黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

法科大学院における「学級崩壊」の現場

2012-11-28 14:40:25 | 法曹養成関係(H25.1まで)
 坂野真一弁護士が,ブログで『ロースクール授業参観記』という記事を公表されています。
http://www.idea-law.jp/sakano/blog/

 法科大学院における実際の授業については,伝聞で聞くことは出来ても,現職の弁護士が授業を直接見聞きした感想を得る機会は少ないので,法科大学院制度の是非やその在り方をめぐる議論の参考になるでしょう。
 現在,参観記の記事は『その5』まで公開されていますが,『その5』で書かれている事実関係は,要するに会社法の授業で,教員が院生に対し「株主総会で,取締役を選任するのはどこ?」という質問をしたところ,その院生は首をひねって沈黙するままで回答できず,教員がやむを得ず「緊張して,忘れちゃったかな?」とフォローして,そのまま授業を進めたということのようです。何気ない光景のように見えますが,仮に多くの法科大学院で上記のような光景が繰り広げられているのであれば,実に由々しき事態といえます。

 法科大学院は,「双方向的授業」・「多方向的授業」といったものを売りにしています。法律学の知識を一方的に伝授するのではなく,法律的な問題について教員と院生に問答をさせ,あるいは学生同士の間で議論をさせることによって,より密度の濃い授業を実施して,院生に深い法律学の素養を身に付けさせようというわけです。
 しかし,法科大学院で実際にこのような授業を行うには,教員の側にも十分な授業準備が求められるほか,院生の側にもある程度の法的知識や素養が必要です。基礎的な法的知識すらも十分でない院生に対して問答形式の授業を行おうとしても,法律的な議論は成立しません。

 坂野弁護士が参観したという「新入生向け」の授業では,具体的にどのような問答を想定していたのかまでは分かりませんが,仮に教員が次のような問答を予定していたとします。

教員「株式会社で,取締役を選任するのはどこ?」
院生「株主総会です」
教員「そうですね。それは,どの条文に書いてありますか?」
院生「会社法329条1項です」
教員「そのとおりです。では,会社法はなぜ株主総会で取締役を選任する,という制度を採っているのですか? 株主が自分で会社の業務を執行してはいけないのですか?」
院生「社員が自ら業務を執行する持分会社と異なり,株式会社では経営の機動性を確保するために,業務執行権を経営の専門家である取締役に委任する形態が採用されたものと考えられます」

 院生がここまで回答できて,ようやく授業の本題である,代表取締役の利益相反といった具体的な問題についての議論に入れるわけですが,実際の授業ではこうなってしまっているわけです。

教員「株式会社で,取締役を選任するのはどこ?」
院生「・・・・・・?」

 こんな状態で,「双方向的授業」など進められるはずもなく,「双方向的授業」「多方向的授業」を目指した法科大学院教育は,単なる学級崩壊の授業に成り下がってしまいます。これは,おそらく坂野弁護士が参観した法科大学院だけに見られる現象ではなく,下手をすれば東大や一橋などの一流大学でも生じている可能性のある現象です。
 というのは,このような「双方向的授業」については,法科大学院教育の現場からも「無理だ」という批判の声が少なからず挙がっており,中教審の法科大学院特別委員会でも,一橋大学の山本和彦委員が,「1年生の段階から、判例を第1審から読ませてそれを批判するなど自分の頭で考えさせるといった授業をすることは余りに非効率であり、実際的ではないと思われる。まずは、基本的な制度のあり方を理解させ、それがなぜそのような成り立ちをしているのかについて正確な理解を涵養することが不可欠であり、そのためには授業は講義中心にならざるを得ないと思われる」という指摘をしています。一橋大学法科大学院は,東大をも抜いて司法試験の合格率が最も高い,まさしくトップクラスの法科大学院であり,そこの教授が上記のような指摘をしているという事実は大変重要です。
 なお,この指摘は,法科大学院特別委員会の第49回会議(平成24年6月14日開催)において,山本委員が提出した「未修者教育のあり方に関する若干のコメント」に記載されているものですが,この意見が出された第49回会議の議事録は,開催から5ヶ月以上が経過した本日現在においても,まだ公表される気配がありません。
 山本委員の意見を聞き入れなければ,既に破綻状態にある未修者教育の改善はいつまで経ってもなされず,かといって意見を聞き入れれば法科大学院自体の存在意義が否定されてしまうわけですから,このように難しい問題が議論された第49回会議の議事録を文科省が公開したくない気持ちは心情的には理解できますが,だからといって公開を拒否するのは役所としての職務怠慢です。議事録が年内に公表されないのであれば,黒猫としては正式な情報公開請求ないし訴訟も検討させて頂きます。

