大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2017年05月27日 | 植物

<1976> 大和の花 (229) ウツギ (空木)                                           ユキノシタ 科 ウツギ属

             

 ウツギ(空木)というよりウノハナ(卯の花)といった方が一般的には通りがよいかも知れない。古来より知られる落葉低木で、『万葉集』にはウノハナで24首に見える。所謂、万葉植物である。花期は5月から7月ごろで、歌には夏を告げる花として、同時期に渡って来るホトトギスと抱き合わせに読まれている歌が多く、季節の到来に敏感な日本人の感性に受け入れられ、雑木ながらも現代に至るまで夏を告げる花として親しまれて来た。

    卯の花の散らまく惜しみほとゝぎす野に出(で)山に入り来鳴きとよもす                      巻10 (1957)  詠人未詳

 これは『万葉集』のウツギを詠んだ24首中の1首で、ウツギの花とホトトギスの鳴き声に夏の到来を感じている歌であるのがわかる。ウツギは全国的に分布する日本の固有種で、山野に生える。高さは株立ちして、多数の枝木を分け、大きいもので3メートルほどになる。その伸ばした枝に円錐花序を出し、鐘形の白い花を下向きに多数つける。長楕円形の花弁は5個で、雄しべは10個、花柱は2、3個。ウツギ属の仲間はこのウツギをはじめ、幹に髄があり、この髄が失われて幹が中空になるのでこの名がある。

 また、干支の4番目に当たる卯とする卯月(旧暦4月)のころ花を咲かせるのでウノハナの別名があると一説にある。これに対し、卯の花が咲く月で卯月になったとも言われる。どちらが正しいのか。卯の花の語源にはほかにも説が見える。「卯の花腐し」というのはこの花の時期に降る雨をいうもので、五月雨を指す。なお、葉は長楕円形または倒披針形で互生する。

 昨今ではほとんど見られなくなったが、枝木に溢れんばかり白い花が咲き、刈り込みが容易に出来るため、生け垣によく用いられ、明治時代の唱歌「夏は来ぬ」には「うの花のにおう垣根に 時鳥早もきなきて 忍音もらす 夏は来ぬ」と見える。また、沢山の花に沢山の実が出来ることから、これを豊作の縁起として5月5日に行なわれる宇陀市の野依白山神社では御田植祭りでこのウツギにあやかり神事の所作事に稲の若苗代わりにウツギの若枝を用いる風習がある。若松を用いるところが多いが、これは人々が古来よりウツギに親しく接して来た例として見ることが出来る。

 なお、ウツギにはウノハナのほか、ユキミソウ、ナツユキソウ、ツユバナなど梅雨の時期に咲く白い花に雪を連想した名など別名、地方名が多く、これも暮らしの近くに見られ親しまれて来た証である。写真はウツギの花。   空木咲く曇天もよし花の滝

<1977> 大和の花 (230) コウツギ (小空木)                                         ユキノシタ 科 ウツギ属

                

  ウツギ(空木)の変種で、ウツギに比べ花も果実も小振りなのでこの名がある。葉は卵形から楕円形で、先は尖り、鋸歯があって対生する。花期は6月から8月ごろと他種より遅く、枝先に円錐花序を出して多数の白い花をつける。花弁は5個で、長さは数ミリ。林縁の岩場や登山道脇でときおり見かける。

  本州の紀伊半島以西と四国、九州に分布を限る日本の固有種で、襲速紀要素系の植物と見られる。大和(奈良県)では金剛山を除くと南東部に限られ、個体数が比較的少ないことから希少種にあげられている。山地に見られるウツギで、石灰岩地に多いと言われる。 写真はコウツギ。左は川上村の石灰岩地での撮影。次は大台ケ原ドライブウエイ沿いの個体。右はウツギの花と比較したもの。左がコウツギの花でウツギの花の3分の1ほどの大きさであるのがわかる。  空木咲く昨日の時は今日にあり

<1978> 大和の花 (231) マルバウツギ (丸葉空木)                                 ユキノシタ 科 ウツギ属

                                                    

  山野に見られるウツギの一種の落葉低木で、卵形から楕円形の葉は縁に鋸歯があり、対生する。花序のすぐ下の葉、つまり、枝先の葉には柄がなく、茎を抱く特徴があり、他種との判別点になる。花期はウツギよりも早く、4月から6月ごろで、枝先の円錐花序に白い5弁花を上向きに咲かせる。花弁は長さが1センチ前後の長楕円形で、平開する。

  花が平開して上向きになるので、花の基部に当たる橙色の花盤の部分も見え、黄色い雄しべの葯とともに白い花のアクセントになってよく目につき、この点も判別点になる。本州の関東地方以西の太平洋側、四国、九州に分布する日本の固有種として知られ、大和(奈良県)においては、北西部の一部を除いて、ほぼ全域に見られ、山足や林縁などでよく出会う。マルバウツギが花を見せると、暫くして、この花を追いかけるようにウツギが咲き出して来る。こうなると季節はいよいよ夏で、そこここで田植えの準備が始まる。           空木咲く真っ先に蝶やって来て

