夢の介音楽夜話

音楽、アート、グリーン、クラフトなどなど徒然なるままに

ポポー

2015年06月30日 | 日記・エッセイ・コラム



子供の頃食べたものをいつまでも記憶にとどめて忘れないのは男性の習性かしら。
同県人で同じような体験をして50年後に土地を入手して栽培を始め、出荷するまで至った人がいる。

果樹「ポポー」はアメリカ原産だそうな。
近年ホームセンターに出回っているし、品種が結構あることも最近知った。

ビワのような大きめの葉をつけて落葉する、青いユーモラスな形の実がついてやがて落果する。
落果したものが完熟しているようで実が柔らかい。

美味しいかどうかは個人差があると思う。
バナナのような香りがして大きな種がたくさん入っていてアボカド状の実が美味しいと感じる人とそうでない人とがいる。

我が家にも2本植わっていたが、2本以上ないと実がつかないと聞かされていた。
落果した実を拾ってはみるが誰も食べない、台湾で暮らした経験のあるご近所の方がお好きでよくお届けしたものだ。

なぜ我が家に植わっていたのか、今となっては知る術はなく、アメリカから帰国した祖父の兄の子孫が八丈島にいることとなんらかの因果関係があるのかしらと想像したりしている。

その昔、飢饉に備えて柿の木を農家に植えさせたという謂れがあるようにアメリカの非常食だったのかもしれない。
「パンの木」を求めてタヒチに軍艦をやりカリブ海で栽培させようとした英国のロマンを思い出す。

こうしたトロピカルな植物を眺めているのは楽しい。

パラダイスに思いを馳せるひとときがいい。






幻の果実ポポー

幻の果実、ポポーの品質と皮の剥き方、切り方、食べ方。

これならできる

2015年06月28日 | 食・レシピ


凡そ料理とは手間を惜しまないことか。
面倒なことが嫌いな男が案外はまってしまうのかもしれない、釣れもしない釣り糸をいつまでも垂らす人が案外短気な人であるように。

男の料理には、道を極める達人の域と必要に迫られやむなく行う料理、そして世の中のためにならない夢追い人の世界がある。
レシピ通りにやれば大方うまくいくはずの手順は、やっていくうちにレシピ通りにやりたくない誘惑にかられる。

少なくとも2回目以降は、なんらかの創意工夫、いたずらをやらないと気がすまない。
で、失敗する、またトライする。

料理はやらないが、自分で育てた果菜類を使ったジャムや蕗味噌といったものに挑戦してきた。
最初はレシピを参照するのだが、そのうち見なくなる。
これは譜面を見ながら弾いていたものが見なくなる音楽と同じだ。

もっとも素人の「いたずら」は崖っぷちに立った極め人のような苦悩がない代わりに、食材や器具、設備、脚の綺麗なアシスタントなどないものだらけの環境でやらざるを得ない。
そこで失敗しようが、何しようがおかまいなしに王道を外れる冒険をやる。

そのうちに自分なりのレシピが出来上がり分量などはいい加減として手順は諳んじて言えるようになる。


先般郷里の同年の方からおばあちゃんの話を聞いた。
郷里では駄菓子屋でいわゆる「B級グルメ」を提供することが一般的に行われていた。

つまり駄菓子屋の一角に設けられた鉄板の上で「お好み焼き」や「焼きそば」を作ってくれるのだ。
確か、5円とか10円といった硬貨を握りしめた子供達がおやつやお昼がわりにテーブルを囲む。

どうやら「餃子」を出すところもあれば「いなり寿司」やら「おでん」を出すところもあったという。
彼の家は通りに面した駄菓子屋であっておばあちゃんがこの「B級グルメ」の食の達人であった。

郷里の「お好み焼き」は広島風と異なり生地が薄い。
おまけに紅生姜や沢庵、ネギ、干しエビが入っている。
これらの食材は安価で大量に入手できる地元の産品であったと思う。

そして紅生姜と沢庵は見たことがないくらい細かく切り刻まなければいけない。
薄くクレープのように焼きあがったお好み焼きをひっくり返して「ウスターソース」を塗る。

その上にアオサとダシ粉をまぶして両サイドから折りたたむ。
長方形になったお好み焼きにさらにソースとアオサとダシ粉をかけ、金属ヘラで筋目をつけて出来上がり。

お持ち帰りは、経木にのせて、さらに新聞紙で包んで持ち帰る。
この経木の香りとお好み焼きの放つ全ての香り、ネギ、ベニ生姜、沢庵、干しエビ、ソースと小麦粉の湯気が立つ香りたちとの相乗効果によって当時の子供達の最高のご馳走だった。
もっともこれは駄菓子屋に通わせてくれた庶民の子供の世界の話で、深窓の令嬢はご存知ないかもしれない。