 若干話が逸れましたが,実際に予備校で旧司法試験の勉強をした経験者としての立場から言わせてもらうと,1年生の段階で院生が上記のような質問に回答できないというのは,まあ無理もないかなという気がします。
 坂野弁護士が参観した法科大学院の授業は,おそらく未修者1年生向けのものであり,未修者コースで入学した院生は,基本的に法律の知識を持っていません。実際には,未修者コースでも7割くらいの入学者が法学部出身のようですが,法学部でちゃんと法律の勉強をしていれば既修者コースに入れるはずなのに,敢えて未修者コースに入学してくるということは,要するに法学部の授業は全くと言ってよいほど身に付いておらず,法律の素人と大差ないということです。
 そして,会社法は司法試験科目の中でも,制度が細かく複雑である上に,会社法そのものが民法の「応用編」と言えるような性質を持っているので,予備校の基礎講座でも,商法(会社法)の授業は民法の授業がしばらく進んだ後に行われることが多く,法科大学院でも商法(会社法)の授業は第2学年から開講されているところが見られます。

 したがって,法科大学院の1年生に対し会社法の,しかも問答形式の授業を行うということは,それ自体にかなりの無理があると思うのですが,一般的にあらゆる教育は教える側より学ぶ側の資質に左右されるものです。
 未修者の大半を占める法学部出身者は,要するに法学部で法律を勉強したけれど身に付かなかったという人たちであり,そんな人たちの多くは,そもそも司法試験合格に必要となる高度な法律学を学ぶ適性に欠けている可能性もあります。仮に適性自体はあって,単に法学部での教え方が悪かっただけであるとしても,法科大学院教育の主な担い手は大学と同じ研究者教員たちです。法学部が法科大学院に変わったからと言って,どんな質的向上が期待できるというのでしょうか。
 それに加え,最近は法科大学院の志願者数が激減しており,数の低下に伴い入学者数の質も低下するのは当然の結果です。法科大学院制度のスタート直後(いわゆる法科大学院バブル期)には優秀な人材もいくらか入ったようですが,最近は単に法科大学院の経営を維持するため,法学部の勉強でも良い成績を挙げられず,就職もできなかった学生を熱心に勧誘して入学させているようなところが多いと聞きます。
 しかも真剣に司法試験合格を目指す優秀な学生は,法科大学院の中でも上位校に吸収されてしまうため,敢えて中堅以下の法科大学院に入ってくるのは,司法試験に三回落ちた人が再度受験資格を得るために入学してくるか,あるいは文字どおりのクズばかり。
 そのような法科大学院では,もともと入学者の質が期待できない上に,院生は大切なお客様なので,基本的な質問に答えられないような院生でも叱ったりせず,優しくフォローしてあげなければなりません。
 双方向的授業のメリットとして,院生が教授との問答に答えられないと,教授に強く叱責され授業で赤っ恥をかかされるので熱心に勉強するはずだという主張もみられるのですが,実際には大学の経営上,院生にひどい赤っ恥をかかせるわけにも行かないので,このようなメリットも実際には生じていないことになります。
 もっとも,最近の学生は非常に繊細なので,質問に答えられない学生に教員が優しくフォローしてあげても,実際にはかなりの精神的負担を感じているかも知れません。その学生が,今度は恥をかかないようにと一生懸命勉強してくれればまだ良いのですが,実際にはそのようには行かず,ストレスが昂じてうつ病にかかってしまう院生も少なくないようです(無論,うつ病になる原因はそれだけではなく,将来に対する不安なども大きいのですが)。それを避けようとするのであれば,法科大学院制度の理念に反して,もはや双方向的授業そのものを止めるしかない,という結論に辿り着いてしまいます。
 上記はまだ未修者教育の1年目じゃないか,3年間かけて勉強すればきっと結果は出るよとフォローする人もいるかも知れませんが,実際には3年間の標準年限で無事修了できない者が年々多くなっており,修了できた人の中でも司法試験の合格率は低いため,もはや「入学者の7~8割が中途退学または三振」と揶揄される状態です。
 しかも,司法試験に合格しても就職できない人が年々増えていますから,いまや法科大学院は法曹養成の中核的機関というよりは,「高学歴ワーキングプア」ないし「高学歴ニート」養成の中核的機関と言った方が適切であり,その原因は,前述したような法科大学院教育の実態が如実に示しているのです。

