黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

米国ロースクールでも進む「実務と理論の乖離」

2013-05-20 19:27:38 | 法科大学院関係
 パブコメが終わって,司法試験が終わって,良くも悪くも法曹界は落ち着きを取り戻した感があります。パブコメの集計結果がどうなるか,それを踏まえて政府がどう動くか,今はとりあえず様子を見るしかありません。
 今回は,恒例の法科大学院ネタではありますが,タイムリーな話ではなく,ちょっと昔を振り返るような話です。

 司法改革で法科大学院制度の導入が検討されている当時,法科大学院の理念として「実務と理論の架橋」ということが盛んに言われました。論者によって状況認識は若干異なるかも知れませんが,もともと日本の法律学者は基本的に大学法学部(4年)→大学院修士課程(2年)→大学院博士課程(3年)→准教授→教授というルートで養成されます(法学部卒業者が助教に採用されるケースもあります)。
 日本の法律学界では,かねてから実務と理論の乖離が問題視されていましたが,その一因として法律学者を目指す人が司法試験に合格する必要はなく,裁判官や検察官,弁護士など実務法曹を目指すルートと研究者ルートに共通するのは大学の法学部くらいしかないことが問題とされたのです。
 これに対し,アメリカのロースクールでは,研究者も実務家も法務博士の学位を取得しており,長年法曹として実務経験を積んできた人が研究者になってまた実務に戻る例があるなど,研究者と実務家の垣根は低い,したがって日本でもアメリカのロースクールに倣った制度を設けることによって「実務と理論の架橋」を図るべきだ,などということが盛んに唱えられました。
 しかし,以前にもこのブログで紹介したことのある『アメリカ・ロースクールの凋落』(花伝社)を読むと,実は本場アメリカのロースクールでも,「実務と理論の乖離」が進んでいることが分かります。

<アメリカ>
1 法律学者の「法理論離れ」
 同書80頁によると,アメリカでも古い世代の法学研究者は,まさに法理論の分析を含む研究をしていたといいます。アメリカの法学教授は,法の様々な領域を総合し,弁護士や裁判官を意見交換をしながら,実務に役立つ法律の問題点について論文や本を執筆しており,そうした論文を連邦裁判所が引用することも少なくありませんでした。
 しかし,時代が下るにつれ,法解釈論に関する研究はあまり高く評価されなくなり,現在では学際研究や実証研究だそうです。具体的には憲法上の解釈,法のあるべき姿についての規範的な論争,法哲学,批判人種論,法社会学,法制史,法経済分析,判例の量的分析など,法学に関する実務とは異なった観点からの研究が主流になっており,そうした法学研究は,一応法学関係のことが焦点になっているものの,その内容は政治学,歴史学,経済学,女性学などと見分けのつきにくいものになっているそうです。
 そして,このような研究思考の変化に影響されたのか,ロースクールでは法曹としての実務経験が全くなく,法学以外の博士号を持つ教授を採用する例が次第に増加しているほか,また法務博士の学位は持っていても,実務経験がほとんどない超一流校の出身者がロースクール教授の大半を占めているという状態は長年の通例となっており,ロースクール教授の採用にあたり,実務経験年数はむしろ否定的に捉えられているそうです。

2 ミイラ取りがミイラになる!?
 アメリカのロースクールは,本来大学の学問研究を主体とする機関ではなく,実務法曹を養成する機関であり,教員の行き過ぎた学究志向には,実務界から根強い批判があったようです。
 1990年代,ロースクールは法曹界からの手厳しい批判を受けて,実務教育の大幅な強化を行います。新たに「リーガル・クリニック」の科目が併設されて,これを担当する教授が採用されたほか,多くのロースクールではリーガル・リサーチ,リーガル・ライティングといった科目を担当する教員も採用しました。
 しかし,それでも批判は収まっていません。クリニカル法学教育協会(リーガル・クリニック教員の学術協会)は2007年,ロースクールは学生のための実務教育を十分に行っていないなどとする声明書を発表しており,また2011年にロバーツ連邦最高裁長官は,「私が理解する限りにおいて,ロースクールが行っていることは,実際に法実務に携わっている者にとっては,大部分が無駄でつまらないものである」と述べているそうです。
 原因の一つとしては,実務教員の待遇の悪さが挙げられます。同書50頁では,「リーガル・クリニックの教員は,多くのロースクールで二流市民の扱いである。この点では,弁護士にとって不可欠な技法であるリーガル・ライティングを指導する教員の地位はさらに低く,三流市民である。」と指摘されています。彼らは研究者教員より給料が低く,担当授業時間の負担が重い上に,ロースクールの運営上も採用等の重要議題について投票権を与えられていないことが多いそうです。
 もう一つの原因として,リーガル・クリニック教員の「研究者志向」が挙げられます。リーガル・クリニックの教員は,研究者教員と異なり法曹としての実務経験を重視して採用されますが,一旦教員になってしまうと経済的に安定した地位であるロースクールの終身在職権を得るため,教員は自ら「研究者」に変身してしまうのです。いまでは,実務科目であるはずのリーガル・クリニックやリーガル・ライティングの教員は,ロースクールから「研究」の成果を挙げるための時間とお金が与えられ,終身在職権の拡大に向けて熱心な政治運動を繰り広げているそうです(同書52頁および同書84頁)。
 いわば,ロースクールの行き過ぎた学究志向を是正するための「ミイラ取り」としてロースクールに送り込まれた実務家教員たちは,研究者としての名声と終身在職権を獲得するために,「リーガル・クリニックとは何か」などという実務とは微塵も関係なさそうな研究に邁進し,自らミイラの仲間入りを目指していることになります。
 このような現象を見ていると,大学という「正規の」研究機関で実務を教えようとしても,実際にやることはどうしても研究偏重になってしまう傾向にあり,そもそも大学で実務教育を行うこと自体に無理があるのではないか,と思えてきます。

