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武蔵野物語 56

2009-03-07 21:21:39 | 武蔵野物語
純和風の部屋に通された。
「お茶室みたいですね」
ゆりこは京都に行った気分になってきた。
「お茶の会も時々ここで開かれるものですから、沢田さんは習った事があるの?」
「学生時代は茶道部にも所属していたので・・少しの間ですが」
「まあそう、着物が似合いそうね、想像していたよりもずっと綺麗よ」
「恐れ入ります」
「良太がね、この頃あなたの話ばかりするので、一度はお会いしたいと思っていたのよ」
「母さん、以前沢田さんの家に泊めて貰ったりしたので、お礼の意味もあってと言っただろう」
「随分酔っ払ったそうね」
「私の父が勧めたものですから、却って迷惑を掛けて、すいませんでした」
「ゆりこさんは気にしなくていいんだよ、僕も楽しかったんだから」
「あなた、ゆりこさんに絡んだんじゃないの、お酒の勢いで」
「そ、そんな事なかったよ、ね、ゆりこさん」
ゆりこは、くすっと笑ってしまった。
「ほら、何か言ったのよ、それとも行動にでたの?」
「何にもしてないよ」
「お父さんにそっくりだからね、そういうところは」
話が盛んになってきた頃、食事が運ばれてきた。
「急だったもので馴染みの料亭から運んでもらったのよ、懐石風のお弁当って感じね。ゆりこさん、ゆっくりしてって下さいね、帰りは車で送らせますから」
「そんな、帰りは大丈夫ですから」
「会社の車がもう来てるから、遠慮しないで乗っていってよ、その方が安全だから」
ゆりこは恐縮すると同時に、来なければよかったとも思った。
自分とはかけ離れた世界の家庭に、迷い込んだ小鳥の様に、そぐわない落ち着きのなさが身にしみていた。
2時間半程居て、黒塗りのクラウンで聖ヶ丘まで送って貰った。
「こんな時間に珍しいね、今日は来ないと思っていたよ」
「お父さん飲んでないの、具合でも悪いの?」
「いや、今週飲み過ぎでね」