毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 74

2016-04-06 12:09:47 | 武蔵野物語
誠二と今後の打ち合わせをしてすぐ家に戻ったが、父は帰っていなかった。
ゆりこは胸騒ぎがして落ち着かず、何も出来ずに時間が経ち、うとうとしていると電話が鳴った。
府中にある病院からで、今日緊急入院したが説明したいので、できるだけ早くきてほしいとの事だった。
今は安定しているそうなので、明日の朝にいくつもりで横になったが、眠れなかった。
翌日8時30分に病院に着き、受付で脳神経外科に案内された。
「昨日の段階では軽い脳卒中の症状が表れていたのですが」
若い担当医が話し出した。
「実は今朝になって脳出血があり、現在意識が戻っていない状態です」
「意識が、それでどうなるのでしょうか」
「意識がいつ戻るかは、現在は分かりません、いままでに何度か前兆があったのではないかと考えられますが、気がつかれませんでしたか?」
ゆりこは父と顔を合わせるのを避け、休日は出かけている様にしていたのを後悔した。
その日は病院に泊まる準備をするため急ぎ家に戻った。
誠二からメールが何回か入っていたが、返信はしなかった。
現実に父が倒れてみると、実の父とは違うのだが、そのせいか異性に対するいとおしさに近い感情が湧き出て、母の気持ちが乗り移ったかのようだった。

それから2日後、父は帰らぬひとになった。
親戚も殆どいなくなっている為密葬にして、ゆりこと父方の関係者合わせて4人だけだった。
母が再婚すると決めたのは、初恋の人に会った様だからと言ったのを思い出した。
初七日が過ぎ去り、1人で聖ヶ丘の家にいても、何故か寂しさはあまり感じなかった。
いまでもこの家で、見守ってくれている。
自身、迷ったり悩んだ時は、いつもこの家から聖橋に向かって歩いている。
これからもそうなのだろう。
誠二とはもう終わらせる時がきている。
母の初恋みたいな出会いは来るのだろうか。
その明日を想い、なだらかな坂道を登る為、、表に出た。

武蔵野物語 73

2016-02-13 18:01:59 | 武蔵野物語
ゆりこが近づいていくと、男は立ちあがって会釈した。
「根本です、ご足労かけてすいません」
「いえ、確か井坂さんとは知り合いだとお聞きしましたが」
「そうなんです、それも仕事の関係で偶然会いましてね、10年ぶりかな」
井坂とは遠い親戚にあたるそうだ。大柄で肥っていて、井坂とは全然似ていない。
「井坂君にこの店を調べてくれ、と頼まれましてね」
根本は不動産と探偵の仕事をしているという。
実家は貸ビルを持っていて遊んで暮らせる身分だ、と井坂は笑って話していた。
「それで早速調べてみたのですが、店の売り上げは悪くないのですが、売る話も聞こえてきましてね、店は私も知っている不動産会社の持ち物なんですけど」
今日は女将の姿は見あたらず、アルバイト風の女性二人が接客している。
「その会社の経営問題なのでしょうか?」
「そうだと思います、いい噂は入って来ないんですよ」
ゆりこは早く帰って父に話たくなり、丁重に礼を言って店を出た。
家に戻ってみると部屋の明かりはついていたが、父はいなかった。
体の調子がまだよくないので、椿以外の店には行きそうもないから、気掛かりだった。
探しに行こうか迷っていた時、メールが届いたので開いてみると誠二からで、黒木が行方不明になったらしいと連絡してきた。
誠二は黒木の娘佳子から聞いたのだが、関係を持ってしまった彼女の事は後悔しても、また中途半端な状態を作ってしまった。
ゆりこは詳しく聞きたくて、聖蹟桜ヶ丘のカフェで会う約束をし無線タクシーを頼んだ。
店に入ると誠二は来ていて、ゆりこが近づくと一方的に話し出した。
「中国で行方不明になっているんだ、不動産の商売も向こうはかなり悪いそうだよ」
「家族はいるの?」
「娘が東京にいるけど、実は仕事の関係で彼女と知り合いになって、それですぐに分かったんだ」
ゆりこは誠二が都合の悪い時、必ず下向きに話すのをよく見ていた。


