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もう一つの春 32

2007-02-11 10:33:24 | 残雪
春子はされるがままに任せていた。寺井の指が時折きわどい部分に触れる事もあったが、やはり懐かしさが先にたって嬉しい気持ちが上回っていた。
タクシーが一台停まっているのが見えたのでそれに乗ったが、手をずっと握ったままで、景色を眺めるよりも気持ちが昂ぶり、体を寄せ合い、何も語らない分求め合う意識が強かった。
10分程乗るともう目的の旅館に近づいていた。
「女将さんはいま忙しいので、後で挨拶に来るから先に旅館に連れて行く様に頼まれたの」
春子はそう言って先に車を降り、森の中としか見えない雪の木立の間をどんどん歩いていく。
「すごい景色だね、本当にここ旅館なの?」
「そうよ、六千坪もあるんだから」
笑いながらとても楽しそうな彼女の歩く姿を、後ろから着いていく自分はどういう存在なのだろう、と寺井は訝った。
真ん中に池があり、そこを囲むように古い木造の建物が離れ離れに建っている。
「ここはね、明治、大正、昭和各時代の建物が現存して、再現したものもあるけど、今も使われているのよ」
「この墨絵の世界によくあっているね」
「私、ここの景色を知って雪が好きになってきたの」
「君が別世界だ、って知らせてくれた意味が分かったよ」
この温泉地名の由来になった杉木立が旅館の周りを囲んでおり、きっと四季折々、人々の心に沁み入る景観を展開してくれるのだろう。
寺井の案内された建物は、昭和の間らしかった。
「古い方の建物は大人数用なのよ」
「そう、でも、此処もとても情緒があるよ」
「この旅館は二人以上の宿泊施設になっております」
「じゃあ、僕の場合はどうなるの?」
「あら、二人じゃない、私と」
「君と・・・」
「そういう風にして貰ったの」
そう言うと春子は、寺井の胸にしがみつく様な格好でもたれ掛かってきた。
庭園の雪景色を背景に、着物がとても艶かしい。
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