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武蔵野物語 66

2011-05-22 21:06:53 | 武蔵野物語
「ここライブハウスでしょ」
「そうです、来たことあるんですか?」
「いや、赤坂は初めてだけど」
「いきつけの場所は、どこなんですか」
「そんなには行ってないけど、国分寺は家からも近いから」
「国分寺、行ってみたいな、吉祥寺は時々遊びに行くんですよ」
誠二は、この間君のお父さんと一緒に行ってきた、とよほど話そうかと思ったが黙っていた。
「きょうのアーティストさんと友達なんだけど、実は私も時々唄っているんです」
「じゃあ、プロなの?」
「まだ卵です」
「へえ、驚いたね」
「ギターの弾き語りなんです」
「曲も自分で作っているの?」
「まだ少ないですけど、人前で唄えるのは5曲になりました」
「すごいね、5曲入りのCD出来るじゃない」
「出せたら嬉しいですけど、まだまだですよ」
「聴かせてよ」
「皆が終ってからなら1曲ぐらい唄わせてもらえそうだけど、2時間後くらいになりますよ」
「楽しみだな」
誠二は佳子の別な一面を垣間見て、女性は本当に分からないな、と自分の甘さを再認識した。
予定のメンバーが唄い終わるともう22時を過ぎていたが、途中で帰るひとはいなくて、佳子が飛び入りで唄い出した。
シンガーソングライター佳子の唄は、ひとの魂に直接問いかけてくる一途さがあった。
どういう経験を積んできたのか、この若さで誠二の心を捕まえに来る力強さは尋常ではないはずだ。
1曲で終えるはずが、アンコールの拍手でまた唄いだした。
今度は切ない恋の唄で、あなたからの便りを待っているという、若い女性らしい曲は誠二にとっては微笑ましく感じられた。
唄い終わって誠二の隣りに座ると、周りのひと達は好奇の目で2人を見ている。
「僕なんかとあまり仲良く見せない方がいいんじゃない?」
「構いませんよ別に、話しているだけなんだから」
佳子の表情が、女になってきた。