<日本>
3 日本の法律学者の実情
 『アメリカ・ロースクールの凋落』で,著者のブライアン・タマナハ氏がアメリカのロースクールについて指摘していることの半分くらいは,おそらく日本の法科大学院にも当てはまるでしょう。
 アメリカほどではありませんが,日本の法律学者の中にも,法哲学や法社会学,法と経済学など,実定法学とはかけ離れた研究に熱中する人は少なくありませんし,また実定法の解釈を研究する学者の多くは,現行実務とはかけ離れた新たな解釈理論を創造して,それを基に判例を批判するといった傾向に走るため,実務には何の役にも立たず,また司法試験の役にも立ちません。
 もっとも,日本の法律学者の中にも,比較的実務に近い立場で研究を行っている人も少数ながらいます。刑法の前田雅英教授(首都大学東京)は,過度に複雑な哲学的主張を並べ立てる傾向のある刑法学界において,自ら「判例の立場を自分なりに説明しようとしているだけ」と称する簡素な学説を展開していますが,その方が司法試験の答案も書きやすいため,旧試験時代の末期には前田教授の本が司法試験受験生のベストセラーになり,実務家からも幅広い支持を受けました。
 ところが,法科大学院制度がスタートすると,前田教授の本は他の大学教授から酷いバッシングを受け,受験生の間でも以前ほどの人気はなくなったようです(もっとも,書店での扱いを見ると,現在でも前田刑法が刑法基本書のベストセラーであることに変わりはないようですが)。
 法律学者の間では「実務におもねる学者は怪しからん」という風潮があるのか,それとも前田教授が「年間3000人の司法試験合格者が社会のお荷物になるのではないか」などと発言してしまったことの舌禍なのか。バッシングの真相は今でも分かりませんが,少なくとも「実務寄りの研究をする法律学者が学界では高く評価されない」傾向が日本にもあることだけは事実です。

4 実務科目を「研究科目化」する取り組み
 アメリカのロースクールで取り入れられたリーガル・クリニックは,名前もそのままで日本の法科大学院に広く導入されたほか,リーガル・リサーチは「法情報調査」という訳語を,リーガル・ライティングは「法文書作成」という訳語をあてがわれ,これらも法科大学院の法律実務基礎科目として広く取り入れられています。もっとも,実際にやっていることは法科大学院によってまちまちであり,いずれも実務に役立つ内容とはほど遠いばかりか,研究者の間でも「こんなものに単位を与えてよいのか?」と疑問視されることがあるようです。
 3つある法科大学院認証評価機関のうち大学基準協会は,各法科大学院に「法情報調査」や「法文書作成」の科目を設けさせることにとても熱心であり,「法情報調査および法文書作成を扱う科目の開設」は独立した「評価の視点」の一つに挙げられ,認証評価では開設に消極的な法科大学院を厳しく非難しています。
 例えば,平成21年度に行われた愛知学院大学法科大学院の認証評価では,判例・法令・学説などの検索技術のみを独立して開講することの意義は乏しいとして,2009(平成21)年度入学者用カリキュラムから法情報調査の科目を廃止した同大学院に対し,「法情報調査は、単に判例学説などの文献資料収集のための検索方法を知ることがその内容ではない。例えば、医療事故にかかる法情報としては、「医療倫理」と関連して医療行為の分担の構造、構造上の問題、医療行為にかかる制度と実体法上の制度などの調査も含まれる。分野ごとに、実態、法制度、その全体像をも見据えたうえでの法情報調査が必要なのであり、単に現存する判例や学説文献のスピーディな入手を目的とするものではない。法律問題の考え方を踏まえた法情報調査の意義について授業を設けるといった方策をとることが望ましい」などとお説教しています。少なくとも文科省は,実務科目である「法情報調査」や「法文書作成」を,アメリカのような「研究者のための研究科目」にすることを目論んでいるのでしょう。
 なお,従来司法研修所の民事裁判修習で教えられていた要件事実論は,研修所教育の中で唯一理論的要素の強い科目であり,その高い理論性は実務科目の研究科目化を目論む法科大学院関係者の腐った脳を直撃しました。要件事実論を実務で使うかどうかは実務家の間でも単なる趣味の問題であり,日弁連も旧試験時代は要件事実教育のあり方を批判していたはずなのですが,法科大学院時代になると一転して要件事実教育こそが実務教育の中核であるかのように喧伝されるようになり,「要件事実論はあまり役に立たない」という旧試験時代からあった批判は,いまや完全に無視されるようになりました。

