黒猫のつぶやき

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「功名が辻」は美化しすぎ?

2006-12-11 02:11:12 | 歴史
 今日、NHK大河ドラマの「功名が辻」が最終回を迎えました。
 「功名が辻」は、黒猫には馴染み深い戦国ものの物語なのでほとんど毎回観ていましたが、司馬遼太郎の原作と比較してみると、なんというか主人公たちを美化し過ぎて、原作のような人間臭さが消えてしまっていますね。

 原作では、一豊と千代の出会いについては特に書かれていなくて、ただ単にお見合いか周囲の紹介か何かで結婚した風なのですが(戦国時代であればそれがむしろ普通でしょう)、ドラマではいろんな伏線を張って劇的な恋愛結婚にしてしまっているのはまだ良いとしても、千代のイメージは原作とだいぶ違いますね。
 原作の千代は、頭の中では男顔負けに様々な政略や軍略のことを考えていて、たとえば一豊が従軍した山崎の合戦については、このときこう動いていれば功名を挙げられたのに、ただ漫然と従軍し前後の味方にはさまれて動けず右往左往しているから大した功名を挙げられなかったんだ、という趣旨のことをぼやいていて、ただそれを夫の一豊に対して面と向かって言うわけにはいかないので、一豊の前では女らしさを装っている、といった感じの女性に描かれているんですが、あのドラマの千代は、そういった千代の内心は表現されておらず、せいぜい普通の「良くできたかわいい奥さん」くらいにしか見えません。
 一豊の死後も、原作の千代は二代藩主の忠義(一豊の甥)に対しいろいろと政治向きのことに口を挟み、三ヶ月に一度は自分に手紙を送るよう命じ、忠義からの手紙が滞ったりすると叱責の手紙を書いたりしているのですが、ドラマではそういった話は全部カット。今日の最終回の話では、せいぜい京に住んで上方の事情を土佐に伝えるといった形で、控えめに忠義の治世に貢献していた程度にしか見えません。
 こんな風に書くと、原作の千代はすごく嫌な女だったかのように思われるかもしれませんが、そのような千代を主人公にしながら、読者に対しちっとも悪感情を起こさせないようにうまく描いているのが司馬遼太郎さんのすごいところです。しかし、ドラマの表現では、千代の可愛らしさを演出しようとするあまり、むしろ頭はあまり良くなかったのではないかと視聴者に思わせるような人物設定になってしまっていて、なぜ山内家が「女大名」とまで言われたのか、原作を読んでいない視聴者にはいまいち伝わらなかったのではないかと思います。

