審議を急がせる傾向にあります。
 法制審議会民法(債権関係)部会における審議は,今のところ平成25年2月頃の中間試案発表を目指しており,第二読会開始当初における審議の進み方ではそのようなスケジュールはまず無理だろうと思われていたのですが,法務省では審理のスピードを上げるため部会の下に3つの分科会を設置して論点の多くを分科会に回すという方法で,無理矢理にでも平成25年2月の中間試案発表を実現させようと考えているようです。
 このような「拙速」で民法改正を実現しようとしても,おそらく国会で審理が空転し,結局法律としては成立しない可能性が高いのではないかと思うのですが,前述したように民法改正作業の目的自体が法務省自身の組織防衛にあるというのであれば,法務省としては民法改正案が国会を通過するかどうかはさしたる問題ではないのです。
 仮に今次の民法改正案が無事国会を通過するのであれば,法務省としては民法典のうち改正の積み残しになっている物権法や不法行為法の改正を次の課題とするでしょうし,国会を通過せず廃案になれば,おそらく第二次の債権法改正作業を始めるでしょう。どちらに転んでも法務省は時限組織である『経済関係民刑基本法整備推進本部』をいつまでも存続させることができ,そのための予算も取ることができるので,別に困らないのです。
 民法改正における法務省の思惑がそのような組織防衛であるならば,内田氏を始めとする今次の民法改正推進論者も,これに対する批判的な論者(黒猫含む)も,所詮は法務省の手のひらで踊らされているだけということになります。

3 政治的リーダーシップの必要性
 前述の通り,民法(債権法)改正にも口を挟んでいた規制改革会議は平成22年に廃止され,現在では行政刷新会議の「規制・制度改革に関する分科会」がその後継組織として機能しているようですが,この分科会の資料を見ても,現在のところ民法改正問題についての言及は見当たりません。今では公的な審議会で議論が進められているので,そちらに任せればよいと考えているのでしょうか。
 民法改正の「本音」が法務省の組織防衛であるとしても,実際に多くの国で契約法の国際的統一やそれをにらんだ民法改正の動きがあるのは事実であり,わが国でも民法の抜本的改正を検討する組織が全くの不要,税金の無駄遣いとまで言い切ってしまうことはできません。もっとも,わが国で「税金の無駄遣い」と呼ばれるような役所も,多くはこのように一応の大義名分は持っているところが大半であるため,財政破綻を避けるためには増税もやむを得ないとされる昨今の経済情勢の中では,国家戦略という大局的な見地から何が必要な組織で何が無駄な組織かという,政治家の視点による適切な見極めが必要であることは言うまでもありません。
 また,どの国でも民法は単に条文さえあれば良いと言うものではなく,長年にわたる学説と判例の集積によって成り立っているものであり,その抜本改正となれば多くの批判や反対に遭うのが当然です。それでも,将来の国家戦略上民法の抜本改正が不可欠だというのであれば,最終的には政治家の決断が不可欠になるでしょうし,新しい民法典が読みやすさを度外視した「官僚文書」になることを避けるためには,内容面に関する政治家の目配りも不可欠です(内田氏の著書でも述べられていますが,フランス民法はナポレオン自らが議長として多くの会議に議長として参加し,市民にとって分かりやすい法典となるよう目配りを怠りませんでした)。
 さらに,民法典やその他重要な基本法の定期的見直しが今後も不可欠だというのであれば,時限組織ではなくそのための恒常的な組織を作る必要があります。上記組織の存続期間といったお役所内部の都合で審議のスケジュールが左右され,その結果充実した議論ができず,いたずらに廃案を繰り返すような事態になれば,それこそ税金の無駄遣い以外の何物でもありません。
 このように,民法改正といった基本法の重要な改正は,本来政治家の強いリーダーシップに基づいて行われるべきなのですが,今の民主党政権にそのようなリーダーシップを期待できるのかと言われたら,まず100%無理でしょうね・・・。

1 コメント

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活字ポイントを大きめに (3太)
2012-02-20 16:43:33
今さらの投稿で恐縮ですが、『黒猫』さんの記事、私には文字が小さすぎてじつに読みづらいのです。せっかくの力作ぞろいなのですから、もっと活字のポイントを大きめにしてはいかがでしょうか。最低でも12ポイントにすればずっと読みやすくなると思います。14ポイントなら申し分ありません。関心を引いた記事を読もうと思っても、文字が小さすぎて途中で投げ出してしまうのです。もう少し「視覚効果」を考慮されますよう。もったいないと思います。
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