<1979> 大和の花 (232) ヒメウツギ (姫空木)                                      ユキノシタ 科 ウツギ属

                                                   

  渓谷の岩場や林縁の崖地などで見かける落葉低木で、株立ちして1.5メートルほどの高さになる。葉は大きいもので長さが8センチほどになり、縁には細かい鋸歯が見られ、先は細長く尖る。葉は他種と同じく対生する。花期はマルバウツギと同じく、4月から5月ごろで、ウツギよりも一足早く開花する

  枝先に円錐花序を出し白い5個の花弁からなる花を多数つける。ウツギより小振りな花は純白で、清楚。で、ウツギにヒメ(姫)が冠せられた。本州の福島県、新潟県以西、四国、九州に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)では紀伊半島を主に、東南部の襲速紀要素系植物の分布域に見られる。 写真はヒメウツギ(川上村)。他種に比べ花の純白度が高い。  空木咲くまた一年の巡りかな

<1980> 大和の花 (233) ウラジロウツギ (裏白空木)                           ユキノシタ 科 ウツギ属

          

  他種に比べて葉裏が白色を帯びるのでこの葉裏が判別点になるウツギで、これによって容易に見分けることが出来る。私が観察したところでは、概して谷筋の半日陰になる少し湿り気のあるようなところに生える印象がある。

  高さは大きいもので、2メートルほどになる落葉低木で枝を分ける。葉は長楕円状披針形から狭卵形で、細かい鋸歯が見られ、葉裏が白いのは星状毛が密生しているから。花期は5月ごろで、谷筋の同じところに見られるマルバウツギよりも花は早く、前後してマルバウツギが咲き出す。枝先に円錐花序を出し、白い花をやや下向きに咲かせる。花弁は他種と同じく5個で、雄しべは10個、花柱は3、4個。花はほとんどが平開しない。

  本州の長野県南部または静岡県北西部以西(近畿まで)と四国に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)においては東南部一帯でよく見られる。北西部には自生していないようである。 とにかく、ウラジロウツギはその名の通り、葉の裏側をうかがえばわかる。 写真はウラジロウツギの花。右2枚の写真は左が葉の表面(上)、右が裏面(下)側から撮ったもの。空木咲く大和は概ねつつがなし

 

 


大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2017年05月24日 | 植物

<1973> 大和の花 (227) ホンシャクナゲ (本石楠花)                                   ツツジ科 ツツジ属

          

 ツツジ属の最後に大和(奈良県)に自生するシャクナゲ亜属のシャクナゲ(石楠花)2種を見てみたいと思う。まずは、ホンシャクナゲ(本石楠花)から。ホンシャクナゲは大きいもので高さが7メートルほどになる常緑低木で、温暖帯域から寒温帯域まで見られ、通常冷温帯域に多く、本州の新潟県西部以西と四国中北部の山地に分布する日本の固有種で知られる。

  ホンシャクナゲは紀伊半島、四国、九州に分布する襲速紀要素系の植物にあげられているツクシシャクナゲ(筑紫石楠花)を母種とするシャクナゲで、大和(奈良県)においては、一部低山帯にも見られるが、概ね深山、山岳の冷涼域の多湿で水はけのよい痩せた傾斜地や岩場に群落をつくって自生している。

 長楕円形から倒卵状長楕円形の葉は枝先に集まり、輪生状に互生し、革質で表面が濃緑色のものが多く、光沢がある。裏面は褐色の軟毛が一面に生えるものの薄く、革質部分が見える特徴がある。花期は5月から6月ごろで、枝先の総状花序に紅紫色から淡紅紫色、稀に白色の漏斗状鐘形の花を多数つける。花冠は直径5センチほどで、7、8裂し、雄しべは14個、稀に16個つく。花糸の下部と子房には軟毛が密生し、花柱は無毛で、花柄には褐色の毛が生える。 写真はホンシャクナゲ(日出ヶ岳山頂付近)。   石楠花の透明感の花五月

<1974> 大和の花 (228) ツクシシャクナゲ (筑紫石楠花)                            ツツジ科 ツツジ属

                     

 ホンシャクナゲ(本石楠花)の項で触れた通り、ツクシシャクナゲ(筑紫石楠花)はホンシャクナゲの母種として知られる常緑低木のシャクナゲで、大きいもので高さが4メートルほど。葉は長さが15センチ前後の長楕円形もしくは倒披針形で、革質である。表面は通常濃緑色で、光沢があり、裏面は濃褐色のビロード状の毛が密生し、スポンジ状になる。これが葉裏に毛が密生しないホンシャクナゲとの葉による相違点である。

 花期は5月から6月ごろで、枝先の総状花序に紅紫色から淡紅紫色、まれに白色の漏斗状鐘形の花を多数咲かせる。花冠は直径4センチから6センチほどで、7裂し、雄しべは14個。以上の点はホンシャクナゲの花とほとんど変わりないが、花糸に毛が少なく、花糸の基部に毛が密生するホンシャクナゲとこの点が異なり、花における相違点である。子房はともに毛が密生し、花柱は両方とも無毛である。

