毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

東京の人 71

2014-05-14 21:15:05 | 残雪
月曜の夜もかおりは仕事で夕方に出掛けたが、体全体がだるく全く気乗りがしなかった。
昨夜はどうなってもいいと思っていたのだが、際どいところで寺井は疲れていたのか眠ってしまい、朝起きてみると、早出だから出掛けるとメモが置いてあった。
いいかげんな男だと呆れた気にはなるが、居ないとどうしようもない寂しさに襲われる。早く独立したいのと裏腹な行動に、自身でもうんざりしながら店に入ると、藤代が早々と来ていた。
「かおりさんお帰り、新潟のお母さんどうでした?」
「ええ、大丈夫です、思っていたよりも元気そうで」
「そう、それなら良かった、あそこは僕の父も仕事で利用している所だから」
「そうなんですってね、私母から聞いたんです」
かおりが聞く前に藤代から話し出してくるのは作為的だな、と警戒心が強くなった。
「いまは不動産がメインなんだけど、いろいろな仕事をしてきたので、何でも聞いてくれれば喜びますよ」
「母が喜んでいました」
「かおりさん今度帰る時は教えてね、僕も戻る用事があるんだ」
「お仕事で?」
「いやそうでもないんだけど、いろいろあって」
かおりからみた藤代は、親に頼って遊んでいるヨタのひとりに過ぎなかった。
「僕ね、船橋のライブハウスにも時々行くけど、新しくオープンした店があって、小さいけどいい店だから今度行きませんか」
「船橋ですか」
「誰か友達を誘って一緒に」
「そうねえ」
親しく話せる相手はまだいないので、行くのなら寺井に頼むしかない。
帰ってみると、夜食の用意がしてあった。 
「作ってくれたの」
「うん、早く帰れたからね」
寺井は目が合わない様にして話している。
「ねえ、船橋って詳しいのでしょう?」
「友人がいて、よく行ってたよ」
「津田沼に新しいライブハウスが出来たって」
「ああ、津田沼で初めてだってチラシを見たことがある」
「今度連れて行ってよ」
「知り合いがいるの?」

武蔵野物語 71

2014-05-02 15:46:30 | 武蔵野物語
ゆりこが至急会いたがっているには事情があるに違いないのだが、もう随分長い間話し合っていない気がする。
自分がだらしないのだが、ゆりこの強さに負けている今はあまり会いたくはなかった。せめて自分で商売を始めてから改めて向き合おうと考えていたからだ。
少し迷ったが、今週土曜日の午後会うことにした。
ゆりこはいつもの場所でと言ってきたが、桜ヶ丘公園も久し振りで、一度は完全に絶ちきろうと決心したにも関わらず、結局引きずったままの状態は、やり直すには遅すぎる今を認めていくしかないのだろうと、ベンチに座って待っている彼女の姿を思い浮かべた。

なだらかに登って聖ヶ丘橋の見えるベンチに、いつものゆりこがさくらの木を眺める格好で座っていた。
ゆりこは考え事があると必ずここに来るが、満開の桜の木の下で親子3人が楽しそうに語らっているのを眺めていた時は、自分には当分縁のない世界だと諦めの気持ちでみていたのを思い出す。
視線を感じて振り替えると、誠二が微笑んで立っていた。
「久し振りだね」
「誠二さん・・変わりない?」
「うん、これからの事はまだ固まっていないけど、だいぶ絞れてきたから」
「そう、よかったわ、私誠二さんに随分負担をかけさせてしまったから」
「そんなことないよ、負担なんて」
「でも遠回りさせたのよ」
「そんな、それよりも何かあったの?」
「ええ、父がね、具合が悪くなって」
「入院したの?」
「まだだけど、お医者さんはできるだけ早く入院した方がいいって」
「僕でも役にたてれば、何でも言ってね」
「大丈夫よ、飲み過ぎだから」
「府中にはよく行ってるの」
「あの椿はたまにだけれど、いろいろなお店にいってるらしいわ」
「府中の顔だね」
「そのお陰で面倒な事も起きてしまって」
「事件にでもまきこまれたの?」
「いえ、そうじゃなくて自宅の件なんだけど」
彼女の歯切れが悪くなってきた。