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東京の人 66

2013-02-02 22:47:32 | 残雪
かおりはいまの職場に不満はないが、違う勤め先を探してもいた。
周りの人達と仲良くなるにつれ、自分の生い立ちや環境を知られるのが負担になり、今までもそうだったように、1人でいるのが一番安心していられる、殻に閉じこもる生活に戻りたかった。
アルバイトに来ている同じ年の仕事仲間から、夜のライブハウスでウエイトレスを募集している、と教えてくれた。
四谷にある、もう40年以上も続いている老舗だそうだ。
あまり大勢いる組織の中では働きたくなかったので、不安はあったが、寺井に内緒で面接を受けにいった。
四谷交差点を新宿方向に歩いて左側に入ると、若葉町の住宅街になり、その一角にある小さな店で、見つけにくい場所にあった。
ためらいながら店のドアを開けると、中は20人も入れるか位の狭さだったが、不思議と気持ちが落ち着く空間で、第一印象は悪くなかった。
結局その場で、来週から出勤する事で契約をした。
寺井が知ったら反対する可能性が高いと思ったからだ。
かおりは寺井に惹かれながら、反発する気持ちが同時に起こっていた。
春子とのことは大体分かっている。
でも一緒に暮らしていると擬似夫婦みたいな形になり、寺井も願っているかのような、際どい夜も何度かあった。
しかしその先には進んでいかない。
かおりはいつそうなってもいいように心構えは出来ていたが、寺井は相変わらずいいかげんなままだ。
一層のこと、本当に独立しようと考えるものの、まだ自信はなかった。
寺井に頼りきりの自分が情けなく悔しかったが、本当に別れるつもりはまだないのだ。
「私、来週から、違う仕事をするの」
「違う仕事って・・もう決めてきたの?」
「ええ」
「そう、いまのところで何かあったの?」
「そうじゃないの・・ただやりたいなって思って」
寺井は、かおりが自分の意思で決めた事に反対はできなかった。