 紀伊半島(三重、奈良、和歌山)、四国の南部、九州に分布する日本の固有種で、襲速紀要素系の植物に分類され、大和(奈良県)ではホンシャクナゲと生育地をわけ、概して、ホンシャクナゲの方が広い生育域にあり、ツクシシャクナゲの方は大峰山脈の高所域に分布を限っているという報告が見られる。

 それにしても、ツクシシャクナゲとホンシャクナゲは極めてよく似ていて、1群落の中でも判別し難い中間的な形質の個体が多く見られる。大和(奈良県)に野生するシャクナゲはこのような状況にあり、考えさせられる。という次第で、写真の個体については総体的な見地から私の目視によって判断したことを断って置かなくてはならない。 写真はツクシシャクナゲ(左から天川村の稲村ヶ岳山頂付近、上北山村の弥勒岳尾根付近、天川村の弥山登山道)。  石楠花や貴婦人といふ言葉感

<1975> 大台ヶ原のシャクナゲ

          客観は主観なくしては論じがたく

         主観は客観なくしては覚束ない

         言わば 主観と客観は論の両輪で

         互いの持ち前を発揮するところに

         私たちの真実の行方は納まりゆく

  シャクナゲは大和(奈良県)が誇る花の一つである。咲き始めの濃紅紫色から咲き盛るときの淡紅紫色の色合いは貴品に満ちた深山の令嬢、あるいは貴婦人といった趣にある。晴天の日差しの中でも深い霧の中でもその花の姿はまことに麗しい。これは透き通るような花冠の質感から生じて来るものと察せられる。このようにしてある大和(奈良県)の野生するシャクナゲは深山の初夏を魅惑的に彩るが、全てが同じシャクナゲではなく、二種のシャクナゲが分布していると言われる。

  一つは紀伊半島(三重、奈良、和歌山)と四国(南部)、九州の襲速紀要素系植物の分布域に自生するツクシシャクナゲ(筑紫石楠花)であり、一つは本州の新潟県西部以西と四国に分布するツクシシャクナゲを母種とするホンシャクナゲ(本石楠花)である。両者は極めてよく似ているので、見分け難いところがあり、植物を研究する専門家もその判別には悩まされているところがうかがえる。一般的には総称のシャクナゲで間違いはなく、何ら問題にはならないが、分類をはっきりさせなくてはならないところにおいては難儀な植生の一つということになる。

  両者には葉と花の一部に明らかな違いが見られ、目視や触手によって判別され、図鑑等にも説明がなされている。葉の方は裏面に顕著な違いが見られ、ツクシシャクナゲでは褐色の真綿状の軟毛が密生しスポンジ状になるのに対し、ホンシャクナゲでは褐色の毛が一面に生えるけれども薄く、スポンジ状にはならない。一方、花の方は雄しべの花糸における毛の生え方に違いが見られ、ツクシシャクナゲでは全体的に毛が少ないのに対し、ホンシャクナゲでは花糸の上部に毛がなく、下部に毛が密生する特徴がある。

                                  

  両者にこれだけのはっきりした違いがあるからは簡単に見分けられると思えるが、自然の状況は複雑で、どちらとも判断し難い所謂中間タイプが存在し、判別を難しくし、混乱を招くということが起きる。この悩ましくもすっきりしない両者の判別問題が実際に起きていることに奈良県の樹木調査報告書である『奈良県樹木分布誌』(森本範正著)が触れている。

  この本のツクシシャクナゲの項に、「大台ケ原には(ツクシシャクナゲの)記録があるが、私はまだ見ていない。同定についてはかなり混乱がある。ホンシャクナゲとの違いは葉裏の毛の多寡ではなく、毛の形である。毛の形は顕微鏡でなければわからないが、肉眼的また触覚的には、ホンシャクナゲは毛が葉に圧着していて、ほとんど毛の層の厚みを感じない。ツクシシャクナゲは毛の層が厚く、ふわふわしてスポンジ状である」とツクシシャクナゲとホンシャクナゲの相違点を示し、大台ヶ原にツクシシャクナゲは見られないと指摘している。

  ところが、大台ヶ原周遊道のシオカラ谷から大蛇嵓に至るシャクナゲ廻廊のシャクナゲ群落についてはずっと以前からツクシシャクナゲの群落であるとし説明板が立てられている。私がシャクナゲ回廊を初めて歩いたときからであるから、十年、否それ以上前からこの一帯のシャクナゲはツクシシャクナゲの認識にあった。

  多分、ツクシシャクナゲの判断に至ったそのときも、同じく葉裏の目視と触手によって判別したはずである。観察者が同一人ではないからそこに多少の判断の違いは生じるところであるが、判別を異にするその差において言うならば、どちらが正しいかということは言い難い。実際私なんかも観察してみるが、さっぱり判断がつかない。で、私はこの問題について一つの仮説を立てて見た。それは両観察者の尊厳を踏まえてのことである。端的に言えば、両者の観察は真摯に行なわれ、両当時のシャクナゲの姿によって判断した。言わば、ともに正しい判別をした。私はそのように思う。このことを踏まえ、私の仮説を以下に示してみたいと思う。