5 まとめ
 日本がアメリカから輸入した「ロースクール」は,現実には「理論と実務の架橋」ができるような教育機関ではなく,「何となく学問らしいけど実務には役に立たないこと」ばかりが重視され,実務に役立つことは徹底的に軽視または無視されるという,法曹実務教育の機関としては致命的な構造的欠陥を持った機関であり,しかも日本の法科大学院は,アメリカのロースクールにおけるそのような欠陥を克服するのではなく,むしろ積極的にそのような欠陥を受け容れる方向に進んでいます。
 一流市民として幅を利かせる研究者教員に対し,実務家教員は二流市民,ティーチング・アシスタント(TA)などと称して学生の指導等を行う若手弁護士が三流市民となっているのも,アメリカと大して変わらないでしょう。日弁連は,もはや実務家団体として大局的な見地から法曹養成制度のあり方を考える機関ではなく,法科大学院の実務家教員となっている会員の声を代弁して,実務家教員の増員や権限拡大(法科大学院運営への発言力強化)を訴える機関になり果てました。
 このような法科大学院のあり方についていくら議論しても,法科大学院が法曹実務の役に立つ教育機関になることは,所詮あり得ないのです。

19 コメント

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いつも拝見しております (志誠会 -政策研究会-)
2013-05-20 22:49:10
大学在学中の時から拝見しております。


私は旧司→予備→撤退組ですが、友人は働きながら予備試験受験を続けています。


竹中平蔵などのサプライサイドの経済学者の新自由主義的な政策がいかに間違っているか、この法曹界の現状を見れば明らかだと私は思います。
Unknown (Unknown)
2013-05-20 23:17:33
★★ロー制度『崩壊』カウントダウン!202★★
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/shihou/1368064509


ロー関係者「入ったのは自己責任(キリッ」
ロー関係者「弁護士は自由競争(キリッ! 喰っていけないのは自己責任(キリキリッ!」

文部科学省「えー、定員割れのローは来年から補助金削りまーす」

ロー関係者「・・・・・・・・・・・うぉわああああ!!やだやだやだ×1000000
国がはじめたんだから、国が面倒みろ!!税金たりなきゃ増税してでももってこい!
俺様特殊!俺様貴族!俺様保護産業!うぉおおお!!利権マンセー!」
法学部はどうなんでしょう (理系出身)
2013-05-21 01:18:39
ロースクールの授業がそんなに役に立たないのなら
同じような人が行っていると考えられる法学部の授業は
どうなのでしょうか。

法学部の批判はしていないように見受けられますが、
ロースクールは役に立たないが法学部は役に立つと
言うことなんでしょうか。
Unknown (SB)
2013-05-21 01:46:51
ローが批判されているのは,それが法曹になるために強制されているからです。大学の学部のように任意であれば,行くかどうかは個人の自由ですから,批判されることもないでしょう。

予備試験があるからローは強制ではないという人がいますが,一般教養科目もある合格率3%の試験を合格しなければいけないというのは,ローを強制しているのと同じです。旧試験も合格率3%だったという人がいますが,問題はローの学費を払える人との不平等の問題であり,その取扱いの区別が合理的であれば仕方ありませんが,到底合理的ではないということです。
Unknown (Unknown)
2013-05-21 02:01:15
法学者&授業の質は玉石混交だと思います。
もっとも、私は旧試に合格した非法学部出身ですが、法学部の授業を受ける必要性はまったく感じませんでした。
法学者の多くは地位を守られ、独自の世界で研究すれば足り、黒猫先生がおっしゃるように、実務への案内をしようという気はさらさらなかった(できるはずがなかった)と思います(棲み分けですね)。
ですから、「理論と実務の融合」だのという妄想には目が点ですが、現在の状況は、本当は安定した身分で研究を続けたい学者先生にとっても不幸な事態に相違ありません。
ともあれ、弁護士は既得権だ、自由競争だと声高におっしゃるのですから、学者先生も学生や卒業生によるアンケート評価で自由競争にさらされ、たまには発言を隠し録音されて、アカハラ裁判を受けるくらいのことは覚悟してもらいたいです。
Unknown (Unknown)
2013-05-21 09:59:27
青学ローの教授がFBでどえらいこと書いてたみたいですね。
予備試験者が増えているのは心の貧困によるものだとか、ペーパー試験合格一発屋なんて社会は望んでないとか。

