黒猫のつぶやき

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民法改正の争点① 債権譲渡法制のゆくえ

2013-08-03 01:23:50 | 民法改正
 法制審議会民法(債権関係)部会では,中間試案に対するパブリック・コメントの結果を踏まえ,7月16日開催の第74回会議から,要綱案の取りまとめに向けた検討(いわゆる第3ステージの検討)が始まっています。
 黒猫自身は,今次の民法改正にはあまり賛成できない立場ですが,中間試案で過激な提案がいくらか削減されたことで日弁連などの態度も軟化しており,このまま民法改正が実現してしまう可能性も否定できないので,これからは第3ステージにおける検討内容を少し具体的に追っていきたいと思います。
 なお,この記事はなるべく簡潔に書いているつもりですが,少なくとも司法試験を受験できるレベルの学力がないと付いてこれない話であることを予めお断りしておきます。
<参 考>
民法(債権関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(1)
http://www.moj.go.jp/content/000112861.pdf
「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」に対して寄せられた意見の概要(各論)【速報版(1)】
http://www.moj.go.jp/content/000112863.pdf
債権譲渡の対抗要件制度等に関する実務運用及び債権譲渡登記制度等の在り方についての調査研究報告書
http://www.moj.go.jp/content/000111946.pdf

 第74回会議では,消滅時効制度と債権譲渡の対抗要件制度に関する資料が配布されており,また後者については,商事法務研究会による調査研究報告書も配布されていることから,法務省は債権譲渡法制の見直しにずいぶん力を入れていることが分かります。
 民法改正の中心人物とされる内田参与らは,金銭債権譲渡の対抗要件について登記に一本化するという案を提唱していましたが,検討(1)の16頁では,「差し当たりは現状を維持した上で,甲案(登記に一本化する案)の実現を将来的な課題として位置付けるかどうかを検討することが現在のところは有力な選択肢である」と書かれており,法務省としては今次の民法改正で登記への一本化は困難と判断しているようです。
 しかし,続きを読むと法務省の考え方は,債権譲渡の対抗要件に関する民法467条の現状を維持するのではなく,①譲渡契約書その他の譲渡の事実を証する書面(以下「譲渡書面」という。)に確定日付を付したものを債権譲渡の第三者対抗要件とする,②譲渡書面の送付による債務者への通知または債務者の承諾を権利行使要件とする,という案を押していることが分かります。
 法律の素人さんには,現行法と何が違うのかよく分からないような論点であり,法務省の作成したレジュメを素直に読んでいると,あたかもそのような考え方が優れているような感じに流されそうになりますが,このような改正の当否については,法務省側とは異なる視点からも検討する必要があるように思います。

 登記への一元化は諦めたにしても,おそらく内田参与がなんとか潰したいと考えている判例は,おそらく最一判昭和49年3月7日です。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120502732042.pdf
 この判例は,いわゆる債権譲渡人と仮差押の競合が問題となった事案ですが,以下原債権者をA,債権の譲受人をX1,仮差押債権者をX2,債務者をYとして,なるべく簡単に説明します。
 X1は,昭和44年2月13日頃,AからYに対する債権(本件債権)を譲り受け,同月14日,Aは債権譲渡証書に同日付けで公証人の押捺を受けた上,同日午後3時頃,同証書をYに交付しました。一方,X2は同日,本件債権について裁判所の仮差押命令を得て,この仮差押命令は同日午後4時5分頃Yに送達されました。
 原判決は,このような競合が生じた場合,優劣関係は確定日付に表示された日付の先後のみによって判断すべきであり,本件ではX1とX2の確定日付は同日であるのでその優劣を定めることはできないと判示していましたが,最高裁はこの原判決を破棄し,優劣関係は債務者に対する通知が実際に到達した日時(または債務者が譲渡を承諾した日時)の先後によって決すべきであると判示した上で,X1の通知がYに到達した時刻はX2の仮差押命令が到達した時刻より早いとして,X1を勝たせました。
 現在の実務は,この判例の上に様々な判例が積み重なって成り立っているのですが,内田参与はこの判例について,いわゆる債務者をインフォメーションセンターとする考え方であるとした上で,①債務者は債権の帰属について第三者からの照会に回答する義務はなく,インフォメーションセンターとしては実質機能していない,②債務者が複数の通知についてその先後を把握するのは必ずしも容易ではなく,この考え方は債務者に過大な負担を負わせているなどと批判し,法改正によって譲渡書面の確定日付のみによって優劣関係を定める制度に変更し,債務者を負担から解放せよと主張しているのです。