武蔵野物語 72

2014-12-07 19:04:12 | 武蔵野物語
「自宅のこと?」
「あの椿の女将さんがらみなんですけど」
「何か頼まれたの」
「いま結構大変らしくて、父に共同経営しないかって持ちかけてたらしいの」
「借金問題か」
「まあそうね・・それで父は自宅を抵当に銀行からお金を借りたんですって」
「もう渡したの?」
「まだだって、迷ってるみたい」
「それはもう止めさせなければね」
「私の言うことなんか聞かないのよ」
「今度偶然会うようにして、椿に行ってみない?」
「でも行っても無駄じゃないの」
「いや、行くべきだよ」
珍しく誠二が強い口調になってきたので、ゆりこは従うことにした。

その話をして1週間が過ぎた頃、ゆりこ宛に知らない人物からの封筒が届いた。
内容は、あなたの父親の事でお会いしたいと書いてあった。
ゆりこは母の連れ子で、いまの父は実の親ではないが、どちらの話なのだろうか。
裏返してみると、根元正光と記している。まったく知らない名前だ。
いたずらかもしれないが気になるので、しまっておくことにした。
それから1週間が過ぎて、また同じ内容の封筒が届けられた。
ゆりこはいったん迷ったが、返事を出そうと思った。
文章は控えめながら、強い意志が感じられたからである。

2週間後の土曜日、ゆりこは根元と椿で会う約束の手紙を出しておいた。
あの店なら父と鉢合わせしても、仕事関係だといえば済む。
誠二と一緒に会いたくはなかった。
当日の昼下がり、久しぶりに大國魂神社にお参りした。
1900年の歴史があり、武蔵国の守り神だった面影が巨大な欅を見てもよくわかる。
ここの並木道はいつも故郷の落ち着きを与えてくれる気がして好きだ。
夕方まで何の予定もなく、誠二に会いたくなったが我慢した。

18時30分の約束時間丁度に着くと、客は1人で、一見50才位の男がゆりこに視線を向けていた。

武蔵野物語 71

2014-05-02 15:46:30 | 武蔵野物語
ゆりこが至急会いたがっているには事情があるに違いないのだが、もう随分長い間話し合っていない気がする。
自分がだらしないのだが、ゆりこの強さに負けている今はあまり会いたくはなかった。せめて自分で商売を始めてから改めて向き合おうと考えていたからだ。
少し迷ったが、今週土曜日の午後会うことにした。
ゆりこはいつもの場所でと言ってきたが、桜ヶ丘公園も久し振りで、一度は完全に絶ちきろうと決心したにも関わらず、結局引きずったままの状態は、やり直すには遅すぎる今を認めていくしかないのだろうと、ベンチに座って待っている彼女の姿を思い浮かべた。

なだらかに登って聖ヶ丘橋の見えるベンチに、いつものゆりこがさくらの木を眺める格好で座っていた。
ゆりこは考え事があると必ずここに来るが、満開の桜の木の下で親子3人が楽しそうに語らっているのを眺めていた時は、自分には当分縁のない世界だと諦めの気持ちでみていたのを思い出す。
視線を感じて振り替えると、誠二が微笑んで立っていた。
「久し振りだね」
「誠二さん・・変わりない?」
「うん、これからの事はまだ固まっていないけど、だいぶ絞れてきたから」
「そう、よかったわ、私誠二さんに随分負担をかけさせてしまったから」
「そんなことないよ、負担なんて」
「でも遠回りさせたのよ」
「そんな、それよりも何かあったの?」
「ええ、父がね、具合が悪くなって」
「入院したの?」
「まだだけど、お医者さんはできるだけ早く入院した方がいいって」
「僕でも役にたてれば、何でも言ってね」
「大丈夫よ、飲み過ぎだから」
「府中にはよく行ってるの」
「あの椿はたまにだけれど、いろいろなお店にいってるらしいわ」
「府中の顔だね」
「そのお陰で面倒な事も起きてしまって」
「事件にでもまきこまれたの?」
「いえ、そうじゃなくて自宅の件なんだけど」
彼女の歯切れが悪くなってきた。