ロースクールこそ社会が望んでいないということを理解しろよと思う。
正義こそ真実なれ! (政府や大学の暴走を許すな!)
2013-05-21 10:52:01
先日、NHK7時のニュースでもやっていたが(「予備試験大人気」)、ほとんどが出ていた人の中からお金がかからないから、早く実務法曹の仕事につけるからが目立つ内容だった。伊藤真氏も、大学院の多額の出費がなく早く仕事ができることが人気の理由になっていると言っていたが、もはやロースクールは崩壊していることをこの方は言いたかったのだどうが、放送内容からして圧力で言えなかったと見える。

このようなマスコミが注目するようになった政府関係の審議会は国民の批判の的になることが多く、どうやら、ようやくロースクールを廃止してまで、司法試験の受験枠、受験の回数制限とかも今後取り沙汰されると思われる、草の根の司法改悪反対運動を盛り立て、国民司法参加k型の法曹養成をお願いしたいと、法曹養成審議会意見フォーラムにも意見集約終了後もどしどしと続けるべきだと思う。
Unknown (Unknown)
2013-05-21 11:45:29
青学の浜辺弁護士って、会社法をめぐって葉玉弁護士とバトルしてボロボロになってた人ですよね
Unknown (Unknown)
2013-05-21 13:34:38
黒猫さんの「実定法の解釈を研究する学者の多くは,現行実務とはかけ離れた新たな解釈理論を創造して,それを基に判例を批判するといった傾向に走るため,実務には何の役にも立たず,また司法試験の役にも立ちません。」について一言。

法科大学院ができて、研究者もかなり判例を意識するようにはなっています。例えば、旧試験時代の憲法は判例と学説の断絶が顕著で、当時の司法試験の答案も「この点判例は~と述べている。しかし~の理由で妥当でない。思うに~(学説)。よって、本件は違憲である。」といった判例を安易に批判して、学説ベースで違憲。といった「金太郎飴的答案」が横行しておりました。

しかし、法科大学院ができると、憲法学者の中にも判例を肯定的に理論付けようとする動き(たとえば小山剛教授)が出始め、現にこうした研究者の著書が法科大学院生にも読まれるようになっています。
ちなみに、小山教授をはじめとする憲法研究者が『受験新報』の「判例から考える憲法」という連載で判例の規範を使って事案を解くということをやっていましたが、研究者が判例を駆使して憲法の事案を解くなどと、旧時代にはありえなかった画期的なことだと思います。
ただ、惜しむらくは、こうした判例を意識した研究者ベースで書かれた「模範解答」が出回っていないため、答案上は相も変わらず判例を批判して、(芦部時代の)学説で書かれた答案が多いようですがね。

ちなみに、旧時代、薬事法判例は目的二文論の消極目的規制の判例と教えられていたと思いますが、今、まともな研究者でそのように読む人はほとんどいません。薬事法判例も「職業は・・・個人の人格的価値とも不可分の関連を有する」と述べており、単純な目的二分論で割り切れるものではないからです。これも、法科大学院ができて、研究者が判例を意識しだして生じた進歩だと思います。

それに前田教授の本が使われなくなったのは、他にも判例ベースで書かれた本が出回ったからであり、前田教授が「他の大学教授から酷いバッシングを受け」たこととは無関係です。なにせ、近時出版されたある研究者の刑法総論の本は堂々と「判例説」と銘打っている位ですからね。
ちなみに、現在の刑事法(刑法と刑事訴訟法)の司法試験の問題は完全に判例ベース(司法試験委員のほぼ半数が検察官!)で作られており、司法試験に熱心な法科大学院では実務家メインで授業が組まれています。当然、授業の内容は判例重視です。まあ、東大は相変わらずアカデミズム重視のようですが。

あ、だからといって法科大学院を擁護するわけではありませんよ。ただ、黒猫さんのローに対する批判は事実に基づかない批判も相当含まれており、このような批判はロー推進派に逆手に利用されかねませんので、よく実態を調べた上で批判された方がいいと思います。

とりあえず、憲法については小山剛教授の『「憲法上の権利」の作法』を一読してください。旧時代の憲法学者ではありえない議論が展開されていますから。
Unknown (Unknown)
2013-05-21 18:11:32
それって、法科大学院ができたからなの?