  一方がツクシシャクナゲとするのに対し、一方がホンシャクナゲとする見解の違いを考えるに、この問題を解くには調査年月の隔たりがキーワードとしてあげられる。どちらの観察、調査も専門の研究者が当たっているはずであるから、そこに観察者の個人差や優劣を俎上にあげて考察するのは好ましくなく、そこに論点を持って行くのはよくないと言える。そこで考えられるのが、時の移り変わりによるシャクナゲの変質、あるいは変異ということで、それがシャクナゲ廻廊のシャクナゲにあったのではないかということ。この調査結果による見解の相違は、見方という主観的な因子による違いではなく、時の隔たりという客観的な因子による違いの現われということが考えに上って来るわけである。

  そして、なお思うに、時の移り変わりによって紀伊半島の自然環境に変化がもたらされ、シャクナゲの植生にもそれが及んで変化が生じ、ツクシシャクナゲがホンシャクナゲの形質に変異して両者の中間タイプが現出し、観察者の見解に混乱を招く結果になった。これは私の個人的な推論によるもので、大台ヶ原のシャクナゲ廻廊のシャクナゲ問題はこのようにも考えられる次第である。この考察からすれば大台ヶ原のシャクナゲはツクシシャクナゲを母種とする変種の中の新変種で、オオダイシャクナゲ(大台石楠花)とでも名づければよいようにも考えが進む。

  シャクナゲはツツジ科ツツジ属に含まれるツツジの一種で、ツツジの形質を有し、主に北半球の亜熱帯から亜寒帯に広く分布し、世界に数百種、日本列島にも分布域を限りながら変種を含め十種前後が自生している。ツクシシャクナゲとホンシャクナゲのように分布域の重なる種も見られるが、シャクナゲは地域的変異が顕著で、ほかのツツジ類にも言えることであるが、自分を変えて環境に適合してゆく柔軟性をもった涙ぐましい植物としてシャクナゲのあることが、大台ヶ原のシャクナゲ廻廊のシャクナゲが投げかけているシャクナゲ問題を解くカギにもなり得ると考えられるわけである。

  例えば、年月を隔てたことによる変質、変異の理屈が、シャクナゲの特徴の一つとしてある亜寒帯に分布するシャクナゲの常緑広葉樹としての存在に見え隠れしている点である。詳しく言えば、シャクナゲは広葉を貫いて針葉にはなっていないことである。それは葉裏を軟毛で被い、寒さに耐えるべく備えを施していることの証である。寒暖の差が大きく、寒さの厳しい大和(奈良県)の山岳高所では、落葉樹か常緑樹でも針葉樹となるのが植生の自然の姿として見える。だが、ツツジ類、殊にシャクナゲは常緑広葉樹にもかかわらず山岳高所に存在し生育している。このことと大台ヶ原のシャクナゲ廻廊の種を異にする見解の相違問題は関わりがあると見るのが私の仮説のポイントである。

  つまり、大台ヶ原のシャクナゲが問いかけているツクシシャクナゲではなくホンシャクナゲではないかとする問題点にこの常緑広葉樹たるシャクナゲの葉の形質が関わっていると思われるからである。近年、地球温暖化が進み、気温上昇によって標高約一六〇〇メートルの大台ヶ原においても温暖化が進み、ツクシシャクナゲの形質である葉裏に軟毛がびっしり生える特質を必要とするにあらざる自然環境に置かれることとなり、葉裏に防寒の毛が少ないホンシャクナゲに近い判別し難い形質のタイプが顕われて来た。判別に当たった両観察者を信頼すれば、このような考察も出来るのではないかと思えて来る次第である。

  結論的に言えば、温暖化という自然環境の変化にともない大台ヶ原のツクシシャクナゲはその環境に合わせて変質を余儀なくされ、現在に至っているという次第で、シャクナゲ廻廊の事態も生じたと考えられるわけである。大台ヶ原にツクシシャクナゲの形質を明らかに有するシャクナゲが存在せず、ツクシシャクナゲが大峰山脈の高所のわずかなところにしか分布しないという最近の調査報告ともこの仮説は符合する。こうした意味で言えば、紀伊半島のツクシシャクナゲは絶滅が心配される状況にあるということが出来る。これは大台ヶ原のコケ群が貧弱になっている要因にも重なるところである。 写真はツクシシャクナゲ(左・上北山村の大普賢岳の北尾根)とホンシャクナゲ(右・上北山村の大台ヶ原山)の花。私の目視によって判断した。

 

 

  

 


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2017年05月20日 | 植物

<1969> 大和の花 (223) レンゲツツジ (蓮華躑躅)                               ツツジ科 ツツジ属

         