武蔵野物語 70

2013-01-19 15:16:59 | 武蔵野物語

「井坂さん、誠二さんね、あなたももっと呑みなさい」
「僕は日本酒だめなんですよ・・それよりどういう歌を唄っているの」
「あ、そうだ、CDあるから持ってくるわ、プレゼントよ」
少しふらついていたが、1人で自分の部屋にいき、スマートフォンとCDを持ってきた。
3曲入りで、彼女の長い髪の横顔が印象的だ。
「ありがとう、後でゆっくり聴かせてもらいます」
「誠二さん、私ね、やめたいのよ、今の仕事」
「やめるって、どうして」
「いろいろ考えたけど・・・どうしていいのか分からない、辛いことが多くて、続けられない」
「少し休んで、リフレッシュしたら」
「周りの人達にも迷惑をかけるし、私は勝手な人間だから、でも辛くて」
誠二はどう相談にのれるか、全く自信がなかった。
違う世界のこと、そういってしまえば簡単なのだが。
「ねぇ、キスして」
彼女はそう言うなり誠二の首に腕を巻きつけてきたが、その勢いで誠二が下になる形で重なり合った。
少し過ぎてスマートフォンのベルが鳴った時、彼女は迷う素振りをみせながらも起き上がった。
小声で長話をしている。
誠二はほっとして冷蔵庫のジュースを飲んでいると、
「ねぇ、駅まで送ってくれない」
といってきた。
「急用なの?」
「ええ・・あぁ、これから・・」
涙ぐんでいるようにみえた。
タクシーを呼べば済むことだが、気になって駅まで送っていった。
「また、会えるときが来る?」
「あなた次第ですよ、僕は・・」
誠二が話終わらない内に発車のベルが鳴り、彼女は慌てて乗り込んだ。
1人旅館に戻り、虚脱状態になっていると、ゆりこからのメールが届いているのに気がついた。
できるだけ早い時期に会いたい、といっている。
とても顔を出せる様な状態ではないが、頼み事でもあるのだろう、日にちは任せますと返事をしておいた。

武蔵野物語 69

2013-01-14 11:53:04 | 武蔵野物語
「無職って、遊んで暮らしているの?」
「まあ、そうです」
「気楽なものね・・お金持ちなんだ」
「いや、そんなんじゃないですよ、これから何をしようか考える為にもここに来ている訳だし」
「やっぱり気楽なんだ、いーなぁ、私もそうなりたい」
「沙織さんは休暇ですか」
「そうでもないけど、いろいろよ」
「どこか決まって出ているライブハウスとかあるんですか?」
「西千葉なんだけど月2、3回は出ているの」
「僕は市川に知り合いがいるので、船橋とかよく行くけど」
「船橋は月1回ストリートライブをやっているけど、この頃出ることが多いわ」
「寒くなってきたから、戻りましょうか」
「もう少し居たいわ」
よほど気にいったのか、そう思うと、自然に溶け込んで美しく見える。

日が落ちるとさすがに冷えてきたので、急いでホテルに戻った。
「井坂さん、食事1人でしょう」
「そうです」
「じゃあ、お邪魔しようかな、いい?」
「大歓迎ですよ」
温泉に浸かって部屋に戻ると、食事の用意がすでに出来ていた。
しばらくすると、彼女が浴衣姿で現れた。
髪をアップにして、日本の女性に戻っている。
酒も頼んでおいたのだが、熱燗をゆっくり呑んでいて、かなり強そうだ。
「西千葉のライブハウスってどういうところ?」
「私、まえはロックバンドをやっていたけれど、いまはバラードを唄っているの、この店はアイドルやロックバンドがよく出るわ」
「じゃあ、沙織さんも若いファンが多いんだ」
「そうでもないけど、あ、お酒なくなっちゃった」
そう言うと、電話を掛けて追加している。
「強いんだね」
「平気よ、お酒なんて、いくらでも」
目のまわりがピンクになっている」
「井坂さんは結婚しているんでしょう?」
「まあ、そうです」
「うまくいってないみたい、お酌して」
「呑み過ぎですよ」