 今回の衆院選ではたくさんの政党が濫立していますが,政権公約(詳細版)の隅っこでもいいので,こんな教育機関を延命させようとしている検討会議のメンバーはさっさとクビにして,法科大学院は即刻廃止すべきだと言ってくれる政党や政治家は現れないものでしょうか。

11 コメント

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Unknown (Unknown)
2012-11-28 22:28:36
坂野先生、これはいくらなんでも盛ってると思うなあ(^^;)
株主総会以外のどこでどうやって選任しろというのか……

あるいは委員会設置会社の指名委員会でも脳裏を
よぎったのか?
Unknown (ぬこ)
2012-11-29 00:43:24
「株主総会で,取締役を選任するのはどこ?」という質問…?????
最初、わからなくて、あせりました(汗
Unknown (Unknown)
2012-11-29 13:59:46
今は法科大学院がモラトリアム化していて、法律を勉強する気もなく法科大学院に入ってるのがけっこうな確率で混じっており、そうであれば株主総会という単語を失念していても不思議ではないような気もします。。。
Unknown (Unknown)
2012-11-29 20:03:03
働いたことがないにしても、さすがにこれは一般常識だよね。良く試験受かったなあ。
Unknown (Unknown)
2012-12-01 01:57:03
>文字どおりのクズばかり。
これはどう考えても言いすぎでしょう。
Unknown (Unknown)
2012-12-02 16:25:43
かなり下の方の法科大学院だと、定員割れで入ってきてる訳ですから、学力は相当劣ってると考えていいかもしれませんね。それでも「クズ」は言い過ぎですが。。。
Unknown (Unknown)
2012-12-02 19:54:30
「クズとは言いすぎ」の意味がわからない。
実力がなかったらゴミ扱いがこの業界でしょ。
妥当な評価だと思う。
それとも、みんなはゴミ扱いされたことないの?
よその業界の人?
どんな入試で選抜したのか (貧乏人)
2012-12-04 00:07:13
本当に、もう志願者がいなくなってて、こんな問題すらわかる人間はもう入学しないという状態ならまだいいでしょう。

私が疑うのは、学閥門閥のコネ強化が第一の恣意的な入試に固執しているせいで、本当に法律の知識を勉強し、法律家の適性がある人を門前払いしてるんじゃないのかという点です。

「すごい(馬鹿な)奴ら」を威張って紹介してた、企業弁護士の第一人者とか言ういかがわしい男に言わせると、株式会社の取締役を選任する機関すら即答できないような生徒でも、弁護士資格を与えなければならないんですかね。そんなのが「法律事務を独占」なんかしてたら、暴力団や総会屋を喜ばせるだけでしょうに。それとも、企業弁護士や渉外弁護士とかいうのは、これほど無知な人間でも充分務まるほど幼稚なことしかしてないんでしょうか?
Unknown (Unknown)
2012-12-04 21:03:06
法の下の平等を守るために法曹は権限を与えられてることをお忘れなく。
勉強が出来る人もいれば腕が立つ人もいるし色々…例えば腕が立つ者に弱い奴はクズと言って〇り捨て御免みたいなことされたら嫌ですよね?
警察は原則事件後からしか動いてくれません。
弁護士は人の尊厳を踏みにじってはいけません。
誤記 (某ロー卒業生)
2012-12-05 12:05:08
いつも楽しみに拝見しています。

「株主総会で,取締役を選任するのはどこ?」

この問いの意味が分からず、思わずリンク先に飛びましたが、
「株主総会」ではなく「株式会社」ですよね。