 枝先に主として1個の花芽がつき、その下側に数個の葉芽がつくレンゲツツジ亜属のレンゲツツジは、幹が叢生し、枝が斜めに広がりを見せ、大きいもので高さが2.5メートルほどになる落葉低木で、山地の少し湿り気のある日当たりのよい草地や林縁に生える。花芽は長さ1.5センチほどの長卵形、芽鱗は濃赤褐色で、白毛によって縁取られている。花芽の下側の葉芽は小さく、前述の通り数個に及ぶ。葉芽から成長する葉は長さが10センチほどの倒披針形で互生する。葉の質は薄く、縁に鋸歯はない。秋に紅葉もしくは黄葉して美しい彩を見せる。

 花期は5月から7月ごろで、葉の展開とほぼ同時に開花する。1個の花芽から普通8個、ときに2個から10個の漏斗状花が咲き出す。このように集まって開花してゆく姿に蓮華を連想したことによりこの名があるという。朱橙色の花冠は5裂して直径5センチから8センチになり、日本に野生しているツツジの中では最も大きく、上部の裂片には橙黄色の斑点が入り、華やかである。この花の形や色に赤鬼を連想したことによるオニツツジ(鬼躑躅)の別名もある。蓮華が鬼では様にならないが、里謡に見える「聞いて恐ろし、見て美し」とはレンゲツツジ(蓮華躑躅)への評である。レンゲツツジに言わせれば、「百聞は一見に如かず」であろう。

 本州、四国、九州に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)では自生地が散見され、シカの多い奈良市の若草山や天川村の観音峰で見られるのは葉や花にアンドロメドトキシンやロドヤポニンという有毒物質を含むためシカの食害を受けずにいられるからだろうと言われる。レンゲツツジはツツジの中でもよく知られる有毒植物で、「聞いて恐ろし」はもしかして、この点を教えているのかも知れない。 写真はレンゲツツジ(観音峰と若草山)と花のアップ。1個の花芽から10個の花がついている。右端の写真は裂開したレンゲツツジの蒴果。10月の撮影であるが、既に芽鱗がはっきり見える花芽が写っているのがわかる。 ダム湖静か青葉に四方を囲まれて             

<1970> 大和の花 (224) アケボノツツジ (曙躑躅)                                    ツツジ科 ツツジ属

        

 レンゲツツジ亜属の中で今1種大和(奈良県)に自生しているツツジがある。紀伊半島と四国に分布を限る日本固有の落葉低木のアケボノツツジ(曙躑躅)で、山岳の明るい岩場や疎林内に生え、大きいものでは高さが6メートルほどになる。枝は密に伸び、その先に広楕円形の葉が5個ずつ輪生する。ゴヨウツツジ(五葉躑躅)のシロヤシオ(白八汐)に似るところがあり、花のない時期には間違いやすい。

  花期は4月から5月ごろで、葉の展開前の枝先に紅色が強い淡紅紫色の漏斗状の花を1、2個つける。花冠は直径5センチほどで5裂する。裂片は逆ハート形で、サクラの花弁のように先端が少し凹む。花には全体に丸みがあり、艶やかな彩に加え、柔和さが見られる。雄しべは10個。実は蒴果で夏の終わりごろ熟し、裂開する。岩場や疎林内に生えるので、花どきには遠目にもよく目にすることが出来、「アケボノツツジが新緑に混じり、鹿の子絞りに尾根の斜面を染める」(森沢義信著『奈良80山』)というような表現もなされている。

 福島県から三重県の太平洋側に分布する仲間のアカヤシオ(赤八汐)とは住み分け、大和(奈良県)はアケボノツツジの分布域に当たり、アカヤシオの姿は見られない。両者は花も葉も全体的によく似るので花どきも判別し難いが、アケボノツツジは花柄に毛がないのに対し、アカヤシオには長い腺毛が見られるのでこの点によって見分けられる。

 大和(奈良県)におけるアケボノツツジの分布は、台高山系と大峰山系に集中し、大台ヶ原山、大和岳、白鬚岳、釈迦ヶ岳、大日岳、七面山の一帯に多く見られる。低山にもわずかに生えるが、大半は標高1000メートル以上の山岳に見られるツツジで、台高も大峰も壮年期の岩場を有する地勢にあることが岩場を好むアケボノツツジには好適なのだろう。だが、生える場所が限定的で個体数も限られていることから、奈良県ではレッドリストの希少種にあげられ、白鬚岳に自生するものは分布の北限と見られ、注目種としてもあげられている。

 なお、大和(奈良県)の山岳に見られるアケボノツツジは5月中旬以降が花の見ごろで、そのころ晴天を見計らって出向けば素晴らしい花風景に出会える。その花を思うに、アケボノツツジの右に出るツツジはないと言える。アケボノツツジの名もベニヤシオ(紅八汐)の別名もその花の美しさを愛でてつけられているのがわかる。 写真はアケボノツツジ。群落の写真は大日岳付近での撮影。           推奨すあけぼのつつじの尾根の花

<1971> 大和の花 (225) バイカツツジ (梅花躑躅)                                       ツツジ科 ツツジ属

                   