 一豊関係で、原作とドラマの事実関係が明らかに異なるのは、一人娘のよねを地震で亡くして以来子供ができないので、千代が一豊に側室を勧めたくだり。原作では、一豊は用意された侍女に手を出すかどうか十日くらい悩み抜いて、懇意にしていた僧侶にも(手を出すべきかどうか)相談して呆れられた挙句、ようやく手を出すのですが、いざ行為に及んでみると女性器の形が千代と違うのでうまく出来ないと言い、結局側室に子を産ませるのは諦めたということになっています。
 しかしドラマでは、千代が一豊に側室を勧めたことまでは同じでも、一豊はその侍女と寝所の中で世間話などをしただけで一切手を出さず、その翌日には甥の忠義を跡継ぎとすると宣言しており、思いっきり話を美化してしまっています。まあ、原作の上記のような話をそのままテレビで放映するのは、あまりにも問題があるというのは分かりますが。
 また、いわゆる種崎浜事件(一豊が土佐を平定するにあたり、旧長宗我部の家臣であった一領具足たちの反乱がやまないので、反乱軍の首領になりそうな一領具足の猛者たち七十余人を、相撲大会を開くといって種崎浜に集め、鉄砲隊の一斉射撃で皆殺しにしたという事件)については、有名な史実なのでこの事件自体をカットするということはさすがに出来なかったようですが、この事件も必死に美化しようとしていましたね。
 この虐殺計画を提案したのが、原作では筆頭家老の深尾湯右衛門となっているのを、元忍者の六平太にしたのはまだよいとしても、ドラマで描かれていた、虐殺の際に古参の家臣である祖父江新右衛門の長男新一郎が死んだなんて話は、原作には全くありません。
 原作では、虐殺は極めて機能的かつ迅速に行われ、鉄砲隊で撃った後も槍組の足軽隊が死者と重傷者の区別なく丹念に突き刺してとどめを刺し、その首を落として浦戸に運んでさらし首にし、出場者たちに付いてやってきた付き添いの子供まで殺しているという念の入れようで、足軽たちがとどめを刺している途中で重臣の祖父江新一郎がまだ生きていた一領具足に殺されるなんてことは絶対にあり得ません。
 ドラマでは、祖父江新一郎のほか虐殺の提案者である六平太も現場で自殺していますが、原作ではもちろん、提案者である深尾湯右衛門は虐殺後もぴんぴんしています。
 さらに、種崎浜虐殺事件の背景として、ドラマでは早く土佐が平定されなければ、九州の黒田如水が島津家や加藤清正に加え、土佐の一領具足とも手を組んで大坂(当時の表記はこれが正しく、大阪ではない)に攻め上ってくるおそれがあったなどと強調し、虐殺の正当性を何とかアピールしようとしていましたが、これも大いに眉唾ものです。
 確かに黒田如水は、関ヶ原の戦い当時九州で独自に兵を集め、加藤清正と組んで大友義統など西軍方の諸将を攻め破り九州全土を掌握するかのような勢いを見せており、また息子の長政が関ヶ原の戦いで大活躍して戻ってくると「なぜ家康の首を取ってこなかったのか」と叱責したという話が残っている人物であり、関ヶ原の戦いまでは密かに天下への野心を抱いていたと思われますが、関ヶ原の戦い以後も密かに天下を狙っていたと見られるような事情はありません。
 黒田如水は、史実では1604(慶長9)年に病没しており、種崎浜の虐殺事件が起こったのもちょうどその前後くらいなので、一豊が種崎浜の虐殺を敢行した時期には、黒田如水は既に亡くなっていたか、少なくとも死の床についていた時期ということになります。しかも晩年の黒田如水は、何かと癇癪を起こしては家臣たちに当り散らし、息子の長政にそれをとがめられると、自分がわざと暴れて評判を落とすことで、自分が死んだ後で家臣たちが長政を歓迎するようになり、長政の治世がうまく行くようにしているんだと答えたという逸話が残っているくらいですから、とうに天下への野心など捨てて、お家大事を第一に考えていたのでしょう。
 どう考えても、種崎浜虐殺事件の背景として、ドラマで強調されているように大規模な反徳川の動きが起こる危機など現実にあったとは考えられません。
 もっとも、一豊が土佐の平定に手こずっていれば、家康がそれを口実に山内家を改易してしまう可能性は大いにあり(前例として、秀吉から肥後の領地を与えられた佐々成政が、国人反乱を鎮圧できなかった咎で切腹を命じられたことがある)、その意味で一豊とその家臣たちが切羽詰った状況にあったことは確かでしょう。原作でもそのように描かれています。
 ただ、そもそも一領具足たちの反乱がやまないのも、一豊が長宗我部の旧臣たちを全く信用せず、彼らには国外退去を命じる一方で、土佐を統治するため必要な家臣たちは京や大坂で牢人たちをどしどし登用して土佐に送り込むということをやったために、一領具足たちを家臣に取り立てて懐柔するという策を採ろうにも与える土地がないという事態に陥ったことが原因であり、責任はやはり一豊自身にあります。
 千代は、与える土地がないなら一領具足たちに新しい土地を開墾させ、その後は郷士に取り立ててやればよいと進言しましたが、一豊はその策を空論だとして却下しています。これは原作・ドラマともに共通ですが、その後千代の「空論」は二代藩主忠義の時代に、名臣野中兼山の進言によって実現し、郷士制度は土佐独特のものとして幕末まで存続しています。これは原作には書かれていますが、ドラマでは一言も触れられていません。
 要するに、種崎浜虐殺事件というのは、明らかに一豊自身の統治能力不足が原因で起こったことであり、原作でも一豊が馬鹿で無能だからだ、ということで話を締めくくっているのに、ドラマではあたかもそれはやむにやまれぬことであったことかのように話を美化し、無理やりに一豊を弁護しようとしているのです。
 最終回では、一豊の遺言として豊臣家を見限り徳川家に忠誠を尽くせというような話がありましたが、大坂冬の陣・夏の陣では、土佐の旧主である長宗我部盛親が、牢人となっていた旧家臣団を引き連れて豊臣方に参陣しており、夏の陣では盛親が徳川方の藤堂高虎隊を破って大坂方唯一の勝利を収めています。これも考えてみれば、一豊が長宗我部の旧臣たちを登用して懐柔することなく、皆土佐から追放して牢人にしてしまったために、結果として徳川方を手こずらせることになる強力な武士団を豊臣方に与えてしまったという見方もできなくはないですね。
 ちなみにゲームの話になりますが、コーエーの「信長の野望」シリーズでは、山内一豊の能力値は概ね平均レベルで評価されています。例えば最新の「革新」だと