 しかし,この主張は債権譲渡ビジネスを何とか活性化させようという方向に意識が向きすぎており,債務者(Y)の静的安全については,あまり考慮されていません。
 この判例を前提にすると,債権の二重譲渡があった場合には通知の先後でその優劣が判断され,債務者は先に通知を受けた債権者に債務を弁済する義務があるということになるため,すべての郵便物の到達時刻を正確に管理する体制を整えている企業もあるそうですが,実際に郵便物の到達時刻が法律上問題になるのは同一日付で通知された債権の二重譲渡というレアケースくらいしかなく,このような体制を整えるのは非現実的であるという理解がむしろ一般的でしょう。
 一方,実際に債権の二重譲渡で確定日付が同一日となり,債務者が到達の時刻を正確に把握しておらず先後関係が不明の場合,判例では同時に到達したものとして扱われています。同時到達の場合における譲受人同士の権利関係については判例の考え方が確立していないものの,このような場合には,債務者は債権者不確知を理由として法務局に弁済供託をすることで責任を免れることが出来,到達時刻を正確に把握していないことを理由に債務者が不利益に扱われたような裁判例は存在しません。
 また,債務者が通知の先後を正しく把握していた場合でも,実際に倒産間際の取引先が債権を多重譲渡するような場面では,債権譲渡自体の有効性に疑義が生じる場合も多く,通知の先後だけを把握していれば債務者が安心できるというわけでもありません。
 通知の先後は把握できているものの,先に通知を受けた債権譲渡の有効性に疑義があるという場合,債務者による弁済供託が認められる場合もありますが,法務局の判断によっては認められないこともあります。
 契約時に債権の譲渡禁止特約が定められ,これに違反して債権譲渡が行われた場合には,民法上債権譲受人が善意の場合のみ譲渡が有効となることから,債務者不確知を理由とする供託が広く認められていますが,譲渡禁止特約がない場合には債務者が難しい対応を迫られるため,最近はこのようなリスクを回避するため譲渡禁止特約が多用される傾向にあり,中小企業の資金繰りを改善するため債権譲渡ビジネスを活性化させようとしても,譲渡禁止特約に阻まれ上手く行かないという問題意識が法務省の中にはあるようです。

 今次の民法改正では,譲渡禁止特約に制限を設けようかという議論もなされており,中間試案では何とか譲渡禁止特約の効力を制限しようとネチネチいじめるような立法提案もなされていますが(反対意見も併記されています),いずれにせよ譲渡禁止特約自体を禁止する方向性での議論はなくなったので,以下では改正民法の下でも譲渡禁止特約自体はなし得ることを前提にします。
 話が戻りますが,前述した新しい法務省案を採用すれば,債権の多重譲渡が行われた場合に債務者の負担が減るかといわれると,必ずしも減るわけではありません。
 法務省案が採用された場合,二重に譲渡された債権の優劣関係は確定日付の先後のみで決せられることになるので,債務者が郵便物の到達日時を正確に把握する必要はありませんが,確定日付が債務者への通知や債務者の承諾ではなく,債務者の関知しない債権の譲渡に付されるため,優劣を判断するのに必要な確定日付が直ちに債務者の下へ到達しないおそれがあるのです。
 具体例として,以下のような事案を想定してみます。

 原債権者Aは,平成30年8月1日,Yに対する2,000万円の債権を同日付の確定日付でX1に譲渡し,同月3日,Aは確定日付のある譲渡書面をYに交付しました。同年9月1日,当該債権の弁済期が到来したので,Yは2,000万円をX1に弁済しました。しかし,同年10月1日,AからYに対し,上記債権を7月30日付けでX2に譲渡した旨の確定日付ある書面が交付され,X2はYに対し,2,000万円の支払いを請求してきました。Yは,X2の請求を拒むことができるでしょうか。