  次は枝先に葉芽がつき、その下側に数個の花芽がつくトキワバイカツツジ亜属のバイカツツジ(梅花躑躅)を紹介したいと思う。バイカツツジは山地の明るい林内や林縁、崖地などに生える落葉低木のツツジで、高さは大きいもので2メートルほどになる。葉は枝先に互生し、長さが7センチ前後の楕円形もしくは長楕円形で、縁には鈍い鋸歯がある。表面は浅い緑色で、裏面は粉白色であるが、花どきの若い葉は萌黄色のこともある。

  花期は6月から7月ごろで、葉の展開後に開花する。白い花冠は直径2センチほどの皿形で、平開し、5裂する。上部の裂片には紅紫色の斑点が入るものが多いが、裂片の基部に紅色の斑紋が出来るタイプも見られる。この花をウメの花に見立てたことによりこの名がある。花は葉を傘代わりに1個から数個やや下向きに開く。雄しべは5個。実は蒴果で、初秋に熟す。この葉と花の位置関係は雨の多い季節に花を咲かせるバイカツツジの知恵の現われに思える。

  北海道の南部から本州、四国、九州に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)では宇陀市の自生地を除くと紀伊山地の南端部に集中して見られる稀産のツツジで、奈良県のレッドデータブックには個体数が少なく、植生の遷移が懸念されるとして希少種にリストアップされている。  写真はバイカツツジの花(下北山村の林縁)。 時を得て花は咲くなりそれぞれにありそれぞれに照らし照らされ

<1972> 大和の花 (226) ヒカゲツツジ (日陰躑躅)                               ツツジ科 ツツジ属

             

 ヒカゲツツジ(日陰躑躅)は全体的に腺状の鱗片が密生し、枝先に花芽が1個つき、この1個の花芽から数個の花が開く特徴を有するヒカゲツツジ亜属の代表種で、高さが2メートルほどになる常緑低木のツツジである。その名にヒカゲとあり、サワテラシ(沢照らし)の別名を持つが、日陰や渓谷の岩壁だけでなく、冷温帯域に当たる山岳高所の岩尾根にも見え、岩尾根は概して日当たりのよい明るい場所で、風衝地でもあるため、丈の低い群落が目につく。 

 葉は枝先に集まって互生し、葉身は長さが9センチ前後の披針形もしくは長楕円形の薄い革質で、縁には鋸歯がない。花期は4月から5月ごろで、淡黄色の漏斗状鐘形の花冠は直径4センチ前後、5裂し、上部の裂片には緑色の斑点がある。大和(奈良県)おいては自生するツツジに黄色を帯びる花を有するものはほかになく、一見してそれとわかる。雄しべは10個。葯は紅色。

 本州の関東地方以西、四国、九州に分布する日本の固有種で、襲速紀要素系の分布圏を示すツツジの1つで、大和(奈良県)では、東南部に分布域が片寄り、大峰山脈の標高約1750メートルの尾根では岩場を占拠しているものも見える。 写真はヒカゲツツジ。写真左は大峰山脈空鉢岳付近に咲く群落の花。右の写真は沢照らしの名がふさわしい天川村の御手洗渓谷の花。

   如何にあれ心は自由の器なり果して私に私の器 

 

 

 

 

 


大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2017年05月19日 | 写詩・写歌・写俳

<1968> 余聞・余話 「 矢田丘陵の丘の道を歩く 」

        楢枯れは現代の影瑕疵のごと芽吹くことなく五月となりぬ

 このほど、久しぶりに矢田丘陵の丘の道を歩いた。道は以前とそれほど変わっていなかったが、歩いていて二点感じることがあった。一点はやたらに小バエが多く、付き纏って来ること。これは大峰の山々なんかでも言えることであるが、この小バエについてはイノシシやシカなど獣の多い山に見られる現象であるというのを聞いたことがある。私の体験でもこの言葉は概ね当たっていると言える。

 この小バエは、大峰では六月ごろになると現われ、汗を掻くと寄って来る習性がある。これは獣臭に似る汗の臭いに誘われるのに違いない。歩きはじめは何ともないが、汗を掻き始めるとうるさく付き纏って来るようになる。追い払わずにいると、ときに噛みつき、噛まれると痒みを生じ、その症状は一週間ほど続く。特に襟首から耳許を襲って来るのでそれなりの対策を講じて歩くが、矢田丘陵では薮蚊に襲われることはあったが、小バエの体験は今回が初めてで、隙を衝かれたという感じである。

 この小バエの状況は、最近、矢田丘陵にイノブタが増え、農作物に被害を及ぼしていることに関わりがある現象だということがとっさに思われた。被害に遭っている農家の人に聞くと、普通のイノシシではなく、生駒山系から平群谷を越えて矢田丘陵に棲息域を広げたイノブタだという。イノブタはイノシシとブタをかけ合わせたもので、飼っていたものが何らかの理由によって、野生化し、繁殖力が旺盛なため増えているという。

                