 統率66 武勇48 知略51 政治67(いずれも120点満点)

となっており、まあ名将ではないにせよ後方拠点の城主であれば使えないことはないというレベルです。なお、義理が21(100点満点)というのは笑えますね。
 このように概ね平均レベルで評価されているのは、目立った戦功はないにせよ最終的には幕末まで続いた雄藩・土佐藩(24万石)の藩祖となっていること、長浜城主や掛川城主を務めていた頃の統治には特に問題がなかったことなどが評価されているのでしょうが、他の戦国もののゲームには、一豊の政治能力をほとんど最低レベルで評価しているものもあります。これは、きっとゲームの制作者がこの種崎浜虐殺事件に怒りを爆発させたのでしょうね。

 原作から離れたところでも、このドラマの制作者はおかしなことをやっています。
 秀吉が名軍師・竹中半兵衛を招請する場面、小谷城落城の折に秀吉がお市の方とその子供たちを救出する場面など、よく知られている歴史上の名場面に敢えて一豊を立ち会わせているのは(史実では、これらの場面に一豊が関与していたという証拠はない)、そうでもしなければ一豊を主人公にした物語など作りようがないということでまだ納得できますが、明智光秀の最期を一豊が看取ったという設定は、フィクションとしてもあまりにも無理があると思います。
 織田信長が明智光秀の謀反によって殺された有名な「本能寺の変」では、昔は信長の正室(濃姫)も本能寺で一緒に死んだものと思われていましたが、その後の研究により濃姫は本能寺の変以後も生きていたことが判明しており、上記のように思われていたのは本能寺の変での戦死者の中に「おのう」という名前の侍女がおり、その人が濃姫と勘違いされていたということなのですが、そのことが判明して以降は、大河ドラマで本能寺の変が取り上げられる際にも、濃姫が本能寺の変で死ぬというシーンは描かれなくなりました(具体的には『信長』のときから)。
 しかし、「功名が辻」では、敢えて濃姫を本能寺の変で死なせているんですね。しかも、ご丁寧にも濃姫と光秀が密かに恋仲にあったというような伏線まで張って悲劇を演出したりしています。
 それと細かい話ですが、ドラマでは細川忠興の妻・お玉(細川ガラシャ)が頻繁に出てきて、ガラシャが家臣の小笠原少斎に胸を突かせて死ぬシーンも描かれているところ、あのシーンは微妙に間違っているんですね。
 というのは、細川忠興のガラシャに対する熱愛ぶりは有名で、何でも庭師がガラシャとたまたま顔を合わせて時候の挨拶をしたところ、それだけで忠興が嫉妬のあまりその庭師を手討ちにしてしまったという話が残っているくらいなのですが、そのためガラシャの最期のときも、ガラシャと家臣が直接顔を合わせてはまた忠興が嫉妬に狂うので、小笠原少斎はわざわざ襖越しにガラシャの胸を槍で突いたと言われています。
 しかし、ドラマでは普通にガラシャと小笠原少斎が顔を合わせて、小笠原少斎は正面からガラシャを槍で突いて殺しています。あのやり方では、忠興はまた嫉妬に狂うかもしれません。