武蔵野物語 68

2012-11-04 22:19:17 | 武蔵野物語
夕飯までは時間があったので、ロビーの近くで見かけたカフェにいってみることにした。
自慢のコーヒーという看板につられて入ったが、確かにこだわっていて、最初はブラックのまま運ばれ、頼むと砂糖とミルクを持ってきてくれる。
気に入っておかわりをしてしまった。
客は誠二だけだったが、飲み終わるころ女性が1人入ってきた。
長い髪は金髪にちかい染め方で、小柄だがとても目立ってアーティストの雰囲気が漂う。
きっと歌い手だろうと直感で決めていた。
30分程すると、女性が表に出ていったので、誠二も夕暮れの写真を撮るつもりで急な坂道を降りだした。
この辺りで1番高い場所にあるホテルなので、とても眺めが良い。
樹齢何百年にもなるだろう大きな杉の木がある神社に着くと、そこから山間に囲まれた小さな町並みが見下ろせて絶景だった。
夢中になって新しいデジタルカメラで何枚も撮って杉の木の下に戻ると、石畳のようなものがあり、そこに金髪の女性が座っていた。
通り過ぎようとすると、
「いい景色ですね」
と話しかけてきた。
「さっきホテルのカフェにいらしたでしょう?」
「僕のこと気づいていたのですか」
「だって他に誰もいなかったから」
黙っているときつい印象だが、笑顔は無邪気な可愛さがあった。
「ここ、小説で有名な場所ですよね」
「そう、あなたが座っている所に美しい芸者さんが座っていたのです」
「ここが・・私じゃ随分違うわね」
「あなたもここによく合いますよ」
「私なんか、こんなで・・」
「歌の仕事をしているんでしょう?」
「わかりますか、そうよね、普通じゃないから」
「そんな、素敵ですよ、僕はそう思います」
「ありがとうございます」
「お名前は?」
「沙織っていいます」
「僕は井坂誠二です」
「井坂さんはサラリーマンなんですか?」
「いや、今は無職です」

武蔵野物語 67

2012-10-21 20:19:37 | 武蔵野物語
誠二は、佳子の別な側面を見せつけられたが、もちろんゆりことは比べる相手ではないのだけれど、この先歌い手としての人生を歩み始めていくと、どう変わっていくのか、そのドラマを見続けていきたい欲求がとても強くなっていた。
ライブを終えて、近くのカフェに寄った。
「ねぇ、きょう送ってください、この頃誰かにつけられているみたいで怖いんです」
「ストーカーに狙われているの?」
「はっきりしている訳ではないけれど、何か変な感じがして」
「思い過ごしじゃない、佳子さんこの頃また綺麗になってるし」
「お上手なんだから、お世辞」
そういうと誠二の手を強く握ってきた。
誠二は離そうとしたが、なかなか離してくれない。
「わかった、送るけど今日は帰りが心配だな、いまからだと終電にまにあわないかも」
「なんだそんなこと、この間も送ってくれたし、2,3人分の布団もあるから」
「でも・・・」
「私、そいうの気にしないの、親戚みたいな感じで、ね」
佳子の瞳が鋭さを増してきた。
マンションに着いたときは0時近かったが、彼女はとても元気にみえた。
「有難う、来てくれて」
「別にお礼なんて」
「うれしかったの・・1人前に扱ってくれたみたいで」
「そんな、もうりっぱな大人の女性です」
「好きよ」
佳子はいきなり唇を押し付けてきた。
2人は狭いベッドに重なり合い、激しく求めあっていったが、誠二は心が遠く漂っていくのを覚めた目で眺めている自分を嫌悪していた。

夏から秋に変わる季節は好きで、喧騒が遠ざかり澄んだ静けさが辺りを覆う頃、誠二は1人でよく旅行に出かけていた。といってもせいぜい1,2泊で近くの温泉地が多く、自分に全く自身がなくなった今の様な時期は、逃げ場としては最も適しているのだろう。
新潟の温泉地に着き、空を見上げると秋らしさが一層深まっていた。