 今一点は、コナラ(ナラ)の高木が丘陵のそこここで立枯れているのが見られることである。これは近年大和(奈良県)で広がりを見せているナラ枯れの現象である。ナラ枯れはカシノナガキクイムシという甲虫の繁殖によって起きる現象で、この虫がブナ科のコナラ(ナラ)やカシ類の幹に取りつくとナラ菌を媒介し、これによって幹の木地が細分化され、細かくなった木地の屑がナラ菌とともに幹の道管を詰まらせ、水分の補給が出来なくなった木は枯れてゆく。

  被害に遭ったコナラ(ナラ)はほとんどが芽を吹くことなく、枯木の状態に陥いるので、この時期になるとよく目につく。中には少し葉の残っている高木も見られるので、ナラ枯れの状況は進行中と思われる。いつまで続くのか、奈良県におけるコナラ(ナラ)は大きな打撃を受けていることが知れる。これは人が山に入らなくなり、山の放置状態が続いていることに関わりがあるのに違いない。山の管理放棄や放置は時代の推移であるが、山に意識を向けない現代社会の一端の現象とは言える。

 私のような山歩きをするものが虫に襲われて痒みに悩まされるなどは個人的なことでどうでもよいように思われるが、これが田畑を荒らすイノブタの勢いによるということに話が繋がって来るから楽観的にはなれないところがある。クマの出没などにも関連するが、これは一端の話で、自然環境という根本の問題にも繋がって来る。「アリの一穴」の例なきにしもあらずということが思われたりする。 写真はナラ枯れの被害が虫食い状に広がる矢田丘陵の雑木林(松尾山付近)。


大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2017年05月15日 | 植物

<1964> 大和の花 (219) コバノミツバツツジ (小葉の三葉躑躅)                      ツツジ科 ツツジ属

                   

 今回からは花芽と葉芽が混在する冬芽(混芽)を有し、葉が枝先に3個から5個輪生するミツバツツジ亜属のツツジを紹介したいと思う。葉が枝先に3個輪生するミツバツツジの類は地域的変異が著しく、判別し難い個体もあるが、各種の特徴をうかがえば見分けられる。まずは大和(奈良県)に多く見られるポピュラーなコバノミツバツツジ(小葉の三葉躑躅)から紹介したい。

 コバノミツバツツジは海岸地から丘陵地、または低山帯を主に領域とし、日当たりのよいところによく見られる落葉低木のツツジで、高さは大きいもので4メートルほどになる。冬芽(混芽の花芽)は1センチほどの楕円形で、褐色の伏毛に被われ、時が来ると葉芽が現れる。枝先に3個輪生する葉は広卵形乃至は菱状卵形で、ミツバツツジよりも少し小さいのでこの名がある。

  花期は3月下旬から4月ごろで、葉の展開前に紅紫色の漏斗状の花を咲かせる。花は枝先に1個から3個つき、5裂する花冠は直径4センチ前後で、雄しべが5個のミツバツツジより多く、10個に及ぶ。花糸と花柱は無毛。子房には白い長毛が見られる。萼や花柄にも白い毛が密生する。実は蒴果で、初秋のころ裂開する。

  本州の静岡県西部、長野県南部以西、四国、九州に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)では全域に見られ、二次林の雑木林やその林縁に多く、冬色が残る景色の中で明るく艶やかに春を告げる。コバノミツバツツジには3つのタイプが見られ、長野県南部から紀伊半島、中国地方、四国、九州に見られるものは実に真っ直ぐな剛毛が生え、狭義にはアラゲコバノミツバツツジと言われる。

 なお、 『万葉集』の高橋虫麻呂の長歌(巻6-971)に詠まれている龍田道(奈良県三郷町付近)の丘辺の丹つつじは桜花(ヤマザクラ)と同時に見られる花として詠まれているところからヤマザクラと花期を同じくするコバノミツバツツジではないかと考えられる。 写真はコバノミツバツツジ。左から奈良市東部の大和高原、矢田丘陵、生駒市の郊外での撮影)。  個々にある花は命の存在でそれぞれ未来を指して咲きゐる

<1965> 大和の花 (220) トサノミツバツツジ (土佐の三葉躑躅)      ツツジ科 ツツジ属

        

  ミツバツツジ亜属の落葉低木で、高さは2、3メートルになり、冬芽は長楕円形で1.5センチほど。枝先に葉身の長さが4センチから8センチの広菱形の葉を3個輪生する。花期は4月から6月ごろで、葉の展開前に紅紫色の漏斗状花を咲かせる。花冠は5裂し、直径3センチほどで、枝先に2、3個つく。雄しべは普通10個。花糸の下部には粒状突起がまばらにつき、花柱は無毛。子房には腺状突起があり、毛はないか、まばらにつく。実は蒴果で、秋に裂開する。