彼のおばあちゃんはそうしたメニュ全ての達人だったという。
話を聞いているだけでおばあちゃんに会いたくなってきたし作品をいただきたくなった。

残念ながら現在はお店は閉店してついこの間まであった鉄板も処分されたようだ。
おそらく私と同年代の郷里の友はこの「B級グルメ」にノスタルジーだけでない「美味しい記憶」があるだろう。

そしてこの「B級グルメ」たちはお店によって少しづつ味の違いがあったようだ。
家にいる主婦が片手間に始めた駄菓子屋でお好み焼きを作るわけだからおそらく戦後思い思いのやり方でレシピが出来上がったのだろう。

郷里の「餃子」消費量は日本一の栄誉に輝いたようだが、お好み焼きや焼きそば、煮込みおでんといったチープなB級グルメを提供するスポットが見当たらないのが寂しい。




簡単「梅干し」の作り方(ジップロックで漬けて瓶で干す) - How to make Umeboshi

「栗ご飯」の作り方(炊飯器レシピ) - How to make Chestnuts Rice (Kurigohan)

ジャーサラダ(メイソンジャーレシピ)の作り方 - How to make a Mason Jar Salad

いなり寿司の作り方(レシピ) - How to make InariZushi (Inari Sushi)

夏みかんピールの作り方(レシピ) - How to make Candied Natsumikan Peel

同じ時代を生きる

2015年06月27日 | 音楽


「マカハ・サンズ・オブ・ニイハウ」の繰り出すグルーヴは素晴らしい。
彼らが出てきた頃のウォシュタブ・ベースの牧歌的な味わいから、いつしか強力なリズム隊のグループに変身した、、、ように見えた。

スキッピーとイズの両巨体がハワイを象徴するようだった、若くしてワル、きっと女の子にもてたに違いない。
計算していないような流れるコーラスも素敵だ。
ジャズコーラスのように「こんなに綺麗にハモっています、どうですか?」ではなく、満天の星のよう、どれが主旋律なのかわからないようなコーラスがいい。

ハワイには素敵なバンドがたくさんいるが、彼らは彼らの世界を築きロコたちの熱狂的なファンを獲得していた。
それはハワイという国と住人に許される特別な世界だったのかもしれない。

リズムのあるグループに変身して、コーラスが一層前面に出てきた。
そして「IZ」のソロ活動へ。

「IZ」のソロ活動では彼のボーカルはもとより、アレンジとウクレレの存在が光っていた。
巨体に抱えられ小さく見えるウクレレはおそらくテナーサイズで、簡単に弾いているようだが結構厄介なことをやっている。

「Mountain Apple Company」が彼のウクレレを歴史のなかで一つの時代を作ったとして評価している理由がわかる。

同じ時代を生きて数多くの作品を残し、若くして去っていったミュージシャンたち。
言いようのない寂寥感を背負いながら、しかし彼らの夢はいつまでも忘れない。

ただ同じ時代を生きてきたからと言って、誰もが同じ価値観を持ち合わせていると思ってはいけない。
十人十色、顔が皆違うように楽しみ方も人それぞれであることを。
自らに言い聞かせなければいけない。

サニー・チリングワースのスラックキーとボーカルを聴きながらクルマを走らせ、つきあってきた音楽と人と時間の流れを感じた一日。
人は移ろいやすい生き物だ。








THE MAKAHA SONS OF NI'IHAU - Ka Lama 'Ae One - マカハサンズ

The Makaha Sons of Ni'ihau - Hawaii 78 - Live 1987 - マカハサンズ

Sailors of Fortune - The Makaha Sons of Ni'ihau - Live 1992 - マカハサンズ

へ・アロハ・メレ

2015年06月26日 | 音楽


フラを楽しむMさんから「He aloha mele」という曲を知っているかと問われた。
瞬時に思い浮かぶのは「ピーター・ムーン・バンド」の演奏だ。

「Malie」という鮮やかなグリーン系のジャケットは名盤だろう。
なんと長女の名前にアルバムタイトルをいただいた人がいるくらい当時のインパクトは大きかった。

改めて作曲者を調べれば「Iva Kinimaka」というミュージシャンの作。
もちろん多数のカバーがある。

何か語りかけているような曲調、しかしハワイらしさが溢れている。
いつまでもリフレインが続くようなそんな哀愁を帯びているようでもある佳曲だ。

「ピーター・ムーン・バンド」の演奏が印象に残っているのはボーカリストの声質がこの楽曲にぴったりだからだろう。
ねちっこくなくさわやか、主張するわけでもなく風のように歌う。