 上記のような事案の場合,現行法では通知の先後によって優劣関係が決せられるので,YがX2の請求に応じる必要は全くありません。しかし,法務省案が採用されると,債権の優劣は確定日付の先後により決せられるので,X2の方に優先権があることになります。実際には,Yは債権の準占有者に対する弁済などで救済される可能性もありますが,免責はYの無過失が前提になるので,最悪の場合,Yは二重払いを強いられてしまう可能性もゼロではありません。
 このような指摘をすると,法務省ないし学者の方からそれは誤解だという反論が来るかも知れませんが,中間試案ではこのような事態が発生した場合の手当てが明確にされていないこともまた事実であり,債務者側の不安は払拭されません。
 特に,確定日付ある書面は特例法上の債権譲渡登記で代用することも可能とされており,債権譲渡登記を利用する場合には,譲渡人の信用悪化を恐れて債務者には通知しないことも多いので,Yが法人である場合には,現実に上記と似たような問題が発生する可能性も大いにあります。
 このような二重払いのリスクを恐れるあまり,新民法の下では今まで以上に譲渡禁止特約が多用され,譲渡の承諾にも一切応じないという企業が増える可能性もあります。法務省が促進しようとしているABLなどの債権譲渡ビジネスは,かえって衰退するかも知れません。

 また,それ以上に恐ろしいのは,法務省案のような改正が実現することによって,債権譲渡に関する従来の判例法理がすべて役に立たなくなるということです。商事法務研究会によるヒアリングでは,現行法の規律について「確定日付の先後と通知の到達の先後が逆になるような場合もあるが,判例法理をまとめた書籍を参考に優劣関係を判断し,適切に対応している」と回答した企業もあるようですが,改正法の下ではこのような対応はできなくなります。
 例えば上記の事例について,確定日付は7月30日だけど実際の譲渡は8月2日だった場合にはどうなるかといった問題もあり得ますが,従来の判例法理は参考にならないので,当分は何か問題が発生する度に,内田参与の発刊する新民法の解説書を必死に読むとか,民法の改正作業に関与した大手事務所のブル弁にお伺いを立てるといった方法に頼るしかありません。
 実際,会社法の制定時にこれと似たような事態が発生しており,旧商法下の判例法理が役に立たなくなった結果,企業は会社法の解釈についてその制定作業に関与したブル弁にお伺いを立てざるを得なくなり,会社法を専門とするブル弁が今でも繁盛しています。旧商法時代には,旧商法の解釈は大半の弁護士が理解できるので,旧商法を専門とするブル弁などいませんでした。
 債権譲渡問題を含め,今次の民法改正で従来の規定が大幅に見直されれば,現在いる弁護士の大半は民法の解釈が理解できなくなり,おそらく民法の制定作業に関与した大手事務所の弁護士が,民法専門のブル弁として幅を利かせることになるでしょう。日本人や日本企業の負担する法務コストは,会社法制定時とは比べものにならないほどの勢いで跳ね上がることになるでしょう。
 前述の法務省案が,このような不利益を上回るほどのメリットを日本社会にもたらすかと問われれば,そんなものは全く無いと答えるしかありません。調査研究報告書にはアメリカの債権譲渡法制についても説明が載っていましたが,債権譲渡について統一的な規律を定めたUCC(統一商事法典)第9編は,日本法とは発想が違いすぎて日本ではとても真似のできないものであり,仮に法務省案を採用してもアメリカ法の考え方に近づくというわけではありません。内田参与の独自説に近づくだけです。
 各地の弁護士会で民法改正について積極的に議論している弁護士も,あわよくば民法改正で一儲けしようなどと考えているので改正については積極的な人が多いですが,まとまった意見を常議員会に持っていくと,一転して冷ややかな目で見られます。黒猫は,自分のやっていることが正しいのかどうか自信を持てなくなり,東弁における民法改正の議論の一線からは身を退くようになりました。
 それでも民法改正が強行されれば,黒猫もその解釈について自分の考えをこのブログなどで適宜公表していくことになると思いますが,黒猫自身の利害はともかく,少なくとも日本社会にとってろくな結果にならないということは断言できます。

1 コメント

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債権譲渡法制の改正? (Unknown)
2013-08-03 20:28:07
債権譲渡なら、ウッチーよりも元試験委員の池田先生の方がご専門では?

 債権譲渡は、市民法というよりは、企業法的色彩が強いので、民法典の中では、特殊な領域というか、異彩をはなっていますね。

 ブル弁ってなんかブルドックみたいですね。
そうか、例のブル弁先生は、経済の貧困=心の貧困とおっしゃりたかったのですね。やっと理解できました。
 だって、受験生が「経済的にローは、無理なので、予備試験受験します。」と言えば、心の貧困になるんでしょう。

ブル弁になるためには、他者の立場にたって物事を考えちゃいけないし、お金がすべて、で判断しなければならないということなんですね。