  本州の岐阜県西部、滋賀県東部、紀伊半島、四国の徳島、高知両県に分布する日本の固有種で、高知県の産地に因み、和名には旧国名の土佐が冠せられた。大和(奈良県)では襲速紀要素系の分布域に当たる吉野川流域の南側に集中して見られ、低地から標高の高い山岳の尾根筋まで自生している。大和(奈良県)に分布するものは、雄しべが「5~10本の間で変異し、7~9本であることが多い」(森本範正著『奈良県樹木分布誌』)という報告がある。 写真はトサノミツバツツジ(左から護摩壇山1300メートル付近、釈迦ヶ岳1650メートル付近、天川村700メートル付近)。コバノミツバツツジよりも花が密な印象を受ける。  黒揚羽意志まっしぐら渓を越ゆ

<1966> 大和の花 (221) オンツツジ (雄躑躅)                                        ツツジ科 ツツジ属

        

  ミツバツツジ亜属の落葉低木もしくは小高木で、大きいものでは高さが8メートルほどになる。花芽は1.6センチ前後の楕円形で、軟毛と腺毛が生える芽鱗は花後も残る。葉は菱状円形もしくは卵円形で、葉身は大小見られるが、大きいもので長さが8センチほどになる。先は尖り、紙質で光沢がなく、枝先に3個が輪生する。

  花期は4月下旬から6月ごろで、葉の展開前か同時にヤマツツジに似た朱赤色の漏斗状の花を咲かせる。花冠は5裂し、直径5、6センチで、上裂片に濃い斑点が見られ、枝先に1個から3個つく。花がヤマツツジに似るので間違われやすいが、葉の展開があれば、違いは容易にわかる。

  近畿地方南部から四国、九州に分布する日本の固有種で、普通海岸近くの山地に自生する。海に面しない大和(奈良県)では最南部の下北山村や十津川村の河川や渓谷沿いでわずかに自生しているのがうかがえる稀産種である。大和(奈良県)における分布はウンゼンツツジ(雲仙躑躅)に似るが、ウンゼンツツジとは自生場所を異にしている。どちらの領域にもモチツツジが見られ、モチツツジの勢力圏が思われる。

  オンツツジ(雄躑躅)の名は雄雌のおんとめんからもたらされたもので、フジ色を思わせる小柄な花を咲かせるフジツツジ(藤躑躅)のメンツツジ(雌躑躅)に対してつけられたもの。オンツツジはその名の通り、花がひと回り大きい印象を受ける。ツクシアカツツジ(筑紫赤躑躅)はオンツツジの別名で、メンツツジの別名ヒュウガツツジ(日向躑躅)の名からは筑紫美男と日向美女が想像され、その名への思い入れが伝わって来る。 写真は下北山村の渓谷沿いに稀産するオンツツジとその花。  若葉とは萌ゆるべくある存在感まさに日差しを浴びて輝く

<1967> 大和の花 (222) シロヤシオ (白八汐)                                          ツツジ科 ツツジ属

         

 山地の疎林内やブナ林下、あるいは岩場に自生するミツバツツジ亜属の仲間で、落葉低木乃至は落葉高木で、大きいもでは高さが8メートル以上に及ぶ。古木になると幹の樹皮が細かくひび割れマツ(松)に似るので、マツハダ(松肌)の別名がある。また、枝先に卵状菱形の葉が5個輪生することから、ゴヨウツツジ(五葉躑躅)とも呼ばれる。ゴヨウツツジは敬宮愛子さまのお印で知られる名である。

 花期は5月中旬から6月ごろで、葉の展開とほぼ同時に白い漏斗状の花を枝先に1個から3個つける。花冠は5裂し、上裂片に緑色の斑点が入るものと入らないものがある。雄しべは10個、葯は黄色、花糸の基部以外は無毛で、爽やかな印象の花である。シロヤシオ(白八汐)の名はこの白い花によるもので、アカヤシオ(赤八汐)と対の名として知られ、八潮染めに由来する。

 本州の岩手県以南の太平洋側と四国に分布する日本の固有種で、大和(奈良県)では吉野川流域以南の主に山岳に見られ、標高1200メートル以上の大台ヶ原山の一帯や大峰山脈の尾根筋に多く自生している。この花が咲き始めると大和の山岳は夏を迎える。

 なお、御杖村の三峰山(みうねやま・1235メートル)ではシロツツジの名で呼ばれ、花期には花を目的に訪れる人も多い。大台ヶ原山の一角では白い花に淡紅色の太い条が入る個体が点在して見られ、私はオトメツツジ(乙女躑躅)と名づけて呼んでいるが、花の時期に紅色系のヤマツツジ(山躑躅)やアケボノツツジ(曙躑躅)がすぐ近くでほぼ同時に花を咲かせるので、自然交配した可能性も考えられる。

                                            

 上段の左3枚の写真はシロヤシオの花(天川村の大峯奥駈道、標高1400メートル付近)。上段の右端の写真は花冠の裂片に淡紅色の太い条が見える花。登山道の傍で3本ほど見られる(大台ヶ原山)。下段の写真は近接して花を咲かせるシロヤシオとアケボノツツジ(2017年6月10日、大台ヶ原山石楠花回廊付近)   大峰の夏の扉を開くごと五葉躑躅の白妙の花