紹介できないが、「ケオラ・ビーマー」のアレンジも素晴らしい。
気品があって荘重、ガットギターの響きは、単純な「C」とか「 F」というコード以外の複雑なコードを使っているのではないかと思わせる。

それにしてもこの頃の「ピーター・ムーン」の活躍は目覚ましかった。
ちょうど「ライ・クーダー」の来日と前後していたかもしれないが、ライの超絶ギターテクとピーターのスパニッシュを思わせる高速リフは日本のギター少年たちの心をつかんだ。

派手なギターワークはやや引きたくなるような嫌いもあったものの「ピーター・ムーン・バンド」以降の精力的なアルバム発表を見ていると世界に向けて発信していることを認めざるを得ないような気がしてきた。
ドラムスやキーボード、ホーンを取り入れるなどそこまでしなくていいのにと思ったが、そこまでしてポピュラーになってほしいという思いがあるのかと考えを改めた。

結局ショーマンシップというのか、サービス精神の発露がそういうアレンジや演奏を生んだのだろう。
息をもつかせぬ演奏ぶりはそうした彼の思いが行き着くところだったのかもしれない。

ギャビィ・パヒヌイを師と仰ぎ、バックアップを貫き、ハワイ発ミュージックを世界に発信した。
そんな人が「オレが、オレが」という人でなかったということは残された映像を見てもわかろうというもの。

ジュニア、子供の仕上がりは、親の生き様とリンクするような気がするのだ。






Peter Moon Band: Slack Key Boogie Woogie

Hawaiian Soul by The Peter Moon Band

Peter Moon Band - Tropical Storm Videos ①

He Aloha Mele by The Peter Moon Band

塩梅

2015年06月25日 | 食・レシピ



「干す」という加工はもっぱら保存のために行われたのだろう。
畑の一角に設置されたイーゼル状の木枠にうず高く積まれた大根が干される光景は郷里の風物詩だった。

最初は「保存」のために行われた「干す」プロセスから、「梅酢」のような副産物が生まれる。
「切り干し大根」は生の大根とは異なる食感や味覚を味わえるし別物の食品といっても良い。

梅酒作りは一般的に行われているが、そんなに梅酒は飲めるものではないのである時から「梅干し」作りに挑戦した。
専門家による著書を求めて勉強したが、採集の仕方から洗いかた、下処理の細かい指導が書かれておりセオリ通りにやるのは大変で奥深い。

何より大気の汚染により水洗いでは落ちない汚れが梅の実に付着している。
「焼酎」で洗うとその汚れが明らかになる。
「焼酎」は、梅の実のクリーニングから、容器の殺菌、カビの予防など用途は広い。

「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」と言われるように、梅の木の剪定は重要だ。
梅に限らず「剪定」が果樹栽培の重要ポイントであることは間違いない。

肥料や消毒以前に剪定により「樹枝に陽を当てる」こと「成らせたいところに実をつける」ために重要だ。
害虫による斑点などを避けるためにはシンプルな枝ぶりに仕立てなければならない。


「梅干しは完熟した梅から作るべし」という農家の主張を聴いて真似してみた。
つまり成っている梅をとるのでなく、完熟して落ちた実で梅干しを作るのだという。

専門家は梅の樹の周囲にネットを巡らせて落ちた梅を収穫するらしい。
そして完熟した梅は確かに柔らかくて美しい。


「一夜干し」がやりたくて専用ネットを求めて試してみた。
そう、ハエをシャットアウトする箱状の網でできたヤツだ。

梅雨の今、日照時間は少ないが、下ごしらえしたスルメイカが太陽の恵みによって変化していくのがわかる。
たった一昼夜でスーパーで売っているような「一夜干し」ができる。

手間や面倒を惜しまなければ市販の一夜干しの半額程度で作ることができる。
ただし庭先にあの「釣り師のお供」みたいな網カゴがぶら下がることのお許しを上司から得ておいたほうが良い。

いづれの食品加工も塩を使うが、この加減が難しい。
少ないとカビが生えるなど失敗するし、多すぎるとしょっぱくて結局口にしなくなる。

「塩梅」とはよく言ったものだ。










梅干しの作り方 【JA紀州】

お魚の保存法 ~干物を作る~

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