毎週小説

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武蔵野物語 73

2016-02-13 18:01:59 | 武蔵野物語
ゆりこが近づいていくと、男は立ちあがって会釈した。
「根本です、ご足労かけてすいません」
「いえ、確か井坂さんとは知り合いだとお聞きしましたが」
「そうなんです、それも仕事の関係で偶然会いましてね、10年ぶりかな」
井坂とは遠い親戚にあたるそうだ。大柄で肥っていて、井坂とは全然似ていない。
「井坂君にこの店を調べてくれ、と頼まれましてね」
根本は不動産と探偵の仕事をしているという。
実家は貸ビルを持っていて遊んで暮らせる身分だ、と井坂は笑って話していた。
「それで早速調べてみたのですが、店の売り上げは悪くないのですが、売る話も聞こえてきましてね、店は私も知っている不動産会社の持ち物なんですけど」
今日は女将の姿は見あたらず、アルバイト風の女性二人が接客している。
「その会社の経営問題なのでしょうか?」
「そうだと思います、いい噂は入って来ないんですよ」
ゆりこは早く帰って父に話たくなり、丁重に礼を言って店を出た。
家に戻ってみると部屋の明かりはついていたが、父はいなかった。
体の調子がまだよくないので、椿以外の店には行きそうもないから、気掛かりだった。
探しに行こうか迷っていた時、メールが届いたので開いてみると誠二からで、黒木が行方不明になったらしいと連絡してきた。
誠二は黒木の娘佳子から聞いたのだが、関係を持ってしまった彼女の事は後悔しても、また中途半端な状態を作ってしまった。
ゆりこは詳しく聞きたくて、聖蹟桜ヶ丘のカフェで会う約束をし無線タクシーを頼んだ。
店に入ると誠二は来ていて、ゆりこが近づくと一方的に話し出した。
「中国で行方不明になっているんだ、不動産の商売も向こうはかなり悪いそうだよ」
「家族はいるの?」
「娘が東京にいるけど、実は仕事の関係で彼女と知り合いになって、それですぐに分かったんだ」
ゆりこは誠二が都合の悪い時、必ず下向きに話すのをよく見ていた。


フクロウの街 4

2016-02-06 21:32:08 | ヒューマン
啓子はこの頃つけられているのを感じていた。元夫の新井武志はうつ病の時はおとなしいが、治っていると自殺未遂や奇行を繰返している。完全に治る病気ではなく夫婦の営みも不可能で、考えた末に離婚したのだが、武志は未練があるようだ。
買い物途中でも離れた所から見ているだけで近寄ってはこない。
山路にまだ話していないが、知られたくはないので、しつこくなるようなら何かしら手を打たなければならない。

山路は指定された日に丸一倉庫に出社した。
ごく簡単な挨拶の後、事務所の出口に一番近い椅子に座らされ、午前中は仕事の説明とパソコン操作を教わり、書類の入力を始めた。
昼休みは近くの蕎麦屋に行くことにしたが、外出の時倉庫の従業員を数えてみても12人しかいなかった。全員男で会話はほとんどなく、アルバイトの様にみえた。
午後も同じ内容の仕事で飽きてきたころ、先日面接で会った大沢所長がやってきた。
「ちょうど3時だから休憩にしましょう」
と言って近くの喫茶店に連れていかれた。
「ここは臨時の倉庫でね、市川に新しい物流倉庫があるんだ」
「書類を見ましたら工業部品の様ですが、何の部品なんですか?」
「とても特殊な精密部品でね、これだけの精度をだせるのは日本中でもそんなにありません」
「英文のインボイス(書類)がありますね」
「国内よりも輸出のがずっと多いんですよ」
17時になり、残業もないのですぐに帰ると、啓子が夕食の支度をしていた。
「あら早かったわね、もうすぐできるから、仕事どうだった?」
「内容は簡単でやりやすいけど、女性向きじゃないかな」
「そうかしら、でもこれから忙しくなるって言ってたわ・・そうそう、話は変わるけど、保険に入らない?」
「保険、入院の?」
「総合保険ね、これ1つで安心よ、いま入ってないでしょう」
「共済だけだけど、掛け金が安いし」
「それだけじゃ足りないわ」
山路は困ってしまった。