 最後に、大河ドラマ「功名が辻」の総合評価ですが、普通は名将として尊敬に値する人物を主人公にするところ、敢えて平凡な人物を主人公に据えようという面白い試みをしたことはそれなりに評価しますが、結果的には原作にはある平凡な主人公ゆえの面白さというのが消えてしまって、何か一豊が妙に立派な人物であったかのような描かれ方をしてしまっており、結果としてこの試みはあまり成功していないような気がします。
 点数をつけるとしたら、やはり平均レベルの50点くらいかなあ。あまり名作とは言い難いです。
 来年の大河ドラマは「風林火山」ということで、武田信玄が主人公なのかと思いきや、どうやら信玄の軍師である山本勘助が主人公になるドラマのようです。
 でも山本勘助って、一応武田家の名軍師とされてはいるけれど、第四次川中島合戦で上杉謙信を相手に「啄木鳥の戦法」と言われる迂闊な挟み撃ち戦法の計略を進言した挙句、その計略が失敗した責任を取って自ら敵陣に突っ込み戦死したというほかはさしたる業績の記録がなく、本当に名軍師だったのかは大いに疑問の余地がある人物です。
 「革新」の武将ファイルでは、山本勘助は敵情を把握するための情報官として活躍していたという説が述べられていますが、後に武田家が滅亡しているためその業績などについてあまりはっきりした記録がなく、史家の中ではその実在さえ疑問視されていたところ、「市河文書」という史書によりようやくその実在は認められたものの、本当に軍師という立場にあったは今でもはっきりしません。
 こういう人物を主人公にして、一体どんなドラマが出来上がることやら・・・。

5 コメント

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Unknown (流氷)
2006-12-12 09:44:26
今年の大河は2002年の「利家とまつ」以来の視聴率20%超えで好評だったようですね。ちなみに黒猫先生が好きな戦国武将は誰ですか?
見識と格調 (ねどべど)
2006-12-13 00:17:43
どうしようもない大河だった(どうしようもない点については黒猫先生のご意見とほぼ同旨なので省略)。

ところで,とある地方のケーブルテレビでは,「武田信玄」の再放送をやっていた(NHKも地方のケーブルテレビには再放送を認めるみたい)。
実に格調高かった。

かつての大河は,題材選びにおいて見識があり,脚本・演出において格調高かった(ちなみに第1回の大河の主人公は井伊直弼!)。

今のNHKには,見識のあるプロデューサーもいなければ,一体どうすれば「格調高さ」を表現できるかが分かるスタッフもいないようだ。
風林火山 (dedeko)
2006-12-21 00:14:04
 昔、映画を観ました。勘助:三船敏郎、信玄:萬屋錦之助、謙信:石原裕次郎、湖衣姫:佐久間良子で、良かったです。実は勘助は本人ではなかった、と記憶しています。川中島の合戦シーンは見応えがありました。
 今回のTV版では、Guktの謙信が楽しみです。

 ちなみに、私の一押し大河は「太平記」です。
私の好きな戦国武将 (黒猫)
2006-12-31 22:52:36
私が、戦国武将の中で一番好きなのは、地味だけど徳川家康です。織田信長も結構好きだけど、豊臣秀吉は嫌いです。
それ以外には、毛利元就や長宗我部元親は比較的好きですが、武田信玄や上杉謙信はどちらかというと嫌いです。
どういう基準なんだと言われそうですが、要するに持てる力を最大限活用したか、それとも持てる力を空費したかの違いです。
そもそも原作が (れど)
2012-07-20 04:40:10
種崎浜の悲劇に関しては、そもそも原作からして史実とは違います。
虐殺などではなく、指名手配されていた人間を、捕縛検分したのちに処刑している訳で、無差別に虐殺したなんてのは司馬遼太郎の「演出」ですね。
史実を脚色して書かれた原作をもとにドラマ化されている訳で、千代をヒロインにしたいが為に殊更一豊をダメ人間に描いていると子孫から文句を言われている原作です。そこにさらなる脚色が加わったからとどうこう言っても仕方ないでしょう。