武蔵野物語 66

2011-05-22 21:06:53 | 武蔵野物語
「ここライブハウスでしょ」
「そうです、来たことあるんですか?」
「いや、赤坂は初めてだけど」
「いきつけの場所は、どこなんですか」
「そんなには行ってないけど、国分寺は家からも近いから」
「国分寺、行ってみたいな、吉祥寺は時々遊びに行くんですよ」
誠二は、この間君のお父さんと一緒に行ってきた、とよほど話そうかと思ったが黙っていた。
「きょうのアーティストさんと友達なんだけど、実は私も時々唄っているんです」
「じゃあ、プロなの?」
「まだ卵です」
「へえ、驚いたね」
「ギターの弾き語りなんです」
「曲も自分で作っているの?」
「まだ少ないですけど、人前で唄えるのは5曲になりました」
「すごいね、5曲入りのCD出来るじゃない」
「出せたら嬉しいですけど、まだまだですよ」
「聴かせてよ」
「皆が終ってからなら1曲ぐらい唄わせてもらえそうだけど、2時間後くらいになりますよ」
「楽しみだな」
誠二は佳子の別な一面を垣間見て、女性は本当に分からないな、と自分の甘さを再認識した。
予定のメンバーが唄い終わるともう22時を過ぎていたが、途中で帰るひとはいなくて、佳子が飛び入りで唄い出した。
シンガーソングライター佳子の唄は、ひとの魂に直接問いかけてくる一途さがあった。
どういう経験を積んできたのか、この若さで誠二の心を捕まえに来る力強さは尋常ではないはずだ。
1曲で終えるはずが、アンコールの拍手でまた唄いだした。
今度は切ない恋の唄で、あなたからの便りを待っているという、若い女性らしい曲は誠二にとっては微笑ましく感じられた。
唄い終わって誠二の隣りに座ると、周りのひと達は好奇の目で2人を見ている。
「僕なんかとあまり仲良く見せない方がいいんじゃない?」
「構いませんよ別に、話しているだけなんだから」
佳子の表情が、女になってきた。

武蔵野物語 65

2011-02-26 22:30:05 | 武蔵野物語
黒木と会う話がどんどん進んで、その週の土曜日に、何軒か物件を見せて貰う事にした。
誠二は自宅から比較的近い、吉祥寺から見たくなり、駅近くのカフェで待ち合わせをしたが、一緒に来たがっていた佳子には、断りを入れた。
しょせん嘘をつくわけで、芝居をみせたくなかった。自分の顔写真を携帯で送っておいたので、黒木はすぐに寄ってきた。
想像に近い顔で、眼差しは佳子に似ている。親近感を覚えた。
いわゆる悪党面ではない。
簡単な挨拶をすませると、早速物件を見に出かけた。
井の頭公園の近くから三鷹駅方面を三軒回ったが、どれもいまいちだったので、また後日改めて違う場所を案内して貰うことにした。

国立にしようか、それとも一層聖跡桜ヶ丘に行ってしまおうかとも思った。
桜ヶ丘公園で何度か絵を描いているうちに、ゆりこと会うことになったのだから、それが一番いいのはごまかしようがないのに、遠回りをしている。
翌週、誠二は1人永山駅で降り、聖ヶ丘を目指して歩き出した。
アップダウンは相変わらずどの道もあるが、意外と近く、雨上がりに薄日が差して心地よい。
桜ヶ丘公園まで休まず、一気に歩いて行けた。ゆりこの実家も近くだ。

誠二は結局、佳子に頼もうと思った。
黒木のことを早く知るにはやはり彼女を頼るしかない。
彼女は誠二になついているようなので、喜んで来るだろう。
それから1週間もしないうちに、佳子の方から会いたいとの連絡が入った。
赤坂で待っているという。
待ち合わせのカフェにいってみると、いきたい所があるといって先に立って歩き出した。
坂を上って狭い道を突き当たり、狭いビルの4階まで階段でいった。
重い扉を開けると、中が暗くてよく見えず、誠二は椅子に脚を引っ掛けて転びそうになった。
「大丈夫ですか、暗いから」
「本当ですね、ローソクの灯だけみたいだな」